【A視点】再び彼女の家に来た
・SideA
次の日の夜、私は彼女の家に招かれた。
以前訪れた際は護衛という名目で漫然と敷居をまたいでいたため、改めて今度お邪魔したいと思っていたのだ。
積もる話もある。今はまったりと彼女との時間を愉しもう。
「ま、文字通り狭いとこだけどゆっくりしてって」
目の前に、高そうな容器に入った緑茶が置かれる。
飲食店勤務だからなのか、置く動作ひとつ取っても様になっていると思うのは贔屓であろうか。
「じゃ、さっそくですがご報告を」
向かいに座った彼女が、事のあらましをかいつまんで話してくれた。
「……というわけなのでした。めでたしめでたし」
「…………」
「どしたー? 反応うすいぞー?」
「いや……なんだ、その、」
口ぶりこそ淡々としていたが内容は想像以上に重く、かける言葉が見当たらない。胸の奥にずっしりと氷の塊が沈んでいるかのように。
「あー。うん、後味そんなにいいわけじゃないからめでたくはないか」
私の煮え切らない態度を察したのか、彼女が慌てて場の雰囲気を切り替えようとする。白けた空気を産み出してしまった時の顔だ。
何か言わねば。咄嗟に、総括のような感想を私は絞り出した。
「と、ともあれ。当事者を治す方針に持っていくのは良い落とし所だったのではないのか」
「現状それがベストだね。ただ、ちゃんと病院に行ってくれればいいんだけどね。受診率低いって聞くし。あの妹さんもこれから苦労するだろうけど」
会話を引き出せたことに安堵する。
例外はあれど、多くのストーカー加害者は得てして孤独を抱えている。幼少期の過酷な環境も加味するとさらに割合は高くなる。
結果。被害者意識が根付くようになり、他害を正当化する認知の歪みが発生する。
人は一度定めた価値観を他者に指摘されたところで、おいそれと直せる割合は少ない。自尊心があるからだ。強く否定されれば、却って意固地になる。
自分は正しいのだという間違った言い分を辛抱強く聞き、理屈を以て少しずつ境界線を超えていたのだと理解させていく。それには途方も無い時間が必要だ。
治すと軽く言ってしまったが、相手は心だ。物理で御せるものではない。
果たして、件の客は悔い改められるだろうか。
「あの子もよく突き止めたよね。LINEで聞いたら逆にストーカーして、探偵込みで割り出したって言われたけど」
「……凄い執念だ」
タイミングが良かったとはいえ。
結果的に異例の早さで解決に繋がったのだから、深く感謝せねば。
「ちなみに、あたしやあの子に送ってたやつは客の私物なんだって。なんで服やアクセなんだろって思ってたけど、真似っ子するときに成り代わるから、前に揃えた小物一式はもういらんってことで手放す理由もあったっぽい」
つまり、その女性客はとっくの昔に自分を捨てていたということか?
付き纏う対象の外見を模倣して、これが本当の自分なんだと思い込もうとする。一種の現実逃避だ。
「自分の生活を切り詰めてまでか。目的と手段が入れ替わってる気がするが……」
「そこもふくめて病気なんだよ。その特定するだけの努力を他に活かせていればねぇ」
然るべき処置は決まった。これ以上外野が言えることは何もない。
犯人の身の上話ごときで心を動かされてはいけないのに。どうしても、私にはその人が他人事とは思えなかった。
「他に何か聞きたいことはある?」
「無い、が……」
今更、こんな心の整理みたいな心情を恋人へ吐露していいものなのか。私は迷っていた。
しばし沈黙が続いて、じゃああたしから言っちゃうよーと彼女は人差し指を自分へと向けた。
「で。そういえばなんだけど、さ」
彼女はふっと笑うと、思い悩む私に時間をくれるように語り始めた。
「ストーカーのこと。あたしは今回被害者側だったわけだし。さんざんキモがったけど、人のこと言えないなって」
「……何が?」
彼女も、今回の一件について思うところがあったのだろうか。一体どこを重ねたのだろうかと興味が傾いた。




