【A視点】インターハイ団体戦③
「主将ー。あと一戦ですよー。がんばってくださーい」
先ほど、こちらの副主将から逆転した選手の声が届く。ということは、主将同士の戦いになるのか。
対戦相手は一見、アイドルグループの女の子が道着をまとっているのかと思った。
顔立ちはそう思ってしまうほどには整っており、身体の線は細く、髪は長く、少し下がり気味の眉は大人しそうな印象を抱かせる。
私が思い描く柔道家とはだいぶかけ離れた容貌だ。
だが、第一印象で決めつけてはならない。
主将の座にいるということは、相当な実力者であるはずだ。心してかからねば。
『始め』
私はこれまでの戦法通り飛びかかるように距離を詰めると、腕を突き出した。
そのまま袖口を掴む。
手足が長いぶん、リーチは向こうが有利だ。相手も奥襟を取られまいと前襟を引っ張り上げた。
「いいぞー。そのまま引きつけていけー」
絡め取るように足が回される。蛇を思わせるしなやかさだ。そのまま重心を崩し、転ばせて寝技で仕留めるつもりなのだろう。
そうはさせない。
私は軸足を大きく踏み出すと、相手の足首付近へと足裏を合わせた。
そこを支点に、思い切り釣り手と引き手を切る。車のハンドルを回すイメージで。
「あっ」
相手はバランスを崩し、わずかに身体が傾いた。
そこから力任せに転ばせる手もあったが、私はあえてそのタイミングで力を緩めた。すんでのところで踏ん張れるように。
「っ」
間一髪だと思ったのか、相手は即座に体勢を立て直そうとするが。
「バカ、そっから連絡くるぞっ」
相手チームの誰かが気づいたが、それより技をかけるほうが速い。
踏ん張った足元に踏み込んで、そのまま大きく刈り上げる。
いわゆる大外刈への連絡技だ。相手は防御する間もなく足を払われたので、今度こそ床へと崩れ落ちた。
『技あり』
浅かったか、と内心舌打ちをする。
転倒前に長い手足をコントロールして、相手は背中を打つことだけは免れたのだ。
さて、先の副主将と同じ轍を踏むことは避けなくては。私は間髪入れず倒れ込んだ相手へと覆い被さると、抑え込みにかかった。
「くっ」
しかしこれも決まらず、相手は足を目いっぱいに振ってバランスを崩しにかかった。
足が長いぶん反動も強く、私を跳ね除けるように相手がすり抜ける。
ほどけて『待て』の合図がかかってしまった。
互いに息を整える。
相手は息が上がっていたが、こちらを睨みつける目には鋭さが増していた。
相手の手足の長さは驚異だ。足技で巻き込まれ、さらに寝技に連絡されたらほどけるか危うい。
すでに技ありを取っているのもあり、組まずにやり過ごすことも頭がよぎった。
だが、ここで自分の反する闘い方に倣うのはならない。
主将として、最後まで決めきらなくては。
『始めっ』
なんとしてでも技ありを取り返す。
そう熱意に火がついた相手の動きは素早く、激しい組み手争いの末に相手は奥襟を掴みかかった。
「まずっ」
「こらえろー」
大外刈へと相手の足が振り上がり、軸足が絡め取られる。
簡単に投げられるわけにはいかない。私は残った片足を大きく踏み出して踏ん張ると、思い切り体重をかけた。
重みで相手はバランスを崩して、共に畳へと倒れ込む。
なんとか技を潰すことには成功した。
残りあとひとーつ(1分)、とこちらの応援席から後輩の声援が聞こえる。
どんどん攻めていけー、と観客席から両親の声が届く。
最後勝負に出ろー、と相手のコーチからの大声も耳に響いてきた。
次、決めるか決めきれぬかで勝負が決まる。
それは相手も同じ気持ちのようで、決して逃すまいと美しい顔は険しい表情へと変わり、闘志に燃えていた。
望むところだ。
はじめ、と審判が言い切らぬうちに互いに足を踏み出していた。
組み手争いでは掴んだ瞬間から技に入る。私は即座に袖口を掴みかかった。
が、道着を掴んだのは相手選手のほうが速く、素早く足を絡めてくる。
もう一度大外刈で挑むつもりだ。
「決まれっ」
ならば、こちらももう一度潰すまで。
私はこらえようと相手の上体に体重をかけ、力任せに引き手を切った。
だが、それが致命的となった。




