表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/171

【A視点】新年に向けて

・sideA


 私達は新年に向けて準備をしていた。

 実家にいた頃はせいぜい、玄関にしめ飾り程度で年を越していた。


 だが、今年は恋人と過ごす初めての新年。

 最初は特別な思い出にしたいと、日本人の3割ほどしか知らないような古来の伝統行事に倣ってみることにしたのだ。


「叩けば埃が出るって言うけどさ。すみずみまで掃除すると分かるね」


 うっすら汗ばんだ額をぬぐって、彼女が大きく膨らんだゴミ袋の口を結んだ。

 同意しつつ、私も汚れを落とした雑巾を固く絞る。


 私は住んでから1年未満、彼女はまだひと月程度。

 大掃除程度すぐ終わると踏んでいたのだが、なんだかんだでお互いの家を行き来していたらまる2日ほどかかってしまった。


 しかし、億劫でも掃除の習慣を叩き込むのは大事だ。


 親にしてもらって当たり前だったことが、いざ独立すると身についていなかったなんて人はごまんといる。

 だからゴミ屋敷なんてものが生まれてしまうのだから。


 1日目は不要なものの整理整頓、2日目は担当箇所の掃除。

 普段おろそかになりがちな窓・洗面所・キッチン周りは念入りに掃除して、気持ちよく1年を迎えられるように。


 なお、大掃除は最低でも大晦日の前々日までに終わらせるのが原則らしい。

 正月飾りも同様とのこと。


 理由は年神様を迎えるための神聖な準備であるため、前日や当日に出すことは軽んじているとみなされるためなのだとか。


「とりあえず、ゴミ出しはこれで全部かな」

 思った以上の量となった古雑誌をビニール紐でしっかりまとめて、重そうに彼女が玄関へと運んでいく。


「こっちもそろそろ」

 エアコン本体の水拭きを終えれば、ひとまず掃除リストのチェックは完了となる。


 あらかじめ担当場所・掃除箇所をリストアップしておくと、目に見える形で進行度が分かる。

 終わりの見える掃除は捗るというものだ。


 一通り家から汚れを祓ったら、簡単ではあるが飾り付けを。


 門松……は賃貸である以上大きいものは置けないので、安く買えるミニチュアサイズのものを。

 玄関の下駄箱の上にそっと飾って、それっぽさを演出することに。


 百均で買ってきた餅花と椿(造花)を花瓶に挿して隣に添えたところ、より正月らしさが深まったと思う。


 達成感からスマートフォンを構えた。

 映え写真、と呼ばれる一瞬を収めたくなる人たちの気持ちも分かる。


「実家から凧揚げ送られてきたんだけど。飾れってことかいな」

「ああ、いいかも」


 見た感じ、正月飾りを意識した凧のようだ。

 カーテンに吊り下げるか迷ったが、壁に貼り付けることにした。ありがたい贈り物である。


 鏡餅はあいにくと神棚も床の間も仏壇もないので、キッチンへ。

 鏡開きに備えて、小槌も隣へ添えておくことに。


 最後にしめ縄、というか玉飾りを玄関のドアにぶらさげる。

 ひとまず飾り付けはこんなところであろうか。

 これらの飾り物は小正月に神社に納めると焼いてくれるようで、忘れないように手帳に書き留めておく。


「おつー」

 買い物から彼女が帰ってきたタイミングで、なんとなくハイタッチを交わす。

 飾り付け中、彼女は食材の買い出しに出かけていたのだ。


「何年ぶりだろ。こんなガチの正月準備したの」

「慣例と分かっていても、実際に行動に移すのは時間がかかるものだな」

「あんたがいなかったら、多分餅だけ食ってだらけてたと思うわ」


 だからけっこうわくわくしてるよ、と彼女はスマートフォンを掲げた。

 自身の家の飾り模様を見せてくれる。

 撮り方か加工が上手いのか、モデルハウスのような写りにセンスを感じた。


「でも年賀状は書かんけどね」

「LINEで事足りる時代だからな……」

「うちの親が毎年筆ぐ○めで作ってた時代が懐かしいよ」

 友人知人に住所を気軽に聞けなくなった風潮もあるだろうが。


「あと、最近のスーパーってほんと先手商売だよね」

 肘にぶら下がったエコバッグを眺めて、彼女が恨み節を吐いた。


「三つ葉やかまぼこが高騰するのは知ってたけどさ、正月価格にクリスマスからちゃっかり値上がってんの。だからってそれ以前から備えたら賞味期限持たないし。こすっからい商売してんなと思うわ」


「ドラッグストアだと、案外値上げしなかったりする」

 実際、親はそこを狙い目に蕎麦やうどんもまとめて買っていた。


「その情報買い物前に聞きたかったわ」

 来年からはそーする、と彼女は落とした肩を上げてキッチンへと向かっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ