【B視点】会社の話
・SideB
飲み会は苦痛ってほどじゃないけど、あんまり得意でもない。お酒弱い側からするとね。
けれど近年は飲みニケーションを避けたがる意見の浸透により、会場は居酒屋からカラオケへと代わりつつある。飲めない若者自体も増えつつあるということで。
カラオケなら聞くかマラカス振ってるか歌ってりゃいいから、飲み会ぼっちも起きづらいしね。
『なるべく心を込めて歌ってみますので、どうぞお聞き流しください』
あたしは果てしなくやる気のない口上をおしとやかに述べた。
小指を立ててマイクを構えて、席を立つ。
周囲は空気を読んでくれた。スマホをいじり始めたり、トイレに立ったり、飯を食い始めたりと期待通りの反応。
聞き流せとは言ったけど露骨すぎじゃんかみなさん?
トップバッターは基本、新人の役目だ。
そんで会社の人と行くカラオケってのは、自由曲は基本歌えんものだと思っていい。
みんなが知ってて盛り上がれそうな曲をチョイスする。こういった暗黙のルールがあるのさ。
うちは高齢の社員が多いから、昭和歌謡がいちばん事故りにくい。
アニソンも最近は寛容の傾向だけど、何を歌うかじゃなくて誰が歌うかなんだよね。陽キャがド音痴でも場がしらけないように。
『分かるか~なぁ〜酒よ~』
酒弱いんでわかりませーんと内心ツッコミつつ歌い終えた。
『なんでそれ知ってんの?』って不思議そうな目で総務が首を傾ける。父親の十八番だったもので。
母親はやっぱりというか、カラオケでも賛美歌熱唱してたな。絶対無いと思っていたのにあるんだね。
そんで空気読んだのに、次の新人は堂々とYO○SOBI歌いだしたもんだからあたしはずっこけた。
子供づてにか案外知ってる層もいて、そこそこ盛り上がったのがなんか悔しい。だったらあ○みょんにしたのに。
各自思い思いに歌い始めて、30分ほど経過した頃。
ドリンクバーのおかわりにロビー脇へ向かおうとすると、自分も注ぎに行くからと若い男の先輩が席を立った。
「あたし、代わりに持っていきましょうか」
「いやいや、新人こきつかえないよ。一緒に行くから」
わあ、いやーな予感。
入社したてで疑いの眼差しを持つのも失礼だけど、この先輩何かと話しかけてくるんだよね。
今日だって女性社員でがっちりあたしの両隣はガードされてんのに、向かい合える位置に腰掛けてちらちら見てたし。ここまで分かりやすいといっそ清々しいけどさ。
あたし以外の女性社員さんは全員、既婚者だしね。
さて、どうすっかな。警備員や店員の目があるロビーだから大丈夫だとは思うけど。
なるべく歩調を合わせないようにすたすた先導するように歩いて、ドリンクディスペンサーの前に立った。
ざーっと氷をグラスに流し込んだところで、先輩が隣に立つ。
「直球で聞くけど」
「はあ」
「いま、フリーかな」
予想はしてたけどここで聞かれるとは思わなかった。
さすが営業マンなだけあるよ。ぐいぐいくるアプローチの掛け方は、ナンパも得意なんだなあって余裕めいた佇まいから伺わせる。
大学で唾つけられてない新卒は、とっとと入社したての段階で捕まえておこうって算段なんだろうけど。
でも、ごめんあそばせ。
あたしの目はとっくに、高校時代から一人しか見えていないのだよ。
「すみません、売約済みなんです」
さらっと答える。先輩はあちゃーとおどけて笑って、後頭部をべしべしと叩いた。
振られても引きずらずさらっと態度を切り替えられるあたり、やっぱ慣れてんだなあ。
「指輪してないからワンチャンあると思ったんだけど」
「入ってすぐ結婚する新人がいたら大物ですよ」
「めちゃめちゃ綺麗な子が入るっていうから、入社前から期待値は高かったんだよ」
「あはは、やっぱそういうのはチェックしてるもんなんですね」
結婚のご予定はございますか、とは当然面接で聞かれた。入籍したら十中八九、3年以内には産休に入るもんな。
会社的にも痛手だし、へたに正社員だとなかなか降格も解雇もできない。3人目まで作って、産休たっぷり使いまくった怖いもの知らずの話も聞く。
結婚のご予定ねえ。するかしないか選択肢があるだけ羨ましいよ。
「まあでも、うすうすそんな感じはしてたんだ」
相手いますって嘘吐いてる子はお目当ての社員とそれ以外で対応がぜんぜん違うからすぐ分かるんだよね、と先輩は教えてくれた。
じゃあ、あたしが相手がいる女だと決め手になったのはなんだろう。気になって聞いてみると。
「だって君、男に興味無さそうだし」
「…………」
遠回しに、されどどこか含みのある言葉を先輩は放った。
注いだメロンソーダをぐいと煽って、独り言のように話し始める。
「なんつーんだろ。君の場合、対応が男女でまったく一緒なんだよね。ガツガツしてないというか淡々としているっていうか……そういう飾らないとこにも惹かれたんだけど、それって相手がいる余裕もあったんじゃないかって」
「先輩も肝が座ってますよね。それだけ観察眼があるのにわざわざ玉砕しにいくなんて」
「憶測だけじゃわからないじゃん? こういうのは行動に移してみないと」
つか、先輩くらい行動力ある人ならそれこそフリーなんてありえないと思うんだけどな。別れたばっかりとかなんだろうか。
「あーあ、やっぱり美男美女は学生時代に買われちゃうもんなんか」
「先輩も一般基準ではイケメンだと思いますけど」
「ありがと。でも俺、男子校で理系大だったからとんと女に縁がなくてね。街コンも連敗中だし」
「先輩は行動力もありますし、いつかいい人と巡り会えますよ。きっと」
「君くらいきれいな人だといいっすね」
あたしたちは談笑しつつ、カラオケボックスに戻った。
陽キャイケメンでも黙ってても女が来るわけじゃないんだね。先輩の理想が高すぎる可能性もあるけど。
先輩はターゲットが外れてすっかり吹っ切れたのか、もうこちらには眼中になく他の男性社員と談笑している。わかりやすいなあ。
デンモクで次の曲を選びつつ、さっきの反省会を脳内で開く。
んーむ。高校時代みたいに地味子で通してたんだけど、社会人では通用しないのか。
相手にも勝手に期待させて勝手に失望させたくないし、なんとかせんとなあ。
「ということがありましてね」
後日、土曜日の昼間。スマホが解禁されたあいつに電話を掛けた。
ずっとレポートと試験勉強の日々で、休日ですら満足に休めないのが気の毒だね。
「ちゃんと振ったから安心してーな」
『…………』
「相手もさらっと引き下がってたし、ストーカー化するようなタイプじゃないから」
『…………』
あいつはあたしから話を聞いている間、本当に応対しているか心配になるレベルで沈黙を貫いていた。
まあ、気分がいい近況報告ではないわな。前にストーカー事件もあったし、過敏になるのもわかる。
だけど話の主旨は、単なるナンパされましたーな雑談で終わりじゃない。
「なので、外では指輪をつけてもいい? アクセは禁止されてないから」
『い、いきなりか? 高いだろう』
あ、やっと反応した。
まだ給料もらいたてのあたしが婚約指輪に手を出すと勘違いしたのか、あいつはそれくらい自分が出すと食いついてきた。
指輪つけることに関してはおっけーなのね。
「ちゃうよ。その辺の雑貨店で売ってるような安物の指輪。なんつーんだろ、虫除けリングってやつ?」
実際、ナンパ対策のため既婚アピールの指輪をする人はいる。
大学時代に働いていたあの店では幸い、某ストーカーを除いてヤバい客には出くわさなかったけどさ。
『それであれば、やっぱり私に出させてほしい』
「あんたがいいならいいけど、どして?」
『私が予約する』
誰にも譲らない、と付け加えてあいつはきっぱりと言い切る。
相方の意外な独占欲に、思わず頬が緩んでしまう。
婚約はまだ無理だけど、ペアリングまで禁止されてはいないもんね。
だからこその予約って言い回しか。なかなか君もロマンチストじゃないの。
「もち。ずっと君だけに預けるよ」
『必ず迎えに行くから』
リングサイズがわかれば、実際に婚約指輪を選ぶときにも困らないしね。あたしも相方のサイズは知っておきたいし。
ほほほ、夢が膨らみますな。
「ありがと。愛してるぜ」
さりげなく口説くと、電話の向こうでがたっとなんか落としたような音が聞こえた。椅子から崩れ落ちたか、あれだと。
「おーい。生きてるかー」
『け、怪我はない』
わかり易すぎるくらい動揺しているのがかわいい。
好きのお返しなんだけどな。不意打ちで食らったからなんも返せずに通話切れちゃったわけだし。
いつかの休みに買いに行くことと近い将来を約束して、あたしたちは通話を終えた。
あー、早く家族になりたいねえ。
前回のお話のこぼれ話です。