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【A視点】元旦、何も起きないはずがなく

 モール内はそこまで混んでいるようにも見えないが、駐車場はかなりの台数が埋まっている。

 案外、みんな寝ないものなのか。


 入り口ではさっそく福袋販売の呼び込みを行っており、長蛇の列が伸びている。

 買い物と朝ご飯を兼ねているのか、フードコートの席は家族連れが大半である。



 餅花を模した飾りや”新春初売り”の幕がぶら下がる中を、私達は歩いていた。


 干支にちなんで、目につくあらゆる商品に虎の意匠が施されている。

 猫関係のグッズも、ここぞとばかりに売り出されているのが面白い。

 店内に流れるいかにも正月らしき琴の奏も、古き良き和を想起させる。


「けっこう好きなんだ。こういう空気」

 さりげなく腕を絡ませて、彼女が楽しそうに店内を見渡す。


「一人だと衣替えも模様替えもおろそかになりがちだけどさ。誰かが毎年毎年季節に合わせて装いを変えてくれるから四季を感じられるわけだし」

「祭り、って雰囲気に浸かれるな」

「そうそう」


 日本には数え切れないほどの伝統行事がある。

 形式を正確に覚えている人間こそ少ないものの、時期は大抵の国民にしみ付いている。

 お祭りムードは肌で感じていたい国民性もあるのだろうか。



 一通りの食材を買って、次に4階へと向かった。

 私は雑誌を、彼女は薬局コーナーへ。


「何買うの?」

「ナンバープレイス(数独)」

「うちらって本当にタメなのかね」

 肝油ドロップを買う人が言えたことではないと思う。


「じゃ、終わったらLINEしてね」

「ああ」


 店舗が違うので、一度離れることになった。

 本屋もそれなりに人がいる。

 子供がばたばたと走り回って、親らしき大人が静かにしてなさいと小声で叱り飛ばす光景が目に入った。


 気持ちは分からなくもない。

 昔から、本屋のコーナーに入ると歩きまわりたくなる気分の高揚があったから。


 立ち読みする客をかき分けて、新発売のコーナーへと手を伸ばす。

 無事目的の本は回収した。


「(……ん?)」


 レジに向かう途中で、一人の子供が見えた。

 子供向けの絵本にじっくり目を落としていて、その場から動かない。


 私も経験はあるのであまり人のことを言えた立場ではないが、それにしても幼すぎないか。幼稚園くらいの子に見える。


 迷子になってうろついている様子でもないし、近くに親がいるのかもしれない。

 私はそう結論づけて、レジを待つ人の列に並んだ。



 買い物を終えて、無事彼女と合流する。


「ごめ、ちょっと待ってて」

「行ってらっしゃい」


 化粧室へと向かっていった彼女を見送って、近くの木製のベンチに腰を下ろす。

 ぼんやりと行き交う家族連れを眺めて。

 ふと、既視感のある姿に眉根を寄せた。


「(まただ……)」


 先ほどの子供だ。

 次は百均のお菓子コーナーを興味深そうに眺めて、その場にしゃがみこんでいる。

 じっと見つめたまま、動く様子はない。

 周囲の人間は訝しげに子供に目をやるが、それ以上は干渉せず通り過ぎていく。


 3分、5分。

 観察してみたが、一向に親らしき大人が訪れる気配はなく。

 客はともかく、店員ですら気にも止めない様はどうなのかと思う。


 あの子供が売り物に手を付けたら、不審者が現れたらどうするのだと苛立ちを覚え始めていた。

 とんとんと、膝を意味もなく小突いてしまう。


「親は何をしてるの」

「ハーネスくらい基本でしょうに。非常識」


 周囲も異様な光景に気づいているのか、ちらほらと陰口が耳に入ってくる。

 ならば呑気に会話をしている場合なのか、と思ったが昨今の風潮的に責めるに責められない。


 今は他人の子供に気軽に声を掛けられない時代。

 だから周りも見てみぬふりをしてやり過ごす人が多いのだと思う。

 不審者扱いされて、自分の人生が脅かされるよりは。


 しかし、これは。さすがに放っておくことはできない。

 我慢の限界だ。

 何を言われても動じないことを覚悟して、私は荷物を両手にその場から立ち上がる。


「ごめん。並んでたもんで。おまたせ」


 ちょうど、彼女が帰ってきてしまった。

 立ち上がった私と険しいであろう表情を交互に見て、『どした?』と聞いてくる。


「いや、そこに単独の子供が」

「子供? え、どこ」


 顔を向けると、すでにお菓子コーナーに子供の姿はなかった。

 目を凝らすと、遠くに女性と手を繋ぐ後ろ姿だけが見えた。


 子供は繋いだ手を大きく振って、軽くステップを踏んでいる。母親と見て間違いはなさそうだ。


「そこのマッサージチェアでずっと寝ていたんですって」

「信じらんない」


 聞きたくないのに、周囲の雑音を拾ってしまう。

 なぜ来なかったのかは把握できたが、堂々と陰口を叩く大人にも危機感のない母親にもモヤモヤが募ってしまう。


「なんでもない。行こう」

 ここにいても、せっかくの正月の気分が台無しになるだけだ。


 無理やり笑顔を作って、首をかしげる彼女の手を引いて、下りのエスカレーターへと歩いていった。


 午後にまた、あの子供と再会するとも知らずに。

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