7 黒塗りの馬車
男が隣の部屋へ引きずられると暴力を与える音がした。
「代表。あなたにもその言葉を言いたいですけどね」
1番男は恨みがましい目で頬傷男を見た。
「申し訳ありません」
頬傷男はヘラヘラと謝った。あれ以上やらなくてよかったと、心の中でホッとしているに違い無い。ルジェリアは歯をギリギリと言わせた。
「お二人のロープを早く切ってください」
1番男がルジェリアを立たせた。丁寧にホコリまで払ってくれる。
「おいっ!」
頬傷男は残っていた男に顎で命令する。ルジェリアとモナローズは自由になった。しかし、下階に何人いるかもわからないので暴れるわけにはいかない。
それでも、気の納まらないルジェリアは1番男に声をかけた。
「ねぇ! 私に先払いで50貸してよ!」
「ん? ああ、構わんよ」
何もわからないながらも1番男はなぜかニヤついていた。ルジェリアはそんなものは見ておらず、頬傷男を目を細めて見つめていた。
1番男の指示でボストンバッグの中からルジェリアにお金が渡された。
ルジェリアはそれを左手で受け取り、右手に札束をパシリパシリと言わせながら頬傷男へ近づいた。
「さっきはよくもやってくれたわねっ!」
ルジェリアは頬傷男の腹に右手でパンチを食らわせた。そのために利き手ではない左手で札束を受け取ったのだ。頬傷男は呻いて膝をついた。
「髪を引っ張られるのって地味に痛いのね。始めて知ったわ」
ルジェリアは頬傷男の髪を引っ張り立たせた。頬傷男は腹を押さえたまま上目遣いでルジェリアを睨む。
「何? 私に手を出したいなら5万出しなさいよ。それならいくらでも殴られてあげるわよ」
ルジェリアは思いっきり口角を上げ鼻を上に向かせて下目遣いで頬傷男を笑ってやった。頬傷男が悔しそうに目を落とす。
そこにルジェリアは頬傷男の開いている左脇腹を思いっきりパンチした。またしても頬傷男は膝をついた。すでにルジェリアを睨む気もないようだ。
「お、や、す、みっ!」
頬傷男の顎にパンチをクリーンヒットさせた。頬傷男はその場に目を剥いて倒れた。
「ふんっ!」
ルジェリアは頬傷男に向かって悪態をついた。
「私にも! 先払い、お願いします!」
モナローズが手を上げて1番男にアピールした。
「ハッハッハ! 面白いお嬢さんたちだ。
はい、どうぞ!」
1番男は部下のような者から金を受け取り、モナローズに手渡した。
モナローズはお金を持って先程モナローズを殴った半ズボンの男ににじりよる。男は後退る。
「今から私を殴ったら5万よ。
どうする? 私を殴る? 私に殴られる?」
男は観念してその場に止まった。モナローズは目にも止まらぬ速さで平手を打つ。左頬、裏手で右頬、また左頬、裏手で右頬。何度か繰り返すと、半ズボン男は鼻血を出して白目を剝きはじめた。最後に半ズボン男の顎に向かって回し蹴りした。男は昏倒した。
「ふんっ!」
ルジェリアとモナローズは、お金を倒れている男たちに投げつけた。札が舞う。
「「医者料よっ! どうぞ遠慮なくっ!」」
すでに倒れている男たちの腹を思いっきり蹴飛ばした。
1番男は大笑いしていた。頬傷男の手下と思われる男たちは腹を押さえて壁際に逃げていた。
「「ふんっ!」」
壁に逃げていた男たちをひと睨みしてから顔を背けた。
そして、1番男は部屋を出ていく。ルジェリアとモナローズも着いていく。どう考えても売春宿のオーナーだろう。自分たちの身分を考えると、他国で男を取らされるのか。ルジェリアもモナローズも今は考えても始まらないと開き直っていた。
ボストンバッグを持ってきた男たちがなぜか二階の扉の前で止まっている。中身の少なくなったボストンバッグはルジェリアたちを買った1番男が持っていた。
その男とルジェリアとモナローズが扉を開けて外へ出ると、入れ違いに近衛兵と思われる甲冑を着た男たちが雪崩こんだ。
その様子にルジェリアとモナローズはさすがに驚いて一瞬立ち止まった。
「こちらへどうぞ」
1番男が態度を変えてうやうやしくルジェリアとモナローズを扱った。1番男が手の平で指し示していたのは箱馬車だった。真っ黒な不気味な箱馬車。夜に紛れてしまいそうな馬車だ。繋がれている馬も黒。見えないが、ロープも黒なのだろうと思われる。
ルジェリアとモナローズはその馬車に乗せられた。中には三人の人がいた。
闇夜に目が慣れた頃、見たことのある帽子を深く被って口元に見たことのあるスカーフを巻いた男たちであることに、ルジェリアとモナローズは気がついた。
「「あーー!! あんたたちっ!」」
「座れ」
一人で座っていた方の中折れ帽の男がルジェリアの手を引っ張り自分の横に座らせた。
「あなたはこちらですよ」
二人で座っていた方のキャスケット帽の男がモナローズを促して自分の隣に座らせた。
中折れ帽男が空いている方の手でルジェリアの腫れている頬を確認する。キャスケット帽男もモナローズの頬を確認して、ハンカチをモナローズに手渡した。
「おいっ! これはどういうことだ……」
中折れ帽男が外に立っている1番男に低い声で凄んだ。
「俺が行ったときにはもうそうなっていたんだよ。勘弁してくれ」
1番男は本当に困っているという苦笑いで答えた。
「後で連れてこい……」
中折れ帽男は低い声で外の男に命令する。
「はい……」
1番男が頭を下げて馬車の扉を閉めた。馬車はすぐに走り出した。
「あなたっ! 一体、何なのよ!」
ルジェリアが中折れ帽男のスカーフを引っ張り帽子を払う。中折れ帽男の顔が見えた。
「キアル!!!???」
中折れ帽男の正体にはルジェリアだけでなくモナローズもあ然としていた。
キアフール・エスポジート伯爵子息。ルジェリアの婚約者であった。
「やあ、僕のレディ。今日は随分とムチャをしたようだね」
キアフールはもう一度ルジェリアの腫れた頬を触った。
「こ、これは、仕方がなかったのよ。女の子たちがあの屋敷に連れ込まれてたから……
って、違うわっ!
どうしてっ! どうして、キアルがここにいるの? さっき入っていった近衛は何?」
「今日はもう遅い。家まで送ろう。君の家と学園の寮には連絡しておいたから。明日は学園に遅刻しないようにね。モナローズ。君もだよ」
キアフールは今日はルジェリアの質問に答えるつもりはなかった。
〰️
馬車の中で教えてくれたのは、モナローズの隣に座るキャスケット帽男はヨーゼント・シーキュレス男爵令息、その隣のキャップ男がダリアス・バイヤティ子爵令息であること。二人ともルジェリアより1つ上で、キアフールのクラスメートであること。ルジェリアたちを買う役目だった1番男は、ザリードという名前のキアフールの部下のようなものだということだけだった。
あっという間にカナート侯爵邸に近づく。
「ルジェ、明日になるか明後日になるかは、この後の後始末次第なんだ。手が空いたら必ず会いにいくから、それまでは外出禁止だよ。わかるね?」
「はい……」
ルジェリアは下唇を噛みながら返事をした。
キアフールはルジェリアの顎を取り自分に向かせた。そして、ルジェリアの唇にキスをした。反対の座席に座るヨーゼントとダリアスとモナローズもびっくりしていた。
キスはほんの一瞬ですぐに顔が離れる。
「かわいい唇を噛んじゃダメだ。わかった?」
キアフールの言葉にルジェリアは頷くこともできずに呆けていた。
馬車の扉が開き執事のエスコートてモナローズが降り、モナローズがボーッと口を開けてキアフールの顔を見ているルジェリアのズボンを引っ張った。何も見ていない目で振り向いたルジェリアの手を執事がとって馬車から降ろした。馬車は、元来た道を戻って行った。
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