【B視点】フライング初詣
・sideB
あたしたちは市内にある神社へと出かけることになった。
混雑を避けるために、数日前に行くとは考えたなーと思う。
同じ考えの人もいそうだ。
この神社は10年ちょっと前にテレビで取り上げられて、同県にあるんだーって当時はわくわくしたもんだけど。
いざ住んでみると、あんまり同じ市にあるって気がしないんだよね。
ここの市自体、何度か合併してるからかもね。
神社のあるとこも、もともとは町で独立してたわけだし。
最寄り駅から約10分ということで、徒歩でも行ける範囲なんだけど。
今日はくそ寒いから車で行くことになった。
あいつが運転するからと。お金は折半で。
「運転できたんだね」
初心者マークこそついているものの。
カーナビの経路から外れることなく右折や進路変更を難なくこなすあいつに、あたしは密かに感心していた。
とにかく、ブレーキが丁寧でシートベルトに引っ張られる反動が少ない。
これ出来てないやつの車って、マジ酔うからね。
「何日か前。親が来たときにも練習したから感覚は大丈夫」
マイカー持ってるリッチな大学生なんざほぼいないから、帰省とかのタイミングでしか練習できないもんね。
えらいもんだ。
「あたしは原付ばっかだ。路上全然だから忘れかけてる」
「練習しないのか」
「もう40キロ以上出すのこわい」
ペーパードライバーどころかペーペードライバーだ。
「……何のために免許を取ったんだ」
「身分証明書のため」
それはマイナンバーカードで十分だろう、とあいつが呆れたように息を吐く。
うん、かっこわりーぞあたし。練習もせず恋人に運転丸投げって。
将来どっちかが病気になったときに送迎できないぞ。
高齢ドライバー事故ってよく聞くし、なるべくなら徒歩でいろいろ届くとこに住みたいけど。
「ごめん練習する。あんただけに任せっきりも悪いし」
「それがいい。就活でも、免許必須の職業は多いから運転できるに越したことはない」
あと、旅行も行きたいしね。
そう言うと、『もうそんな歳か』とお前いくつだよと突っ込みたくなる台詞が返ってきた。
そーだよね。金と移動手段が増えた大学生なら、そこそこ世界は広がる。
行こうと思えば、大抵の場所は行けるのかあ。
まあ免許取り立ての大学生がドライバー一人に押し付けて事故るってあるあるだから、二人でドライブ旅行はもうちょい先になりそうだけどね。
さて車は大通りを抜けて、件の鳥居前町へと入る。
駅自体は、まあまあ綺麗なんだけどなあ。
周辺は再開発が進んでないのか、閑散としてて静か。
というかこざっぱりしてる。
飲食店やコンビニや雑居ビルに囲まれた、うちらの駅とはずいぶん違う。
隣同士なのに。
昭和後期で時が止まってそうな、色あせた建物がちらほら見えはじめた。
地方特有のローカルな雰囲気がそこかしこに漂っている。
これはこれで素朴な味わいがあって、嫌いじゃないよ。
商店街に入ると、いきなり真っ赤な大鳥居が出迎えてくれるからびびる。
これがあの有名な神社かあ。
ペンキの赤さが真新しいのは、数年前の台風で鳥居が倒壊して再建したからだろうね。
駐車場はお昼時だから混雑を予想してたけど、ちらほら空いてるとこがあってほっとした。
結構狭いのにあいつはバックでスムーズに入れていて、後ろに目でもついてんのかとハンドルさばきにあたしは見入ってしまう。
「そんなさっと入る? 削りそうで怖くない?」
「車庫入れは苦手だったから練習した」
「おー、すげー。努力家だ」
「大事な人を乗せているわけだから。不安にさせるような運転はできない」
か、かっけえ。
いつもなら胸キュンしてるとこなんだけど、今日はそれより焦りのほうが湧いてきた。
やばい。
あたしがだらだら理由つけて運転をサボってる間に、こっちはコツコツ積み重ねてきたのか。
ちゃんと練習しよう。ゴールドペーパーにはなりたくないので。
「ひぃぃ、さっぶ」
車から出た瞬間、猛烈な寒波に歓迎を受ける。
凍えきった北風が刃物となって、吸い込んだ喉から体内に突き刺さってくるかのよう。
寒いのが大嫌いなあたしは、大げさすぎるほどに身を縮こまらせた。
どれくらい嫌いかっつーと、11月終わったら3月に切り替わってほしいくらい嫌い。ごめんよ冬生まれの人。
ってこないだぼやいたら、あいつから笑いを取れた。
「天気はいいのだが」
「10℃もないでしょ、今日。山の向こうは大吹雪だよ。数年に一度クラスの」
帰省ラッシュも重なり、何台か車が立ち往生してるとのニュースが朝流れていた。
雪のゆの字もない地方に住むうちらにとっては、別世界の話だ。
ここから先は、事前に参拝方法を調べてきたあいつに倣うことにする。
まずくぐる前に、鳥居に向けて一礼を。
神様の玄関に入るようなもんだかららしい。
次に、これはあたしも知ってたけど、参道の真ん中を歩くのはNG。
神様の通り道だとかで。
手をつなぎたかったんだけど人とはそれなりにすれ違うので、我慢して一列になって通り抜ける。
綺麗に苔がはらわれた石畳をこつこつ歩いて、お参りする前に手水舎で心身を清める。
つか、敷き詰められた砂利けっこう深くない?
ブーツだからいいけど、これがスニーカーとかなら石ころ入っちゃいそうだ。
ほら、参拝に来た家族連れの子供さんとか足ケンケンしてるし。
「つ、つめてえええ」
「風が強いから、余計に凍みるな……」
手洗い感覚で両手はまだ我慢できたけど、口はだめだ。
含んだあまりのキンキンっぷりに舌まで凍りついていくみたいで。
さすがのあいつも渋い顔をして、かき氷でも食べた後みたいに額に手を当てている。
これなんかの試練? うちら修行僧か?
てか、周り見ると手水舎はスルーしてそのまま進んでいく人の多いこと。
気持ちは大いに分かるけどさ。