【A視点】初めての夜②◆
それから。
事が終わって、生まれたままの姿同然の彼女へと乱れた浴衣を直してやる。
入浴は明日ということで、今夜はもう布団に入ることにした。
結論から言えば、いろいろあったが行けるところまでは行けた。
苦しそうに耐えていたため、途中何度も中止の二文字が頭をよぎったが。
それでも何としてでもこの旅行を初めての思い出にしたいと、健気に受け入れる様を魅せられては二の句が継げない。
時間を掛けて、ゆっくりと。
ようやく深部までたどり着けたときには、冬場だと言うのにお互い汗だくになっていた。
時計は深夜を大幅に回っていた。
途方もなく、濃密な時間であった。
「やー、しちゃいましたなあ」
寝そべっていた彼女が首だけを起こした。
今は毛布の中に潜り込んで、私の胸を枕代わりに身を委ねている。
「無事に終えて何より」
頭にそっと手を置くと、満足そうに頬を擦り寄せてくる。
「……えっと、どうでしたかね」
「可愛かった」
「そりゃよかった。……ほんとよかった下品とか思われなくて」
「行為に品は必要なのか」
「どうせなら綺麗に乱れたいじゃん」
いくら乱れようと、この人の価値が変動することはないのだが。
幼子がしてくるような甘え方が、堪らなく愛おしく感じる。
本当に、よく頑張ってくれたと思う。
「痛みはある?」
「なんかひりひりというか、まだ入ってそうな感はあるけど」
でも、そんなに痛くないからと補足を受けて、ほっと胸を撫で下ろす。
「君も。ほんとーに、お疲れ様でした」
お返しとばかりに腕が伸びてきて、頭をわしゃわしゃと掻き撫でられる。
そんなの。彼女のほうが何倍も辛かったであろうに。
思わぬ激励の言葉を受けて、甘えたくなる感情が揺り動かされる。
「つか、経験ないのに痛くしないように突っ込んでって。ムリムリのカタツムリじゃん。心臓ばっくばくになるじゃん。される側が怖い無理なら通じるけど、する側が怖い無理って言いたくても言えないじゃん。それでやりきったってのは、めちゃめちゃ頑張ったってことなんですよ」
その言葉で、一気に張り詰めた緊張が瓦解していく。
弱いところを見せないように虚勢を張った。安心して身を委ねられるように精一杯の格好をつけた。
その判断は決して間違ってはいなかったと思う。だからこそ初めてにしては悪くない思い出を残せたのだから。
それでも。
苦痛にうめく彼女に何度、『やめるか』と言いそうになったか分からない。
それは相手への気遣いよりも、これ以上苦しそうな姿を見ることに耐えられない弱さから来る予防線に過ぎないのに。
ある意味、目隠しを施していることに安心していた。
震えそうになる指先と喉を堪える私は、とてつもなく頼りない顔をさらしていたであろうから。
だけどそんなものはとっくに、視界を塞がれている状態であろうと見抜かれていて。
だからすべてが終わった今、こうして労るべき人に励まされているのだから。
「……敵わないな」
きっと、一生。
吐きそうになる弱音は飲み込んで、頭を行き交う心地よい感触に目を細める。
「むしろ、まいってるのはあたしの方だけど」
先に惚れた側だからさ、とさりげなく口説きつつ彼女はふやけた笑みを浮かべた。
「しかしまあ」
布団にまた潜った彼女がもぞもぞと話しかけてくる。
「一線を越えても、そう劇的には変わらないもんだね」
「……成長の過程ではないのだから」
するまでの私達もそうであったが。
やたらと初夜という概念は神聖化されていて、架空の世界では一大イベントのように取り扱われている。
だが実際に経験してみると、お互い超えるまでに必死だったせいか最中は特別感を味わう余裕などなくて。
終わって初めて、いい思い出だったかもしれないと振り返られるのだ。
「とは言っても……」
彼女は裸体を見られたどころではなく、あますとこなく痴態をさらけ出している。
こうしてのんびり会話を交わせていることが、不思議なくらいであるが。
「一周回って吹っ切れた。どうせ今後も隠すことはできないんだからさ」
それはそれで、すごい度胸である。
むしろ本人以上にこちらは、あられもない姿に心乱されていたのだから。
今でも思い返すと顔から火が出そうになる。よく最後まで失神せず気を確かに保っていたものだと思う。
「またそのうちしましょう」
「ああ」
一緒に開発してこうねと意味深な台詞をついでに呟かれて、遅れて意味を理解する。
吹っ切れたからか発言にも遠慮がない。
少しずつ。私も慣れていこう。
そろそろ寝たほうがいいということで、私も頭から布団をかぶった。
彼女の体温がこもる中で、暗闇の中。手探りで手を取り合う。
「まだ繋がり足りないかい?」
「……そうなる」
初めての夜なのだから、明けるときまで繋がっていたい。
十分に密着しているのにさらなるぬくもりが欲しくて、私は指を絡めた。
「おやすみなさい」
「うん。お休み」
温い空間で身を寄せ合って、互いの体温に包まれたまま夢の世界へと誘われていく。
しばしの時間が流れて、意識を手放し沈んでいく瞬間。
耳元へと彼女の吐息がかかって、小声で囁かれた。
「だいすき」
その言葉が夢でなかったことに気づいて悶えるのは、翌朝になってからであった。
※規約上詳しくは書けないため、外部サイト『ノクターンノベルズ』にて初夜のシーンを掲載しております。
https://novel18.syosetu.com/n0589hl/
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