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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
高校時代編

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【B視点】気づいちゃった

 それから、一時間ほど経ったかな?


 あたしは総合体育館の近くにあるファミレスで時間をつぶしていた。

 よかったらこのあと飯する? そう軽く送ったら、行く、と短く返ってきた。

 なのでコーヒーとサイドメニューだけ頼んで、ちまちまつまんでいると。


「……どうも」


 あいつがやってきた。当然だけど着替えてはいる。ずっと道着のイメージで固定されてたもんだから、近づいてくるまで正直誰だかわからんかった。

 顔と声で、やっと脳内に登録されてるデータベースが一致する。


「いいじゃん、それ」


 あたしは正直な感想を述べた。あたしが見立てなくても、ずいぶん垢抜けたもんだと思う。

 秋物を意識した暖色のロング丈アウターに、ハイウエストのタックパンツが映えている。

 シンプルなプルパーカーが女子高生らしい柔らかな印象に中和されていて、キャラ変中のあいつらしさを感じさせた。


 あいつは小声でお礼を言うと、ちらっと辺りを見回した。

 ま、そりゃ気になるか。

 会場の近くだから当然、お客さんは今日出場した選手やその親御さんが大半を占めている。


「気になるなら移動する?」

 あたしが促すと、あいつは申し訳なさそうに同意した。

 そのほうがいいよね。今日はその手の客を見込んで回転率を良くしたいだろうから、けっこう長く居座ってたあたしは店員の刺すような視線に気づいていた。

 はいはい出ますよ、出ますって。



 逃げるようにお店を出て、あたしたちは通りかかったコンビニで軽食を買った。

 そのまま河川敷に沿って歩いていたら無人のベンチを見つけたので、ここに腰を下ろすことにする。


「…………」

 何も言い出すことなく、お互い無言で包装を裂いて食べ始める。

 こういうときは、相手が話したくなるまでのんびりと待ってあげるのがいい。


 夕方の河川敷はけっこう好き。

 向こう岸では小さい子たちがサッカーかなんかやっていて、まばらな喧騒が透き通った空気に乗って流れてくる。

 伸び切ったススキの群れって、ちょっとノスタルジックな気分に浸れるよね。


 陽も傾いてきたのでちょっと冷たい風が吹いてきた。

 ひざ掛けみたいに置いていたジャケットを羽織ると。


「寒いか」

 あいつが聞いてきた。へーき、とあたしは手にした肉まんとペットボトルの熱いお茶を見せつける。ついでにカイロも持ってきてある。


 そうか、とあいつは言ってふたたび口へとおにぎりを運び始めた。

 機械的な動作と、淡々とした声。相変わらずなに考えてんのかはよくわかんない。


 ただ、少しだけ丸まった背中からは。誰かに話を聞いてもらいたいような、そんな哀愁を感じた。



「初めてだったんだ」


 唐突にあいつがつぶやいた。

 ん? とあたしは短く反応する。


「ここまでの成績を残せたのは」

「うん」

「それと、こんなに悔しかったのも」

「うん」

「嬉しい、はずなのにな」


 あいつの声はかすれていた。膝に置いた手の指が、少しづつ食い込んでいく。


「いいところ、見せたかったのに。決勝では何もできなくて」

 まるで心の内に語りかけるみたいに、あいつはぽつぽつと心情を声に出している。


「昨日の団体戦後は、こんな気持ちにならなかった。皆の働きあってこその成果だと誇らしかった」

 だからこれは、あいつなりの心の叫びなんだと思う。


「なのに今日は、喜べない。あんな無様に負けるくらいなら誰かにくれてやりたい、もっと周りを観察しておくべきだった。そんな暗い想いばかりが湧いてくる」


 準優勝なのに。や、2位だからこそすごくすごく悔しいんだろうな。

 純粋なあいつ個人の実力で勝ち上がってきて、あと一歩のとこで掴みかけた栄光だったから。銀メダルが銅より悔しいのと似た感じで。


「だから、逃げてきた。せっかく皆が打ち上げするって言ってくれたのに。情けなくて。合わせる顔がなくて」

 私は狭量だ。そう責めるあいつが見てらんなくって、あたしは思わず言ってしまった。


「強くなってる途中だからじゃないの」

「……?」


 ほんとは、部員でもないあたしが言うのはウエメセになりかねないけど。

 このままあいつが自分を傷つけていく前に、せめてそれだけは止めたかった。


「自分はこんなもんじゃない。もっともっといけるはずだ。そう思ってるから納得できないんじゃない。でもそれって、自信がついてるってことじゃん?」


 自分をできるやつと叩き込んでおくことも、折れない強さとなる。

 あたしが前にちらっと言ってみたアドバイスみたいなものだ。


「だから、2位じゃダメなんだって悔しがるのは普通のこと。喜びを噛み締めて向上心につなげるのも、苦汁をなめてバネにするのも、どっちも伸びしろがある証」


 この子とともに戦ってきた部員たちなら、きっと。ひとりでもわかってくれる人がいるはずだから。


「がむしゃらに一本を狙うとこ、かっこよかったよ。また見せてね」

「…………」


 あいつは黙ってあたしの話を聞いていた。

 ふと、あいつはうつむいた姿勢から顔を上げて。


「……なぜ、」

 不思議そうに、そしてどこか気まずそうにあたしを眺めている。


「なぜ、お前が先に泣く」

「え」


 ほんとだ。まばたきしたら熱いしずくがこぼれてきた。何度目だ今日。

 普通あいつが励まされてる途中でうるうる来て、あたしがそっとティッシュ差し出すような。そんな感じのしんみりシーンになるはずだよね。


「わからん。今日は元栓ゆるんでんだと思う」

 微妙なジョークを飛ばして、あたしは目元をぐしぐしとこする。

 う、アイシャドウが手ににじんで付いた。


「て、適当に拭いちゃ駄目だ」

 あいつはおろおろした様子でカバンに手を突っ込むと、がさがさとまさぐり始めた。

 やがてクレンジングシートを取り出すと、顔を背けて手だけをあたしによこす。


「貸す。それまで見ないから」

 んん、くれるのはありがたいんだけど。でもこのタイミングでお化粧直しってのもどうなんだろ。

 友人と今しがたシリアスな会話してたのに。空気読めない痛ギャルっぽくないか、あたし?


「……じゃ、じゃあ、使わせてもらうよ」

 あいつは頑なに伸ばした腕を引っ込めようとしなかったので、あたしはそのままシートを受け取った。

 自分のせいで泣かせちゃった、って気にしてるだろうしな。


 数分くらいでもとの顔に竣工して、もういいぞーとあたしは声をかける。

 ん、とあいつは少し減ったシートをカバンに入れて、そろそろ行こうかと呼びかけた。


「え、次はあんたがあたしに顔こすりつけておいおい泣く流れじゃないの?」

「そんなみっともない真似ができるか。あと、もう引っ込んだ」


 ちぇー、とあたしは冗談めかして立ち上がる。

 まあ、確かに顔ぐしゃぐしゃになった子が慰め役に抱きつくのは定番だけど。現実じゃ汚くしちゃうから遠慮しちゃうわな。


 あたし自身、いくら同性でも気軽に抱きついたりボディタッチし合うようなスキンシップは苦手だ。

 なんか同性だからセーフって暗黙の了解がある感じで。

 そういうのは、家族か恋人にやるもんだと思ってる。


 でも、なんでだろう。なんでだろうね。


 さっきのあいつに後ろから抱きつけますか? って問われたら。

 たぶん、できるって返してたと思う。

 泣き止むまで胸貸せますか? って言われても、同じく。


 なんで? いつからあたし、この子にだけこんな甘くなったんだ?

 あれ? あれれー?


「あ」

 あいつが短く声を上げる。目は手元のスマホに向けられていた。


「どったん?」

 ずいと突き出された画面に注目すると、グループラインの通知だった。

 ケーキの画像が添付されていて、中央のチョコプレートには『おめでとう』と書かれている。


「みんなでホールケーキ買って、プレートは後で作って置いたものらしい。私のぶんは切って親に預けたみたいだから、後で食べてくれって」


 画像の下には、つらつらと部員さんたちからの応援メッセージが届いている。

 高かったんだからありがたく食えよー、だの。

 ちゃんと親御さんのぶんもあるから家族仲良くいただいてねー、だの。


「いい仲間だね」

「私には勿体ないくらいだ」


 連れてってあげたいな、武道館に。

 囁かれた夢物語に、きっといけるよ。とあたしは返した。


 なんの根拠もないけど、夢じゃないような気もした。

 なにより、あたし自身がその会場に行きたいと思ったんだ。


「次は絶対に負けない」

 そう言ったっきり、あいつは無言になった。

 だけど足取りは力強く、前へ進み続ける強い意志を感じさせる。


 そのまま、あたしも何も言わず隣で歩を進めた。

 言いたいことはいろいろあったけど、晴れやかな顔で向かうあいつを見ていると何も出なくなってしまったからだ。


 こうして隣にいるのに、なんだかどんどん距離が空いていくような。そんな錯覚を覚えていた。

 どうして? 友人として、今日みたいに愚痴を聞いてくれる間柄でええやんけ。

 あいつもそれなりの信頼を置いているから、わざわざあたしに話してくれたんでしょうに。


 それじゃあ、足りない。そう思ってしまうのはなんでだろう。

 ご両親や部員さんたちみたいな関係性には追いつけない。なぜだか妙な焦燥感にとらわれ続けていて。


 あたしは一体、何になりたいの?

 その答えにたどり着くのは、もう少し先になってからだった。



 いや。

 きっと、とっくに気づいていたのに、気づいていなかったふりをしてただけなんかもしれないね。

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