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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
アリエラ、入学前のお話
9/26

これが理由ですか?part④

皆様、すみません。

夜会での…再会?に記載のあります、アリエラ達の学院の入学を翌年⇒今年に変更致しました。


数ヵ月後に入学予定なので、この後の展開に関わるのでややこしくなってしまうと思い、こちらに報告しておきますね<(_ _)>



***************************



馬車に揺られてアリエラ達が向かった先は、クレセアルの中央都市オルフェリア。その中で最も目を引く城…クレセアル城。


そこで開かれる国王主催の夜会に出席する為に、両親と弟と共にアリエラは気合いの入った身支度をされて馬車に乗っていたのだ。


王自ら夜会を催すことは割とあって、王族のイベント事や国に関わる行事や記念日、そして王が家臣を労う為と、良く我が家も招待される。


父からの話によると、今回の夜会の目的は大規模な魔物討伐を成し遂げた者達の無事の帰還と、労いを込めた慰労会といった意味のようだ。


主役と言っていい討伐部隊に選ばれていたのは『双頭の蛇(アンフィスバエナ)』、そして『隻眼の狼(フェンリル)』と呼ばれる二つの騎士団。


この他に三つの騎士団が存在するが、今回はこの二つの騎士団が討伐に向かい、短期間で魔物を殲滅して帰還したことにより、報酬並びに一部は階級が上がったりがあったらしい。



そんな夜会に来たアリエラは、王宮の入口に止まった馬車から手を引かれて降りる。

前が短めで後ろが少し長いデザインのドレスなので、裾を踏まないように降りるのは神経をかなり使って一苦労だった。


相変わらず煌びやかな王宮は既に人が多く、中に入る際に招待状を両親が見せている間にこっそり来客の顔を盗み見ていたアリエラ。


(おぉ、美人発見!綺麗〜)


などと、入場前からさり気なく趣味を既に楽しんでいた。

どうせ来てしまったのなら楽しばなきゃと言う、アリエラなりの切り替えだ。


だが何故か、見つめるよりもどこからか視線を感じることが多かったアリエラ。

見られている?と思ってそちらを向けば、大抵誰かしらいるのだけど、見たことのない人ばかりで何かしら?ときょとんと見つめ返すと、直ぐに顔そらされてしまう。


(な、何なのかしら…さっきから。もしかして、やっぱり私の格好が気合い入りすぎてて、何あいつ…的な!?だから言ったのよヴィー!!)


理由が思い当たったアリエラは、恥ずかしすぎて顔を覆ってしまう。

隣で片方の手を繋いでいたウィルが、どうしたのですか?とアリエラの手を引いたが、『穴があったら入りたい』としか言わないアリエラに首を傾げるしか出来なかった。



招待状の確認が済んだ両親に呼ばれ、二人も王宮の中へと足を踏み入れる。


中は白を基調とした造りに、所々凝った彫刻や装飾が施されたていて豪華だ。

何度か訪れているが、その度にアリエラはほぉと感嘆の声を上げずにはいられない。


赤いカーペットを轢かれた道を両親の後ろをついて歩くと、一際賑やかな声が漏れ出る部屋がある。

どうやら会場に着いたようだ。


「人が多いと思うから、アリエラ、ウィル?近くにいてね?どこか行く時は父様か母様に必ず声をかけてからだよ?」

「「はい」」


入る前に父から言われたことに二人共素直に頷いた。

二人の返事に満足した父は、行こうかと二人に告げ、母のエスコートをしながら中へと入って行く。

後をついて中へと入れば、分かってはいたがやはりすごい人だった。


入って早々に父は母共々ほかの来賓客に捕まって挨拶を交わしている。

そして必然的に、その後ろにいる私達も巻き込まれる訳で。


「おや、今日はお子様も御一緒なのですね」


こちらに目が向くと、アリエラは内心溜息をつきつつ、以前散々教えこまれたカテーシーをして挨拶をする。


「初めまして。ディーベルト家次女のアリエラ・ディーベルトと申します」

「初めまして。同じく次男のウィリアム・ディーベルトと申します」


アリエラに習ってウィルも頭を下げた。


「とても可愛らしいですな」

「でしょう?自慢の子供達ですから」


この会話は一体何度目だろうか。

入場してからかれこれ三十は超えたと思う。

その辺から数えなくなってしまったので正確な回数は覚えていないが、正直くたびれてきた。


いつもそれなりに人集りが両親には出来るので、慣れっ子ではあるものの今日は特に凄い。

それも仕方のないことだと理解はしている。

なんせ父、アルト・ディーベルトは…普段穏やかに見えるが、実は『隻眼の狼』の所属なのだ。

もっと言えば、『隻眼の狼』を束ねる騎士団長だったりする。


我が家…ディーベルト家は代々『隻眼の狼』の団長を務めている家系なのだ。


それは『隻眼の狼』の由縁となった初代のディーベルト当主がその圧倒的な力と人望で作った騎士団であり、代々産まれてくるディーベルトの血筋にもまた圧倒的な力が受け継がれていたからだ。

もちろんそれだけでは団長にはなれないが、ディーベルト家の人間はどうしてもその方面に関してはカリスマ性を発揮しやすい様で、今のところ反感もない。


父も部下達からから慕われているようだし、しっかり団長業務もこなしている。


つまり、父もまた本日の"主役の一人"である。


……えぇ、そうでしょうとも。信じられないよね。


現に今、新たに挨拶に来た数人の一人が驚きで目を向いているもの。

きっと知らないで他の人に連れられて来たのね。


私も普通に初めて父と会って、この人が『隻眼の狼』の団長だよ?と言われたら絶対冗談きついよ〜と笑い飛ばす。

こんな穏やかそうな人が()()『隻眼の狼』の団長だと、初見で一発で見抜ける人がいるなら連れてきて欲しいものだ。

父が『隻眼の狼』団長だとすぐ分かるとしたら、名を名乗った時か戦闘時に立ち会った者だけだろう。


その父に挨拶をしに来るものが多いのは仕方のないこと。


そうでなくとも『隻眼の狼』を束ねる実力の持ち主である父は注目されているのだ。

普段から人が集まる×主役=更に注目、という方程式は逃れようもない。


大人には大人の会話があるので、子供のアリエラやウィルにとっては挨拶だけしてあとは見守るしかない地獄の………いや、苦行が続きうんざりとしていた。

それでもウィルは相変わらず天使な笑みでにこにことしているから凄い。


(疲れた、とか思っているのは実は私だけなのかしら…??)


弟を見習いたいが出来そうもないアリエラは、挨拶が一度途切れる瞬間を狙い、すかさず父に『暫く席を外します』と一人その場を抜け出した。



どうせ抜け出せたのだからと、アリエラは手にお皿を構えて一人食事を楽しんでいた。

そしてデザートも欲しくなり、今は気になっていたスイーツコーナーでお菓子を吟味している最中。


王宮の料理人作なだけあって、料理も最高だったがスイーツもまた素晴らしかった。

一口サイズに作られたお菓子はどれも華やかな見た目で、どれにしようか迷いすぎて選ぶだけでも時間がかかってしまう。


「う〜ん……」


一人唸り声を漏らしながら、アリエラはマカロンとチーズケーキ、フルーツの層ができたゼリーに決め、お皿に乗せると壁際に寄って静かに一人それを味わう。口に広がった美味しさに思わず笑みが零れた。


そして、そんな中でも忘れずにしているのが人間観察(目の保養)

食べながら同時並行でアリエラの瞳は会場を窺っていた。


「あぁ、素敵……あっちも……」


辺りには聞こえない小さな声で、ぽつりぽつりとアリエラが溜息と共に漏らす賛辞。恍惚とした表情でうっとりと頬に手を添えていた。


暫くそんなことをしていると、気付けばお皿は空になっており、まだ物足りなかったアリエラがお替りでもしようかと思っていると。


「あ、あの。良かったら、こちらも食べてみませんか?」

「??」


突然掛けられた声に、ぱちくりと目を瞬かせる。


相手の顔を見るより先に目に入ったのはすっと差し出された皿だった。

そこには美味しそうなアイシングクッキーやマフィンがある。

これは私にくれるということだろうか??


「えーっと……ふぁっ!?」


な、何だこの美少女!!可愛すぎやしないか!?

皿にばっかりいっていた視線を声の主に移せば、そこにいたのはとびきりの美少女。


「め、迷惑でしたか…?」

「いえ、迷惑だなんて!ただどうして私に??」


可愛い子から声をかけられて迷惑だなんて……そんなこと死んでも言いません!と思いすぐに否定はしたが、そもそも何故アリエラへお菓子の盛り合わせを差し出してきたのか…その理由を知らないので、不思議になり尋ねてみる。


「その…お話を、してみたくて……駄目、ですか?」


空色の髪を二つに纏めて、恥ずかしそうに頬を染めた女の子からそんなことを言われてしまった。彼女はちらちらと私の様子を窺いながら返事を待っている。

どうして私なんかと?とは思うが、こんな可愛い子にそうお願いされてしまえば、誰だって駄目とは言えないだろう。

少なくともアリエラには、彼女の可愛らしい態度とその姿はとても効果覿面だった。


「私なんかで良ければ…」

「はいっ!是非!」

「なら向こうで座りましょうか?」


その返事にぱぁっと眩しいくらいの笑顔を見せたその子に、アリエラは移動しようと手を差し出す。

美少女から遠慮がちに差し出された手をアリエラは握ると、人が多いのでぶつからないように隙間を縫いながら、空いている休憩用のソファへと少女の手を引いて向かった。


ソファに先に美少女を座らせると、アリエラもその隣に腰掛けて、改めて互いに挨拶から始めることにする。


「えっと、初めまして…で合ってたかしら?私はアリエラ・ディーベルトです」

「私はミーディア・ホースティンと申します。私はアリエラ様のこと知っておりますが、直接お話するのは初めてです」

「私の事知ってたの??」

「はい。以前から夜会やお茶会でお見かけしていて、ずっとアリエラ様とお話してみたかったのですが……なかなか自信がなくて話しかけられずにいました」


互いに名前を名乗り合うと、どうやらミーディアはアリエラの事を以前から知っていたらしい。

逆にアリエラにはミーディアに見覚えがなく、とても失礼なのでは。


「ご、ごめんなさい…一緒に参加していたのに覚えていなくて……」


すぐさま頭を下げてミーディアへと謝罪する。


「い、いいえ!私はいつも恥ずかしくて遠くから隠れて見ておりましたし、基本兄と一緒だったので仕方ないかとっ!」

「お兄様がいるのですか?」

「はい。と言っても双子なので、年齢は同じなのですが」


遠くからが一体どれくらいか分からないが、こんなに美人を私が夜会やお茶会で毎回見逃すとは考え辛い。

隠れていたのなら見つけられないのも仕方ないかもしれないが、なんと惜しいことをしていたのだと脳内で悔しがりながら四つん這いで床を叩いているアリエラ。


そんなことを知らないミーディアは、先程も差し出してくれていたお皿を差し出し、どうぞと笑みを浮かべている。

脳内の状態など微塵も表には出さないよう気を配りながら、アリエラは受け取ったお菓子を口に運んだ。


「兄もアリエラ様と話したがっていましたよ。先におしゃべりしたの知ったらきっと悔しがります」


ミーディアは小さな口でお菓子を齧りながら、可笑しそうに兄のことを話している。

本当に仲がいい兄妹なんだなと思いつつも、ミーディアの話には頷かなかったアリエラ。


「そんなことはないんじゃないかしら?というか、お兄様も私の事を知っているのですね?」

「はい、存じております。それにしてもアリエラ様は謙虚な方なのですね?兄に限らず、アリエラ様とお話をしたがっている方は多いと思いますよ?特に……いえ、これは言わなくてもいい事でした」

「……?私なんかよりもミーディア様と話したがる方の方が余程多いと思うのですが」


謙虚と言われたが、事実を述べただけのアリエラは首を傾げる。

しかもミーディアはなにか含みのある言い方で話を纏めてしまうので、余計にアリエラの頭には?マークが浮かんでいる。


それにしても…なるほど、双子か。

ミーディアの双子の兄ということはそのお兄さんもきっと美形なんだろうなぁ。

あ、でも一卵性と二卵生でまた違うのか。どの道一度会ってみたいものだ。


そこからお互い質問をぶつけ合いあっという間に時間が経っていた。

話の中で分かったのだが、どうやらミーディアは十二歳の様で、学年としては一つ下に当たるそうだ。

二人で互いの好きな物や、普段どう過ごしているか、家の事等で盛り上がっていたので、ミーディアの事も結構知れた気がする。


「アリエラ様は………」

「ミディ、こんな所にいたのか!」


だいぶ打ち解けた頃、ミーディアを呼ぶ声で二人は会話を止めて声の方に振り向く。

そこにはミーディアと似ているけれど違う雰囲気を持つ男の子がいた。


「あ、ユリアス」

「もしかして、こちらがミーディア様のお兄さん?」

「はい!兄のユリアスです」


ミーディアと同じ空色の髪と翡翠の瞳を持っていて、所々似ていることからすぐにミーディアの話していたお兄さんだと分かった。

やはり予想を裏切らない美男子だ。

それよりこの顔、昔どこかで見た気がするような……。

じぃとユリアスの顔を観察していると、隣にいたミーディアは嬉しそうに立ち上がって、兄の手を引いて私の元まで連れてくる。


「初めまして。私はディーベルト家の次女、アリエラと申します。先程ミーディア様とお友達になりました。どうぞ宜しくお願い致します」

「………ユリアス・ホースティンです」


名前を名乗れば、どこか上の空で返してくれたミーディアの兄ユリアス。

そんなユリアスの腕を掴みながら、興奮気味に揺さぶるミーディアはとても嬉しそうに、『私、アリエラ様とお友達になれたの!』と報告している。

まるでうさぎが喜びで飛び跳ねているようなその姿に、危うく顔面崩壊してしまうところだった。はぁ……可愛すぎ、危険。


「ミーディア様を探していらっしゃったのですね。私がつい話し込んでしまったせいで、ユリアス様に心配させてしまいすみませんでした」

「そんな!アリエラ様が謝ることは何一つありませんっ」


ユリアスに向けて言ったのだが、何故かミーディアがぶんぶんと凄い勢いで頭を横に振った。

そんなに勢いよく振ったら首を痛めちゃうよ?と少しばかり心配になる。


「妹の言う通りです。貴女が謝ることはありません」

「でも心配されていたのでしょう?私も弟がいるので気持ちは分かります」

「まぁ確かに、ミーディアはよく変な奴に絡まれるので。でも相手が貴女なら心配しなくて大丈夫でしたね」


さっきまで少し強ばっていたユリアスの顔は、少しだけ力が抜けたように見える。


「あら?そんな簡単に信用してしまって大丈夫なのですか?」

「貴女なら」

「それは、何だか少し照れてしまいますね」


冗談めかして言ったら、予想外に真面目な返答をいただいた。


(随分な信頼っぷりだが、昔私と何かあったのだろうか?)


思い出そうとしても、出てきたのはもう少し幼い頃のユリアスだと思われる子の姿だけ。

多分この顔面だ…いつものように人間観察をしていた時に見たのだろう。きっとその背にはミーディアもいたに違いない。


でも、基本的にアリエラは観察対象にわざわざ声をかけにはいかない。

例えるなら、好きな芸術作品を見つけたら作者に声をかけたりサインをねだる人と、ただその作品を眺めて素晴らしさにうっとりする人の違いのようなものだが。

アリエラは確実に後半にあたる。

なので、余程何かがない限りは多分ユリアスにわざわざ話しかけたりはしていないはずなのだが。


(でも、私そういうの覚えてられないからなぁ……ジルにも良く言われてるし。人の顔を覚えるのと、その中身を見抜くのは得意なんだけど)


うーん…思い出せない。

とりあえず嫌われているわけではないようだし、まぁいいか!とポジティブに捉えておこう。


「それじゃあ、私もそろそろ家族の所に戻りますね。ミーディア様、お友達になって下さりありがとうございました。また近々お会いしたいのでお手紙を出しても良いですか?」

「私こそ、アリエラ様とお友達になれて本当に嬉しいです!私もお手紙書きます!」

「嬉しいです。それではミーディア様、ユリアス様。私はこれで…」


美男美女の双子の二人に、アリエラは軽く会釈をしてその場を離れた。



**************************



そのまま家族の元に戻るつもりだったが、その前にと御手洗にと会場の出入口の方へ向かう事にしたアリエラ。


係の人に聞かずとも、来慣れている場所なので御手洗までは迷うことなく一人で行ける。赤いカーペットを敷いた廊下をヒールで踏みながらそ歩き、御手洗にたどり着く。

御手洗を済ませ会場まで戻る道すがらで、アリエラは突然立ち止まると、窓際まで足を寄せて外をじっと見た。

廊下から庭園が見える場所を歩いていると、気になるものが視界を掠めたからだ。


窓に張り付いて、薄暗い夜の庭を目を凝らしてさっき見かけたものを探す。

そして瞳にそれを捉えた瞬間、アリエラは会場とは逆の方向へ廊下を衝動的に駆け出していた。


さっき一瞬見た姿を思わず追いかけたアリエラは、廊下を走り抜けると、一人建物から抜け出して庭園のある場所まで足を運んでいた。


(確か、こっちの方に………)


辺りを見回しながら、灯などない庭園を歩き回る。

あるのは煌々と光る場内から漏れた明かりと、夜空に浮かぶ月の優しい明かりだけ。

けれどもその明かりが寧ろ、手入れの行き届いたこの美しい庭園の魅力を引き上げている。


その幻想的な庭園を歩いていると、この闇夜よりも暗く……けれど月明かりを受けて艷めく美しい黒を見つけて足を止めた。


あまりにも美しく、あまりにも懐かしいその光景。


アリエラの頭には、まだ死ぬわけでもなんでもないのに、まるで走馬燈のように頭の中に沢山の記憶が映像を見ているように流れていた。


目に映る庭園に佇む青年は、難しい顔をして空に浮かぶ月を見上げている。

漆黒と言っていいほどの黒い髪に、黒い瞳持つ青年。

服の前を重ね合わせて、腰に帯の様なものを巻くことで布を固定したこの国では珍しい装いに身を包み、独特な雰囲気を纏う姿に、アリエラは目を離すことが出来なくなる。


あまりにも既視感のあるその姿を見て、アリエラの瞳はいつの間にか水の膜が張り、すぐにそれはぼとりぼとりと大粒の雨となって地面に落ちる。


「あ……あれっ……」


ぼろぼろ次から次に溢れて出てくる涙に気づいても、勝手に出てきてしまってアリエラにはどうする事もできなかった。

いくらアリエラが止まってと思っても、勝手に流れ続けてしまい、きっとせっかく化粧を施してもらった顔は涙でぐちゃぐちゃだろう。


戸惑いながら涙を必死に拭いながら漏れ出た声に気が付いた青年がアリエラを見つけると、その姿にぎょっとした様子だった。

知り合いでなければ会ったこともない女の子が、突然自分の傍で泣いていれば慌てもするだろう。


青年がその黒い瞳でアリエラを捉えて、慌ててこちらへ駆け寄って来る。


「ど、どうしたというのだ!?どこか痛い所でもあるのか?おいっ、あ、そうか…私達の言葉では通じないのか」


焦った声で青年はアリエラへと話しかけるが、途中でこの国では自身の発する言葉が通じないことに気づいた様で困ったと顔を顰めた。


けれどもそれはより一層、アリエラの涙腺を崩壊させることになる。


「ご、めん、なさい……大丈夫です。ただ、少し懐かしさで感情的になって…涙が出てしまっただけなんです」

「そうか………ん?お前、今なんと?」

「ですから、私は大丈夫と…」

「お前、私達の言葉が理解出来るのか!?それどころか話せている?」


必死で言い募るアリエラに、驚いたと先程よりも目を丸くする青年。


そう、アリエラには彼が通じないと一人ボヤいていた言葉がちゃんと理解出来ていた。

涙はまだ止められないものの、その事に酷く驚く青年へと少しだけ和らいだ表情でアリエラは答えた。


「え、はい。日本語、ですよね?」

「……ん?にほ、ん語?それはなんだ?今使っているのは私達の母国語であり和語だ」

「え…………あの、失礼かもしれませんが…貴方の国のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」


彼が使う言葉が日本語だと思っていたアリエラは、せっかく和らいだ表情をまた曇らせ、おずおずと相手の様子を窺うように質問をした。

相手はそんなアリエラを怪訝そうにしながらも"和の国"だと教えてくれる。

教えられてから改めて青年を近くで見たアリエラは、途端に悲しみに呑まれてしまった。

落ち着いて良く見れば、青年が身に纏う服はアリエラが知っている記憶の中の物とは似てはいるが、違うところも多かった。どちらかと言えば、これは"着物"ではなく、民族衣装に近いデザインの服だった。


とても似ているけれど、アリエラの知るものとは全く同じではないのだと理解して更に涙腺は壊れた。


………自分は一体何を期待してしまったのだと。


一瞬湧き上がった期待に、何故だか家族や大切な人…アリエラが生きた時間までをも裏切ってしまったような罪悪感が襲ってきたからだ。


また止まることない涙を流し続けるアリエラを、何故そこまで泣くのか訳もわからない筈なのに、青年は立ち去るでもなくそっと背中を摩ってくれた。

アリエラが漸く落ち着く頃に、青年が大丈夫かと顔を覗き込んでくる。

泣きすぎて声が出し辛い喉を震わせて、何とか小さく『はい』とだけ答えると、ほっと息を吐き出した青年。


「突然、すみませんでした。ご迷惑をお掛けしてしまい…」

「いや、それは気にしていない。ただ……お前は不思議な子だな」

「??」

「懐かしいと言いながら我が国のことを知らず、それなのに我が国の言語をとても自然に扱い理解している。お前の言う、に…ほん語、だったか?その様な名は聞いたことがないが、似ていたとしても違う言語であれば別物。こうも発音から使い方まで全てが一致するとは思えない」


言われてアリエラは自分のしてしまった矛盾に気付く。

おかしいと思われても仕方ない失態ばかりを晒してしまっていた。


「お前は、一体……」


すっと伸ばされた手が、アリエラの頬を片方包んだ。

少しだけ上を向かされて、必然と見つめ合うような形になってしまう。

どう言えばいいかわからない。

()()()()()は伝えることも戸惑われる内容だ。


アリエラは不安そうに懐かしい黒の瞳を見上げる事しか出来なかった。


「………」


不意に青年は、アリエラのまだ湿っている目元に空いている手を伸ばしてきて、涙の跡をなぞる様に指の腹で頬を…そして目元を優しく擦った。


「まぁいい。あんなに泣くくらいだ。私の好奇心なんかでお前がまた思い出して泣いてしまうのは本意ではない」

「あ……」

「もう悲しくはないか?」


優しく問われて、アリエラは緩く首を縦に振った。

アリエラの返事に安堵した青年は、ならいいと優しく笑った。


「本当にご迷惑をお掛けしてしました」

「さっきも言っただろう。気にするな。それより……」


青年が最後まで言い切る前に、アリエラの耳に聞慣れた声が届いた気がしておもわず振り返る。


「ねぇ様〜?いますか〜?」

「え!?この声…ウィル!?」


その後も何度か聞こえてくる声は、やはり聞き間違いなどではなく弟のウィルの声に違いなかった。

恐らくなかなか戻ってこないアリエラを探していて、会場にはいなかったので外にまで探しに出てきたのだろう。

ウィルの事だ、きっととても心配していたはず。

アリエラは慌てて駆け出そうとしたが、ハッとして青年に向き直る。


「せっかくの夜会なのに私のせいで色々とすみませんでした。弟が探してるみたいなので、そろそろ私行きますね。本当にありがとうございました」


慌ててアリエラは、手をお腹の所で重ね合わせると腰を深く折り、青年へと()()()をした。


「あ、ああ」

「それでは」


返事を確認すると、今度はしっかりとした笑みを見せ青年と別れ、アリエラはドレスの裾を持ち上げてウィルの元まで早足で駆けて行った。



その後ろ姿を黒い瞳が名残惜しそうに見つめていた。



**************************



ウィルの元まで行くと、自分だけではなく両親もアリエラの不在を心配していたと教えられた。


さっきはユリアスに妹が心配になるのは分かると言ってしまったが、同じくらい自分も弟や両親に心配をかけているようだ。なんか、すみません。

アリエラがもう14歳でそれなりの年齢であり、姉でもあるのに情けない…と落ち込んでいると、ウィルが更に近づき顔を覗き込んでくる。


「ねぇ様、何だか目が腫れてない?目元も赤い気もするし…泣いたの?」


鋭い弟は、会うなり姉の変化に気づいたようだ。

アリエラを心配している割には、何故か背中に不穏なものを漂わせている気がするが………きっとアリエラの気のせいだろう。


「ちょっとまつ毛が入っちゃって…なかなか取れなくて擦ったりしてたから」


謎の雰囲気を漂わせていたウィルには適当な言い訳を考えて誤魔化した。

先程の青年にもそうだが、他の誰にも泣いた理由はちゃんと伝えることはできないのだ。

アリエラはまだ疑いの目を向けてくるのウィルの手を取ると、行こう?と半ば強引に話を切り上げて心配してくれている両親の元へ向かう為、建物に向かって歩き出した。

再び煌びやかな会場に戻ると、アリエラとウィルを見つけた両親がこちらへやってきた。


「アリエラちゃん、遅い〜。どこまで行ってたの?」

「ホースティン家のミーディア様とお友達になりまして。つい、楽しくて話し込んでしまったんです。その後少し外の空気が吸いたくなったので庭園へ行っていたら遅くなってしまいました…すみません」

「あら!お友達が出来たの?良かったわね〜。でも、なんでアリエラちゃんは目がうさぎさんなのかしら??」

「何があったんだい、アリエラ。泣いたのかい?」


おぉっと。そうだった。

外でウィルにバレているということは、そこより遥かに明るい会場では目立つに決まっている。

そこまで考えが及ばなかった……これじゃあウィル以外にも当然バレバレだろう。


「これは…」

「ねぇ様、まつ毛が入っちゃって擦ったらしいんだ。なかなか取れないからってやりすぎちゃったみたい……」


アリエラが答えるよりも先にウィルが答えてくれたので、両親もそうなのかとすぐ納得してくれた。

おっちょこちょいだなとからかわれながらも、深く聞かれなかったことに安堵する。


「そういえば、ジルもアリエラのことを探していたよ?」

「ジルが??」


確かにジルも招待客として来ているはずだからいてもおかしくない。

今回の夜会に伴い、執事としてではなく参加者側としての登城の為、一昨日から一度実家へと帰省していた。なので今日は家族と来ているはず。


そういえばまだ会場でジルを見かけていなかったと、不思議そうにアリエラは首を傾げた。


「それなりに会場見てましたけど、ジルは全然見かけなかったですね…」

「あぁ、ヒューのせいで遅れて来たみたいだな」


気にしてジルを探していた訳ではなかったが、初めから会場にいたのならばアリエラなら直ぐに見つけられる。

そのアリエラセンサーに引っかからなかったのは、そもそも遅れて来たからか。なるほど納得だ。


「ヒューおじ様??何があったんですか?」

「夜会を忘れて狩りに行っていたらしい。ギリギリに戻ってきて、それから使用人総出で身支度をして来たらしい」

「お、おじ様ったら……」


らしいといえばらしいのだけど……ジルとティアナさんの苦労が耐えないですねと、アリエラは苦笑する。


ヒューと言うのはジルの父の事で、名前をヒューズ・ブロウンド。

ブロウンド家もまた騎士の家系であり、そして昔からディーベルト家と懇意にしている家の一つである。

だからこそ、アリエラはジル…ジゼル・ブロウンドと幼い頃からの知り合いなのだ。

そしてそれはつまり、ジルの父と母とも昔からの知り合いという事。


ヒューズさんは昔から脳筋…いや騎士馬鹿で、兎に角"肉体派"。

ワイルド過ぎるところもあるが優しく。小さい頃から良くアリエラやジルに稽古をつけてくれたり、ヒューズさんの趣味の狩りにも連れて行ってもらっていた。


ジルの母であるティアナ・ブロウンドは、ヒューズとは真反対でクールビューティな女性であり、ジルはどちらかといえばティアナに似ている。

……ただ、ティアナは怒らせるとめっちゃ怖い。


幼い頃何度か二人でティアナに怒られたことがあるが、笑っているのに般若の幻が後ろに見えたのは今でも覚えている。

なので、それ以降怒らせないように気をつけているが、自分達が怒らせなくてもヒューズがよく怒らせてしまっているので、何度か近くでティアナのブリザードの巻き添えをくらった。

その点もティアナにジルは似たのだろう。

アリエラへの説教の際や、何が原因かは分からないが時折それに近いものを漂わせている。


「そのヒューおじ様とティアナさんは??」

「向こうで口喧嘩してるよ」

「……は、ははは」


またか。これには苦笑しかでない。

まぁ、どうせ最終的にはヒューおじ様が間違いなく負けるだろうな。


「まだジルが戻ってきてないなら、私がジルを探しに行った方がいいかな?」

「「止めときなさい・止めといた方がいいと思う」」

「は、はい」


間違いなく余計にすれ違うと思った父と弟から間髪入れずに即答されてしまった。

随分と呼吸の合った言葉にアリエラは素直に頷く。


(なら待つしかないかぁ〜)


仕方なくジルが戻ってくるのを待つアリエラ。


待っている間にやっと決着が着いたのか、ヒューズとティアナがこちらへやってきて二人と挨拶を交わした。

ついでに勝敗も聞けば、やはりティアナの勝ちだそうだ。流石です。


少しの間ディーベルト家とブロウンド家で集まって盛り上がっていると、やっと戻ってきたジルが私を見るなり、カツカツと音を立てながら足早にこちらへ向かってきた。


「アリエラ、どこに行ってたの?」

「ジル、私の事探してたんだってね。新しく出来たお友達と話した後、ちょっと息抜きに庭園に行ってて」


戻って来るなり険しい顔でどこにいたのかと尋ねてきたジルに理由を話し、探させちゃってごめんね?とアリエラは謝った。


あのウォルドの森へと行った騒動の日。

帰宅後のジルの行動にアリエラは久しぶりに怒っていて、暫く口聞いてあげないっとまで思っていたのだが…長引くかと思われたその怒りは、結局翌日にジルが部屋まで訪ねてきて『ごめん、やり過ぎたって反省してる』と素直に謝ってきたのですぐにジルを許してあげた。

なので今では気まずさなどなく、すっかり元通りになった二人。

アリエラの話に、ジルは『あぁ、ホースティン家の子でしょ?』と、アリエラが言った友達がミーディア・ホースティンだとすぐに言い当てたたので驚いた。


「アリエラを探してた時に彼女と話してる所を見かけて、楽しそうにしてたから声をかけずにいたんだ。後でまた声をかけようと思って、一回離れたら全然見つからなくなって焦ったけど」


ジルがミーディアの事を言い当てたのは見ていたかららしい。

種が分かれば案外単純な話だった。なるほど、なるほど。

でも、よく名前まで知っていたな……ミーディアの事を元々知っていたのかな?ミーディアは美少女だし、ジルの好みの子で知っていたとか?もしそうなら、ミーディアとは今日友達になった事だし、アリエラが橋渡し出来るかもしれない。今度さりげなく聞いてみよう。


「それよりジル、なんで私の事探してたの?」

「誰かさんはよくぼーっとしすぎてフラフラと消えるからね。先に捕まえとこうと思って」

「え、その言い方ちょっと嫌なんだけど。夢遊病の人みたいじゃない」

「見てるのは夢じゃなくて、美男美女だけどね」

「おっ!上手い!」


アリエラが思わず褒めると、何がだとジルから呆れられた。上手い掛け合わせだったと思うんだけどな、私は。


「まぁ、見つかってよかったよ。それより…目、どうしたの?」

「ねぇ様はまつ毛が入っちゃって擦りすぎたんだよ」


やはりと言うべきか、目のことをつっこまれたアリエラ。

それに対して、またもやアリエラが口を開くよりも先にウィルが事情を話してくれる。


(素晴らしい。ファインプレーね、ウィル!)


ウィルのおかげで困惑することなく事情が伝わった事にほっとし、偉いぞとウィルの頭を撫でてやる。

嘘だと知らないウィルには申し訳ないが、アリエラにとってはとても有難い手助けだ。


「…………ほう。まぁ、良いでしょう。お嬢様、帰ったら早めに氷で冷やして下さいね?俺は今日はそちらに帰れないんですから」

「あら、いきなり執事モードね?何だかおかしいわ」


疑心感を隠すことなく目を細めたジル。

それでも何かを悟ったのかジルは深くは聞かず、今は幼馴染のジゼル・ブロウンドとこの場にいるにも関わらず、わざとらしく執事として注意をしてくるジルにアリエラは思わず笑ってしまった。


執事服とは違い、ドレスコードに沿って燕尾服に身を包み、髪形を作っているジルは相変わらずかっこいい。

これはきっと会場の女の子の目をかなり引いたことだろう。


「ジルは誰かと話したりしなかったの?女の子達から声をかけられたり」

「唐突に何?少し顔見知りとは話したけど、女の子とは特に話してないけど?」

「えー…なんて勿体ない。折角普段の二倍は格好良いのに」

「別にいいでしょ」


本当にジルはその手の話に興味がないな。

この様子じゃジルと恋の話をできるようになるのはまだまだ先だろう。早くその手の話を聞きたいのに。

あ、でもミーディアの事はもしかしたらそういう対象で見てるかもしれないんだった。


(とか言ってる自分も初恋すらまだなんだけどね。………ところで。まさかこのままジルが恋愛音痴になったりはしないよね?)


あれ?考えたら段々不安になってきた。

ミーディアに本当にそういう意味で興味を持ってるにしても、今まで浮いた話もなく執事として過ごしてきたジル。

スマートな対応も紳士的な優しさもあるジルだが、恋愛でもそれは発揮できるのだろうか?

そもそもミーディアのことがアリエラの勘違いの場合、相変わらずジルはその手のことに興味なしということになる。

恋愛に興味がないのか、女の子に興味がないのか。

……このまま変に拗らせなければ良いが。


(……差別や偏見はないつもりだけど、出来ればそっちの道には進んで欲しくはないな)


絵的には問題ないし…寧ろ一定層からの需要はありそうだけど、世知辛い世の中ではきっと辛い思いをすることの方が多いはずだ。

幼馴染であるジルには絶対幸せになって欲しい。


「ジル、間違っても変な方向には進まないでね…幼馴染としては、ジルの相手は女の子希望です」


切実な目でジルを見上げてお願いする。


「俺…時々アリエラが分からなくなる時があるよ。俺がおかしいのかな」

「ジル…大丈夫。たまにだけど、僕もねぇ様が分からない時があるから」


そんなアリエラを見て、ジルだけじゃなくウィルまでもが少し遠い目をしていた。



そうして夜も更けていき、本日の夜会の終わりが告げられる。



ジルは一旦実家に帰るためブロウンド家の馬車に、アリエラ達はディーベルト家の馬車に乗り込み別れた。


馬車に乗るとアリエラはすぐに眠気に襲われ、あっという間に夢の中へ。

横にいたウィルもその少し後に、追うように夢の中へと旅立った。

仲良く寄り添って眠る二人を両親が優しい瞳で見守りながら、家族を乗せた馬車は帰路を進んで行った。



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