第五話 原住民との初遭遇
原住民との初遭遇
森の道の作業現場に残っている切り株や丸太に、揃いの金属鎧を身に着けた者たちが腰を下ろしている。
遠目で見た様子では、休憩をしているように見える。
すぐに森の中に身を隠したが、私が確認できたのだからあちらから私を確認されているかもしれない。
しばらく様子をみることにする。
やはりと言うべきか、金属鎧の者たち数人がこちらに向かって走り出した。
私が隠れている近くまで来た時、その中の一人が声を挙げた。
「私は、北方辺境伯軍の副軍団長を務めているエリス・エンビーナという。先ほど姿を見せた方、今一度、姿を現していただけないだろうか!」
思い切り確認されていたようだが、私が近くに隠れていることまでは気が付かれていないらしい。
どうするべきか……。
このまま森の道を進んで行けば私の屋敷が見えてくる。
隠れていても無駄か。
ちなみに、私の現在の装備は、異世界市場で購入したソフトアーマーと言う軽くて丈夫な全身防具の上から、黒いフードの付いたローブを着ている。
さらに、腰には、魔剣とマジックポーチを帯びている。
黒髪黒目に全身黒い装備なので、『黒の~』と二つ名が付きそうな姿だ。
それにしても家名を持っている人物か。
この森の南にある土地はフソウ王国のエンビーナ北方辺境伯領らしいのだ。
フソウ王国では、王族、貴族、それに準ずる者たち以外は、家名を持たない。
エリス・エンビーナと名乗ったということは、最低でもエンビーナ北方辺境伯の親族ということになる。
しかも、このエリス・エンビーナなる人物は、声の質から若い女性のように感じる。
北方辺境伯軍の副軍団長を任されるような若い女性で、エンビーナの家名を持つというのだからただ者ではないのだろう。
ちなみに、この森は未開の地とされていて、フソウ王国の領土ではないらしい。
これらの情報は、旅行記などの本から得た情報なので、鮮度は低いが、早々に変わるほどでもないらしく鵜呑みにしても問題ないようだ。
さて、考え続けても無駄なので、姿を現す。
「こちらには敵意はありません。こんなところに人がいたので驚いて隠れてしまいました。私は、ユウキと申します」
「あ、ああ、ユウキ殿、貴女は、森の魔女殿だろうか?」
「森の魔女ではありませんが、この森に住んでいます。エンビーナ殿でしたよね。皆さんは、この森に何をしに?」
「この森に住んでいるのか……。私たちは、最近森の魔物たちの様子が変わったと報告を受けたので調査をしにきたのだ。ユウキ殿は、何か知らないだろうか?」
「特に心当たりはありませんが、いつから、どのような変化が起きているのでしょうか?」
「一年近く前から変化が起き始めたらしく、森の外で強力な魔物を見かけるようになったとの話だ。実際、私たちも森の外で強力な魔物に遭遇したので何かが起きているのは確かなのだと考えている」
あ、一年近く前なら私がこの世界にやってきたころだ。
森の外に強力な魔物たちが出没するようになったのは、私が修行のつもりで、魔物の乱獲をした結果かもしれない。
どうしよう……。
「うーん、やはり心当たりはありませんね。それでは失礼します」
うん、誰にも会わなかった、何も起きていない、そうだ、きっとそうなのだ。
さあ、お家に帰ろう。
今日は、気分が乗らないので、修行は、お休みだ。うん、これで良し。
振り返って屋敷のある方向へ歩き始める。
「あ、待ってくれ。森の中に住んでいるとの話だが、この森に安全な場所があるのだろうか?」
しょうがないので、再び振り返って応える。
「ありますよ。この先に住んでいます」
「村か何かなら、案内をお願いできないだろうか?」
「うーん、この先にある安全な場所とは、私の屋敷ですので、他の方にとっては安全な場所とは言えません。あくまで私にとって安全な場所というだけです」
「もし我が家の領地にユウキ殿が来る機会があるのなら、礼は十分にさせてもらうことを誓うので、私たちにもその安全な場所の一部を貸してほしい。実は、殆どの仲間たちがここまでの道のりで傷つき、満身創痍なのだ」
ふと、金属鎧の集団が休んでいる切り株のあたりを見ると、確かに殆ど動きはなく、疲れ切っているように見える。
このエリスの鎧も魔物の血痕で汚れているようだ。
エリスは、領地と言った。
エンビーナの直系の人物なら、貸しを作るのも悪くないか。
「エンビーナ殿は、北方辺境伯のお身内の方なのですか?」
「ああ、これでも末の娘だ。もし狼藉やらをされることを気にしているのなら、私が人質になっても良い」
「そうですね。確かにそれは気になります。北方辺境伯の末の娘の名誉に誓っていただけるのなら、安全な場所を提供いたしましょう。ですが、心からの信用は出来ませんのでエンビーナ殿には、見張りを付けさせていただきます」
「それで十分だ。ユウキ殿、感謝する」
「それでは、お仲間の方々の治療をしてから案内をいたしましょう」
金属鎧の者たちの人数は、エリスをあわせて十八人もいた。
その内、貴族階級の者は、騎士が二人とエリスだけのようだ。エリスも騎士の叙爵を受けているそうなので、実質騎士が三人と兵士が十五人ということになる。
全員にエリアヒールを掛けて、傷をいやし、キュアクリーンで、鎧から浄化しておいた。
「すごいな。ユウキ殿は、神官の修行をしたのか?」
「そんなところです。魔法は得意なので四元素魔法も使えますよ」
「私も四元素魔法をそれなりに使えるが、光魔法はヒールしか使えない。今は魔力も底をつきそうで、そのヒールすら使えないのだがな」
四元素魔法と言うのは、風魔法、水魔法、土魔法、火魔法のことだ。
これらの魔法は、一括りにされて四元素魔法と呼ばれているそうだ。
「それでは、皆さん、参りましょう」
ヒールは、傷を癒すが、疲労までは回復させてくれないので、ゆっくりと屋敷に向かう。
そうして広場まで戻り、ミナに事情を話す。
「エンビーナ様だけに見張りを付けるのですか?」
「他の者にも見張りを付けた方が良いと思うか?」
「そうですね。コロボールが何体かありましたよね。あれを使ってみてはいかがでしょう?」
「ミナをエリスに付けておけば良いと思っていたが、コロボールの方が、確かに丁度良いかもしれない」
コロボールと言うのは、ミナと同じ世界の人工知能搭載ドローンのような存在だ。
本来の用途は子供の見張りと遊び相手が目的の品で、電撃を放つ攻撃方法を持っている。
それをペット代わりに数体購入して、広場に放ってある。
広場で転がっているコロボールたちを六つ集めて、エリスと騎士の二人に一つずつ、兵士たちに三つを付けた。
コロボールを見たエリスたちは、不思議な顔をしていたが、ゴーレムのような物だと説明したら理解してくれた。
エリスと騎士の二人は屋敷で過ごしてもらい、兵士たちは、離れがあるので、そちらで過ごしてもらう。
離れと言っても何もないログハウスなので、ただ安全に屋根のある部屋で寝ることが出来るだけとなる。
普段は、倉庫として使っている建物なので、彼らを入れる前にマジックバッグに倉庫の中身を収納してから、キュアクリーンで浄化して使うことになった。
この広場は、直径約一〇〇メートルの範囲に結界が張られているが屋敷と庭、倉庫、屋根だけの作業場や畑などがあり、さらに実験施設もいくつかあるので、余分なスペースはほとんどなく、地下まで使っている状況なのだ。
屋敷の客室はあるが、貴族の配下と言っても良くわからない人物を全て屋敷に入れるつもりになれないので、こういう処置をした。
また、今使ったマジックバッグやいつも使っているマジックポーチは、空間魔法と錬金術を組み合わせた品物で、異世界市場で購入した。
中は、空間が十分に拡張されておりちょっとした倉庫並みの容量がある。
さらに、中は時間が止まっているので食料の保存に適している。
お値段は、それなりだったのでエスト世界の品だが、レアアイテムの部類なのかもしれない。
さて、一応は、客人扱いなので食事くらいは、まともに用意してやりたい。
「ミナ、クリームシチューを作ろう。この世界でもクリームシチューはあるらしいからな」
「かしこまりました」
それから、ミナと一緒にクリームシチューを作り、人数分のパンをだして、食事となった。