遺された手記
さて、私は最低なことをここに書き記す。
何故ならばこれは情愛という、善い気持ちを踏みにじったものだからだ。
あぁ、そうだ。私は彼女の気持ちを叩き落とし、蹴り飛ばし、踏みにじった。
だが私は、決して間違ってなどいない。
あれは必要なことであり、彼女の感情など些末事で不要なものだった。
許せなど言わない。どのような罵倒の言葉も、甘んじて受けよう。
だから、これ以上のことは彼女の言葉と私の手記を比べ、皆に決めてほしい。
果たして私と彼女、どちらが間違っていたのか。
私の判断が正しかったと、そう見えることを願おう。
冒険者として名を挙げたのは、生まれから二十二を数えたころだった。
とはいえそれは私一人で成した偉業ではなく、仲間たちもいたが故。
まずは自分がその英雄である証明として、仲間たちの名前と仲間になった経緯を記しておくとしよう。
・フェグル・ジェドル
私の幼いころからの親友で、十五で共に冒険者を始めた最高の仲間だ。
後述する私の幼馴染と恋仲であり、十九歳の時に子供が生まれ、冒険者を引退。
以降は宿屋を経営し、私たちを無料で泊めてくれたり、細かい物資を提供してくれるなど、引退後も私たちに力を貸してくれた。
フェグルの作る料理は絶品で、彼が引退してすぐは野営中の料理に関して不満を感じたものだ。
冒険者であった頃の役割は支援。
ボウガンによる敵の行動の妨害や、的確なタイミングでのアイテム使用。例え狙いを定められても、邪魔にならないように囮に努めてみせたり、器用で代役の立てがたい存在だった。
・フェーフ・ジェドル(旧姓:クアニ)
私の幼馴染であり、前述したとおりフェグルの妻である。
冒険者として活動を始めたのは私たちよりも早く、よく対抗意識を燃やしていた。
特にフェグルのことは「いつも守られている雑魚」と辛辣に当たっていた。
仲間になった経緯としては、私たちの前に入っていたパーティーがフェーフの発言をきっかけに破綻。
彼女の発言がきっかけだったために他のパーティーも受け入れず、仕方なしに一人で迷宮に潜っていたところで危機的状況に陥った。
私は彼女に対してよい感情を持っていなかったために、無視しようとフェグルに進言したが、彼は拒否して助けに向かった。
そしてその場で繰り広げられた彼の立ち回りに見惚れ、私の実力を認めてくれていた彼女は私たちのパーティーに加入。
高位のパーティーに所属していた彼女の法術は、私たちの未熟なところを自覚させ、より高みへと至るきっかけとなっていた。
・アーニ・クラテ
アーニに関しては、神官がパーティーに居ないことで伸び悩んでいたところ、勧誘に乗ってくれた仲間だ。
決して突出した才能があったわけではないが、私のことを解散の時まで支えてくれた。
あの時に最後まで私の身を案じ、そして私が踏みにじってしまった彼女。
勘違いでなければ、彼女は私に対して恋心を抱いていた。その情愛を拒絶した私は、やはり最低な人間なのだろうか。あるいは化物と呼んで然るべきそれではないのだろうか。
・ギベード・クラリカ
ギベードはフェグルたちと入れ替わりで加入した仲間だ。
彼は突出した槍の才能があったが、その才能が親からの遺伝であることを嫌悪して剣を使っていた結果、冒険者として伸び悩んでいた。
そんな時に私が勧誘したところ、紆余曲折があり一騎打ちに発展。ギベードを倒してみせたら、剣を教えるならと仲間になってくれた。
後のきっかけで、槍と剣を同時に使うという戦法を取るようになり、大成。
そしてあの時に命を落としてしまった、唯一の犠牲者だ。
彼の妹にそれを告げたときの涙は、今でもよく覚えているよ。叩かれた頬の熱さも。
以上、私がかつて共に戦った仲間たちだ。
証明としては不十分かもしれないが、その点は赦してほしい。
さて、それではあの時の話だ。
私とアーニ、ギベードの三人で例の迷宮、『タルタロス』へと潜った。
最初こそ順調だったものの、例の化物の登場により一気に形勢が悪くなった。
アレにいったいどのような名前が付けられたのか、私は知らない。
咆哮は音の壁を放ち、尾は黒曜石で出来た迷宮の壁を容易く貫き、爪は防ぐために構えた剣と槍ごと、ギベードの肉体を両断した。
私はこのままでは全滅すると悟り、アーニに魔物から気づかれにくくなる護符を押し付けて時間稼ぎに出た。
経緯は省くが、その中で討つ可能性を見出し、全力をもって可能性を果たさんとした。
そして、アーニがその場に残り続けていたことにより、思惑が崩壊。
彼女からギリギリのタイミングで飛んできた治癒法、それはよかった。
だがそれにより化物の敵意が彼女に向き、とても彼女には避けられない致命の尾が襲い掛かった。
決死の覚悟で防いだものの、しかし地盤の崩壊を招き下層へと落下。
より危険な状況に陥り、様々な奇跡を掴みながら決死の脱出を果たした後に、私は彼女の行いに非難を浴びせてパーティーを解散した。
仮にアレを一人で撃破したとして、その後脱出できたかと言えば、恐らくだが不可能に近いだろう。
だが彼女の行為は一歩違えれば全滅を招くそれであり、さらに私の想いを無視して押し付けるものだった。
わかってはいるんだ。私が押し付けた護符もまた、アーニの想いを無視したものであることを。
彼女の行いは、人として善い行動だっただろう。だが冒険者としては間違いだ。
だから私は彼女を突き放し、共に居たいと縋る彼女を払い除けた。その時に告げた言葉を、よく覚えているためここに記そう。
「私はキミに逃げろと言った。逃げなければ全滅し、あの化物の存在を世界に伝えることができなくなる可能性があったからだ。結果的には生きて帰ることができた。だがそれでも、あの時のキミの浅慮を私は許さない」
それ以来、私はソロで冒険者をやっている。
仲間を失った時の絶望に耐えられなくなり、一人で戦うことに決めた。
フェグルからは無理をするなと身を案じられ、フェーフからはアーニに向けた言葉を非難され、しかし気持ちを理解してもらった。
そして前述の通りギベードの家族に報告へと向かった際には、彼の妹から頬を叩かれた。お前が死ねばよかったのにという、もっともな言葉も頂いた。両親に抑えられながらも罵倒を浴びせ続けたのだって、彼女の気持ちを考えればそれでも物足りないくらいだろう。
皮肉にも、一人で冒険者をやるようになってから、より強くなれた。
受ける傷は増えたが、傷を治すほどに肉体は頑強になり、魔物を切り伏せるほどに剣技を洗練させることができた。
そして何より、報酬が増えたために物資も充実し、アーニの支援も一切必要なくなったことだ。
前述したが、彼女は極まった才能は無かった。実際には何らかの才能があったとしても、私から見ればお金で買える物資で賄える範囲になってしまったのだ。
そのために私は一人で戦い続け、今の立ち位置にいる。
世界最高峰の冒険者などと呼ばれ、果てには世界を救う勇者などと騒がれているのを聞いた時には、恥ずかしさで寝込んだがね。
さて、ここまで記したことだし、この手記は〆るとしよう。
魔王を討ち、私の役割は世界から消えた。
田舎育ちの私には政治の世界など荷が重いし、未だ残るダンジョンの奥深くで余生を過ごすとするよ。
だが、そうだね。願わくば、彼ら彼女らの人生に幸多からんことを。
以上、愚かなる勇者より。
追記、『魔法』『魔術』『魔具』を取り締まることを勧めておく。
あれらは『魔』と付いている通りに魔石を使うが、魔石中の魔が拡散することで魔王が世界に生じる仕組みになっていることが、私独自の研究で判明した。
それに関する書類も一緒に保管してあるから、確認しておいてくれ。
*
手記の発見後、世界は長く魔による危機から免れた。
国との間での戦争があったために平和であったとは言い難いが、それでも彼の行いによって世界は救われていたのだろう。
それを称える声は多く、世界の勇者として名を轟かせた。
しかしアーニ・クラテに関する評価に絞って言えば、微妙に分かれてしまっている。
彼女は彼に突き放された後、慈愛をもって世界を巡り、冒険者としての知識も活用して多くの人々を救った。
その功績から聖母と語られるようになった彼女は、世界的に有名な存在になったのだ。
それ故に彼の手記に記された内容に関して、真実であったのだろうと理解を示す声がほとんどだ。
しかし彼に向けた歯に衣着せぬ言葉だけは、彼女に感情移入して「最低だ」と非難する声も決して少なくない。
果たして彼は、正しかったのか間違っていたのか。
貴方はどう思いますか?
わいは異世界ものが大好きです。
こういうシビアにキャラが死に、それを深く心に刻んでしまう話がとても好きです。
この話は、報われる話ではないのかもしれません。救いのある話ではないと、自分でも思います。
ちなみにですが、普通に異世界無双ものも読みますし、これも普通に好きです。
ただこの話もですが、恋愛感情を抱く経緯とかも、もう少し劇的にしたいですよね。
あとついでに言いますと、人が使う魔法的なそれは『法術』、神から神官に与えられる奇跡は『護法』としています。
これは作中でも出ている、『魔』を付けたくなかったからになります。
わいもたまに話書くときに使ってますけど、『魔』って漢字を単体で見るとあまり良い意味じゃないですからね。
そういう視点で見て、こういう話にするのも面白いかな~というノリです。
前作品の『明日を生きて死ね』のあとがきでも、似たことを書いていた気がします。
余談ですが、アーニが恋愛感情を抱く経緯を書かなかったのはわざとです。
好意を向けられるようになるきっかけって、本人視点だとわかりにくいんだろうなと思ったので。