2 隣国紳士との恋
そんなある日の日曜日、ルジェリアとモナローズはいつものようにお忍びで王都の下町へ遊びに出掛けた。
町中を歩いていると、角から男が飛び出してきた。ルジェリアとぶつかり、ルジェリアは尻もちをついた。
「いったぁ!」
「大丈夫?」
ぶつかった男はルジェリアに手を差し伸べた。そして、二人の目と目が合った瞬間に、ルジェリアはビビッと感じた。
「怪しいやつ! ローズ! 確保よっ!」
男は帽子を目深に被り口元はスカーフで隠していた。
ルジェリアは素早く起き上がって、すかさず男に蹴りを入れる。男がそれをかわした。
「ちぇっ!」
ルジェリアは、かわされたことに舌打ちした。
「え? ちょっ!」
男は慌てていたが、男の背後にはモナローズがすでに戦闘態勢だった。簡単には逃してくれそうもない。
ルジェリアは再び男に向かい、右フック、左肘鉄、右足前蹴り。男がふらついた。ルジェリアの回し蹴り! 男は両手でそれを受け、ルジェリアを足から回す。ルジェリアは投げられる前になんとか体制を立て直すが、前面が空いた男はそのまま逃げ出し人混みに消えてしまった。
「あー! おっしい!」
ルジェリアは2回3回と足をダンダンと鳴らす。本気で悔しがっていた。恐ろしさなど欠片も感じていないようだ。
「リア! 怪我はない?」
モナローズがルジェリアに駆け寄った。
「何ともないわ。それより、怪しいやつを逃したのは残念ね」
「あなたの安全が第一よ。あなたの攻撃を吸収して躱してしたわ。かなりの手練よ」
「そうね。攻撃が当たっているのに感触が鈍かったわ」
「無理はしないでね」
「ローズ。わかっているわ」
ルジェリアはモナローズにウィンクした。
学園では『ルジェ、モナ』と呼び合っている二人だが、お忍びでは正体を隠すため『リア、ローズ』と呼び合う徹底ぶりだ。
そして、二人の強さは並ではない。
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平和なスピラリニ王国であるにも関わらず二人が手練であるには、もちろん理由があるわけで。
ルジェリア・カナート侯爵令嬢は、カナート侯爵家が長女で兄と弟と妹がいる。カナート侯爵は王立騎士団の団長を務める強者で、ルジェリアも幼い時から、剣はもちろん暗器や体術も訓練している。
モナローズ・サイドバル男爵令嬢は、カナート侯爵州サイドバル男爵領の領主の次女で、幼い頃からルジェリアの側近侍女になるため、カナート侯爵家に通いルジェリアとほぼ同じ訓練を受けていた。
そんな二人なので主従であり親友であるのだ。
カナート侯爵州は代々王立騎士団の団長を務めているため、大変特殊である。
まず、普通の州は9歳から初等学校がはじまる。だがこの州では、州都に特別初等学校があり、カナート侯爵州の子爵家男爵家は、男女問わず、何かに優れていると各家で判断されると、早ければ5歳でそこへ入れる。
9歳までにある程度判断され、特筆すべきところがないと判断されれば、各領地の初等学校へと戻される。戻されるだけなので、各家は5歳までに子女を鍛え、州都に送ることがほとんどだ。
さらに特別中等学校は、普通中等学校と同じく12歳からになるのだが、そちらは狭き門となっており、特別中等学校を卒業すれば、高等学園卒業後は、王立騎士団での将来の幹部が約束されているようなものだ。
カナート侯爵州になると、騎士より上の近衛隊配属が花形の職業ということになる。そして、その近道が特別中等学校だ。
二人の様子でおわかりのように、ルジェリアもモナローズも、特別中等学校を去年卒業し貴族の義務である学園に入学したのだ。
確認しておくが、ルジェリアは特別扱いは受けていない。
特別中等学校への入学は、カナート侯爵州長の子女であろうと約束されたものではなく、実力で入らなければならない。なので、カナート侯爵家の跡継ぎは、その代の子女の中で男女問わず最初に特別中等学校を卒業した者となっている。
ルジェリアの兄は、特別中等学校を卒業し学園も一昨年卒業、王立騎士団の団長にむけて順調に学んでいる。
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ルジェリア、2年生の4月。
「モナ! 聞いた? 3年生に隣国の王子様がいらしているのですって!」
ルジェリアは大興奮でモナローズの肩を揺する。モナローズは揺るがない。
「あら? 私が聞いたのと違うわね。私は公爵家長男様って聞いたけど」
モナローズは、人の色恋沙汰になど興味もない。しかし、正確な情報は入ってくる。
「そんなのどちらでもいいわっ! 問題はそのお三方が美形だということよ!」
「もう、見に行ったの?」
『美形』は主観だ。ルジェリアの美的感覚はよくわらないが、モナローズにとって主観は正確な情報とは言えない。
「いえ、まだよ。でも、隣国からの留学生といえば、美形に決まっているじゃないのぉ!」
ルジェリアは勢いよくモナローズを背中を叩いて、恥ずかしがって両手で顔をかくしている。モナローズには何を恥ずかしがっているのか理解できない。ルジェリアのお相手でもないのだから。
「よく想像で言い切れるわね」
モナローズはあきれて大きなため息をついた。
しかし実際、隣国ピッツォーネ王国からの留学生、クレメンティ・ガットゥーゾ公爵令息、イルミネ・マーディア伯爵令息、エリオ・パッセラ子爵令息は、3人とも美形で、成績も優秀である。3年生のAクラス前の廊下は一目その方々を見ようとする女子生徒でごった返しており、その見目麗しい姿に黄色い声が飛び交っていた。
「ああ! 隣国の紳士との恋! ステキだと思わない?」
ルジェリアはどこというわけではなく遠くを見るように空を見つめている。夢の中の自分を見ているのかもしれない。
『まるで演劇。舞台女優さんだわ』
ルジェリアの様子を見ているモナローズが恥ずかしくなってしまうので、ずっとは見ていられない。
「ルジェ、あなたには婚約者がいるのよ」
モナローズは感情のない口調で、自分のノートに視線を落とした。それを見たままの格好でルジェリアに苦言を呈する。
「わかっているわよ、そんなことっ!」
ルジェリアが視線をモナローズに戻して、唇を尖らせた。
「それなら……」
モナローズは、小さなため息と困り顔をルジェリアへと向けた。
「憧れるくらいいいじゃないのぉ」
ルジェリアは腕を曲げて左右に振った。可愛らしく見えなくもない。
「それは贅沢というものよ」
いつも、ルジェリアの近くにいることが当たり前であるモナローズには、今まで、婚約者も恋人もいない。
「せめて、『あの男とは別れろっ、俺をみろっ!』ぐらいの恋のバトルはしてもらいたいわよねぇ」
ルジェリアは、胸の前で手を組んで、上を向いて目を閉じた。まさに夢を見ているようだ。
そうは言っているものの、ルジェリアはその留学生たちを見にも行かないし騒ぎ立てもしない。他の女子生徒のように追っかけるなどありえない。
ルジェリアはただ夢見がちなだけで、現実を見に行ったりはしないのだ。
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