【B視点】婦妻の営み◆
※時系列:『末永く幸多からんことを』の続き
・SideB
気分ってのは予定通りにいかないもんだ。
時間割や遠足のしおりみたいに、あらかじめ区切られた流れに沿って行動する。
そんな義務教育に刷り込まれた常識も、オフの日であれば感情が優先されてしまう。
明日は午前中に気になってたお店行って午後映画見よー、なんて前日に計画してても、寝過ごしたり行く気が失せたりべつの場所に行きたくなることもザラ。
もちろん、夏休みの宿題は追い詰められないと取りかかれない性分だった。
自分ですらコントロールできない気分屋と出かけるなんざ、トラブルの種になるのは火を見るより明らか。
なので放課後ティータイムや勉強会やカラオケといった一箇所から動かない集会には付き合っても、休日まるまる空けることはしないようにしていた。
それが、まさか、自分から誘って連れ回しまくる人間になるなんて誰が予想できたんだろうね。
後にも先にも、したいことが尽きないのはあいつしかいないんだけどさ。
『今日はありがとう。いい体験ができた』
『この間勧めてくれたお店、気に入ったから、よければまた一緒に行きたい』
意識する前から、あの子は出かけた場所の感想を逐一述べてくれた。
お出かけスポットにてんで疎い子だったし主体性も薄い子だったから、基本はあたしが練ってたっけ。
たまにいるよね。プランは全部相手に丸投げするくせに、文句つけたりずっとつまんなさそーにしてたりする奴。あたしも人のことは言えないけどさ。
あいつは言動も知性も大人びてたのに、感性はやたら純粋なとこがあった。
娯楽禁止の家庭で育ったんかってくらい、毎回新鮮そうに目をきらっきらさせてたからね。無いと思ってた保護欲が芽生えたのかもしれない。
もっと楽しませてあげたい。
あれもこれも彼女とならしてみたい。
興味からくる好意が気づかぬうちに蓄積してて、いまのあたしの形になったわけだ。
休日のお出かけがあたしの中ではデートになって、お互い自覚したデートに変わっても方針はあの頃と変わらない。
行きたい場所で、楽しくのんびり過ごす。
変わったのは、特別な相手としかしないことをするようになってから。
とはいえ、お誘いの予定を入れても気分が乗らないときがあるのが厄介だ。
互いに盛り上がったタイミングで、行為に及ぶ。待ったことも待ってくれたことも中断したこともある。
遠距離恋愛中の今であっても、こればかりは臨機応変なデートを心得るしかない。
そんなわけで、盛り上がってしまった今は予定を変更してあたしの部屋に直行しているわけです。
朝シャワー浴びててよかった。
「あ、のさ」
会計を済ませて、ファミレスを出た一歩目であたしはつっかえた声を出した。
「何か」
「お昼、どっかの店かコンビニで買う? イタリアンでよけりゃ冷凍のやつうちにあるけど」
固く絡められた指に力がこもる。
言葉の意図は当然向こうにも伝わっていて、あいつは微妙に視線を反らした。あ、耳赤くなってる。
「第3の選択、でもいいかな」
「いいけど、他になにあったっけ」
提案が苦手なこの子にしちゃ珍しい。こだわりでもあるんだろうか。
「途中にスーパーが確かあったから、材料を買って作るよ」
「ほあ」
そう来るとは思わなかったので間抜けな声が出た。
てか、これから負荷の強い運動に励むのに調理スタミナなんて残るんだろうか。
あたしなんて、社会人になってから自炊も運動もサボりがちなのに。
「鍛錬と隣合わせの生活だったから」
「肩幅広くなったもんね君」
罰則で筋トレ、活入れで筋トレ、警察学校を出ても訓練や自主練で筋トレ。
なにかあれば筋トレをやらされていたため、上層部は脳みそまで筋肉に違いないとあいつがぼやく。
体力が資本の仕事だから仕方ないんだろうけどね。
などと己の怠けっぷりを棚に上げて感心していると、あいつはなにか言いたげに顔を近づけてきた。
「え、な」
ちょ、近い。まさか外でちゅーする気かね。
テンパりはじめたあたしの視界には、左手の甲がかざされる。
「…………この、贈り物に見合った働きをしたいと思い、ました」
「あ、あー。そーゆー」
お嫁さんでいて、の独占欲をさっそく叶えてくれるらしい。
カノジョの手料理だやったー、ってはしゃいで指輪贈った意識忘れてどうするよ。
もひとつ忘れてたけど、この子学生時代から誰かに聞かれたくないときはこうしてめっちゃ距離詰めてくる子だったな。
おかげで心臓への負担がやばかった。よく生きていられたもんだ。
「早く一緒に住みたいっすねぇ」
つないだ手を前後に振って、軽くステップを踏む。
寒空の下、防寒具重装備でいるのに足取りは軽い。
恋人といるときは、重力から解き放たれたように心も体も舞い上がる。
「……待ち遠しい」
空を仰ぎながら、あいつが儚げにつぶやく。
実際のところ、同棲が叶うかはまだ怪しいラインにある。
警察組織は未だゴリゴリの縦社会だ。
認められているのは戸籍上の家族のみという声もある。
ルームメイトと体裁を装うのもダメなら隠れて住むか、辞めるしかないんだろうか。
不安の種は尽きず、幸せの気持ちに影を落とす。
「来るよ、必ず」
だから、声に出して言い聞かせる。
待つのは慣れている。
いつ頃社会が追いつくかなんて知らんがね。一緒になりたい気持ちはずっと変わらない。
なにも発見次第即処刑のキリシタンじゃあるまいし、禁止されてないなら貫けばいいだけの話だ。
「あ、そっち違う。こっち」
スーパーに続く道を指差して、あたしは手を引く。
連れて行くから、大丈夫。やっと掴んだこの手を二度と離したりしない。
きっと、君とならどこにだって行けるから。
名前を呼ぶと、うちの奥さんは不器用に笑って握り返してきた。
「重くないか、それ」
「重くない」
「……腕、震えているように見えますが」
「筋トレしてんだと思って」
腕が攣りそうな重さをこらえ、ぱんぱんに膨れ上がった買い物袋を支えるグリップを握り直す。
どうせスーパーに行くなら減ってきた日用品も買い足してしまえと、カゴにぽんぽん詰めていった結果がこれ。
母親と買い物に行くとやたら売り場を回る時間が長かった理由、今になって分かるわ。
せめて持ち手の片側を持とうかとあいつが振ってきたけど、我慢して帰路を急ぐ。
袋を間にはさんで持つカップルシチュに揺れたけど、それよりも絡めた指を離したくないという我儘のほうが勝った。
すまんね、くっついていたいもんで。
てな感じで騙し騙し耐えていたものの、あたしの部屋に続くアパートの階段を前に足は止まってしまった。
口だけの根性なしである。でも無理だこれ、絶対引きずる。
ぎぎぎと音が鳴りそうな動作で首をあいつへと向けた。
「……ここからは手伝っていただいてもいいっすか」
「もちろんそのつもりだけど、普段からこまめに買っておくようにしなさい」
「さーせん……」
当然のツッコミを受けつつ、グリップごと袋をあいつに渡した。
涼しい顔で軽々持ち上げる仕草にときめきと自己嫌悪が湧く。
くそー、鈍ってんなあ。
飲食のバイトしてたときよりも筋力落ちてる気がする。
仕事に体力のリソースもってかれて運動の習慣がめっきり無くなるから、ジムデビューする社会人も多いんだろうなあ。
これから下手な運動よりカロリー消費になりそうなことするわけだけどさ。
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