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【B視点】あたしの誕生日(前編)

・SideB


 誕生日って、20代半ばからはだんだん嬉しくないイベントと化する。老けていくだけだからね。


 人生の折り返し50歳くらいまでいけば吹っ切れるんだろうけど、まだあたしはそこまで人間ができていない。

 やーもうおばさんでしてー、なんて若い子ほど自虐するけどあれはあかんぞ。場が凍りついたぞ。


「先輩、ご結婚されてるんですか?」


 昼休み、部下と親睦を深めるために。

 社員食堂にてお昼をご一緒中、後輩の女の子に突然こう切り出された。

 新歓で上記の爆弾発言をかました、大型新人ちゃんである。


「そだよ」

 指輪してんだから、そりゃ気にはなるか。

 ウェディングフォトも撮ったし、まあいいよね。あたしはさらっと流した。


「珍しいですよね」

「珍しい?」

「だって、今晩婚化進んでますし。20代じゃまだ遊びたい盛りの方が多いですし」


 早い人は早いだけなんですよ、といった突っ込みをうどんをすすって飲み込んだ。


 でも、現実的に考えて安定した家庭を持つなら30代辺りじゃないとね。

 賃金はあがんないし、貯金はままならないし。

 養育費だってかかるかかる。覚悟があってもお金がないんすよ。


「そんなにお綺麗だから、きっと相手も本気になったんですね。男性は本命はだらだらキープせず、さっさとプロポーズするって聞きますし」


 間延びした声で羨ましそうにつぶやくと、後輩はちくわ天をかじり始めた。

 力うどんに揚げ物におにぎりにいなり寿司って。炭水化物の重ね食いすごいな。太るぞ。


 遠慮というものを知らない後輩は、その後もやたらと恋バナを掘り出そうとしてきた。


「お相手のご職業を伺っても」

「おまわりさん」

「公務員ですか。安泰ですね。いい人捕まえましたね」


 今はあいつが捕まえる側だけどね。

 今日は非番だから、お昼から休みって言ってたな。


「はあ、警察官の旦那さんですかあ。かっこいいですねえ」

「やらんぞ」

「取りませんって。私彼氏いるんで」


 わりと本気で顔をしかめられたので、張り合ってしまったことにあたしもあいたーとこめかみを押さえる。

 この短時間でどんどん後輩からの敬意が薄れてきているような。仮にも直属の上司ですぜ。


「ほら警察官って市民の安全を守る仕事じゃないですか。頼もしいなって思ったんです。先輩は市民ですから守られる側でもありますし」


 護られる側。ふむ。いいっすねぇ。

 そっかあたしは市民だもんね。

 箸が止まって、脳内で花畑を広げているあたしに後輩は心配そうな目を向ける。


「……先輩、うどんと鼻の下伸びてますよ」

「君はいろいろと伸びしろがありそうだなあ」


 旦那さんじゃなくて奥さんだと言ったら、どんな反応すんだろう。

 言えないけどね。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ。


「てか先輩。かけうどん一杯って。それで足りるんですか」

「いまダイエット中なんで」


 そんな細い足でうそつけー、と返す後輩に君は炭水化物摂りすぎやと窘める。

 確かに嘘だ。でも、今晩はご馳走でお腹空かせておきたいからって言っても子供かってからかわれそうだしね。


 なにせ、今日はあたしの誕生日で。

 毎年あいつが直々に、美味しい料理をふるまってくれるから。



 無事本日の業務と新人育成が一段落を迎えたので、あたしは帰路につく。


 駐車場に出た瞬間、周囲に人気がなくて開放感が広がったためか。

 いい歳してヒールでスキップしそうになってしまう。いかんいかん。

 それでも頬のうずうずは止まんなくて、きしょい面構えのままあたしは車へと乗った。


 おお、もうけっこう咲いてる。

 赤信号で停車中、道路の両脇を埋め尽くす桜の群れを眺める。

 むき出しだった枝には、薄桃色の花弁がぽつぽつとほころび春の訪れを告げていた。


 まだ3月半ばも過ぎてないけど、桜前線は急速に北上しているって分かる。

 3月入ってからずっと20℃超えで、雨天もぜんぜんなかったもんなー。東京の開花宣言も数日前に放送されてて、観測史上最速ですってアナウンサーが興奮気味だったけど。


 でもそれって、見方を変えれば温暖化がどんどん進んでるってことなんだよね。

 思えば2月も暖冬だったし。記録的な温かさだってテロップを何度も見かけた。積雪はもうここ何年も見ていない。

 寒がりにとっては嬉しいけど、そりゃあくまで人間様の都合。


 寒暖差による休眠打破がうまくいかないと、桜が開花準備に至らないと専門家は言っていた。

 ……おばあちゃんになる頃には満開の桜すらレアになるのかな。嫌だわ。



「…………」

 ただいま戻りました。そう心の中でつぶやいて、あたしはドアチェーンを掛けた。

 マンションの廊下って案外ヒールの音が響くし、声は言うまでもない。


 カギも鈴なんかつけていたら、若い女が住んでるってバレてしまう。帰宅時間も悟られるとまずい。って身を案じるあいつに口酸っぱく言われた。

 だから車を降りる際にスニーカーに履き替えて、あたしはいつも帰宅している。


「…………」

 返事がない。あれ、靴はあるから外出はしていないだろうけど。

 じゃあ、寝てるとか?


 代わりにやって来たのは、サバトラのメス猫だった。

 廊下からにゅっと顔を突き出しているので、手招きするとてててとこっちに駆け寄ってきた。


「お出迎えさんきゅう」

 ぐるるると鳴る喉をくすぐって、足元にすりついてくる小さな体を抱き上げる。

 コロコロクリーナーせんとなあ。しかし寄ってきたら撫でくりまわさないわけにはいかんのだ。親バカだねあたしも。


 このサバトラは、数ヶ月前に動物指導センターで引き取った子。

 施設によってはルームシェア・同性カップルNGってとこもあるから身構えてたけど、『飼育可能な賃貸住宅か』が条件だったから安心した。


 同じ模様だった、今はもういない子のことを思い出す。

 茶トラのお嫁さんだった、警戒心の強いあの子はつい最近虹の橋を渡った。そう保護してくれた方から連絡があった。


 茶トラが大学2年に上がるタイミングで亡くなったことを考えると、それから7、8年くらい?

 人間の1日が猫にとっては4日くらい経過しているらしいから、かなり長生きしていたことになる。


 寂しいけど、やっと会えたんだね。

 ……うちらもなるべくは、何十年も待ちたくないし待たせたくもないなあ。


 はるか空のかなたにいる二匹といつか訪れる未来を想い、すんと鼻を鳴らす。

 出会いと別れの季節だからか、最近ちょっと涙もろくなった。

 そんな飼い主の心情など知ることもなく。腕の中にいるサバトラがこちらを向いて、大きくあくびをした。



 洋間に入ると、香ばしい匂いが広がっていた。

 昼食をセーブしていたこともあり、食欲がすごい勢いで刺激されていく。

 ラップがかけられている大皿もある。もう作り終えたんだ。


 そしてうちの奥さんは、ソファーで毛布にくるまっていた。

 一眠りならベッド行きなはれと言いたくなったけど。寒さに耐える子供のように頭から被って寝息を立てている姿は、なんか起こすに起こせない。


 そのうちサバトラがひょいっと腕からすり抜けて、ソファーへと飛び移る。

 何度か足をふみふみすると、そのままくるんと丸まってあいつへとぴったりくっついてしまった。ふふんと見せつけるように。


 あ、ずりー。

 妙な対抗心が湧いてきて、急いでスーツの汚れをはらう。


 スプリングコートと一緒にハンガーに立て掛けて、部屋着に着替えて。

 毛布を剥ぎ取るわけにはいかんのでひざ掛けを持って、サバトラとは反対側にあたしは座った。

 膝を折り曲げて、あいつへとひっつく。でかい猫が加わった。両手になんとやらだ。


「…………」

 そのまま2人と一匹で、しばしの春眠に入る。

 室温よりも外のほうが体感上あったかく感じるようになってきても、好きな人のぬくもりには敵わない。


 毎晩包まれているけど、昼寝している姿は滅多に見れないので。

 ナチュラルにお惚気ているあたしの脳内も春ですなあ。


 毎年ありがとう。今はゆっくり休んでね。


 まどろみが深くなってきて、思考がぼんやりかすんでいく。眠りに落ちていく瞬間はもっとも無防備で、一日の中でもっとも好きな時間だ。



『こんちはーっす』

 なお、現実はそんなに寝かせてはくれなかった。

 宅配員さんがインターホンを鳴らしたからだ。


 あたしはのろのろと玄関へ歩いていく。う、夕方だからかちょっとさみい。

 サバトラはひゅっと逃げて、あいつも起きてしまった。


「ずいぶんと大きいな」

 置き場に困るでっかいダンボールを抱えたあたしに、あいつがさりげなく横から支えてくれた。


「LINE見るの忘れてたわ。あたしの誕生日に合わせて、親が食品贈るって言ってたんだった」


 ダンボールの中身は、米と野菜と味噌とメッセージカード。

 誕生日とはいえ使わなそうなものを贈られても困るから、いつもと変わらず食品類なのはありがたい。


 時期的にちょうどいいのか、カードにはイースターエッグのデザインが施されている。両親からつづられたメッセージに目を落とすと。


『愛する我が娘へ 誕生日おめでとう 今年も無事、健やかに過ごす貴女からの便りがあり嬉しく思います』


 家からは出たけど、電話は週2くらいの頻度で掛けている。

 テレビ電話もたまーに。年賀状も親にだけは毎年送っている。いつ何があるかわからんからね。


『追伸 共に生きる隣人とのご多幸とご発展を、心よりお祈り申し上げます』


 待て待て待て。

 あたしはぐいんと相方へと顔を向けた。残像が見えるくらいめっちゃ首と手が振られた。

 なんや。どこだ。どこで漏れたんや。

 真相を問いただすため、あたしはスマホを手に取った。

お久しぶりです。

特別編をカクヨムに書き下ろしたため、こちらにも投稿いたします。

時系列的には写真撮影から数年後です。

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