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2 梵天堂のカレーライス

 祐介は、その一枚の紙をじっと見つめている。

「不思議な暗号だね。梵天堂のカレーレシピというのは……?」

「鎌倉に、梵天堂というカレーライスの有名店があるのをご存知ですか?」

「いや、知らないな」

 茜が、梵天堂のカレーライスについて語り出そうとしたところで、店員が珈琲ののったお盆を持って現れた。二人の前にコーヒーカップを並べる。


 鑑賞者の心を深みに引き込みそうな黒い珈琲が、白いカップの中に美しい。茜は、それを取り、鼻に近づけると珈琲の香りがなんとも心地よく感じられる。うっとりして一口含むと、夢のような気持ちになる。

「美味しい……」

 すぐにチーズケーキが運ばれてくる。茜は、フォークを突き立てて、口にはこぶ。こんがりした生地がほろりと崩れて、中の柔らかい部分の濃厚な甘みと酸味とが舌の上に溶けて広がる。


 一向に、謎解きが始まらないことに祐介は複雑な気持ちになっているらしく、控えめに微笑みながらも、目の前のチーズケーキを黙々と食べている。

「次回は、羽黒さんの好きなモンブランを食べましょうね」

 茜は、祐介が静かにしている理由をそんなことだと思って、気を遣って言った。

「ありがとう。ところで、梵天堂というお店は……」

「あっ、すみません。梵天堂のカレーライスのお話でしたね。梵天堂は、鎌倉の有名店なんですよ。なんでも、店主の風間さんがインドカレーを自分風にアレンジして、三十年前に鎌倉に開店したのだそうです。その絶妙なスパイスの配合とバターの風味は、一度食べたら癖になるものだそうです。ところが、その風間さんが昨年の冬に事故にあって亡くなってしまったんです」

 と茜は、チーズケーキを味わうことをやめて、説明を再開する。


「事故、というと……?」

「長野県の旅行中に渓谷に転落してしまったんだそうです。それで、お店は奥さんと店員の稲葉さんが継ごうとしていたのですが、困ったことにカレーライスの作り方が分からなかったんです。店主の風間さんは、肝心なカレーライスのスパイスの配合と隠し味を、奥さんと稲葉さんに話していなかったようなんです」

 と茜は説明しながらも、時々、食いしん坊であるせいか、チーズケーキを一口食べて、至福のひと時に移行する。


「カレーライスのレシピがないと、その有名店の味を再現できないと……」

「そうなんです。ところが、店主の風間さんは、相当な物好きで、遊び心がある方だったらしくて、生前、パズルや暗号を好んでつくっては、人に解かせていたらしいんです。そして風間さんは、カレーライスのレシピをご自宅のどこかに隠していたらしく、その場所を示しているという暗号を奥さんに渡したというんです。奥さんもはじめ冗談だと思っていたのですが、突然、旦那さんが亡くなってしまったために、その暗号の解読に頼ざるをえなくなってしまったのだそうです。それで、わたしに依頼がきたんです」

 祐介は頷いた。そして、テーブルの上の暗号に再び、視線を落とす。


「それがこの暗号というわけだね……」

 茜は、そうそう、と三回頷いた。羽黒祐介は、暗号を拾い上げると、

「それじゃ、詳しい話を聞こうか」

 と言った。

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