【A視点】インターハイ団体戦後
気がつくと自宅に私はいた。
針が示す時刻は夜。自室のベッドに寝かされていて、負傷した肩はテーピングが施されている。
と、いうことは。手術するほどの脱臼ではないため自宅療養の診断が下されたのか。
直後。目覚ましのごとくスマートフォンが鳴った。手探りで取って耳を当てると。
『起きてっか?』
Nの声だ。まさか、起きて最初に聞く声が奴になるとは。
『ざまあねえなあ』
そして第一声がそれか。
しかし、慰めの声を掛けられるよりは思い切り責めてくれたほうがまだいい。
心は他者による罰を無意識に欲していた。
『うちなら逃げてたぜ。技あり取った時点で。せかせか一本に、いやてめーのプライドにこだわるからこうなる』
「返す言葉もない」
『ま、おめーのことだからしぶとく食らいつくのは分かってたけどよ』
言葉には遠慮がないが、トーンはどこか落ち着いている。奴なりに気遣ってくれているのだろうか。
「すまない。約束を守れなくて」
『あ? ラッキーに決まってんだろ。これで個人戦はもらったようなもんだし。約束されてんのはうちの優勝だよ』
戦う前から勝利を確信しているのが奴らしい。
むしろ、それだけの自信があるから優勝候補の実力に裏打ちされているのかもしれないが。
『ああそうだ。団体、おめーとやったとこは落ちたよ』
「……そうか」
やはり、あの程度の言葉ではモチベーション回復には至らなかったか。
声調に影を落とす私に、Nが補足する。
『お前さんのチンケなプライドのために言っとくと。大将だけは点取ってたぜ。他は見る影というか見どころもなかったけどな』
だから私の気遣いは無駄ではない。
Nなりに、そう言ってくれているのだと解釈する。
『こっからはどうでもいい話をするが』
「?」
『あの大将、はっきり言って才能ないぜ。お前とどっこいどっこいかそれ以下だ。
単純に、顔がかわいいからアイドルとして担がれてんだって話』
唐突な身の上話に目が点になるが、試合後に本人から聞いた話だとNは付け足した。
一体、なんの意図をもってNにあの少女は打ち明けたのか。
『試合後もマスコミがうるさくってよ。ずーっとそいつにばっかインタビューアーが押しかけてんの。その前から奴は雑誌の表紙とか飾ってたから、うちも顔だけは知ってたけどな』
その女子生徒は、幼い頃から柔道が好きだった。
ピアノやバレリーナといった、華のあるお稽古をさせたい両親の反対を押しのけて、ひたすら柔道へとのめりこんでいった。
転機が訪れたのは小学校高学年に上がってから。
地区大会で優勝を勝ち取った彼女は、その辺りから”天才・美少女柔道家”としてメディアに目をつけられるようになった。
確かに、TVに映えるのは整った顔立ちの人間だ。一般人の興味を引けば、競技人口の増加も期待できる。
問題なのは自分以上の実力者を差し置いて、女子生徒ばかりが取り上げられるようになったこと。
『人の目ってそんなもんだけどな。どんなに実力がバケモンクラスでも、顔が悪かったら、でもあいつ顔ブスじゃん。で終わっちまうし』
かといって、見てくれだけがイメージアップのために独り歩きしているのもどうかと思うが。
往々にして、選手の扱いは極端すぎるのだ。
容姿の良さを理由に、数々の番組やCMに引っ張りだこだったある選手がいた。
しかしメディアへの露出が増えた以降は成績も芳しくなく、やがてその人は表舞台から消えていった。
外見を搾取され続けた最後は、顔だけの無能だったと視聴者に手のひらを返される。
広告塔の犠牲となったまこと気の毒な話である。
今の高校でも、当然のように女子生徒は主将へと担がれた。そのほうが体裁がいいからだ。
美人すぎる柔道家、でも部では脇役では主将や副主将の立場がない。
そんな扱いを受け続けて摩擦が起きないわけがない。
実際、女子生徒は孤立状態にあった。
強豪校というのもあったが、明らかに実力が伴ってないのに見せしめの主将としてアイドルの扱いを受けている。
他の部員が黙っているはずがない。
私との試合後に、女子生徒は部員から責め立てられたらしい。うちらの立場を悪くしやがって、と。
『だれかに愚痴りたくてたまんなかったんだろーな。うちにわーわー泣きつきながら話してきたよ。”柔道が好きではじめたのに。アイドルじゃないのに”って。知らんがな』
しかし、これは何もスポーツに限った話じゃないのかもしれない。
献血にアニメキャラクターを起用することは珍しくないし、各都道府県がPR活動にゆるキャラを使って呼び込むのも定着している。
間口が狭いジャンルで新規層を呼び込むのに、美少女や美少年キャラクターで釣り上げる商法もよくあることだ。
それだけ、綺麗なものや可愛いものは人を惹き付けて止まない魅力を持つのだ。
「……それで、結局何が言いたかったんだ?」
『おめーにいい勝負だったと言ってくれたことが嬉しかった。だから大学でも力をつけて、顔だけじゃないことを証明してみせる。ありがとうと伝えてください。だってさ。知らんがな』
図らずも、何気なく言った言葉はあの人の救いとなっていたらしい。
『気になんなら、明日の試合中継してるだろうから見てりゃどうだ。おめーんとこの子が同階級でいただろうから、見ものだろうよ』
「分かった。ありがとう」
それだけを伝えて、Nの電話は一方的に切れた。
スマートフォンにはもう一つ、着信が入っていた。留守電になっている。
彼女からだった。
『明日、そっちお見舞いいくから。何時がいい?』
その一言で、勝手に敬遠になったと断定していた己の気後れを、私は恥ずかしく感じた。
何も変わらず、彼女は友人として接してくれているのに。
LINEを起動し、9時以降なら大丈夫だと送信する。
すぐに返信は来た。おっけー、と一言。
今日はいろいろなことがありすぎて頭の中が散らかっている。ひとまず休むことにしよう。
そして明日は、彼女と友人らしく他愛ない話をしよう。
痛み止めが切れる前に眠りにつけることを祈り、私は布団を頭から被った。




