【B視点】愛をこめて装花を
「ま、夢なのに何も起こらんのはMVがベースってのもあるんだろうけどね」
「そうなのか……」
その地味な内容をいつまで広げるんだ、と声が乾き始める。
「で、その曲が電車であんたに聞かせたやつ」
「ああ、だからか」
好きだった失恋ソングを聞かされたこと。海に行きたいといったこと。夢に自身が出てきたと打ち明けられたこと。
ぼやぼやしたピースをひとつずつ嵌めていくように、あいつが考え事をしている難しい顔つきになる。
「それで、話した理由を聞いてもいいか」
当然疑問はその一言に集約される。で、結局何が言いたいのってやつ。
結論から言うなら、ずっと好きな夢に浸ってるのも恋に恋してるみたいで不誠実だと思ったのだ。
だって、夢に現れるあいつは。
髪の長さも背格好も、高校時代と何一つ変わらない。
かつて一番好きだった曲が時の流れで順位が変動したように、あたしの外でも中でも変化は起きている。
そろそろけじめをつけるときなんだ。
アップデートしましょや、ってね。
「見る側ではなく、叶える側に行きたいんだ」
抽象的にあたしは答えた。
曲は夢から掘り出されてかき消えた。
海の景色も実際に赴くことで、より鮮明な記憶に塗り替えられていく。
しまいこんでいた好きをひとつずつつまみ出して、夢から現実へのお引越しを済ませていく。
そうして最後に取り残された、あたしの中にいる、高校時代のあいつ。
目の前にいる、今のあいつに置き換わることで。あたしのけじめとやらは終わる。
いや、それが始まりなのかな。
二人の世界、もとい生活をこれから一緒に作っていくんだから。
なので、伝えるべき言葉は決まっている。
これまでの流れ的にほぼ未来は確定していたけど、こういったものはちゃんと声に出して思い出に残したいのだ。
まだ乙女ですので。
振り返って、距離を詰めて、あいつの肩へと両手を置く。
合図のように、一瞬だけ風の音が弱まった。
「ずっと、あなたの側に寄り添いたい」
寒空の下。
二人きりの渚で、あたしは夢の続きを紡いだ。
そうしている間にも何も変わらず、凍てつく海風がぬくもりをかっさらって寒気が通り抜ける。
祝福の声も温かい拍手も、ここにはあるわけがない。
でもそれが、紛れもなく現実にいるという証だから。
「あ、改めて。よろしくお願いいたします」
かしこまった言葉とは裏腹に、声は案外ぎこちない。
感情よりも定型文を優先したんだろうけど、声色でわかってしまう。
ありゃ、タイミングしくった? やっぱ真冬の海辺とかいうシチュがあかんかったか?
「そうではないよ」
苦笑いを浮かべて、あいつは背負ったカバンを下ろした。
手を突っ込んで、それから一つの細長い箱を引っ張り出す。
ひざまずいた体勢で、黒い箱を抱えてあたしを見上げる。
「逆の順番となってしまうが」
これが私からの返事だ。
つぶやいて、相変わらず腰を下ろしたまま。
あいつは授けるように箱をあたしへと差し出した。
あ、そゆこと?
ポーズ的に今更あたしは察した。
ごめん。かっこよく決めるとこをかっさらっちゃったのか、あたし。
「構わない。それもまた、私達らしくていいと思う」
「あはは、確かに」
あたしたちはどこの要素を取っても、誰が見ても正反対。
凸凹で、なのになぜか気が合って、友人から恋人からもっと先の関係に進もうとしていて。
それとも、自分とはまるっきり違うからか。
だから惹かれるのかな、こんなにも。
「ありがたくお受け取りいたしますぜ」
いつまでもあいつを砂浜でひざまずかせてるわけにはいかない。何のプレイだよ。
あたしは箱を受け取って、もう立ってもいいぞーと告げた。
でないといつまでも見上げてそうだったので。
「お、おおー」
箱を開けると、色とりどりのバラの花が目に飛び込んできた。
丸いガラスドームの中にいくつも咲き乱れて、底には羽のような白いふわふわの素材が敷き詰められている。
てっぺんの球体にはひらひらのリボンがあしらわれて、いかにも乙女心を刺激する超ファンシーな贈り物に仕上がっている。
「めっちゃかわいいねこれ」
「最初は花束にしようか迷ったが、旅行先では持ち運びに困るから。フラワーアレンジメントにしてみた」
「確かに花束は嬉しいけど扱いがね」
ちなみにこのガラスの中のバラは、造花ではなく加工した生花らしい。
プリザーブドフラワーってやつなんだとか。
ドライフラワーとは違って寿命はあるけど、数年くらいは持つからインテリアとしても重宝する。
枯れない美しさを、生花よりちょっと長く楽しむために。
「よく似合ってるよ」
きゃっきゃといろんな角度から鑑賞するあたしを見て、あいつが満足げに言った。
「ありがと。大切にするね」
二人で飾っていく思い出が、こうしてまた一つ増えていった。
フラワーギフトは丁重に箱へとしまって、それから無言で向かい合った。
手袋を取って、手を取って、海をバックに見つめ合う。
「まだ学生だし職もないし道もわからんけど、心に決めたことは揺るがないから」
でも、側にいると決めたから。いい人生にしようと頑張れる原動力にはなる。
それがあたしの生きる希望のすべてだから。
そしてあいつも、誠意を持ってきっぱりと応えてくれた。
「選ばれた者としてお応えできるよう、この先も全力を尽くす所存にございます」
「こちらこそ」
指を絡めて、静かに口づけを交わして。
心を通わせたあとは、当然体も欲しくなってしまうわけで。
お互いそわそわとしながら、あたしたちは旅館へと戻っていく。
未来を誓いあったのに付き合いたてのカップルみたいなもどかしさに、お互い笑いを噛み殺しながら。
夢の続きは、幸福によって舗装されている。
今はそう感じた。