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7 カレーレシピのありか

「これは一見すると大変に手ごわい暗号だ。だけど、いくつかヒントがある……」

 と祐介は、たんたんと自分の推理を述べはじめる。


「1枚目の暗号の総文字数は、平仮名に換算すると64文字だね」

「そうですね」

 茜は、祐介の推理を聞けることがなによりも嬉しい。ここぞとばかりに祐介の顔を見つめる。声に聞き入る。


「次に、2枚目の暗号はアルファベットと数字の組み合わせからなるものなのだけど、これも組み合わせが、64セットある。つまり二つの暗号が相互に対応していることは容易に想像できる……」

「うんうん」

「2枚目の暗号は、アルファベットが「a」から「h」までの8種類。数字も「1」から「8」までの8種類だ。さて、僕はこの組み合わせに見覚えがある。チェスのボードは8×8で64のマスからなる。これはつまり、チェスの盤面と対応している……」

「お見事ですよ、羽黒さん……」

 茜は嬉しくなってくる。なぜか、祐介の推理が冴え渡れば冴え渡るほど、自分の母性が暴走をし始める。自分の恋人を愛で包み込んでしまいたいような気持ちになる。ちなみに祐介は今のところ、茜の恋人ではないが、茜の気持ちの中でこうしたことが起きている。


「さて、チェスの8×8の盤面は、「a」から「h」のアルファベットと「1」から「8」の数字の組み合わせで表される。この盤面に、1枚目の64文字の文章を並べてみてはどうなるだろう」

 そう言って、祐介はチェスの盤面を真似て、8×8のマスをつくると、そこに1枚目の暗号文を並べた。



  8かみさまのみぞし

  7るぼんてんどうの

  6まのかれーれしぴ

  5いまよになまえと

  4どめたりさりーが

  3つきよよりもきれ

  2いあのかれーかま

  1うみもぐりしんり

   ABCDEFGH



 祐介は、次に2枚目の暗号文を出してきて、そこに記されているアルファベットと数字が示すマスにある文字を順番に拾いながら、別の紙に書き写していった。

「たとえば、一文字目は「c8」だから「さ」になるね。二文字目は「d 1」だから「ぐ」になる。三文字目は「c6」だから「か」、四文字目は「d6」だから「れ」、五文字目は「g5」だから「え」になる。つまりこれは「さぐかれえ」という言葉を意味していることになる」


 茜は、そうそう、とつぶやきながら、祐介のさも嬉しそうな語っている顔を可愛いなぁと心の底から思っていた。

(うはぁ、たまらないな……)

 自然とため息が出る。


「このように一枚目の暗号文を並び替えてゆくと、まったく異なる文章になるんだね。つまり64文字のアナグラムなんだ」

 祐介は、すらすらと文字を並べ直してゆく。

「これが正解だ……」

 祐介が記した文章は次のようなものだった。



  さぐかれえのまよりもにし

  きいまかれーのいまよりもみなみ

  まとんかりーのまどよりした

  ぞうがみつめるさき

  ぼんてんどうのかれーれしぴあり



「羽黒さん! 正解ですよ。わたしはこの暗号解くのに二時間もかかったんですよ。それなのにこんな一瞬で解いちゃうなんて……」

 茜は、さすがわたしの旦那、と思って感動して泣きそうになる。


 祐介はそんなことはまったく気付いていない様子で、正解した文章をあらためて読み直す。

「店主の風間さんは、遊び心がある中にも重要なメッセージを込める人だったようだね。この暗号は、二枚目の暗号文がないと、おそらく解けないだろう。つまり娘さんの協力がなくては、カレーのレシピは見つからないわけだね。チェスというのも娘さんを意識している。風間さんは、奥さんと稲葉さんではなく、娘さんに店を継いでほしかったのかもしれない……」

 祐介はそう言いながら、ひらがなの文章を読みやすくなるように、漢字とカタカナを加えて書き直してゆく。



  さぐかれえ(サグカレー)の間よりも西

  きいま(キーマ)カレーの居間よりも南

  マトンカリーの窓より下

  象(像?)が見つめる先

  梵天堂のカレーレシピあり



「インドカレー屋敷のことをよく理解していないから、この文章が指し示している部屋がどこなのか、分からないけれど、マトンカレーの部屋は二階ということだったから、一階のどこかだろうね」

 茜は、拍手をする。落ち着いた雰囲気の喫茶店には場違いな行為で、まわりの客がちらりと彼女の様子を窺う。

「そうですね。この文章が指し示しているのは、一階の「バターチキンカレーの部屋」になります。そして、この部屋にある鶏の像が見つめているフローリングの床下を確認してみたんですよ。そしたら、蓋が開いて、下に狭い地下室があったんです。そこに梵天堂のカレーレシピがありました。でも、これは優子さんに渡しました」

「奥さんと稲葉さんは殺人犯だったわけだからね」

 と祐介も頷く。


「そうなんですよ。でも優子さん、料理はからきし駄目らしくて……」

「あらら……」

「それでも、これからカレー屋さんでアルバイトをはじめて、十年先でも、二十年先でもいいから、必ずお父さんのカレーの味を蘇らせるって誓ってくれました」

「よかったね……」

 祐介は、ずいぶん気の長い話だと思っている様子だったが、優子さんの意思に感動したのか、嬉しそうに微笑んだ。


「そうしたらその時は、一緒に食べにいきましょうね!」

 茜は今日一番、声が弾んだ。

 十年先、二十年先も、もし羽黒さんと一緒にいられたらどんなに幸せだろう、と茜は思っていたからこそ口から出た言葉だった。祐介の微笑みは曖昧で掴めないし、そんなことは誰にもわからない未来だけど、茜の心の中ではぼんやりとその時のふたりの姿が浮かんでいた……。







       「インドカレー屋敷の暗号事件」完

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