【A視点】はじめてのツーショット
クリスマスイブとなる今日。
夕方までの講義を終えて家に着くと、すでに親の車が駐車場にあった。
どうやら渋滞を見越して、かなり早めに家を出たらしい。
「結構待った?」
「んーん。そんなにじゃないわ」
お店は予約してあるからと言うと、じゃあすぐ行こうかと母親が空腹を訴えるように言い出した。
夜間の運転練習も兼ねているので、当然私は父親と交代するように運転席へ。
「久しぶり」
「うん」
父親とはいつも通り、短いやり取りを交わす。
似た者同士は、会話も素っ気ない。
あんたら4ヶ月ぶりなのにそれかーい、と横から母親に突っ込まれた。
初心者マークのマグネットを忘れずに貼って、車を発進させた。
目的地はもちろん、彼女の職場だ。
週末のイブということで、駐車場は確保に苦労した。
暗いので視界も悪く、余計に見つけづらい。
さすがにここは親と交代する。擦ったら元も子もないので。
いつも以上に人が多い、夕方のモール周辺を縦一列で歩く。はぐれないように。
建物に光ケーブルが巻き付いていて、数秒ごとに色が移り変わる幻想的な光景にはついつい足を止めてしまう。
素直にクリスマスの夜を楽しめているのは、いったい何年ぶりだろうか。
店の前まで行くと、意外な光景が広がっていた。
人だかりができている。
ただしその行列は店の中からではなく、外からだ。
「あら。サンタさんがいるわ」
母親が指した先には、小太りの老人が風船の束を片手に立っていた。
赤い服と、赤い帽子と、白い髭と、愛嬌のある丸っこい顔立ち。
一般的なイメージとして固まっている、サンタクロースを忠実に再現している。
着ぐるみではあるが。
昨日送っていただいた画像そのままの姿なので、紛れもなく彼女が入っていると確信した。
「中華まんとドーナツか。いいチョイスだね。お店でそのまま食べられるみたいだし」
感心する父親に同意する。
特に今日はイブなので混雑しており、いくらスタッフ数が十分でも待たされる可能性はある。
空腹をしのげるのはいい戦略だと思った。
「私、買ってくるよ」
親は長距離を運転してきたこともあり、だいぶお腹を空かせているはずだ。
希望のオーダーを聞いて、足を止めて並ぶ通行人に続く。
人だかりと言っても、列が動くペースは早い。
商品や代金の受け取り方もスムーズで、待ち時間を感じさせない。
歩きながら会計を済ませているかのようだ。
「ドーナツ3つ。お願いいたします」
私の順番が回ってくるのは早かった。
体感にして、3分も経過していないだろうか。
流れるようにお釣りと商品を受け取り、子供にまとわりつかれるサンタが立つ場所へと向かう。
彼女のサンタは終始大人気であった。
子供心をくすぐるサンタの姿というだけではない。
商品を買った客は、3分の間ふれあいが楽しめるからである。
サンタの背中にはそういった張り紙があった。
風船をもらったり、一緒に写真を撮ったり、高い高いやおんぶをお願いしたり、踊ったり、抱きついたり。
「さんたばいばいー」
時間が来たのか子供が名残惜しそうに離れていって、手を振るサンタに近づく。
「次、写真よろしいですか。ご一緒に」
商品の入ったビニール袋を指して、軽く頭を下げた。
サンタは私の登場に一瞬だけ固まった。
仰け反ったようにも見えた。
まさか写真を頼んでくるはずはないと疑問符が並んでいるのだろう。
しかもツーショットを。
実際、私は撮られるのを好まないからだ。
「…………」
どうぞどうぞと、頭が二回縦に振られる。
喋ってはいけない決まりらしい。
これまで、私は彼女と写真を撮ったことがなかった。
卒業アルバムを除いて。
容姿の差が歴然である以上、たとえ恋人同士となった今でも釣り合わなさをまじまじと見せつけられる絵面は見たくないからだ。
だが、昨日彼女から制服姿の写真を送られて、不覚にも心が躍った。
世界でただ一人、己にのみ許された麗しき御姿を拝見できる幸福を。
同時に、記念写真を一枚も遺していないのは恋人としてどうなのかという罪悪感を。
待ち受けにしてもいいかと申し出たところ、全力で却下されてしまった。
残念であったが、それは理に適っている。
待ち受けとはいえ、スマートフォンは指で弄るもの。
指紋をべたべたと擦り付けて気安く触るなど、汚す行為に他ならない。
であれば、着ぐるみ姿である今ならどうか。
容姿の差を気にすることもなく、周囲に不審がられることもなく、堂々と一緒に撮影ができる。イブという特別な日に。
仮に待ち受けにする場合は、私の領域はアプリアイコンで隠しておけばいいだろう。
「じゃあ撮るわよー」
母親の掛け声に合わせて、二人並んでポーズを取る。
互いの片手を突き出して、控えめに手を合わせるだけ。
他の人の目もあるので、さすがにピースサインや抱きつくといった真似はできなかった。
明日、楽しみにしている。
小声で囁いて、私は親の待つ場所へと戻っていった。
「そういうとこはいくつになっても子供ねー」
「別にいいだろう」
預けたスマートフォンを母親に返してもらうときに冷やかされたので、適当に答える。
「寒いね。早く入ろうか。ドーナツが冷めないうちに」
体感上はすぐに買えたとはいえ、極寒の中親を待たせたことには変わりない。
すぐに温かい店内に入れてあげなければ。
再び子供たちに囲まれ始めたサンタ姿の彼女に、頑張れと心の中でつぶやく。
店員に名前を告げて、私たちは店の奥にある予約席へと案内された。




