4 元男爵令嬢のロマンス
そんなある日の日曜日、ルジェリアとモナローズは、いつものお忍び警邏のために下町へと繰り出す。ショッピングを楽しんでいるように見せて、周囲への注意は怠らない。
まさか二人の可愛らしい女の子がそんな警邏をしているなどと思わない店の売り子たちは、気軽に声をかけてくる。二人はそれに笑顔で答え、店を少しずつ覗いていく。可愛らしい女の子が来たと、売り子たちの口も滑らかになる。そうして得た情報を使うことも時にはあるのだ。
今日は特に問題な話を得ることもなく、屋台街をの出口に差し掛かった。最後の路地裏の脇を抜ける瞬間、二人は手首を掴まれ裏手へと引かれていく。
二人を引っ張ったのは帽子を深く被り口にスカーフをしたあの男たちであった。
「俺につい……」
ルジェリアはサッと男の腕を捻り、その腕を男の背中に回した。それを見たモナローズを掴んでいた男は、ルジェリアと同様の形をモナローズにとった。モナローズは顔を顰めた様子はないので、手加減はされているようだ。まあ、それも実は気に入らないのだが。
「逃さないわよ! 貴方たちっ! 何者っ!?」
ルジェリアが男の腕を絞りあげる。いつもルジェリアたちを狙ってくる者たちなのはわかっている。
「まじ、痛いし……」
声だと若者だと思われた。
嘆く男も力を入れているので、組み伏せるほどにはいかない。スカーフを取ってやりたいが、それをしたら、瞬間的に逃げられてしまいそうだと感じていたルジェリアは、男の膝裏を蹴ろうとした。
「リア! 後ろ! 右よっ!」
モナローズの言葉で左に体を反らした。ルジェリアに向けて棒が振り下ろされ、ルジェリアの右側に空を切った。ルジェリアは、捕まえた男を離して距離をとる。そして、戦闘態勢に構える。
が、男たちは、逃げた。モナローズを捕まえていた男も、モナローズをルジェリアに向けて、突き飛ばし逃げていった。
ルジェリアは、モナローズを受け止めることを優先した。男たちの背中が遠のく。頭を上げると、もう、追いかける気にならないほどに離れており、角を曲がられれば、何も見えなくなった。
「また逃げられたわ! 今度から、護衛をつけようかしらっ!」
ルジェリアは、すでに見えなくなった男たちを睨むような顔をした。モナローズは、ルジェリアの胸から離れた。
「ルジェ、ありがとう。でも、護衛をまいちゃうくせに。全く、何を言ってるのよ」
モナローズは男に抑えられていた肩を揉んでいた。モナローズを傷つけるつもりはなさそうな抑え方だったが、相手はモナローズの実力を知っていたようで、決して全く痛くない抑え方ではなかった。モナローズはルジェリアに心配かけまい、ルジェリアに思いっきり戦ってもらおうとして顔に出さなかっただけだ。
「だって護衛なんていたら、自由を感じないでしょう? ローズ、腕は大丈夫?」
ルジェリアは、腕を押さえるというモナローズとしては珍しい姿に眉を寄せた。部下に怪我をさせたのは、ルジェリアの判断の甘さとも言える。
「ええ、大丈夫よ。キチンと動けるか確認していただけよ」
モナローズは笑顔でそう言った。ルジェリアはホッとした。
「押さえる力は強かったけど、私に痛みを与えるつもりはない感じだったわね。とりあえず、私たちの命が狙いじゃないようだから、これからもいなして済ませましょう」
自分たちが男を武力でいなせる女性であることが、おかしいとは二人の頭には浮かばない。
そして、こんな状況であるにも関わらず、『今も刺激がない』と言い切るルジェリアなのだ。
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さらにその年の1月。
「モナ! 聞いた? 隣国の公爵様って、やっぱり本物の王子様だったんですって!」
ルジェリアは大興奮でモナローズの肩を揺する。モナローズは揺るがない。ルジェリアに呆れた視線を送る。ルジェリアの手に手を重ねる。
「公爵様が王子殿下だったのじゃなくて、子爵令息様が王子殿下だったんでしょう?」
モナローズは人の色恋沙汰になど興味もない。しかし、情報は入ってくる。それを判断してルジェリアに伝えていく。それにしても、ルジェリアの持ってくる情報が毎回少しだけ間違っていることには、モナローズはため息しかでない。
「え? なんで?」
ルジェリアはキョトンと小首を傾げた。
「いやいや、どっちにしても―公爵が王子でも、子爵が王子でも―『え?なんで?』だから」
モナローズは、逆にルジェリアの肩に手を置いた。
隣国の子爵子息として留学していた男子生徒エリオ・パッセラは隣国の第3王子であることが、年始の王城パーティーで発覚し、話題となっていた。
「細かいことはいいわ。とにかく、異国に花嫁探しの王子様! 王子様のお心をゲットしたのは男爵令嬢!
はぁ! 夢見たーい!
まるでおとぎ話よねぇ」
ルジェリアは喜びのあまり、目をギュッとつぶり、膝を少し曲げて震えている。
王城パーティーでその第3王子がパートナーとして選んだのは、元男爵令嬢のベルティナ嬢だった。ベルティナ嬢は、現在侯爵家の養女となっている。
「第3王子たちは、この国で真面目に勉強しているって聞いたけど?」
モナローズは腕を前に組み凛々しく立っている。そんなモナローズの様子など、ルジェリアの目には入っていない。
「それで恋に落ちたのなら、尚更夢見たいじゃないのぉ! お相手は才色兼備のベルティナ様よぉ! そりゃ、王子もお嫁さんにしたくなっちゃうわよねぇ」
ベルティナ嬢は宰相候補の公爵令息ランレーリオ殿を差し置いて、3年間学術で学年1位を取り続けているため、とても有名な才女だ。ルジェリアもモナローズもAクラスではあるが、1位はとったことがない。
「確かにっ! 男爵令嬢の憧れナンバー1は、ベルティナ様よね! ベルティナ様が王子様との恋だなんて、素晴らしいわ!」
珍しくモナローズもルジェリアに賛同していた。モナローズも男爵令嬢だからだろう。
「恋に落ちて、殿方に他国に連れ去られるなんて、素敵なロマンスだわよねぇ」
ルジェリアの夢はさらに上を行っていた。
「いやいや、連れ去るわけじゃないから」
モナローズはコケそうになった。
「我が国にベルティナ様の能力と釣り合う殿方がいらっしゃらないことが、悔しいわ」
モナローズは拳をギュッと握りしめ本気で眉根を寄せた。モナローズの分析は冷静であった。
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いつもの、お忍び警邏。今日は何事もなかったと、二人は寮へと帰ろうとした。
そこへ、二人の耳に怒号が飛び込む。
「早く降りるんだ!」
「ほら! さっさと入れっ!」
「グズグズすんなっ!」
男たちが怒鳴りながら人を幌馬車から引っ張り出し、家の中へ連れ込んでいた。中にはその人たちを後ろから蹴る者もいた。
ルジェリアとモナローズはもちろん躊躇なく走り出す。音もなく走る二人。近くになったところでルジェリアが声をかけた。
「その人達の手を離しなっさいっ!」
ルジェリアの飛び蹴りが決まり男が倒れた。起き上がろうとしたルジェリアを男が抑え込む。ルジェリアは片膝を地面についたまま男のすきをついて、腕をとり自分の背中に乗せるように投げた。起き上がって投げた男の顎を蹴飛ばす。
ルジェリアがモナローズを確認する。モナローズも二人ほど倒していた。
ルジェリアは次のターゲットを探そうとした。
しかし、後ろから棒のようなもので肩口を殴られ、二人は意識を手放した。
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