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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
高校時代編

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【B視点】新人戦③

 そして、翌日。


 個人戦の時間帯は昨日より若干早いくらいで、ほぼ一緒。

 あたしはまだ抜けてないわくわく感を胸に、足取りも軽やかに会場へと赴いていた。


 ちなみに、あいつよりもあいつのご両親をあたしは先に見つけた。

 だってめっちゃ目立ってたんだよ。

 昨日の横断幕に加えて、団体準優勝でテンアゲ状態なのか二人ともおそろのTシャツ着てて。

 ハチマキも締めてて。おまけに名前が書かれたうちわまで持ってたし。


 ジャ○オタかよってあたしは吹き出しそうになった。応援ガチ勢に磨きがかかっている。

 でも、家族仲は超いいみたいでなんか安心した。あんだけ素直な子に育ったのはあの両親あってこそなんかな?


 応援席に座る前に、あたしは化粧室へと寄った。

 お化粧崩れがないかチェックするためだ。混雑時にやると他の人の迷惑になるから、あんまり長居はしないように気をつけて。


 当たり前だけど男漁り目的じゃない。

 どうせ同じクラスの人間は来てないだろうし、見せる相手は一人しかいないからおめかししてきただけ。

 ほら、気合入れて応援しにきた家族と似たようなもんだよ。


 また地味めな服で来てたら気遣ってるとかあいつに思われそうだしね。うん。

 あたしは誰に向かって言い訳してんだろうね。



 そんで、大会二日目が始まった。

 あいつの階級は70kg。これより上は78kgだから大きい方なのかな?


 試合は順調に進んでいった。

 もともと女子高生でそれくらいの筋力がある人、加えて上背のある人となると限られてくる。

 全国レベルならどっと壁は厚くなってくるだろうけどね。


 そもそもの数が少ないってのもあるけど。

 あいつは恵まれた体格と持ち前の持久力で、なんと決勝戦まで地道に駒を進めていった。


 この階級はパワーとスピードを兼ね揃えた層ばかりの激戦区だけど、受けがめっぽう強いあいつの前ではいかなる技も封じられていく。

 それくらい、今日のあいつは独壇場にあった。


 けっして、投げて一本勝ちみたいな派手さはない。

 けど時間ぎりぎりまで勝利に徹し続ける泥臭い戦い方は、ちらほらと注目を集めていく。


 あいつは絶対に逃げなかった。ポイントでリードしてても、最後まで相手と組み合っていた。

 点稼ぎの勝負を良しとせず、あくまで一本にこだわり続ける。


 反則狙いも一つの勝ち方ではあるけど、見ていて楽しくなるのはやっぱり攻めの姿勢でぶつかりあう試合だよね。


 だけど、あたしは少し不安を覚えていた。

 これまでのあいつの勝敗は、昨日みたいに持久戦に持ち込んでからの寝技での一本。

 もしくは時間切れでポイントによる優勢勝ちだ。

 いくらフィジカルに定評があるあいつでも、相当疲れてるんじゃないかってこと。


 もし、決勝の相手があいつと同じく防御力にすぐれる人だとしたら。

 あいつの勝ちパターンを読んでいて、ジリ貧の体力に浸け込み寝技で仕留める気だとしたら。


 そういうときに限って、あたしの勘は的中してしまうのだった。



『始め』


 相手はさすが決勝まで勝ち進んできただけあって、ひと目でわかるほどガタイがいい。懐も広い。

 でも、帯は白いのが意外だった。高校から始めたとか?


 対するあいつは、序盤から苦戦していた。

 まず、組み手争いではまともに組ませてもらえない。

 力ではおそらく互角か、それ以上。技をかけられないことにより”掛け逃げ”判定からの指導待ちを狙ってるんだと思った。


 これはポイントでリードされやすくなるだけではなく、体力を無駄に消耗させるリスクもはらんでいる。

 んー、やりづらい相手が来たねえ。


 なんとかあいつが得意の寝技に持ち込もうとしても、今度は亀の姿勢で防御に入る。

 体格もいいから、ちょっとやそっとじゃ返せない。あと、これも体力消耗になるからあいつの顔にも焦りの色が出始めてきた。


 もちろんずっと同じ姿勢でいればそのうち指導が入りそうだけど、そのへんは相手も狡猾だった。

 あいつが力技で脇に手を差し込んだところを狙っていたのだ。

 脇で素早く手を封じると、相手は横へと転がった。巻き込んで抑え込むつもりだったんだ。


 待て、がかかったことで事なきを得たけど、この時点であいつの息はだいぶ上がっていた。


 お互い、防御型で力も体格もほぼ互角。

 当然技をかけても潰されるからことごとく決まらない。

 あと、相手は試合前から明らかに帯をゆるく締めていた。これにより帯はほどけて上着はゆるみ、試合中に開いたままとなる。こうなると立ち技はかかりづらくなる。


 帯を締め直すのにも時間を稼いでいるのが見え見えだ。

 ぶっちゃけせこいけど、これも戦法の一つと考えるとしゃーないことなんかと思った。


 目立ったポイントがないまま試合は延長戦へともつれ込んだ。いわゆるゴールデンスコア方式ね。

 あいつは見てて辛くなるほどには体力を消耗していた。

 汗だくで、顔は真っ赤。息も切らしているけど、それでも瞳はまっすぐに相手を見つめている。や、睨んでるっていったほうがいいか。


 あいつのご両親も、今は応援の声がぴたっと止んで場内に釘付けになっている。

 お母さんなんかはこれ以上見てらんないのか、目をつぶってお父さんの腕にしがみついているほどだ。


 まるで取り憑かれたように、あいつは限界を超えかけても攻撃の手を休めない。

 なんとしてでも、一本を取りたい。そんな意地だけで突き進む想いが、こっちにまで伝わってくるような動きだった。


 が、熱量だけで勝てるほどスポーツの世界は甘くない。

 相手はその瞬間を待っていたのだ。防御を捨てて、攻撃的構えになる隙を。


「あ」


 あいつの渾身の技はあっさりとすかされて、重心を崩された。そのまま前へとつんのめる。

 転ばされる。あたしは思わず口元に手をあてた。


 あいつはなんとか腹ばいでしのいだけど、相手はそのまま寝技の連絡技へと移行した。

 こうなってはもう、逃れられなかった。無念の虚ろな瞳が、あたしの胸を刺した。


 奇しくも、最後はあいつが最初に見せたような流れで決着がついた。

 そこまではまだいい。実力で負けただけの話だ。

 でも、あたしがざわついたのはここからだった。


 試合終了の音が鳴り響き、観客席からは割れんばかりの歓声が上がる。

 そして相手選手は、咆哮とともに両方のこぶしを高く天へと突き上げた。

 よりにもよって、あいつの上にまたがって。


 あたしは唇を噛み締めた。

 べつに、ガッツポーズくらい五輪でもよく見る光景だ。喜びに湧く選手の姿に感激して拍手を贈ることだってあった。

 でも、今はこんなにも不愉快な感情が広がっているだなんて。


 それはあいつのほうが計り知れないだろう。

 普段から礼儀作法にはうるさいあいつのことだ、内心はとんでもない屈辱感に苛まれてるに違いない。


 でも、あいつは顔色ひとつ変えなかった。

 毅然と立ち上がって、道着をきっちり直して、静かに礼をした。

 握手を交わし、淡々と畳を下りていく。


 チームメイトが駆け寄ってきても、あいつは依然として唇を引き結んだままだった。

 他の子が泣いたり笑顔で激励しているぶん、変わらないポーカーフェイスが不気味さを感じさせるほどだった。


 よく最後まで食らいついたね。労る気持ちを胸に、あたしは控えめに手を叩いた。

 ふと、口の中に塩味が広がる。頬を伝う生温かい感触。いつしか視界はにじんでいた。


 ……え、あたし泣いてんの? なんで?


 脳の理解が追いつかないのに、流れ始めた雫は止まらない。

 わけもわかんないままあたしはハンカチで目元を押さえて、表彰式を見ることもないまま外に出た。


 たぶん、今の顔を見られたくなかったんだと思う。

 なにより、耐えている今のあいつをこれ以上見るのが辛かったんだ。

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