【B視点】よく言えました
「なになに、めっちゃ気になるんですけど」
興味津々で詰め寄ると、もう言い訳が思いつかないのか。
あいつは頑なに唇を引き結んで、隠している両手を後ろへと回してしまう。
うーん、そういうリアクションを取るってことはどんなものなのかはなんとなく想像がつく。
法的にやばい代物か、えっちなやつか。
規律にくそ真面目なあいつ的に、前者はありえないだろうから。
すると、後者?
なるなる。そういうことを自覚したてのお年頃だものね。
あたしと寸止めみたいなことは何度もやってきたけど、自分で慰めたくなるのもわからんでもない。18歳以上なんだしね。
なんでそれ持ってきてんのかって話にもなるけど。
こっそりする気だったのかしら。おやおや。
結論。踏み込んじゃ駄目なやつです。
「あ、返すね。これ」
がらっとテンションを下げて、目薬を打って、あたしは化粧ポーチを渡す。
「あ、ああ」
すんでのとこで逃げ切れてあいつ的にはセーフかと思ったのに、なぜかあいつはポーチにしまおうとしない。
どしたと声をかけると、覚悟を決めたようにあいつは息を吐いた。
何度か手の中のブツとポーチを交互に見つめて、あたしに向き直って。
「……後ろめたいことではないから」
小声でぼそっとつぶやいて、ゆっくりと握った手を開いた。
「…………」
知識がない人には化粧水かのりにしか見えない、手のひらサイズの筒。
パッケージにはシンプルに『マッサージゼリー』と記載されている。
つまり、ローションだった。
スキン用でもボディ用でもないので、そういうことなのだ。
ふーん。へー。ほー。
やましいものだと予想はついてたけど、まさかガチで持ってくるとは思ってなかったのであたしはすけべ親父っぽく思わせぶりな鼻歌を漏らす。
「付き合ってそろそろ半年だもんねえ」
「そ、そうだな」
「段階、けっこう踏んだもんなー」
「前回は、その、ほぼ本番だったというか」
「で、外泊だもんね。期待するわな、そりゃ」
過程をたどって、じわじわとあたしは責めていく。
物理的にもじり寄っていく。磁石のごとく半身をあいつへとくっつけて。と思ったらあいつがたじろいで距離が離れた。
こら逃げんな。とりあえず尻を引きずって壁際へと追い詰める。
一つの答えを絞り出すために。
「ああ、あたしももちろんそんなつもりで持ってきたから。水着」
あたしはキャリーケースを開けて引っ張り出した。クリスマスの時に着た水着を。
や、換えの下着はあるけどレースが擦れて痛くなりそうだから、柔らかい素材のこっちがいいかなと。せっかくの勝負下着を汚したくないし。
あたしは少し身を乗り出して、あいつへと膝立ちで見下ろす体勢になった。
壁へと手をつけて。人生初の壁ドンである。
「覚悟なら。できてるよ」
初めてはいい思い出にしたいから。
その場所が二人で行く初めての旅行先なんて、これ以上ないシチュじゃないですか。
「…………」
壁へとついた腕が掴まれた。
見下ろすあたしへと、あいつは見上げる。まっすぐに。
あたしのほうが物理的には上だけど、真剣な眼差しに見据えられた時点で攻守はあっという間に逆転してしまった。
待ってたから。その顔を。
「……私、私は」
か細くも、しかしだんだんと声は強さを帯びていく。揺るがぬ意思を表すように。
「今日をずっと待っていた。ここを最初の思い出にしたいと、そのための準備もした」
潤滑油のほかに、指用の保護具と柔らかい素材の器具も。旅館を汚さないためにバスタオルも。備えて買っておいたと聞かされる。
お互い初めてで手探りの中、少しでも痛みが紛れるように。いい思い出となれるように。
できそうなことは、全部。
「精一杯、頑張ります。ので」
「うん」
一晩、どうかお付き合い願えますかと。
目をそらさず、勇気を絞り出した。
欲しかったら求めてほしい。以前にそれとなくあたしが促した積極性だ。
その機会が今やっと訪れた。
「喜んで」
誠実なお願い事には、誠実な答えを。
こぼれ落ちそうな笑みを心のままに浮かべて、あたしは受け入れる。
怖さはあるけど、それ以上に嬉しい気持ちのほうが大きいから。
「ちゃんと誘えたじゃん」
頭を撫でてあたしは褒めちぎった。
お世辞なんかじゃなく、いざというときに逃げずに立ち向かうあいつが本当にかっこよく思ったから。
さて、目いっぱいの想いには包み隠さず応えないといけませんな。
その兆候にはあたしにもあった。来る途中、わざわざあいつに好きだった失恋ソングを聞かせたことを。
「ちょっと付き合ってもらってもいい?」
「いいが、どちらまで」
旅館のすぐ側にある海辺へと。秘めていたものを胸に、あたしは誘い出した。
何度も夢に見た場所へ。
今度は現実世界で、恋人とともに。