第七話 街に行く?
街に行く?
翌日となり、エリスたち騎士と倉庫に泊っている兵士たちの朝食の風景を見せてもらうことにした。
なにせ私は、この世界にきて今回が原住民と交流するのが初めてなのだから、強い興味を持っても仕方がないと思ってほしい。
屋根だけの作業場は、土がむき出しなので、そちらで朝食の準備をしてもらう。
ここなら、水を使おうと、火を使おうと、特に問題にならない。
スープを作るようなので、乾燥してある小枝の束を渡し、それに生活魔法と呼ばれているトーチで兵士の一人が火をつけた。
スープの具は、干し肉と乾燥された葉野菜のように見える。
それにやたらと硬そうなパンとチーズで、朝食となるらしい。
兵士たちは、男性が十名で女性が五名いる。
昨晩は、女性には倉庫の二階で休んでもらい、男性には一階で休んでもらっている。
朝になって知ったのだが、女性たちは、兵士兼エリスの侍女的な立場も兼ねているそうだ。
だからと言って、軍務中の食事などは、男女関係なく作業を進めるようで、あっという間に朝食の準備が終わってしまった。
流石にこれだけでは、一応客人として扱っている彼らに悪いので、アップルパイを人数分配給し、私も彼らと同じものを頂くので、世界樹の実のパイを用意した。
彼らの食前の祈りの言葉を聞いてから、私も頂きますと一言言い、朝食を頂き始めた。
正直なところ、美味しいと感じる物ではないと思っていたが、予想通りで、スープは塩辛いし、肉は硬いままだ。
さらに、葉野菜も、肉の臭い消しのために入れているだけのようだ。
パンも見た目通りの硬さで、チーズも堅い。
スープに付けながら兵士たちが食べているのを見よう見まねで、何とか食べ終えることができた。
まあ、軍用食だと思えば、これでも十分すぎるのだと思う。
火が使えない場所なら、干し肉をそのままかじり、堅いパンは、良くて水でふやかして食べるのだろう。
「ユウキ殿、どう感じた?」
「うーん、お世辞にも美味しいとは感じませんでしたが、手早く作れるようですし、行軍中の軍用食と考えたなら良い方なのではないでしょうか」
「私も同感だな。美味しいとは思わないが、行軍中ならこれでも十分だと思う。砦の中や陣内で、しばらく駐屯することになるのなら、もう少しましな食事にはなる。冒険者たちも同じような物を食べているそうだから、まあ、こんなところなのだろう」
「冒険者とは?」
「ああ、ユウキ殿は、こことは違うどこかから召喚されてきたのだったな。冒険者と言うのは、薬草採取から魔物退治、街の問題解決まで幅広く仕事とする自由な者たちのことだ。もちろん冒険者というのだから、冒険の旅にも出る。私も登録だけはしてある。貴族だろうが平民だろうが登録はできるので、街に行く決意が出来たなら、登録をしておくのが良いだろう」
冒険者か。
私は、ファンタジー小説を読むのが趣味の一つになっていた。
ネットの小説投稿サイトなどにある作品にも目を通していたので、好きな方なのだろう。
そんな作品群の中には、冒険者を題材にした作品も多くあったのを、よく覚えている。
興味はあるが、街に行く決意が出来ていないんだよな。
昨晩、魔女の後継者と自覚してから、いろいろと考えた。
エリスには、おそらく彼女たちにとって一番大切な部分を要約して話したが、あれが手紙に書かれていたすべてではない。
この森には、いろいろと秘密があり、それらの調査を先に進めておきたい気持ちがある。
もし、この森を今の状態でフソウ王国に渡したなら、その秘密も暴かれてしまうかもしれない。
北方辺境伯には、エリスの口から魔女が消え、後継者が現れたと報告されるのだろう。
最悪、軍を連れて、私と交渉をしに来るかもしれない。
この世界の人々の武力も確認していないうちに、武力を伴う交渉何てされてしまったなら、どうなるかわからない。
あまり気乗りはしないが、こちらから先手を打つために、街に行くべきなのかもしれないな。
うーん、億劫だ……。
朝食が終わり、エリスたちは、道造りを手伝ってくれることになった。
今日は、このまま一日を終えて、明日の早朝に町に旅立つそうだ。
エリスによると、森に関する報告は、魔女が消え、後継者があらわれ森が戸惑っているだけで、そのうちに落ち着くだろうと報告するそうだ。
まあ、予想通りの報告内容だな。
森の道の現場に着くと、魔法を使える者たちが、木々を伐採し、それ以外の者たちが、広場に伐採された木々を運ぶ流れとなった。
切り株の処理は、案外面倒なので、後日にのんびりとやることにし、エリスたちには、伐採に集中してもらうことにした。
昨日、ここで出会ったエリスは兜をかぶり、顔の様子などは見えなかったが、屋敷に着き、素顔を見た時にかなりの美人さんなのだと思った。
燃えるような赤毛でひとみは碧眼、スタイルも良く、なぜ騎士なんてやっているのか、不思議に思う二十歳程のお嬢さんだった。
今日も兜は被らずに作業をしている。
話によると、一番の得意魔法は火魔法だが、水魔法も火魔法ほどではないが得意としているそうだ。
もちろんそれ以外の四元素魔法も使えるが、剣術の方が他の四元素魔法よりは得意とのことだった。
私の得意魔法は、風と土になるのだろう。
腰に帯びている魔剣はシュテルムと言い、風魔法との相性が特に良い魔剣らしい。
だが、私がこの魔剣で一番気に入っている機能は、自己修復機能にある。
無理な使い方をして刃こぼれを起こしたとしてもしばらくすると元通りになっているお手入れいらずの本当に良い魔剣なのだ。
「なあ、ユウキ殿。道の幅を随分と広く取っているように感じるんだが、何か理由があるのか?」
「いくつか理由はあるのですが、馬車が安全にすれ違えるように、この広さにしています」
「馬車か。こんなところに馬車がすれ違う道を作っても利用する者がいなさそうだが、何か考えがあるのだろうな」
馬車があることは、旅行記などで知っていたので、理由としては十分だろう。
ほんとの理由は、機械文明の兵器を運用するために必要な広さを用意したかったからなのだ。
理想は、いわゆる多脚型戦車を用意したいのだが、お値段が可愛くないので、現実的には、固定式の砲台を設置することになるのだろう。
砲撃をするには、それなりに広く、直線が望ましいので、しっかりと南に向かって真っすぐ道を作っている。
昼頃になり、ミナが、人数分の昼食を持って来てくれた。
ボア肉のカツサンドとアップルサンドだ。
当然、私にはアップルサンドの代わりに世界樹の実のサンドになっている。
毎日毎日、世界樹の実を食べていて飽きないのかと聞かれたなら、飽きるに決まっている!
だが、食感は飽きるのだが、味については、なぜか飽きないのだ。
本当に不思議なヒメリンゴだ。
ちなみにボワ肉は、当初堅いイノシシだと思っていたワイルドボワの肉で、上質な豚肉のような味となっている。
それから午後も作業を続け、普段より、随分と作業が進んだところで夕陽の時間となった。
屋敷に戻り、身ぎれいにしてから、エリスが小袋を手にして、私と話したいと言ってきた。
「まずは、この二日分の礼の一部を渡したい。街に来るなら多少の金銭が有った方が良いだろう」
「確かに今の私は、売買できる品物は、いくつかありますが、金銭はありません。礼の前金と言わず、これで礼のすべてとしてもらって構いませんよ」
「そうは行かない。あのままでは、私たちは任務を無事に終わらせ、帰れたかわからない。むしろ、帰れない可能性の方が高かっただろう。十八人分の命の対価としては、これでは少なすぎる。まずは中を確認してくれ」
「……、わかりました。頂いておきます」
エリスのいうことも、もっともなので、大人しく小袋を受け取り、中を確認する。
金貨と銀貨が数枚入っている。
おそらく、街での活動資金として十分な金額なのだろう。
「それで、街に行くつもりになってくれただろうか?」
「今のところ、フソウ王国の貴族になるつもりはありませんが、一度エリス殿の父上である北方辺境伯に会い、魔女殿との契約の確認をした方が良いと考えました。明日のエリス殿たちの出発に付いていこうと思いますが良いでしょうか?」
「おお、街に行く決意をしてくれたのか。ぜひ、一緒に行こう!」
「魔女殿の契約の確認をしに行くだけですから、それ以外には特に何かをするつもりはありませんからね」
魔女とフソウ王家との契約は、エリスの話を鵜呑みにするなら、不可侵協定ということになる。
そんな貴重な内容の書かれた契約書のことが手紙に全く書かれていなかったのは違和感を感じる。
その違和感の正体と、北方辺境伯家に残されている契約書の写しの内容も自ら確かめておきたいと思ったのだ。
「街に来てくれるのなら、冒険者の登録くらいは、しておいた方が良い。一応身分証にもなるからな」
「そういうものなのですね。なら、冒険者登録はしておきましょう」
「うんうん、貴族などがお忍びで行動する時の身分証に冒険者の肩書は、役に立つんだ。今のユウキ殿には必要な物だと思う」
なるほど、確かにそうだ。一応魔女の後継者という立場にはなっているが、出合う人、出会う人にいちいち紋章のメダルを見せてその都度、魔女の後継者になりましたと説明して歩くのは苦行以外の何物でもない。
それから、夕食の時間になるまでエリスは、街の様子を話し続けてくれた。
ちなみに、今晩の夕食は、具だくさんビーンズシチューとウサギ肉とリンゴのソテー、薬草サラダにパンだった。
もちろん私は、ウサギ肉と世界樹の実のソテーだった。