【A視点】インターハイ団体戦②
続・sideA
高校最初の新人戦で、私にはひとつ課題ができた。
簡単に一本負けしない頑丈な肉体を作り上げて、粘り続けた末に勝つ。
文面だけを抜き出せばドラマティックな勝ち筋に見えるが、現実はそう上手くいかない。
実際、私は長期戦の末に体力切れを起こして無念の敗退を経験している。
では、どうすれば決勝戦までに体力を温存できるか。
簡単だ。開始早々ケリをつけることを意識すればいい。
スピードで相手を圧倒し、力でねじ伏せる。
この理想的な流れを作るために、普通の打ち込みとスピードの打ち込みを何十万回と体に叩き込んできた。
いわゆる反復練習というもの。練習量は裏切らない。
続けていればいずれは筋肉が学習して、スムーズに技に入れるように指令を送ってくれるようになる。
ウェイトトレーニングでは部位を絞り、下半身を中心に筋力を強化していく。
ただし偏りすぎるとバランスが悪くなるので、上半身メニューも定期的に行う。
こういった練習法の改善により、我が部の勝率は飛躍的に上がった。
もちろん毎度上手くいくとは限らないが、それでも一本負けすることはずいぶんと減ったと思う。今大会もこのスタイルでここまで這い上がってきたのだから。
『一本。それまで』
時間はなんと8秒。
相手選手は、まるで投げ込みの練習のように綺麗に畳へと倒れ込んだ。
何が起きたのかを理解するのに一瞬会場が静まり返り、それから驚愕の歓声が沸き起こった。
Nのアドバイス通り、先鋒には秒殺に優れる選手を配置した。2年生の注目株だ。
彼女は持久力が低く寝技が弱点という課題があるものの、足技には抜群のセンスを持っている。
完全な速攻全振り型だが、先手にはもってこいの選手といえよう。
「いいぞー。その調子ー」
「ひるむなー。取り返していけー」
まずは先手を取ったことによって、相手チームには一気に焦りの色が出始めた。
だがそこはあのNたちを下した学校。コーチと思しき年配の人物が何か激を飛ばしている姿が見えた。
やがて威勢のいい掛け声とともに、何事も無かった顔で中堅の部員が前へと進み出た。
「見事だった」
戻ってきた2年生を労る。
強張っていた後輩の表情は私が声をかけると同時に糸がほどけたのか、くしゃっと口元が緩んだ。
「はい、成功してほっとしています」
だが、これで終わったわけではない。後輩はすぐに表情を引き締めた。
自分一人で浮かれて先輩の集中力を削いでしまってはならないからだ。
「じゃ、行ってくるね」
同じく今大会で引退となる副主将が開始線へと向かう。託されたバトンを落とさないように。
だが、それは相手の中堅も一緒だ。勝敗は果たしてどちらへ転ぶだろうか。
『一本。それまで』
中堅の対決は相手の勝利に終わった。
よく粘ってくれた。悔しそうに唇を曲げて畳を降りる副主将に、小さく拍手を贈る。
「ごめんなさい。すぐに抑え込んでいれば」
ところどころ声を震わせながら、それでも動揺させまいと辿々しく言葉を紡ぎだす姿に胸が痛くなる。
すぐさま後輩が駆け寄ってお疲れさまです、と明るい調子で飲み物とタオルを差し出した。
先ほどの戦いは、一言で言えば惜しかった。
先鋒同様先手必勝を狙って攻め続け、先に立ち技で技ありを先取したとこまではよかった。そこからだ。
ポイントをリードしたことによって隙が生じたのか、副主将は『待て』の合図を確かめるために一瞬動きを止めてしまった。
相手はその油断を見逃さなかったのだ。
即座に足を絡めて、相手の中堅は寝技へ抑え込んだ。
掴みかけた勝利が即座にすり抜けていったことへの動揺が大きく、副主将は思うように動けなかった。
そうしているうちに技は完全に入ってしまい、健闘むなしく勝負はあっさりと決まってしまった。
「大丈夫だ。まだ決着はついてない。私が取り返せばいいだけの話だ」
タオルに顔を埋めて、しゃくりあげる副主将の肩を静かに叩く。
雰囲気に同調しては、あっという間に敗色濃厚の空気に呑まれてしまう。
心を乱してはならない。勝つというモチベーションを維持できなくては、十分な力を発揮できまい。
必ず決める。決意を胸に、私は大将戦の舞台に立った。




