【A視点】インターハイ団体戦④
『待て。場外』
二つの体が畳へと落ちる。
瞬間、私の耳に鈍く重い音が鳴った。
「…………」
遠くで、相手選手が息を切らしながら立ち上がる姿が見えた。
私の目線は一向に床上を滑るままで、上がらない。上がれなかったのだ。
『ストップ。時間計って』
審判が駆け寄ってくる。周囲のまばらだったざわめきが大きくなり、会場は困惑の空気に包まれていく。
絶望に塗りつぶされていくのを私は感じていた。
「え、ちょっと」
「主将っ」
「なに、どっかケガしたの」
顧問がすぐ側に来ていた。大丈夫か、と心配そうに声がかけられる。
何か返そうとしたが、あまりの激痛に声にならない。
かすれた音だけが口から漏れていった。
『どうやら、転倒の際に突き出した腕をやってしまったそうですね』
『脱臼でしょうか?』
『ドクター、呼びますかね』
審判の言った通り、私の左腕はこらえた際に無理な力が入って関節が外れていた。
腕に力を入れようとするが、全く上がらない。代わりに滝のような汗が流れていく。
良くて亜脱臼、最悪で手術となるⅢ度の脱臼と推定。
試合など、到底不可の状態にあった。
「立てっか?」
顧問が肩を貸そうと、私の前に膝をつく。
棄権するか、との選択の余地もない。
私は頷くと、側にいた審判に申し出た。
『えー。ただいまの試合ですが、選手が負傷したことによって試合続行不可能と判定。棄権申立により、xx高校はここで棄権負けと相成りました』
審判が淡々と勝敗を告げるが、会場に歓声は訪れなかった。
不気味なほどに静まり返って、重々しい雰囲気が立ち込めていく。
この空気は、辛い。
悔いなく勝つことも、負けることもない試合にしてしまった。
私の胸の奥底には、氷の塊のような罪悪感がずっしりと溜まっていく。
なんとか顧問に肩を貸してもらって立ち上がると、私はふらつきつつ礼の動作をした。
観客と、対戦相手に向けて。
「ご、ごめ、ごめんなさい。わたし、どぉ、どうしたら、」
相手の大将は今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。
先ほどまでの闘志は抜け落ちて、今は儚げな少女の顔に戻っている。
そんな表情をさせてしまったことに、さらに胸に痛みを覚えた。
「あなたは、何も反則を冒しておりません」
誰も祝ってくれることのない会場に取り残されてしまう姿を想像すると、いてもたってもいられなかった。
私は激痛を噛み殺して、なるべく冷静な声調で相手へと話しかける。
「私がルールに則り、負けただけの話です。気に病む必要はありません。全力を出し切れるよい試合でした。どうか胸を張って、次の舞台へと進んでください」
言葉だけで相手に響くとは限らないが、せめて、私からは。
負傷していない右手の手のひらを、相手へと向ける。
「決勝進出、おめでとう」
「…………」
相手はじっと私を見つめていた。そのまなじりから、ひと筋の涙が伝う。
しかし泣いてはならないと目尻をぬぐうと、おそるおそる細い指を相手は重ねてきた。
「……ありがとう、ございます」
あなたも、見事でした。小さく称賛の声が耳に届く。
それを聞いて安心したのか、私の体からふっと力が抜けた。
崩れ落ちそうになって、あわてて顧問に支えられる。急速に視界に闇が広がっていった。
そこからの記憶はきっぱりと途絶えていた。




