【B視点】それぞれの春の兆し
その後も店長のニヤニヤ攻撃をかわし続けながら業務をこなして、休憩時間に入ったので事務所で昼食を摂っていると。
「へいへーい」
勝手知ったる我が家のように、一人の女子が乱入してきた。
こっちも春休みで暇してるのか、最近よく来るようになった。
「ミヅキ、昨日もいたよね。戻ってきたん?」
弁当の卵焼きをむぐむぐ口へと運びながら、正面から頬杖を付く暇人に問う。
「帰省してんだ。ばーちゃんとこに」
あそっか。もともとこっちいた頃は、祖父母ん家に居候しつつ大学行ってたゆーてたもんな。
「暇なら春休みだけでいいんで短期で入ってくださいよ。学生ごっそり抜けちゃうんで、人かき集めんのに必死なんすわ」
うちらの話を聞いてたのか、更衣室から制服に着替えた男子が出てきた。
……実際シフト調整は厳しい。
うちの店って学生か、子育て終わった主婦層かの極端な従業員構成だもんなー。
だから毎年春は人材確保に苦労する。
「教習で忙しいんですわ。めんごめんご」
そう言って女子は人差し指でバッテンを作る。
それもまた、大学生らしい過ごし方だ。
「タケっち、今日なんかゴキゲン?」
どこかそわそわして、厨房を覗き込もうとする男子に女子が声をかける。
辞めてけっこう経つのに、よく通名覚えてんなあ。
「んと。親、来るんで」
「よかったじゃん」
カノジョじゃねーのかよーと関西人じみた突っ込みを繰り出す女子とは裏腹に、事情を知るあたしはほっとした心持ちでいた。
あのお父さん、回復に向かってるのかな。
「ちょっとずつですけど。外食くらいなら行けるようになったんで」
「そっか」
本当に嬉しそうにはにかんで話す男子に、年相応の幼さをあたしは垣間見る。
求人に奮闘する店長。忌まわしきストーカー被害から立ち直った女子。壊れかけた家庭に希望の光が差しつつある男子。
もう何ヶ月もログインしてないフェ○スブックでは、委員長が彼氏らしき人とツーショットを撮っている写真が上がっていた。
文面を見ると、婚約したっぽい。
お祝いコメントには、当時の懐かしいクラスメイトの名前がずらっと並んでいる。担任の名前まである。
あのぶっきらぼうだった男子も書き込んでいたのは意外だったけど。
クラスぐるみで作ったアカウントだから、放置してると思ったのに。
いいねボタンをあたしは押して、密かに心の中で祝福を唱えた。
みんな、何かしらに挑んでいて。少しずつ進んでいる。
そしてあたしも、あいつも。
自分たちの力で旅行に行けるようになったってことは進んでる、のかな。
「てか、サトちゃん。店にいるのにまかない食わないんだね」
女子があたしを一瞥して、今更のように弁当箱を指差した。
男子も『そういえば』と納得がいったような声を漏らす。
そすね。相方がメシウマなんで、うん。
ちょっとは女子力磨いとかないとなって。
花嫁修業ってやつかな。冷凍食品ばっかのラインナップじゃ説得力ないけど。
「ここ炭水化物ばっかじゃん。ちょっとカロリー気にするようになって」
それっぽく言い訳を繕う。
サ○メシみたーいとからかってくる女子を無視して、あたしは残りの弁当をかっこんだ。
バイトの帰り道。あたしはとある一軒家に足を運んだ。
最近顔を出せてなかったけど、旅行で思い出した。出発前に会っとこうと思ったのだ。
「ごめんくださーい」
木製の、大きな門に備え付けられたインターホンを押す。
名前とさっき電話した旨を伝えると、どうぞと老人の声が快く返ってきた。
門からお家まではそれなりに距離がある。庭がでっかいのだ。
だから引き取ったんだろうけど。
落ち葉と砂利を踏みしめ、林のように木がそびえ立つ庭を突っ切って、玄関へとあたしはまっすぐ向かっていく。
もう何回も来ているから慣れた。
「あ」
玄関先には先客がいた。
背の高い女性と、幼稚園くらいの背丈の子供。
顔を出してたことは知ってたけど、こうして親子ともども顔を合わせるのは初めてかも。
「お久しぶりです」
女性はあたしを見つけると、すぐに挨拶をしてくれた。
美容院に行ったのか髪は綺麗に整えられて、目の下のクマはすっかり消えている。
こうして見るともとの顔立ちがいいのか、けっこうキレイな女性だったんだなーとわかる。
それだけ、余裕が戻ってきたということなんかな。
「お元気そうでなによりです」
「ええ、お陰様で」
それ以上は踏み込まない。
前に来たときは子供はシッターさんらしきおばちゃんといたから、いい相談場所が見つかったんだろうけど。
「こちらの猫ちゃんには陰ながら感謝しております。あはは、しつけとかで」
”言うこと聞かないと猫ちゃんとは遊ばせないよ”とか、そのあたりだろうか。
きゃっきゃと猫をなでる子供の靴はきちんと揃えられて、玄関からずかずか上がっていこうともしない。ある意味親代わりに見える。
「おねーちゃん。こんにちは」
「はいこんにちは」
子供はあたしがいることに気づいて、頭を下げて挨拶してくれた。
うむ、健やかに育ってるようで何より。
「ねこ、みようよ。みよ」
コートの腕を引っ張る意外な強さにおっととバランスを崩しかけて、あたしは座布団にくるまるそいつの顔を覗き込んだ。