【B視点】そして永遠を誓いましょう②
・SideB
あいつと暮らすようになって、どんくらい経ったっけ。
ひとつ屋根の下でいつも一緒。ペアリングも買った。仕事もそれなりに順調。健康面でもお互い気をつけてるから問題なし。
あいつの仕事的に急な呼び出しが多いからあんまりデートはできないけど、そのぶんおうちデートを満喫している。
もともとインドア派でよかったわ。
こんなに幸せでいいんかってくらいな、あたしの人生。
でも、幸せも慣れてくるとちょっと欲が出てきちゃうんだよね。人間の性ですな。
籍の概念に縛られるわけじゃないけど、もっと家族みたいなことはしたいかなって。
その想いが行き着いた先が、今日のデート場所になる。
具体的に言えば、ある意味結婚式場というのかな。
こういうのは着れるうちにやっておきたいからね。もう20代も半ばだし。
「ほらほら、似合ってるんだから胸を張りなさい」
恥ずかしそうに顔を隠すあいつの背中を叩いて、撮影場所へと手を引く。
化粧もばっちり決まった姿は、お世辞じゃなく綺麗だと思う。
「着物は初めてだ。こんな着心地なのか」
「成人式出なかったって言ってたしね」
七五三は覚えてないんかい、という突っ込みは置いておいて。
目の前に立つのは、あたしだけのお嫁さん。
高そうな正絹の素材に覆われた純白の着物をまとっていて、背が高いから長い丈がすらっと伸びていっそう格式の高さが引き立つ。
綿帽子で額からすっぽりと頭を覆っているから、撮られるのが苦手なあいつにはうってつけだと思う。
同じく着替えたあたしを見て、あいつが相変わらず顔を隠しつつぼそぼそと褒め言葉を並べ始めた。
「あなたも、すごく、綺麗で。本当に、輝いてるというか隣に立つのが恐れ多いと言うか」
「並ばないと写真は撮れないのですよー」
あたしたちが今いるのは、フォトウェディングスタジオ。
同性愛者へのプランに対応しているスタジオを吟味して、あいつの貴重な休みの合間やっと向かうことが出来た。
大学時代だったかな? そんときの冬休みにちょろっとこぼした、式の写真を取りたいなーって願望がついに叶うことになった。
大人になると、やりたいことはだいたいできるんだねえ。
『お似合いですよー』と褒めてくれるスタッフを背に、あたしはちょっと気取って長いドレスの端をつまむ。
白無垢のあいつとは対象的に、あたしはウェディングドレスの姿で立っていた。
小さいときは将来はお嫁さんになるのーって夢見がちな女子を鼻で笑ってたけど、いざ恋人ができると、ね。
やっぱ憧れはあるんだね。ごめんよ夢見る少女たち。
ひらっひらの、いくつものレースが連なった純白のドレス。足元が見えんほどのロング丈。手にはちゃっかりウェディングブーケまで。
花のチョイスがカサブランカなのは、ある意味気が利いている。
一生に一度しか着ない服に金かけるなんてーって思ってたけど、やっぱり着てよかったと思う。夜の営みが進んでも心は乙女のままである。
スタッフの指示に従って、あたしたちは結婚式場を模したセットを背後に並んだ。
白無垢と、ウェディングドレス。和洋折衷の組み合わせ。
よくばりセットで、混ざり合ってなくて。
写真をこれから眺めるたびに、統一感ねーなーって思うんだろう。
でも、それがあたしたちだから。
何から何まで違うのに惹かれ合って、今があるんだから。
「どうして、今日撮ろうと思ったんだ?」
「夢で見たから」
首をかしげるあいつを横目に、あたしはまだぼんやりと残っている記憶を思い返す。
もう見ないと思っていた、好きだった夢。
久々に訪れたそこは、もうかつて夢見た景色からは色あせていた。
音もなく、鮮やかだった夕暮れの海辺は灰色となり色彩が失われて。
それだけあたしの中からは、遠ざかっていたということ。
それでもまだ、あいつはそこに立っていた。
高校時代と何一つ変わらぬ姿で、じっと、渚に。
ああそっか、とあたしは今更ながら意味を理解する。
あの子だけが、ここで取り残されていたんだ。
曲や景色はあの旅行で思い出と共に置いていったけど、まだ、あいつには何もしてあげていない。
だからあたしが再び訪れるときまで、ずっと。待ってくれていたんだ。
あたしは手を伸ばす。これまで醒めるまで隣に突っ立っていただけだった状態から、一歩を踏み出す。
指を掴んで、絡めて、隣へと並ぶ。
瞬間、世界が色づいた。
まるで手を取ったことで時間が動き出したように。
海なのに浜辺には次々と植物が伸びて蕾がひらいて、色とりどりの花で満たされていく。磯の香りから花の芳しさへと空気が塗り替えられていく。
天国ってそういうとこなのかもと思った。
そのままあたしたちは、再び鮮やかに染まり始めた浜辺を歩き出す。
歩くたびに、足取りが軽くなって。浮遊感を覚えるようになってきた。
たぶん目覚めが近いんだと思う。
視界に広がる世界はどんどん彩度が増して、目を開けていられないくらいまぶしくなってくる。
隣のあいつは、相変わらず無言のまま。
でも、ふと視線を向けると。
髪が伸びて背ももっと伸びて、顔立ちも化粧っ気が出てきて。
あたしの知る、今のあいつへと変わっていた。
連れて行こう。ここから。
そしていつか、肉体が限界を迎えてふたつの魂となったときに。
また手を取って、どこまでも花で敷き詰められたこの場所を歩き続けよう。
光がさらに強くなって、一面の白に覆われて。あたしの意識は急速に浮上していった。
「それでは、準備はよろしいですか」
スタッフがカメラを起動して、こちらへと向けられる。
ポーズはなんでもいいみたいなので、とりあえず今のあたしたちを象徴するブーケを一緒に持つことにした。
「ありがとう」
ブーケを持った瞬間に、あいつが耳打ちしてきた。独り言のように。
「あなたが手を引いてくれたから、ここまで来ることができた」
「そりゃもっと年老いたときに言う台詞ですぜ」
奇しくも夢のあいつと重なって、吹き出しそうになる。
でも、それはあたしも同じだ。
あいつと出会わなければ、こんな幸せな人生はありえなかったと思うから。
この写真は、いちばんいい場所に飾ろう。
いつかあいつが贈ってくれた、フラワーギフトの隣へと。
最高の舞台で、最高の姿で、最高の笑顔とともに。
至上の瞬間が、今ひとつの写真へと切り取られていった。
籍を入れられなくたって。
あたしたちはずっと、深い愛で結ばれているから。