【A視点】お姫様抱っこ
「同棲ってメリットないとか言うけどさ」
彼女がぽつりと漏らした。
「結婚ができないうちらにとっては、同棲ってほぼほぼ新婚生活みたいなもんだと思うんだよね」
子供は作れない、結婚も法律では認められていない。
入居の条件が厳しかったり制度を利用できないというデメリットはあるものの、それを除けば共に暮らすという事実は確かに変わらない。
「今までも、半同棲みたいな形ではあったけど」
「何度も泊まってたしねー」
でも、楽しみにしてた。ちょっとの期間だけど、一緒に暮らせるわけだから。
口元を緩めてふへへへとこぼしながら、彼女が膝の上で笑う。
釣られて笑いつつ、額を撫でていると。
「むむー」
唐突に、彼女が身体を起こした。
眠そうに立ち上がって、コートをまたハンガーへとかけていく。
「補充できた。がんばる」
そう言って、またテーブルの上の問題集とにらめっこを始めた。
無理をせず寝てもいいと促すと。
「一緒に暮らすって、悪いとこも見えてくるってことだし。がっかりされたくないから」
目薬を指して眠気覚ましのコーヒーを煽り、必死に問題を解く様は私への見栄もあるのだろうが。
頑張っている姿は、こちらもやる気が湧いてくるというものだ。
「そうだ。じゃあ」
ページの端まで解けたら、何か褒美をあげようか。
宿題を終わったらゲームやってもいいと子供のやる気を上げるごとく、切り出してみる。
「いいんですか」
わかり易すぎるほどに彼女の口から笑みがこぼれた。
現実的な範囲でなと釘を刺すと。
「抱っこ、してほしい。そんだけ」
恥ずかしそうにぽつりとつぶやくと、また問題集へと目を落としシャーペンを走らせ始める。
「……いいのか? そんな簡単なもので」
「いや結構恥ずかしいぜ。いい歳した人が抱っこーとかせがむって」
それもそうか。
確かに、寝落ちしたときや腰を抜かしたときに抱え上げたことはあったものの、意識がしっかりした状態でしたことはなかったか。
「ちなみに、あんたは何かある? あたしばっかじゃ不公平だし」
さりげなく気を回してくれるのはありがたい。
しかし叶えたいことか。この間の誕生日のように負担を強いるわけにもいかないし。
そうだ。
「初詣。この後で」
まだ大晦日にすらなってないよと私の曜日感覚を心配し始めた彼女へと、正月は激混みになるから事前に参拝しておきたいと述べる。
本当の正月には、露店をめぐるくらいでいいかなと。
「ああ、なるほど。フライング初詣か」
「……悪い。聞くの忘れた。キリスト教だったな、そういえば」
「ノンクリスチャンだから関係ないかな。親と毎年行ってたし。なんなら除夜の鐘も。京都も行ったことあるよ」
心が広い親御さんである。
あの神社は関東最古の大社と謳われることもあり、町おこしで成功を収めたことも相まって正月は尋常でないほどに混み合う。
いくら駐車スペースを拡大しても、三ヶ日は地元民でない限りは近づくことすらままならないと聞いている。
一度だけでいいから、行ってみたいと思っていたのだ。
「頑張れ。私も頑張る」
背中を叩いて、お互い勉強へと集中する。
ささやかなご褒美を燃料に、黙々と頭に叩き込んでいく。
それから、正午を少し過ぎた頃。
「おわたー」
私より10分ほど経ってから、彼女がシャーペンを置いた。
見事に解答欄を埋めてあり、計算の痕もそこかしこにある。
「お疲れ様」
言うが早いか、私は背後に回って彼女の身体を持ち上げた。
お姫様抱っこの体勢で。
筋トレで鍛えているのにも関わらず、肩にかかる重みはそれほどでもない。華奢な身体だと思う。
肩と首の後ろに腕を回して、彼女がわーいと子供のようにはしゃぎだした。
「さすが元柔道家。何人も背負ってきただけあるね」
「あの人達の重さとは比べ物にならないよ」
「でもなんか介護の運搬みたいだね。このポーズって」
ロマンのないことを言うんじゃない。
「結婚はできないけどさ。写真は撮ってみたいかな。お揃いのドレスで。ブーケとか持ってさ」
「……私はドレスは遠慮しておくよ」
「そう? 足長いから似合いそうなのに」
いつか撮ろうと約束を交わして、なんとなく抱えたまま部屋を一周する。
「じゃあ、次はあんたの番だね」
テーブルの上の問題集を片付けて、軽く昼食を摂って、身なりを整える。
やりたいという彼女の申し出に甘えて、今日は化粧も施してもらった。
「うん。今日も素敵」
お世辞を軽く流して、最後に戸締まりと火元を確認して玄関へと向かう。
少し早めの参拝へと、私達は出発した。