表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/171

【B視点】奴が来た

・SideB


 あたしはちょっと遅めの昼食を摂っていた。

 本日のまかないはヘルシーリゾット。最近流行りの代用食ね。

 カット野菜を米代わりのダイエットメニューとして出したところ、めでたくグランドメニューの仲間入りを果たした新人ちゃんだ。


 うん、食感はいいよね。

 トマトベースのスープに魚介エキスとパセリとサラダチキンが絡んでいるから、味の満足感もあるし。

 これ毎日って言われるとご飯が恋しくなるけど、週3くらいだったら食卓に並べてやってもいい。


 咀嚼していると、来店を知らせる鈴の音が鳴った。

 あいつ、来たのかな。スプーンを動かす手を少しだけ早める。

 LINEに既読ついてたから、もう座ってんのかもしんないけど。

 ほら、今また鳴ったし。案内したかったなあ。


 食器を厨房に戻す時に、あたしは客席を確認するべく顔を出そうとした。

 その時だった。


「(ごめんね)」


 店長が視線を遮るように、大きく体を乗り出した。

 もちろん、嫌がらせの行動なんかじゃない。

 あたしと店長は合わせ鏡のように顔をしかめて、大きく息を吐いた。


 奴が、来たのだ。


 良く言えば金を落としてくれるお得意さん。悪く言えば痛客だ。

 外見から中年を過ぎて久しいその人は、おそらく仕事してないのか平日でも白昼堂々とやってくる。

 いっつも同じと言うか似たような、部屋着っぽいよれただっさい格好で。


 頻繁に食事に訪れるだけだったら無害だよ。そういうお客さんもいるし。

 むしろ常連サービスでこっちが繋ぎ止める側だ。

 ただ、こいつはちょっと常連客の範疇には入れたくない。

 理由はただ単に気持ち悪い。

 お店の雰囲気や食事目的じゃなくて、あからさまに店員目的で来ているのが見え見えだから。


 きっかけは春先の夕方頃。人がほとんどいない日だった。

 同僚がレジカウンターでその客と話しており、いくら暇な時でも仕事中だからと注意したところ、一方的に話しかけられて迷惑してたらしい。


 常連客では身内のように親しく話しかけてくる人も珍しくない。

 一言二言世間話を交わせば相手もそれで満足する。仕事中だしね。

 その当たり前の常識が、奴には通用しなかったのだ。


 それからその客は、決まって暇な時間帯を選んで訪れるようになった。

 ウザ絡みの鬱陶しい客。そういった認識があたしたちの間で広まるのにそう時間はかかんなかった。


 店長が『仕事の邪魔をするのでしたら法的措置を取りますよ』とビシッと言ってくれたのが効いたのか。

 それから大人しくなったのまでは良かったんだけど。

 でも、生理的嫌悪感は拭えなかった。

 訪れる頻度も、吟味するように舐め回す視線も変わらなかった。


 実害はないので店側も出禁にはできない。

 暴れるとか、セクハラするとか、個人情報を聞くとか。そういった業務妨害はやらないから警察も動いてくれない。


『自意識過剰じゃないの? 自分が嫌いだからってなんでもまかり通るわけじゃないんだよ』なんて説教まで頂戴してしまった。

 多分、相手も程度を分かってるんだろう。

 ただじろじろ見るために来店するのがいっそうタチが悪い。


 最初に絡まれていた同僚は奴のお気に入りだったのか、そのうちその子がいる日を狙って来店してくるようになった。

 あたしたちは同僚とそいつを鉢合わせないように、来たらバックルームに隠すとかで精一杯のフォローをした。つもりだった。


 結局は守りきれなかったのだ。彼女は気味悪がって辞めてしまった。

 悔しかったけど、業務にまで支障が出るほど参ってたから仕方のないことだった。

 その客も退職を知った瞬間に店へは足を運ばなくなった。露骨すぎてムカつくわ。


 でもまあ、ひとまずは一件落着だと思ったのだ。

 あたしが次のターゲットになるまでは。


 

 とりあえず、こんな顔を他の客に見せるわけにはいかない。

 なので裏へいったん移動する。


「……いるんですか?」


 あたしは被った猫を剥がした。露骨に不快な声調で店長に問いかける。


「うん。だからまだこっちにいていいよ。私がなんとかするから」

「……ありがとう、ございます」


 自分の休憩を潰してでも後輩を庇ってくれている。理想の上司だ。なんだけど。

 今日はちょっとタイミングが悪すぎて、あたしはちっとも感謝してない口ぶりで言ってしまった。


「気にしなくていいよ。あなたもミヅキちゃんを守ってくれてたじゃない」

 店長は慰めるように、優しい口調で肩を叩いた。


「いえ、その……」


 ああ、公私混同しちゃいけないんだけどなあ。

 でもあの客は長時間居座ってるから、隠れてる間にあいつが帰っちゃうかと思うと我慢ならなかった。


「……どうしたの?」


 かいつまんで事情を説明する。

 今日、”友達”がこの時間帯に来る予定なんです。

 もちろんお喋りはしないようにお互い了承していますが、顔すら出さないのは失礼だと思って。と。


「あー……そっかー……」


 それは悔しいよねえ。うんうんと何度か頷くと、店長は明るく声を切り替えた。


「じゃ、その間のお仕事はレジ周りを任せるよ。基本カウンター下掃除で、お勘定のときだけ顔出してくれればいいから。そしたらお友達とも会えるしね。あの人のときは私が代わるよ」

「ですが……」


 いくら頼ってくれてもいいとは言っても、他の人にあたしのぶんの仕事を負担させてまでエゴを通すのは限度がある。そろそろ上がる人もいるし。

 どうせ実害はないんだから、堂々としてりゃいい。あたしが我慢すれば済む話なんだから。


「それは駄目」


 店長はきっぱりと言い切った。

 普段穏やかな人がぴしっと空気を張り詰めると、怒りっぽい人よりも迫力がある。


「従業員を守るのが私の務めだもの。ストレスを抱えてまでお仕事させるなんて店長失格だわ」


 前の、あの子を守りきれなかったことを相当悔やんでるんだろうな。

 上に立つほど責任は重くなるし、それ相応の覚悟も必要となる。

 でも、店長は優しいから。あたしみたいにひねくれてなくて、いつもまっすぐで。皆からも慕われてて。

 だからこそ、胸が痛い。


 あー、本当に忌々しい。

 こういった事例って被害側がメンタルすり減らしていくだけなんだよね。くそったれ。


 やっぱさっきの発言撤回。

 いくら見られるのが仕事つっても限度がある。

 それで心身やられてたら本末転倒だ。客は神様にも疫病神様にもなるんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ