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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
高校時代編

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【B視点】ナンパ

「あたしは気に入ってるけど。あんたはよかったの? それで」

 帰り道、そのまま買ったばっかの服に着替えて出てきたあいつに聞いてみると。


「決めたんだ。この方向で行ってみることに」


 お洒落な人が選んでくれたものだから、信じてみるよ。

 そう言って、あいつは背筋をしゃんと伸ばした。

 その横顔は、いっつもむすっと下がっていた口角が心なしか緩んでいる。


 むう、服のせいか? こういうことさらっと言える子だったっけ?

 なんでだろ。あたし、こいつが着替えたときからなんか落ち着かない。むずむずする。PMS?


「ま、気に入ってくれるか心配だったんだけど。いい一日になったみたいでよかった」


 今のあいつからは、いつもの顔色を窺って言葉を絞り出してくるようなたどたどしさはない。

 胸を抑えて話すような気の弱さも感じ取れない。

 自信がついたんだなって思えるような、堂々とした歩き方がそれを悟らせてくれる。


「いいことだ。誰も笑わない。生卵投げない。すれ違いざまに何も言ってこない。やっと、背景として認められた気がする」

「あんた、どんな壮絶な日々送ってたの……」


 どんだけ周りの治安悪かったんだ。

 あいつと似たような人から聞けば珍しくない光景なのかもしれないけど。

 自分の常識が世界の非常識ってことは、そんなに珍しくないから。

 分からない側にいるあたしには、それ以上何もかけられる言葉がない。


「それにしても」


 あいつは何か言いたげに言葉を断ち切って、あたしをじっと見ている。上から下まで眼球が動いた。


「ん? なに?」

「印象、全然違うんだなと。学校のときと」

「あー」


 あいつと同じく、あたしもさっきの店で買った服に着替えていた。

 買わない予定だったんだけど、ビビッときたコーディガンがあったからね。こういった出会いは早いもの勝ちなのだ。


「こんなに……き、綺麗なんだって気づかなくて」

「あら、ありがと」

 きれい、のとこで噛んでるのが言い慣れてない感バリバリだ。

 心から褒めてくれたのは分かるから、あたしも驚くほどさらっとお礼の言葉が出てしまったけど。


 しっかし、言われてみれば確かに。

 きれいになりたいって子にあたしがこんな格好したら当てつけかって思われそうだから、今日は地味めの服装で固めてたのにね。


 これじゃまるで、さっきみたいにきれいって言われたくて着替えたようなもんで……

 ……え? あれ?


「今みたいな感じにしないのか。向こうでも」

 もてそうなのに。と、あいつはぼそっとつぶやく。

 ん、これはどういう意味で言ってるのかな?

 皮肉で言ってるわけじゃなく、ほんとに思ったことそのまま口に出してるだけなんだろうけど。


「いい女は爪隠すんだよ」

 おちゃらけた調子で言ってみる。

 女子の嫉妬こわいんでやるわけないじゃーん、なんてマジレスしても場が白けるだけなんで。


「……難しいんだな」

 それだけを言って、あいつはあたしから目を逸した。

 ただ聞きたいことが終わったから見るのやめました、そんな感じの自然な動作だった。


 正直、まだこの子との距離感は測りかねてる。

 どこまで寄っていいか、どこまで本音と建前使い分ければいいか。

 でも、こういう空気は嫌いじゃない。

 だからたぶん、あいつとはこれからもゆるっと続いていくんだろう。そんな予感はした。



「すみません」


 なんとなく会話が途切れてのろのろ歩いていると、ためらいがちに肩を叩く感触があった。

 なんだもう、気安く。


「ちょっと今、お話いいですか」


 あ。しくじった。あたしはうっかり着替えたことをさっき以上に後悔した。

 特に、あいつと並んで歩いている今は。ったく今日イチのやらかしだ。


「撒くよ」

 あたしはあいつの手首をつかんで、ガン無視して早歩きに切り替えた。

 聞いてやらなくていいのか? と横からナンパに慣れてないあいつが耳打ちする。

 うん。聞かない。こういった輩の前では止まったら負け。


「そこのお嬢さーん。きれいなお嬢さーん」

 しかし今日の相手もなかなかしつこい。諦めず小走りで食い下がろうとついてくる。お前は逃げる有名人にたかるマスコミかいな。

 で、さらに運の悪いことにそいつはガタイがいい奴だった。


「つれないじゃないっすか。ねー」

「っ」


 横にいたあいつを強引に押しのけて、そいつは割り込んできた。

 瞬間、あたしの中で何かが弾けそうになった。

 この男の無礼な態度にキレただけじゃなく、あたしは見てしまったのだ。


 あいつの、深く傷ついた顔を。凍りついた目を。

 せっかく自信を持って一歩前に踏み出そうとしていた少女を。

 こいつは、踏みにじった。


「ねーお茶。お茶しましょう。おごるんで。お嬢さんかわいいんでカラオケも出しちゃいますよ。ねーねー」


 視界の後ろで、あいつが速度を落として歩いているのが見えた。

 顔を伏せて、あたしから逃げるように人混みに紛れようとして。


「生憎ですが」


 あたしは駆け出した。人の波にさらわれかけていたあいつの腕を掴んで、大胆に絡め取る。


「あたしの連れをないがしろにするような人と、お話することなど何もございません」


 あたしは考えなしに行動した。

 目の前の野郎も、隣のあいつも固まっている。あたし自身思考が途中で止まった。

 なんでだろう。それくらい許せないことだと体が勝手に判断した。


 あいつもどうすべきか察したのか、話を合わせてきた。


「そういうことですので。お引取り願えますか」


 おそろしく低い声だった。

 あいつも内心キレてたんだと思う。あたしまでぞっと肝が冷えるトーンだったから。


 公衆の面前でナンパに絡まれてるもんだから、周りはなんだなんだとあたしたちを遠巻きに眺め始めた。

 目の前の野郎は注目を浴びるたびに慌てふためきだして、最後にこんな捨て台詞を吐いて去っていった。


「んだよ。そっち系かよ」


 奴が踵を返すが早いか、あたしはそっと腕を解放した。

 いきなり組んじゃったもんな。ある意味ナンパと変わらない。引いていてもおかしくないはず。


「無茶振りしてごめん。でもありがと。合わせてくれて」


 あいつはああ、と生返事をするとさっきと同じように並んで歩き始めた。

 か細い声と俯いた姿に、あたしは胸が鷲掴みにされるような痛みを覚えた。だめだ、ここで引っ込ませたら。

 いたたまれなくなって、沈黙で過ごすべきところを言葉で紡ぐ。


「かっこよかったよ」

 これはあたしの本心だ。服装補正も相まって本当にそう思えた。

 あいつは意外そうにあたしを見ると、バツが悪そうに言葉を返した。


「……悪い。勝手にいじけるような態度を取って。友人が目の前で絡まれていたのに、私」


 ううん、気にしてない。あたしはかぶりを振ると、あいつの肩をそっと叩いた。


 ……本当に、今の流れはあたしの失態だ。赤点にもほどがある。

 油断してこんな格好で出たからナンパをつけ上がらせて、あいつを化粧しても無駄じゃんかと傷つけてしまった。

 明日からどんな顔して接すればいいんだ。

 失敗を引きずるあたしに、あいつは軽く咳払いをした。


「……あの、」

「ん?」


「懲りなくていいから。次もまた、今みたいにきれいな姿で、出かけよう」


 まさかあいつからそんなこと言ってくるとは思わなかったので、あたしはまじまじと見つめ返してしまった。

 あいつはちょっとだけ目を逸らすと、少し照れくさそうに空へとつぶやいた。


「目標にしたいから」



 やがて駅が近づいてきて、あたしたちは帰宅する社会人の群れに紛れようとしたとこで。

 ふと、あいつは足を止めた。


 そのまま、人の波からはぐれた道路沿いの植木に向かって歩いていく。

「……どした?」

 気分が悪くなったのかと心配して、あたしも向かうことにする。


 たどりつくと、あいつはおもむろに自分のスマホを差し出した。

「その……私を撮ってほしい」


 本当に、今日は珍しい光景ばかりだ。あの写真嫌いだったあいつがお願いしてくるなんて。

 前にクラスの女子が卒アル用に撮ろうとしたら、恥ずかしそうに手を突き出して隠れちゃったあいつが。


「そんなに気に入った?」

 まるで母親のように、あたしは柔らかい口調で話しかけた。

 遠足の帰り、家に着くのを惜しむ子供を見ているみたいな。そんな光景が重なったのだ。


「せっかく綺麗にしてもらったのに、風呂に入れば落ちてしまうから。参考に残しておきたい」

「ほうほう」


 じゃあ、お化粧には前向きになってくれたのか。

 あたしは密かな達成感を覚えていた。


「本当に、今日はありがとう。私も頑張ってみることにする」

「ん、応援してるよ。また見せに来なさいな」

 あたしはシャッターを切った。無修正とちょっと修正したやつに分けて。


「誰だこいつ」

 ちょっと修正したやつを見せた瞬間、あいつが盛大に吹き出すもんだから釣られてあたしも笑った。


「あんた。美少女フィルター込みで」

「アプリってすごいんだな……」

「今はそれが普通だよ。インスタとか上げてるやつのほとんどはこれ。おっさんでも美少女になれる時代だもの」


 加工アプリバカにするやつもいるけど、あたしは個人的にはアリ。これが自分だって思い込み激しくなけりゃね。

 だって化粧でも整形でも綺麗になれなかった人が、これで手っ取り早く美少女になれたとしたら、いくつになっても画面の世界では綺麗に生まれ変われるとしたら。

 それは希望であり、とても嬉しいことだと思うんだよ。夢を見せてあげるって素敵じゃん?


 ひとしきり笑ったあと、あたしたちはやっと駅に戻ることにした。

 なあ、とあいつが声をかける。


「差し出がましい願いだが……また、いつかの休日に頼んでもいいか」

「お安い御用」


 あたしは二つ返事で飛びついた。

 嬉しい。おしゃれに食いついてくれたことが。一人の女の子の可能性が広がったことが。


「あ、も、もちろん化粧品代は出す。いや、揃える」

「丸投げしないのはよい心がけです。でも、まだよく分かんないでしょ。揃えるの付き合うよ」


 こうしてあたしたちはまた次の約束を取り付けて、休日に落ち合うことになった。


 ……なんであたし、出会ってひと月も経ってない子にこんなマジに世話焼いてるんだろ?

 友達だからだよね。うん。たぶん。

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