9 叶えてやりたい希望
少し離れたところで見ていたダリアスとヨーゼントは、作戦失敗時の落ち合い場所へと急いだ。キアフールがうなだれて広場の噴水前に座っていた。
「いやいや、予想の遥か上でしたね」
ヨーゼントが隣に座り、飲み物をキアフールに渡した。
「あれで本当に『運命の出会い』なんて求めているのか?」
ダリアスがスカーフを首に巻き直して、キアフールの隣に座る。
「俺だということに全く気がつく様子もなかったぞ。いきなりの猛攻撃だ。あの攻撃は素晴らしい! さすが、俺のレディだ」
キアフールは先程のキレのあるルジェリアの攻撃を思い出して、ルジェリアに惚れ直していた。
「感心してんのは、おかしいぞ。はぁ」
ダリアスはキアフールの肩に手を置いて、ため息をついた。
「とにかく、ルジェリアさんが『運命の出会い』など求めていないことが証明できてよかったですね」
「そうだな。でも……」
「うん?」
納得していない様子のキアフールの顔をダリアスが横目でチラリと見る。
「希望を叶えてやりたいって思うんだ」
キアフールは絞り出すような声であった。
ヨーゼントがフッと笑って立ち上がり、キアフールの肩を叩いた。二人も立ち上がる。3人は、足音も立たない歩きで雑踏へ消えて行った。
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キアフール、3年生の4月。
「せめて、『あの男とは別れろっ、俺をみろっ!』ぐらいの恋のバトルはしてもらいたいわよねぇ」
また、暗部からの報告は突拍子もないものだった。
「これは……どう捉えるべきなんだ?」
キアフールは頭を抱えた。
「『自分は他の男性に求められたが、キアルを選んだ』と、したいのですかね?」
「なんで、そうなったんだ?」
ヨーゼントもダリアスも理解ができない。ヨーゼントが報告書を最初から確認する。
「どうやらルジェリアさんは、美形留学生と恋に落ちたいようです」
「なっにぃ!!!!」
キアフールたちはその美形留学生たちのクラスメートなのだ。さらにそれだけではなく、極秘護衛に任命されている。なので彼らが本物の美形だということをよぉく知っている。
ちなみに、キアフールたちは州として暗部を担ってきたので、先祖から培われた遺伝によって、極々普通に紛れてしまえるような容姿体型をしている。ただし、体型に関しては服の中身はそれは凄い! 脱ぐと凄い奴らなのだ。
「身分も顔も勝てる気しないな。キアル、諦めれば?」
ダリアスが軽い口調で言った。
『ダン!バキッ』
テーブルの天板が割れた。
「ダリ、死にたいのか?」
キアフールは冷たくダリアスを睨んだ。
「とにかく、誰かに迫られればいいのでしょう?」
ヨーゼントが欠けた部分を部屋の隅に片付ける。
「俺はパース……」
ダリアスは手をひらひらと振って、キアフールの部屋を後にした。
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そして、ある日の日曜日、ルジェリアとモナローズがお忍びで王都の下町へ遊びに出掛けたのを確認する。
「一応、二人に護衛は?」
「…………。だいぶ離れておりますが、ついております」
キアフールの確認に、ザリードは、口籠った。ザリードは、25歳になる暗部のメンバーだ。今日は念のために呼んだ。
「なんで離れてんの?」
ダリアスはキャップをかぶり直した。
「お二人に気付かれると巻かれてしまうので」
護衛など、一年も前にルジェリアに看破されている。キアフールとヨーゼントは手を頭に当てた。ダリアスはクスクスと笑った。
いくつかの細い路地が交わり、乱雑に置かれたゴミ箱、積み重ねられた木箱が並ぶ路地裏に4人はいた。ここにどうやってルジェリアとモナローズを誘い込むか悩んでいた。
そこに、逃げる女性と追いかける男がキアフールたちのいる場所の奥の交差点から出てきて、ルジェリアたちがいるはずの表通りとは違う方向へと走って行った。
「きゃあ! 助けて!」
女性が叫びながら逃げていく。
「ザリード! 追え!」
キアフールの命令にザリードはすぐさまその男女を追った。
すると、女性の声を聞いたルジェリアとモナローズが路地裏へと入ってきた。ダリアスがそれに気がついた。
「二人が来たぞ」
木箱の影にいたヨーゼントがルジェリアの首に腕を回して押さえた。モナローズをキアフールが押さえた。
「あの男とはわか……(れろっ、俺をみろっ)」
ヨーゼントがセリフを言い終わらないうちに、ルジェリアが踵でヨーゼントのスネを踵蹴りする。ヨーゼントが怯んだところでルジェリアはすかさず鳩尾に肘鉄!
「うっ……」
ヨーゼントが腹を押さえて2歩後退する。ダリアスがヨーゼントのフォローに行く。ダリアスはルジェリアの腕を捕まえようとした。
「こんのっ!」
ルジェリアがヨーゼントをダリアスに向けて押しつける。
「ローズ! 撤退!」
「はいっ!」
ルジェリアの指示でモナローズも動く。キアフールが少し力を抜いた瞬間を逃さす、モナローズはキアフールの鳩尾に肘鉄を食らわせて拘束を解き、逃げていった。
キアフールのところに、ボロボロのヨーゼントを抱えてダリアスが寄ってきた。
「人数を不利だと見極めると即座に撤退。さすが俺のレディだ」
キアフールはルジェリアの後ろ姿に惚れ惚れしていた。ルジェリアが角を曲がったところで、ヨーゼントに振り返る。
「ヨーゼ、大丈夫か?」
「足はしばらくダメですね。踵に鉄板を入れていたのは、このためだったようですね」
暗部からの報告で、ルジェリアとモナローズが靴に細工していることはわかっていた。
「さすが、俺のレディ……」
キアフールは、ルジェリアが消えた角をもう一度見た。
ザリードが戻ってくるのを待って、キアフールたちもその場を離れた。ザリードが追いかけた二人はただの痴話喧嘩だった。
ヨーゼントは足のスネが腫れ、1週間走ることができないほどだった。
『これはいい!』と、暗部の靴には、爪先と踵に鉄板が入れられることになった。後日、近衛にもこれが伝わるが、ルジェリアとモナローズはこれが自分たちのお手柄だとは知らない。
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キアフール、3年生の夏休み明け
「『俺についてこいっ!』そして、二人の逃避行! あぁ! 言われてみたーい!」
暗部からの報告はまたムチャなものだった。
「ルジェリアはいったいどこへ向かっているんだ?」
キアフールの眉間の皺は深くなる。
「私も是非それをご本人に確認してもらいたいです」
ヨーゼントが肩を落としていた。文句をいう気にもならないらしい。
「確認したら意味ないだろう」
「とにかく、お前に引かれてどこかへ連れていかれたいんだろう。やってやればぁ」
ダリアスはやる気がないようだ。だが、そんなことをいいながら結局は手伝いをするのだ。
「それよりここをお読みください」
ヨーゼントから差し出された報告書にキアフールが目を通す。横からダリアスも覗いた。
『「不満なんてないわ。そして、これからも、不満なんてない。その代わり、何の刺激もないのよ…。
私が卒業すれば、彼と結婚して、子供を産んで、私の人生は終わっていくのよ…」
とルジェリア様はモナローズ様におっしゃり、窘められておりました』
「ぶっ! ワッーハッハッハ」
ダリアスが大笑いした。キアフールは何も言わずに、ダリアスの両コメカミに拳でグリグリと力を入れた。
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