1 神田神保町の喫茶店にて
東京の神田神保町には、探偵クラブの面々が集う秘密の場所がある。そこでは定期的に、腕利きの探偵が集って、情報交換が行われている。
その日、名探偵の羽黒祐介は、探偵同士の情報交換のためにその場を訪れた。会合が終わると、建物の階段を登って、外に出た。
ここは路地裏である。晴れ渡った青空が春の到来を感じさせる。
祐介の隣には、女探偵の柚月茜の姿があった。茜は時々、自分が解決に至らしめた数々の事件の謎を祐介に話して、謎解きの挑戦をするのだった。
この日も、茜の脳内にはひとつの不可思議な記憶があった。これならば、祐介さんを負かすことができるかもしれない。しかし、内心では、そんなことよりもこうして会合が終わったあとに、祐介を引き止めておきたいという気持ちが勝っているのだったが……。
茜は、都内の大学に通う大学生だ。二十歳である。大学生なのに探偵もしているという才色兼備の美少女なのだ。対して、祐介は来年三十歳になる、人類史上最高の美男子。美男美女がふたりして歩いていると、黄ばんだ背表紙が店先に並ぶ神保町の眺めも一段と華やかになる。
「羽黒さん。ちょっと面白い話があるんですけど、解いていきませんか?」
「今日も謎解き?」
祐介は、そう尋ねた。祐介は、ちょうど仕事を終えたところで、時間に余裕があった。
「今日は、暗号の謎なんです」
と茜は緊張気味に祐介に語りかける。
「暗号ね。わかった。じゃあ、どこかのお店に入ろうか」
「はい!」
茜は、祐介のことが大好きなので、こういう流れになることをはじめから期待していた。
ふたりは、神保町の喫茶店をよく把握していた。その中でも、ちょうど古書店街の真ん中あたりにある老舗の喫茶店を好んでいた。ふたりは階段を降りて、地下に降りてゆく。穴倉のような暗さの中に吊り下げれたランプの灯り、洋風なレンガの壁。充満する珈琲の香りがふたりを誘惑した。
ふたりは店員に案内されたテーブル席に座ると、その店員にブランドコーヒーとチーズケーキのセットを二人前、注文した。
茜は、こんなシチュエーションに大好きな祐介といることにドキドキする。
祐介は、そんな茜の心境にはまるで気がつかない様子で、メニューをくるりとひっくり返す。
「モンブランもあるのかな……」
と祐介は、自分の大好物であるモンブランケーキがメニューにあることに気づいて、チーズケーキのセットを注文したことをわずかに後悔している。
茜は、それを見て、ふふっと笑った。
「それで、暗号の謎ということだったね」
と祐介は、メニューをしまうと、はやくも謎解きに移りたそうにしている。
「そうなんですよ。暗号……、羽黒さんは、暗号はお好きですか?」
と茜は、味気ない説明にすぐに移りたくないので、ちょっと会話の本筋からずらして尋ねる。
「特に好きというほどではないけれど、なんだろうね、殺人事件の謎を解くことは多いけれど、暗号の謎を解いたことは案外少ない気がするよ。暗号を前にすると、ちょっと新鮮な気持ちになるかな」
「そうですよね。わたしもそうなんです。いつももっと物騒な事件を解いているから、なんだか、すごく平和な依頼だなぁ、なんて思ったんです。最初のうちは……」
そう言って、茜はバッグから一枚の紙を出して、テーブルの上に広げた。
そこにはこう記されていた。
神様のみぞ知る
梵天堂の魔のカレーレシピ
今 世に名前 とどめたり
サリーが月夜よりも綺麗
あのカレー 窯 海潜り 真理