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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
クリスマス編
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【A視点】そしてクリスマスがやってくる

「容姿による評価は同性のほうが、ずっとずっと厳しいですよ」


 異性に相手にされなかったから同性へ走ったなどとは、とんだ勘違いではある。


 その理屈が通用するのであれば、同じく容姿で差別を受けてきた父親がどうして同性を選ぶことはなかったのか。


 ありのままの私など、誰にも愛されるわけがない。


 彼女が好きなのは、みすぼらしく人との接触を避け続けてきた私ではない。


 化粧を必死に覚えて、服装を整え、欠点であった付き合いの悪さを改め、勉強や部活においてある程度の成果を上げてきた今の私である。


 仮に、高校時代のあの日。

 化粧や洋服選びを余計なおせっかいだと跳ね除けていたら。


 いくら私に好意があったとしても、友人としてすら歩み寄らない人間を好きで居続ける理由などどこにあろうか。


 これまでは、そうしたら喜んでくれるからと頑張れた。

 今でも、好きな人の好みに近づけたいと応え続けるのは当然である。

 彼女も私の好みを熟知して、毎回服装や化粧に気合を施してくれるのだから。


「初めて心の底から愛した存在が、彼女であっただけの話です。他に理由などない」


 同性愛者が今や珍しくもなんともないように。世界が当たり前と認識しつつあるように。

 異性も異性愛者も無性愛者も同じ空間内で生きて当たり前で。


 すべてが同じ思想ではないのだから、誰かが誰かに今日も区別をして差別を受けている。

 それだけの話だ。


 親はじっと私を見つめながら話を聞き終わると、ゆっくりと頷いた。


「十分だよ。君の覚悟は伝わった」

「ええ。幸せを願っているわ」


 短い言葉を交わして、それで話し合いは終わりとばかりに3人で黙々と食べ始める。

 それで十分であった。



 食べ終わって、締めくくりとばかりに父親が最後にこう言った。


「その相手の女性を連れてきて、とは言わないよ。挨拶に来たくなったら来ればいい。いつでも。生きていられそうな期間までは待っているからね」

「写真か年賀状でもいいからねー」


「分かった。ありがとう。それと」

 娘として、せめて一言を。

 今回の件に関して、精一杯の応援を贈る。


「そのドラマ、見れなくてとても残念だった。でも、またいつか作ることになったら絶対に応援する。だから、諦めないで。父さんたちの新作、いつまでも待っているから」


「うん、確かに受け取ったよ。バッシングに関してはこちらも法的手段を打ってるから安心してくれ。また1から頑張るからな」


 こうして、おそらく最初で最後になるかもしれない家族会議とやらは終わりを告げた。


 その後は何事もなかったように自宅へと招き入れて、談笑して、くつろいで、ごく一般的な家族団欒の空気へと戻っていった。


 なお、泊めるとは言ったものの来客用の布団を用意していなかったので、親の猛反対を押しのけて私はソファーで寝ることにした。



 翌朝、クリスマス当日。


 親を見送って、いつも通り家事と日課とアルバイトを済ませて、クリスマスとは無縁のなんでもない時間を過ごしていく。


 そうして日が暮れてきた頃。


「はい、おかえりー。ってあたしもさっき帰ってきた側だけど」

「ただいま」


 私は帰宅するタイミングを待って、彼女の自宅へと訪れていた。

 そちらの家でもいいかと、昨日申し出たのだ。


 彼女には前のクリスマスプレゼントで買った枕を使ってみたいと説明したが。

 本音は、昨日親を泊めたベッドの上で事に及ぶのにいささか抵抗があったからである。


「おぉい、せっかくのクリスマスなのにテンション低いぞー」

「ごめん」


 それとも寂しかった? とまるで心の内を見透かしたように優しく声をかけられる。

 それは、ある。大いに。


 なので、いつも彼女がこちらに訪れるときに半ば定着してきたあれを行うことにした。


「プレゼントは前に買って、今日は手ぶらなので。つまり」

「ああ、はいはい。かもーん」


 言うが早いか、そのままなだれ込むように抱きついた。

 体格差があるため、重さを支えきれず彼女の上体が少し後ろへと崩れる。


「これするのも久しぶりですなあ」

「来たばかりだから。冷たいかもしれないが」

「別にいーよ。いつもあたしがあっためてもらってる側だし」


 ただ、抱擁を求めて密着する。

 相手との体温を分かち合うだけの行為なのに、とたんに何もかもが満たされていく多幸感に心が温まっていく。


「何かあった?」

 ややあって、なかなか離れようとしない私に彼女が感づいたように探ってくる。


 話を聞いてほしいから、という構ってほしい心情はお見通しであったらしい。


「ちょっとな」


 隠すことでもないので正直に告げた。

 親に私達の関係を告白したと。

 親子関係も崩れることなく、祝福してもらったと。


「そ」


 勝手にばらしたことを咎めるわけでもなく、彼女は回した腕に少しだけ力をこめた。

 そのまま、背中をぽんぽんと叩く。


「えらい。よく言った。あたしと違って、よく勇気出した」

 テストで満点を取った子供を称賛するように。

 明るい調子で、労りの言葉がかけられる。


 涙がこぼれそうになるのを、私はすんでのところで押し留めた。


「ま、あたしは挨拶に行ってもいかなくてもいいけど。どうせ行くなら、数十年後がいいかなと」

「どういう意図で?」

「付き合っていることがそんな軽いもんじゃないってとこ、見せつけたいからかな」

「そうだな」


 いつか、必ず会いに行こう。

 私達の関係は永遠のものであると、今日の誓いは嘘ではないと証明するためにも。


「さて」


 ゆっくりと、身体が離れていく。挨拶と補充は終わりだと言うように。

 今日ここに訪れたのは、単なるご報告だけではないから。


「じゃあ。しよっか。ね?」


 少し恥ずかしげに手を組んで、先にお風呂にしますか、それともあたしにしますかと創作の世界でしか聞かないような台詞を投げかけてくる。

 どういったプランにするかは、事前に決めてあるというのに。


「両方で」

「はぁい、1名様ご案内ー」


 というわけで。

 2回めにして趣向を変えて、本日の営みの舞台は風呂場に決まったのであった。

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