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ボイタチさんとフェムネコさん  作者: 中の人
クリスマス編
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【B視点】自撮り

「ほら、サトウちゃん露店組でしょ? 客寄せって言い方は悪いけど、目立つ格好も戦略の一つだからさ」

 露店組、というのは明日店の外で臨時出店するからだ。決戦は金曜日。


 クリスマス商戦を勝ち抜くには、とにかく売りさばくこと。

 そのためにはできるだけお店の回転率を良くすることと、たくさん頼んでもらうことが重要だ。

 幸い予約席も8割くらい埋まったしね。


 でも、混んでると人は並ぶのを止めて去ってしまう。

 とくにうちの店はカフェだから相場もファミレスと比べると高めだし、ファミリー層を狙うのは難しい。


 そんなわけで、店長が急遽営業許可を得てひねり出したアイデアがこちら。

 ならお店の外に露店を構えて、売って売って売りさばけばいいじゃない、と。


 品揃えもごくシンプルに、肉まんと焼きドーナツで。

 カフェらしくないチョイスだけど。


 ケーキやチキンはコンビニで手軽に買える時代。

 きっと道を歩く人は、並ばずさっさと買い食いできるものを求めている。


 開封も簡単で、温かいものならなお良し。というわけでこの二点に決まったわけ。


 あたしが露店組に選ばれたのも……

 うん、まあ、容姿ってこういうときに有効活用するもんだからね。


 あんまり寒くないサンタガールだといいんだけど。

 夜の外気温なめてんのかってくらい、露出が高い衣装は絶対にごめんだ。萌えアニメとかによくあるやつ。


「探すの大変だったんだよ。サトウちゃん背高いし。でもきっと似合うわ」

「ありがとうございます……?」


 き、期待されてるなあ。どんなやつなんだろ。

 いちおうその場で試着して、あたしは着心地を確かめることになった。



『いろいろあって、明日は顔出しNGとなった』

『何がどうなってそうなったんだ』


 あいつからは困惑のLINEが返ってきた。そりゃそうだよね。


 百聞は一見にしかずということで、あたしはサンタ服に身を包んだ自撮り写真を添付する。


『誰だこの人』

 とでも言いたげな、考える人ポーズのスタンプが送られてきた。


 最近あいつは文字だけじゃ素っ気ないかなと気にするようになって、ちょくちょくスタンプを混ぜてくるようになった。

 たまに謎チョイスのスタンプもあって、なかなか面白いよ。


『身ぐるみ剥がせばあたしだよ』

 そう冗談めかして、改めて人生初の自撮り写真を見る。

 うーん、我ながら渋いわ。


 サンタになるとは言ったけど、着ぐるみの類だった。

 立派なお髭をたくわえた、ふとっちょの気が良さそうなイメージに近いサンタさん。


 外にいるわけだし、風邪引かせちゃ労災案件だというわけで、全身すっぽり覆えるこのタイプになった。

 確かにこれなら子供ウケ抜群だろうけど。


『あったかいし、ナンパされるよりはマシかな』

 仕方ないな、とあいつからは少し時間を置いて返ってきた。


 そっか。これだと制服姿をお披露目できないのか。

 イブの楽しみをひとつ減らしてしまった。


 と言っても決定は覆らないしなあ。

 どうしたもんか。


 あ、そうだ。


「ちといいかい」

 あたしは食事を終えて、挨拶に来たさっきの女子を呼び止めた。


 目的は一つ。

 自撮り棒を貸してもらうためだ。

 あと、慣れない自撮りのレクチャーも兼ねて。


「表情かたいなー。もっとスマイルしなよ」

「そりゃ君は慣れてんだろうけどさあ」


 セルカ棒(自撮り棒)の使い方自体は案外簡単だった。


 スマホを装着したらカメラ起動して、棒はお好みで長さ調整して、手元のボタン押してシャッター切ればいいわけだから。


 問題は映る側。


 自撮り写真とかインスタでぼへーっといつも眺めてたけど、いざ撮るとなるとくっそ恥ずかしい。

 どんだけの自己肯定感あればアップできるんだ、あれ。


「つか珍しいね。サトちゃんが自撮りしたいなんて」

「ああ、まあ、その。友達が制服見たいって言うから」

「ふーん、へー、ほー」


 あ、完全に見抜かれてる。

 この子、こういうの聡いからなあ。


「手元は写しちゃめーよ。とにかく恥捨てろー。自分を世界で一番お姫様とか思えー」

「余計恥ずかしいわ」


 とりあえず無心で、あたしはかわいいとされるポーズを取った。


 もうやけだ。

 どうせ見せるのは一人だけなんだから。

 普段なら絶対にやらない表情で、独り占めさせてあげたいからさ。


 甘く流し目にすることを意識して、小鳥のようにすぼめた唇に立てた指を添える。

『ちゅんちゅんポーズ』というやつみたい。


 こんな媚びた構図、プリクラでもやったことないわ。

 インスタ女王とか呼ばれる人たちは心臓に毛がもさもさに違いない。


「……こんなんでいいわけ?」

 自分ではまともに見れないので女子にチェックしてもらう。


「いいと思うぜー。ちょい明るさ調整はしとくけど」

 スマホを返してもらい、ほぼ無修正の写真を見てみる。


 う、うわあ。

 これ本当にあたしか。


 自分で撮ったくせに、なんか別人に見える。

 うさんくさいアダルト広告に、ハートマークの吹き出しつけてるお姉さんみたいだ。


 これ、今から送るのか。

 自撮りっていよいよもってバカップルみたいだ。


「もう帰るから。棒返してくりー」

「ご、ごめん。付き合ってくれてありがと」

「気にすんな。また来るからさー」


 引き止めてしまった女子にお礼とお詫びを言って、あたしは再びLINEの送信画面で固まった。

 

 ど、どうしよう。

 でもここで送らなかったら、しばらく見せる機会ないし。

 明日もサンタコスだし。


 ええい、とあたしは心の掛け声と共に送信ボタンを押した。

『これで元気出しなー』と付け加えて。


 そして仕事いくわと速攻で送って速攻で電源を切って速攻でタイムカードを押した。

 ごめん。



 やがて、退勤時間がやってきて。


 いつも以上に終わるのが早く感じながら帰路へとついて、でも気になってそそくさとカバンの奥に寝かせていたスマホを取り出す。

 あたしは恐る恐る電源を入れた。


 未読LINE、2件。

 そっとタップすると。


 笑顔っぽいスタンプを片っ端からずらっと並べた、言葉にできない長い羅列が広がっていた。

『また見たいな』ともちゃっかり下にある。


 普段からの印象とは考えもつかなくて、あたしはその場で盛大に吹き出した。

 口元のニマニマはしばらく治まらなかった。


 こうして、イブの日は訪れたのであった。

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