【A視点】顔面格差
・SideA
洗って、乾かして、梳く。
洗髪の一連の流れといえばこれくらいしか知らなかった私に彼女が教えてくれた工程は複雑に思えたが、そのうち慣れた。
石の上にも三年。
継続は力なり。
要するに『努力は必ず報われる』系統の慣用句は数え切れないほど存在するが、やはり個人の力では限度のある壁も存在する。
その一つが、生まれ持った容姿だ。
洗面鏡に映る己を見つめる。
自分の顔は嫌いだ。
いくら髪質が改善されようと、化粧で肌荒れを覆い隠そうと、目鼻立ちは変わらない。
他の要素で欠点を埋めたところで、小綺麗な不器量以上の印象には上がらないのだ。
美容整形など骨格の段階で致命的な人間が大工事に踏み切ったところで、多額の金が飛んでいくだけだ。
なぜ、今になってこんなにも劣等感を覚えるようになったのか。
その答えは、胸の内が教えてくれた。
彼女は、相変わらず美しかった。
残酷なまでの遺伝子の差に、嫉妬を通り越し畏怖すら覚えていた。
高校時代は同性からのやっかみ防止らしく、あえて垢抜けない格好でいつも通っていたからか落ち着いた印象を保っていた。
だが、私服に着替えると雰囲気は一変する。
本気で余所行きの格好に固めれば、芸能人にも匹敵する輝きを放つと言っても過言ではない。
男性陣がこぞって鼻の下を伸ばし見栄を張る気持ちも分かる気がした。
美しい人は、見るだけで目の保養となって心に幸福感をもたらしてくれる。
ともかく、希少性の高い美人が街中を闊歩していれば周囲は放っておかない。
何度、見てきただろうか。
すれ違う人が振り返り彼女を呼び止める光景を。
何度、見てきただろうか。
その横の私には目もくれず一方的に話しかける様式を。
多分、彼らに悪意は一切ないのだ。ただ眼中にないだけで。
美しさは罪とはよく言ったものである。
今更、異性から好意を寄せられたいと惨めな欲を持ったわけではない。
同性でも見惚れる圧倒的な美貌の前では、側で鑑賞できる己が誇らしいとさえ思えた。
だけど扱いの差を繰り返し目の当たりにすれば、嫌でも醜い感情が這い出てきてしまう。
彼女は、私のような者とつるむべき存在ではないのだと。
裕福な人の周りには裕福な人しか残らない。
人の輪は共感で最も強く結びつくのだから、自分と同じような位置の人間が付き合うには一番ふさわしいのだと思う。
合わせて背伸びをしていても、いずれは息苦しさが募っていく。
広がる格差からの価値観の相違を許容できず、関係が壊れるといった話はよく聞く。
なぜ、私に構う。
あなたほどの人間なら、いくらでも話相手はいるのではないか。
現実に打ちのめされるたびに、見当違いな八つ当たりで心を焦がす時もあった。
鏡を見ろ、己ごときが友人面をするなと勝手に卑屈になっているだけなのに。
私は、今の自分の心が分からない。
一生異性への縁は無いと随分前に割り切ったはずなのに。
元が悪いから無意味な努力だと理解しているはずなのに。
なぜ、未だ美に執着し続けているのか。
なぜ、美人と並べば己が無駄に苦しむことを分かっていながら、自分から距離を置こうという発想には至らないのか。
先程だって、あんな見せつけるようにブラッシングを始めて……
お世辞程度に浮かれて、調子に乗って道具をしたり顔で語りだして……
あれではまるで、褒めてもらいたくて披露する子供のようではないか。
一体、自分は何がしたいのだろうか。
御しきれない感情から広がり始めた自問を胸に、私は洋間へと戻った。