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【B視点】あたしの誕生日(後編)

「電話大丈夫だよね荷物届いたんだけどあの意味深メッセなにさ」

『まず大丈夫か一呼吸置きなさいよ』

 動揺して一度でまくし立ててしまった。

 暇してたからいいけどー、と母さんも一呼吸置いたあとに。


『じゃ、やっぱビンゴなんだ。めでたい関係ってことは』

「うわ誘導された」

『そっちが自爆したんでしょうに』


 特段怒る様子もなく、母さんはあたしのビビリが面白いのか笑い飛ばしている。

 ……あれ? 案外そういうもんなの?


「ちなみにどこで知ったん?」

『えー? だってねえ。ルームシェアしてるくらい仲がいいとはいえ、転勤についていくお友達がどこにいるのよ。そんなの家族くらいじゃない』


 ……そこかー。

 年賀状毎年送ってたしなー。親も配送料がもったいないからって直接荷物持ってくることもあったしなー。


 うちは親がキリスト教だから後ろめたい気持ちがあって、ずっと隠してた。

 まあ、でも。感づかれてるならはっきりしないとね。やましいことをしているわけじゃないんだから。


「…………」

 気がつくと、あいつがすぐ隣にいて。

 汗ばむあたしの拳に、そっと手を重ねた。


 ただ傍にいてくれる、愛すべき隣人。それがどれだけ心強いことか。

 あいつも乗り越えた道なんだよね。しかもあたしがいない中。ほんと強い子だよ。


「ごめん。黙ってて」

『別にいいよ。宗教的に身構えちゃうもんね』


「てか、母さんたちは複雑に思わないの? ご法度なんでしょ」

『そういう世の中だしね。聖職者のカム、けっこう聞くよ。それに聖書では、同性愛そのものを否定しているわけじゃないの。文脈を無視してあたかも同性愛バッシングに聞こえるように解釈しているだけで……という説ね』


 説、と最後に付け加えたのは断定はできないからだろう。

 男色をはっきり否定している文脈もあるわけだし。


 イエス様そのものが言及しているわけではないからと、母さんたちは受容論を唱えている。

 カトリックはまだ分からないけど、プロテスタントは同性婚合法化を支持している動きみたい。


『ま、聖書の教えよりも。私たちの幸せはあなたが幸せであることだから』


 母さんはいつもと変わらない調子で告げると、あいつに代わってと言ってきた。

 ご挨拶、ってやつかな。まさか向こうの両親より早いなんてね。


「えと。うちの母さん。繋がってるから」

「承知した」


 スマホを渡すと、あいつはそっと耳を当てた。

 気になるけど聞き耳立てるのもなと思って、なんとなくあいつの背中に耳を当てる。

 いつの間にかどっかに隠れていたサバトラもやってきて、ソファーからあたしの膝へと丸まった。ニャルマジロ状態だ。


 しばらくあいつは、母さんと話し込んでいた。

 どこどこが可愛い素敵とかリアルタイムでやりとりしている様を聞くと、やめてくれえええと顔を覆いたくなる。でも褒め言葉ももっと聞いていたくなる。

 うれし恥ずかし、ってこういう時に使うんだろうか。


「お嬢様は、私の大切な伴侶として。生涯寄り添う覚悟でおります」

 一片の迷いもなく言い切るあいつに、クソデカ感情がふくれ上がって張り裂けて、なぜか涙が浮かんできそうになる。


 伴侶。伴侶かあ。うん、いい響きだ。


 固定電話引いてないから応対はしたことないけど、実際のご夫婦は主人はーとか家内はーって言ってるわけだしね。

 なんだ、その。ちょっと羨ましくなる。家父長制だろうが言われてみたいと思ってしまう。

 やがて通話が終わって、あいつからスマホを受け取った。


「日本で合法化されたら、ぜひ式はこちらで挙げさせてください、とのこと」

「りょ、了解です」


 母さん気がはええ。いつになるんだろうなあ、それ。

 もう写真撮ったんだしいいかーって思ってたのに、来るといいなあなんて思い始めている。

 人間の欲って計り知れないね。それまで親が健在だといいんだけど。



 そんなわけで、あたしの誕生会みたいなものが始まった。


 それぞれの誕生日に必ず手料理を振る舞うと決めたわけじゃない。美味しい飲食店に食べに行く年だってあるし、どっちかが体調を崩したり仕事が立て込んでたりでお流れになった年もある。

 プレゼントは欲しいものはお互い買える歳なので、大学卒業と同時に廃止になった。


 あたしが作る理由は、心からうまそうに食べてくれる姿を独占していたいから。

 あいつが作る理由は、自分が与えられるものに対してはずっと最高の一品をお届けしたい、からだそうな。

 手料理を褒めてくれたことが、想像以上に自信となって嬉しかったみたい。



「それでは、誕生日おめでとうございます」

「毎年ありがとうございます」


 まぶしいご馳走が並んだ食卓で、お互い乾杯のグラスを鳴らして。

 そっからはもう、食べる食べる食べる。あたしは無言で胃袋におさめていた。


 や、まじでうまいもん食ったときってうまいって言葉すら出ないのよ。そんな感想述べる前に食いたいわって本能から。

 加えてお昼も控えめだったから、久々の味覚が強烈な刺激となって次の一口が止まらない。


 メニューはホワイトデーが近いことにちなんで、たらこスパゲティとクリームシチュー。

 付け合せにふわふわの白パン、白身魚のフライ、杏仁豆腐。

 全体的に白い。でもめっちゃ美味しい。

 油っこくない料理を好むこともわかってるから、もたれず食べ尽くせるのだ。


 ちなみにサバトラもちゃっかり、猫用の白いささみをがつがつ食っていた。


 もっきゅもっきゅと手を休めることなく。白い料理を白い皿へと変えて、ようやく一息つく頃には杏仁豆腐をつつくのみとなっていた。一気に食いすぎた。

 一心不乱になって夢中で食べるあいつみたいに、あたしも同じような顔をしていたんだろうか。


「今年もたいへん美味しゅうございました」

「ありがたきお言葉です」


 毎年あたしはうまい以外言えてない。食レポには絶対向いてないタイプだ。

 だって他にどう褒め讃えろというのか。グルメ漫画の主人公の語彙力をお借りしたいよ。



「式、挙げたい?」

 杏仁豆腐の最後の一口をスプーンですくって、口に滑らせて。あたしは口を開いた。


 結婚システムそのものに懐疑的な人が増えた現在、あえて籍を入れない人も増えてきてはいるけどね。人生の墓場だ~なんてネガティブな声も大きくなってきたり。


 あたしたちの場合、今のままとそんな変わんないと思う。一緒に暮らしていることには変わりないわけだし。この子はどっちなんだろう。


「式そのものよりも。籍を入れるということに憧れはできた」

「ほう」

「認められていないということは。実の親にすら、いつかの私や今日のように軽蔑される不安を抱えながら報告しないといけない。口をつぐむ選択をしても、こそこそと世間に悟られないように暮らさないといけない。何も法に触れてはいないのに」

「……うん」


 難しい問題だよね。世界は多様性配慮視野を広げる云々で、あらゆるマイノリティへの偏見を撤廃しようとしている。


 でもそれが無理やりねじ込んだ要素だったり、性別そのものの垣根をなくそうとやりすぎな主張だったら、当然お互いいい気持ちはしない。


 生理的嫌悪感を抱く人に対して、好きになれと強要することはできない。ますます溝が広がるばかりだ。

 仕方ない。みんながみんな幸せになるようにはできていないんだ。


 大事なのは、今自分の人生が幸せかどうか。

 そういった観点で考えれば、自分は十分に恵まれていて、幸福なのだと実感できる。毎年来る誕生日は、特に幸せを感じる1日だ。


 奇しくもあたしは秋が好きで、春生まれ。

 あいつは春が好きで、秋生まれ。


 愛する人がこの世界に生まれてきてくれて。出会えた幸せをいちばん強く実感できる、特別な日だから。


「もし、もしだよ。同性婚が制定されたら、どっちかの誕生日にしたいんだ」

「2つの意味の記念日になるのか。忘れない日になるな」

「それもあるけどね。1年で1番幸せな日を、もっと幸せな1日にしたいと思ったからかな」


 宣言するように。あたしはあいつの前へと左手を伸ばした。


「たとえ認められなくても、あたしはこれをつけて外を歩き続けるから」

「私も、そのつもりだ」


 あたしは信じている。いつか来るその日まで。

 薬指に光る指輪が、形だけではなく本当に2人を結ぶ証になるまで。


 そのときはまた、家に飾る記念写真がもう一枚増えるのか。

 うん、いいね。



「ほら見て。もうこんなに咲いたよ」

 あたしは窓を開けて、マンションのすぐ側に立つ桜の木を指差した。

 今日もあったかかったから、つぼみは順調に広がり始めている。


「早いな。来週あたりじゃないのか、満開になるの」

「晴天が続いていればね。週間天気はずっと晴れだし、いけるかも」


 今日、実の親にずっと秘めていた気持ちを打ち明けて。重く沈んでいた鎖が取り除かれた。

 着実に進みつつある春を表すように、そこの桜はひときわたくさんの花弁が開いている。

 今のあたしたちも、そんなとこだ。


「来週、行こうよ。花見」

「例の桜堤か? 向かうなら朝イチがいいかな」

 毎年すげー混むんだよね、あそこ。約1000本ものソメイヨシノが咲き乱れる光景は、文句なしの名所なんだけどさ。


 ま、なんならそこの桜の木でもいい。

 隣にパートナーがいれば、どこだって。



「これ、だらしないぞ」

 いつのまにかご飯を食べ終わったサバトラが、食卓の上に寝そべっていた。

 こいつとお皿を片付ける前に、ふと思い立って。

 スマホを構えて、自撮りの体勢になる。


「ちょっと手貸して」

「こうか」


 シャッターが切られる。

 映っていたのは、腹を見せて寝そべるサバトラ。


 背後には、互いの左手のみを映したあたしたち。

 反射して、指輪がいい感じに光っている。今の幸せを凝縮した1枚だ。


「考えたな」

「一緒にピース取るよりもこっちのほうが、構えなくていいかなと」


 LINEを起動して、親のアドレスへと幸せのおすそ分けを送信。

 それからあいつにも送っておく。


 こんな感じでまったりのんびりと。

 いろいろあったしこれからもあると思いますが、あたしたちは今日も幸せに暮らしています。


(了)

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