1 恋への憧れ
スピラリニ王国物語の1つです。
他を読まなくとも楽しんでいただけるように書いていくつもりです。
ある麗らかな春の日曜日、スピラリニ王国の王都の路地裏では、ただ事でないことが起きていた。
「逃さないわよっ」
追いかけてくる足音だけを聞いて逃げていた男は、声の主が女だとわかり考えを変えた。
逃げるつもりだった体の大きな男は、声を聞いたら、逃げることも面倒くさくなり追いかけてきた者と戦うことにした。走っていた足をゆっくりとスピードを落として止まった。数メートル後方で追いかけてきた相手も止まったことは、音でわかった。
だるいという顔で振り向く。
そこには、自分より随分と小さく線の細い可愛らしい女の子が凛々しく立っているだけだった。どれだけ男らしい女が立っているかと思っていた大男は、鼻で笑った。
「はっ! 逃げるんじゃなかったぜ。あんたとなら、この後ゆっくり遊べそうだな」
大男は自分の唇をグルッと舐め、下卑た笑いを見せた。女の子をおとなしくさせた後のことを考えると自然に片方の口角を上がった。
まさに締まりのない顔だった。
「ばっかじゃないの?」
女の子は片眉をピクピクさせて、侮蔑の言葉を大男へ向けた。それは大男の言葉に対するものか、締まりのない顔に対するものか……おそらく両方であろう。
「そんな目の女を変えてやるのが、俺の楽しみなんだ」
イヤらしい顔がさらに歪む。女の子は口を開いて舌を出して『オエッ』と声に出した。今度は大男の方が眉をピクリとさせた。
1つ息を吐き出した女の子が、大男に向かって走り出した。大男は余裕で構えていた。
と、瞬間に女の子が、視界から消えた。女の子は、小さな体を使ってスネへ狙い撃ちのローキック。痛みで大男の膝が崩れたところに、脇腹へ刺さるようなフックパンチ。相手が傾げたところで、首に剣のようなハイキック。倒れかけたところに、倒れていく方から、顎に一点狙いのパンチを入れた。
完全に油断していた大男は秒殺された。油断をしていなければ、肉体の頑丈さで2分は持ったであろう。
もう一人の女の子が連れてきた衛兵に引っ捕らえられていく男二人。
男のもう一人は大男の前にすでに女の子たちに捕まっていて、衛兵を連れて来るより先に女の子に細腕で首締めを決められて、早々に気絶していた。
衛兵に引きずらていく男二人を見て、ルジェリアとモナローズはハイタッチをした。
それを遠くで見つめていた視線は、大きくため息をついていた。
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スピラリニ王国は平和な国である。
平和だと言っても戦争がないというだけで、旅人を襲う盗賊もいれば人買いも人攫いもいる。都会であれば、スリも窃盗も強盗も強姦もありとあらゆる犯罪は存在する。そして、ここは王都だ。犯罪の坩堝である。
ルジェリアとモナローズは今年の貴族学園の1年生だ。まだ、入学式まで2週間もあるにも関わらず学園の寮に入寮し、毎日のようにお忍びで王都探索を楽しんでいた。
ルジェリアとモナローズは、お忍び1日目に、後ろから着いてくる怪しい奴らを待ち伏せして倒そうとした。しかし、実力の拮抗が感じられ、ルジェリアが一旦距離を置く判断をし、モナローズも指示に従った。
そこでストップがかかり、その者たちと話し合いとなった。その怪しい奴らはルジェリアとモナローズの護衛だったのだ。
はじめは訝しんでいた二人だが、ルジェリアの婚約者の名前を出され、納得しないわけにはいかなくなった。
「私達よりあなた達の方が察知能力は高いでしょう。私達が察知するような距離にはいないでちょうだい」
ルジェリアは眉根を寄せてその者たちに指示した。ルジェリアの指示はある意味の絶対命令だった。今日のところはこの命令を聞かざるを得ない。
護衛は察知されるほど尾行は下手ではないはずだ。それにルジェリアと戦闘となった時、こちらが実力を出し切ってルジェリアを昏倒させるわけにはいかない。だとしても、万が一の場合は押さえつけることは簡単であろうと、高をくくっていたのだ。
それなのに、互角の戦闘をしたうえ距離を置かれた。実践なら、とうに逃げられていたということになる。
この護衛たちは後ほど猛鍛錬に励まされることになるのだ。
それはさておき、その後はずっと、護衛は距離が置かれることになった。護衛は大男とルジェリアとの対決を遠くで確認して、大きなため息をついたのだった。
それから、晴れて学園へ入学した後も、二人の王都探索は止むことはなく、ほぼ毎週末、護衛たちが普段の任務より神経をすり減らすことになっていく。
まあおかげで、隊員たちの実力は確実に向上しているので、護衛を回す指揮官は嬉々として二人の護衛当番を決めていた。
ということは、あまり知られていない。
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この国の王都にある、貴族専用のスピラ学園がある。16歳から18歳までの全寮制学園で貴族子女は入学することが義務だ。入学は義務だが、卒業は義務ではない。学園内は『爵位に関係なく幅広い交友を』という建前のもと、国によって運営されている。基本的には全てが無料で制服も2着ずつ支給されている。クラスはAクラス〜Eクラスの成績順に分けられていて、各クラス30人程度だ。
学園が始まれば、ルジェリア・カナート侯爵令嬢は親友のモナローズ・サイドバル男爵令嬢とともにAクラスに所属する才女である。
ただし、彼女たちは……戦闘少女であった。さらにルジェリアは……夢見る少女だった。
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ルジェリアが1年生の10月。
「モナ! 聞いた? 小麦姫って1年生の頃、熊隊長から、毎日プロポーズされていたんですって!」
ルジェリアは大興奮でモナローズの肩を揺する。
9月の始業日に突然現れた小麦色の肌をした子爵令嬢ビアータは、ルジェリアたちより一つ上の2年生だ。令嬢にも関わらず、小麦色の肌をしている。そんな令嬢が目立たないはずはないのに、1学期には見られなかった。それが2学期になり突然現れれば、軽侮であれ憧れであれ、何か注目されるのは仕方がないことだ。ビアータは小麦姫と呼ばれ、噂の的である。
ビアータとクラスメートの熊隊長ことアルフレードと恋仲との噂もある。アルフレードは、あまりの体の大きさに、誰にとっても、何がなくとも視界に入る存在であった。
「あら? 私が聞いたのと違うわね。私は小麦姫の方から、熊隊長へ毎日プロポーズしていたって聞いたわよ」
モナローズは、人の色恋沙汰になど興味もない。それでも、モナローズは正確な情報をキャッチしていた。
「何それ?? もっとステキじゃなぁーい!
もしかして、もしかしてぇ、運命の出会いだったのかしらぁ〜」
ルジェリアは両手を胸の前で組んでクネクネしている。モナローズはそんなルジェリアを呆れ顔で見ていた。
「運命の出会いって、してみたいわよねぇ。目と目が合った瞬間にビビッと何かを感じるのよぉ」
「ルジェ、あなたには婚約者様がいるのよ。ばからしいことは考えないで。」
モナローズは胡乱げな視線をルジェリアに送った。
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