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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
クリスマス編
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【A視点】親への告白

「…………なんて言った?」

 思っていたよりも冷淡で低い声が喉から出たことに、自分でも驚きを隠せずにいる。


 突然の娘の豹変に、親は不思議そうに目を向けてきた。

 え、何か気に障るようなことでも言ったかと、顔色をうかがうように尋ねてくる。


「気になって。ちょっと詳しく聞かせてもらってもいいかな」

 母親は知っているような口ぶりだ。

 一体なんのつもりで言葉にしたのか詳細を伺うと。


「いちおう守秘義務だから黙ってたんだけど、もういいわよね?」

「どうぞ。半年も経ってるからね。もしかしたら将来の参考になるかもしれないし」


 私の知らぬ間に、父親絡みで何かがあったらしい。

 話を聞くと、半年前に放送中止となったあるドラマのことであった。


「できれば、世に出してやりたかったなあ」


 私の父親は、ドラマプロデューサーという仕事に就いている。

 番組制作を統括する、花形とも呼ばれる職業だ。


 ADアシスタントディレクターから始まり、長い年月と経験を積んで数年前にやっとこの地位につくことができた。ほんの一握りの成功者である。


「放送作家から企画が持ち込まれたんだよ。今回は恋愛もの、それも同性愛で攻めてみましょうって」


 近年、恋愛ドラマは苦戦を強いられてきた。

 主な原因は若年層のテレビ離れと、独身層の増加や度重なる不倫報道による純愛神話の崩壊によるもの。


 俳優も話題性を呼ぶために有名所を起用して導線につなげるため、必然的にオフィスラブものが中心となる。


 若手ジャニーズを主演とした、年の差恋愛。

 しっとりとした大人の関係を意識した、壮年同士の落ち着いた恋愛。

 フィクションでしか描けない禁忌に特化した、背徳感あふれる不純愛。


 コンセプトを変えて工夫を凝らしているものの、あまり視聴率が振るうことはなく。


「両片思いの甘酸っぱい純愛ドラマがヒットしてから、他局もことごとく真似し始めてね。雨後のタケノコみたいにぽこぽこと。でも、そのブームも長くは続かなかったかなあ」


 どうすれば、再び平成初期のように恋愛ドラマの天下に返り咲けるのか。

 そこで持ち込まれた企画が、同性愛をテーマとした学生同士の恋模様であった。

 ちょうど、世の中が配慮した動きになっている追い風もあるため。


 男性同士は、すでに名作とされる成功例が出ている。

 では、我が局は女性同士で挑戦してみてはどうかと。


「社内も賛否両論でね。なにせ同性同士、それも中学生ときた。主演は当然無名の子たちばかりだ。原作本もないから宣伝効果は薄いし、ターゲット層である中学生なんざ、ドラマを見る層はきょうびほとんどいない。視聴率大爆死ですよって反対の声が上がっても、作家は頑なに譲らなくてね」


 思春期に入って、恋を意識しだすあの淡い雰囲気はこの年代でないと絶対に出せないんです。

 少女の瑞々しい感情を描き出し、同じ想いを抱えている視聴者の背中をそっと押す。

 そういった恋の応援となる、優しいドラマをお届けしたいのです。


 これは絶対届きますからと、作家の熱意にとうとう父親たちは根負けした。

 そして、いざ制作が決まってからのスタッフのモチベーションは高かった。


 夜通し話し合いながらシナリオを練って、脚本家とも何度も意見をぶつけ合い、何度も打ち合わせを重ねて自分たちに作れる最高のストーリーへと仕上げていく。


 キャスティングも吟味して、どういったPVが興味を引きつけるかと広報宣伝担当者とアイデアを出し合い、細部を練っていく。


 誰もが、この企画を大成功させようと真剣だった。

 ところが。


「いざ公式HPを立ち上げて、SNSも開設した。そこからが地獄の日々だったんだ」


 父親たちは、猛烈なバッシングを受けた。

 いわく、気持ち悪い願望で作り上げられたドラマなどとっとと放送中止に持ち込むべきだと。


 昨今の同性愛問題に乗っかり、美少女を出す都合のいい口実に利用している。

 一過性の儚いものだと、上澄みをすくい取っただけの薄っぺらいスナック菓子のごとく食い物にしているだけ。


 なぜ、同性愛の対象が若くてキレイな人だけに偏っているのか。

 本気で同性愛の生きづらさに向き合おうとしていない証拠だ。等など。


「有名俳優を起用したらおっさんとおばさんの恋する絵面なんて見たくないと叩かれ、未成年なら気持ち悪いと叩かれる。難儀なものだよね」


 ゴールデンタイムは主婦層の視聴者が中心のため、深夜枠に近い時間帯なら年齢層も棲み分けできているだろうと踏んで、遅い放送時間帯に設定していた。

 していようが、一度厄介な連中に目をつけられたら大抵の理屈は通用しないのだ。


 自分たちが気に食わないから叩く。

 声が大きくなればテレビ局も動かざるを得ないので、拡散して無関係の人を巻き込んでいく。


 公式のSNSのコメント欄は、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 もちろん声が大きくなれば、反論する連中に反論する野次馬も湧いてくる。


 男性と女性。異性愛者と同性愛者。若年層と中年層。

 このドラマをダシにあらゆる対立煽りから壮絶なレスバトルに発展するなど、騒ぎは2週間ほど続いた。


 この炎上騒動は、ある最悪な結果によって幕引きがなされた。

 主演女優が逮捕されたのである。


 体内から薬物反応が検知されて、自宅を押収した結果ブツが見つかってしまい。

 このドラマも中止に追い込まれてしまった。

 薬物のニュースはあったなと今かすかに思い出したが、まさかつながっていたとは。


「クスリは絶対に駄目だけどね。この子らのツイに凸撃する輩とかいたんだよ。そりゃあ病んじゃうよなと」


 父親は当時を振り返るように、寂しそうに話してくれた。

 中でも一番ショックだったのは、ターゲット層であるはずの”そういった方々”もバッシングに加わっていることであった。

 過激な者はスタッフの性別が男性であるというだけで、執拗に張り付き叩き続ける。


 その仕事を降りても、正義という熱に駆られた人間は変わらない。

 まるで自害でもしなければ許されないと言うように。


「あまりにも目の敵にされすぎて、もう疲れてしまったよ。ここまで忌み嫌われてしまうものなのかと」


 父親は心底疲れ切ったように、スマートフォンの入った胸ポケットを指で突いた。

 母親もお疲れ様と、ため息をつきながらコップの水を煽っている。


 知らなかった。父親が裏で心無い人々の批判にさらされていたなどとは。

 それも、今私が言うか否かと迷っている心の悩みを扱っていたなんて。


「……この人たちは、異性をすべて性犯罪者予備軍だとでも思っているのか? 敵視の度合いが強すぎて、正直怖くなってきてしまった」


 父親は、理解に歩み寄る前に過激な人たちに叩き潰されてしまった。

 そこまでは本当に気の毒であったと、心の底から労りたい。


 だが、その反動で新たな偏見を根付かせてほしくなかった。

 全員がそうではないのだと。


「それは違うよ、父さん」


 彼女は両親に言わない道を選んだ。それも一つの生き方である。

 なら、私は。


「匿名の世界では攻撃的な声が目立つから、父さんがうんざりするのも当たり前だと思う。だけど、みんながみんな、そうではない。それは、本当に一部の人たちだ。同性愛者というだけで異性を嫌悪していると決めつけるのは、やめてほしい」


「……どうしてそう言い切れるのかな?」

 父親は、不思議そうに私へと目を向けてきた。

 まるで知ったふうな口ぶりの娘に、一体何が分かるのだと。

 少し声色を低くして、次の言葉を待っている。


 膝の上に置いた拳を、強く握りしめる。

 腹に力を入れて、その言葉を口にした。



「私は、同性愛者だから」

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