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【B視点】かわいいだけじゃない

「……どうする?」

 気まずそうに聞いてきたあいつに、あたしはもう行こう、と促した。

 どのみち、ペット禁止の物件に住んでいるあたしに言う権利はないのだ。


「またね」

 こちらを見つめる茶トラの頭を撫でて、あたしたちは公園を後にした。


 出るときにこっそり振り返ると、山盛りのカリカリをお嫁さんが食べている光景が見えた。

 茶トラは見守るように、横にじっと立っていた。



「どう思う?」

 家に帰って、あたしはあいつに聞いてみた。

 地域猫の存在をどう捉えているかと。


 あたしは飼っていたこともあって猫好きだけど、この子はどっちでもなかったはずだ。

 中立な立場からの意見が聞いてみたかった。


「無責任な飼い主が一番に悪く、次に生体販売の禁止を徹底すべきだと思ってはいるが」


 沈黙の後、重たげにあいつの口が開く。


「捕まえることも一筋縄ではいかない野良猫を捕獲して、手術費用をまかなう。それをボランティア精神で続けられることはすごいと思う」


 ただ、と少し影を落として本音をこぼした。


「そこまで干渉したのであれば、責任持って室内で面倒を見てほしい。そう思っている。譲渡や保護しきれないほど数が多くて追いつけないのであれば、保健所行きも責められない。厳しい環境で生かすことは、猫と人間、どちらの為にもならない」


「やっぱそうだよね」


 あの男性はGPS首輪や猫用トイレを設置して管理しているとは言ったけど、それでも放し飼いの猫そのものを快く思わない人はいる。


 敷地内に勝手に入って、糞尿や感染症をばらまく。泣き声や引っかき傷に迷惑している。

 こうした被害を訴える声は絶えない。


 いくら殺処分0を掲げて頑張っている人がいても、それ以上に無責任な人間が多すぎるのだから。

 手術もせず、ただ餌だけをやるとか。

 勝手な事情で捨てたり保健所に連れて行くとか。


 最後まで面倒を見られないなら、中途半端に手出しするべきではないんだ。


「気になるか?」

 あいつが聞いてきた。

 声は柔らかく、気遣ってくれていることを感じる。

 猫飼ってたこと、知ってるもんなあ。


「……まーね」

 いくら寝床を用意してくれていたとしても、屋根と暖房がある家でぬくぬく過ごす飼い猫とは比べ物にならない。


 餌やりだけではなく、健康面やお手入れといったサポートをしてくれる人たちがいるだけマシなのかもしれないけど。


 誰も、家の中に招き入れようとしない。

 そんな境遇であの子は何年も耐えている。

 それがどれだけ過酷で残酷な仕打ちなのか。


 もし、あたしが充実した社会人であったなら。

 ペット可能の物件に移り住んで、お嫁さんと一緒に引き取れたかもしれないのに。


 大学生になって、ちょっとは自立できていたと思っていた。けど。

 まだ、自分は家賃や学費を親に負担してもらっている子供なのだと。

 己がいかに無力であるかを、こうして突きつけられる。


「自分を責めない」

 うつむくあたしの背中を、そっと添える手があった。


「どのみち、今の私達では里親になれない。あの猫には世話をしてくれる人たちがいる。だから野良としては異例の長さで生きてこれた。その現実を受け止めよう」


 それでも気が晴れないのであれば、いつか責任が持てる立場になったときに保護されるべき子に手を差し伸べればいい。

 そのときは私も全面協力する。


 下手な慰めを入れない力強い言葉が、自然と心にしみ込んでいく。


「……うん、ありがとう」

 可哀想だ、なんて安っぽい同情からこみ上げてきそうなものを、あたしはこらえる。


 ペットはかわいいだけじゃないんだよ。

 老いて朽ちるその日まで、目をそらさずやれるだけのことはするの。

 お金もかかるし、手間もかかる。

 でもそれが、命を育てるってことなの。


 初めて猫を飼った時に親から口を酸っぱくして言われた言葉を、あたしは思い返していた。



 それからしばらく経って、本日のお泊り先であるあいつの家に荷物を移動させる途中で。

 やっぱり気になったので、あたしはまた公園に立ち寄ろうとしていた。


「……え?」

 あたしも、あいつも入り口で立ち止まる。

 公園からは、子供のすすり泣く声がしたからだ。


 見ると、茶トラが丸まって眠るダンボールの隣でうつむく子供の姿があった。


「あの子、昼間の」

「うちの近所でよくうろついてる子だ」


 え、とお互い驚愕した顔を見合わせて。

 あいつがモールで目撃した子供ってあの子だったんだと、点が線でつながる。


 とにかく、冬の夕暮れは沈むのも早い。危険にも程がある。

 あのお母さんに知らせないと。

 そう思って、あたしたちはしゃくり声をあげる子供のもとへと近づく。


「どうしたの?」

 あいつが着ていた上着をかけて、あたしは同じ目線になるようにしゃがみこんで、安全性をアピールする。


 少し経って、子供がつたない言葉をつむぎ始めた。


「ね、ねこ、しんじゃいそうで、でも、ままがだめって。かうの」


 あたしたちの間に緊張が走る。


 そうだ、なんで気づかなかったんだろう。

 いくら人懐こい茶トラも、子供の前では以前なら逃げてたのに。


 聞けば昨日あいつが目撃した際も、小学生の集団に囲まれてて一切逃げなかったという。くしゃみを飛ばしていたことも。


 であるなら、カリカリを食べづらそうにしていたことも。

 くちゃくちゃ音を立てていたことも。

 男性があげたカリカリを、すぐに食べなくなったことも分かる。


 そばのお皿には、まだ缶詰がたっぷりと残っていた。

 さらに瞳には、目やにがべったりこびりついていた。


 それだけ、弱っているということ。


 呼んでくる、とあいつが名刺を取り出した。

 頷いて、あたしはなるべく落ち着いた声調で子供へと呼びかける。


「もう暗いし危ないから、君はいったんお家に帰ろう?」

「やだ」

 すんすんと鼻を鳴らして、子供は強く首を振る。


「この子はぜったい助けるから。ね?」

 小指を立てて、あたしは指切りのポーズを取った。


 子供は疑わしそうに見ていたけど、すぐに大人たちが駆けつけてきたことで信憑をもったのか。

 やがて、おずおずと小さな指を絡めてきた。


「おねがい」

「うん」


 とんだヒーロー気取りだ。

 完璧に救えるとも限らないのに、飼えないあたしが代表してその場限りの指切りげんまんをする。

 立場的には子供でありながら、もっと小さい子にずるい大人の顔をする。


 責める気持ちを抑えて、あたしたちは子供を連れてお母さんのもとへと向かった。

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