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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
アリエラ、入学前のお話
7/26

これが理由ですか?part②




**************************



アリエラがアルカスとウォルドの森で昼食を摂っている頃。

ディーベルト家ではひと騒動起きていた。



皆で食事を囲む為のダイニングでにて、テーブルに次々と料理が並べられていく中、ある一人が唖然とした顔で言葉を発した。



「……は?」


信じられないと目を丸くして、ディーベルト家の料理長であるマッシュを見上げたまま声を漏らしたのは、ウィルことウィリアム・ディーベルトだった。



ディーベルト家の次男であるウィリアムがこんな反応を見せたのは、今さっき聞かされた自分の姉についての話が原因だった。


姉であるアリエラが寝坊して朝食の席にいなかったのは、その場にいたので勿論知っている。

本当は一緒に食べたかったけれど、アリエラ大好きなウィリアムはせっかくぐっすり眠っているなら起こしたくないという気持ちの方が勝ち、素直に父と母と三人だけの食事を済ませた。


主に姉の専属であるヴィーもアリエラに甘いが、それでも昼食まで寝かせたままということはないはずなので、昼食は一緒に食べれるだろうと、それまでの時間を剣の訓練にあてたウィリアム。

それを楽しみにしながら、訓練場で騎士達に交じってそれはもう熱心に木でできた模造刀を振るっていた。


まだ幼いウィリアムでは、訓練場にいる騎士達は大人ばかりなので剣と剣を合わせるのは難しく、その為打ち込み台を使ってひたすら振り上げては降ろすの繰り返しをしていた。


それでも一振一振に力を込め振り下ろすだけで相当な運動量であり、打ち込み台に叩きつける度にびりびりと手に伝わる衝撃で握る掌も徐々に握力もなくなってくる。

それを何度も持ち直して訓練に励んだウィリアムは、昼食の時間までその手を止めることはなかった。


そうしてやっと昼食の時間になり騎士達も手を止めたので、ウィリアムに指導を付けてくれていた騎士に礼を述べると屋敷に向かって歩き出した。


そしてダイニングの食卓へと座っていると、母はやってきたが、一向に姉が来ない。

宮城に行っている父がいないのは理解出来る。

だが、姉がまだ来ていないのはおかしい。


ヴィーはいくら何でも理由もなしにこんな時間まで寝かせるほどアリエラに甘々なはずがない。


(もしかして具合が悪い…?だから朝も起きてこなかった?)


さーっとウィリアムの顔から血の気が引いていく。


大事な姉に何かあったのかと、いてもたってもいられず部屋まで見に行こうと椅子から立ち上がった。

それを見ていた母がどうしたの?と首を傾げている。


「あの…ねぇ様は具合でも?」

「ああ、アリエラなら出かけてるらしいわよ」


そう平然と母に告げられたのだ。

母の言葉に一体いつ、どこへ?また一人で?と二つの疑問が浮上する。


「ね、ねぇ様はどこにっ?」


慌ててウィリアムが母の元へ駆け寄るが、詳細を知らないらしい母はどこかしらね?と特に気にした様子もなくまた首を傾げる。

アリエラが家を抜け出すのなんて日常茶飯事なので、そこまで重大な出来事として認識していないのだろう。


確かにいつもの事ではあるのだ。


だが、ウィリアムにとっては話が違う。


大好きな姉がどこに行ったのかも分からず、いつものように一人で抜け出したのか、今回は誰かしら付き人がいるのか。

それらが不明では気が気じゃないのだ。


そんな時、丁度料理を運ぶついでに給仕もしていた料理長のマッシュが、ああそれなら…とウィリアムの欲しかった答えをくれた。


「なんでも、体を動かしたいからちょっと森の方まで…と朝食の後出ていかれましたよ?夕飯まで戻らないと言っていたので、ちゃんと昼食は手軽なものをお渡ししておきました」


マッシュから報告と共に『抜かりないですよ』と、にこやかに笑顔を向けられたが、その内容にウィリアムはこう返したのだ。


「……は?」




────こうして話は冒頭に戻る。



ウィリアムがたった今マッシュから聞かされた内容に唖然としていると、そんなウィリアムを無視して母とマッシュはにこやかに会話を続けている。


「あらまぁ、あの子森に行ったのね?ならきっと夕飯は沢山食べるわねぇ」

「ですね!作りがいがありますよ!」


などと、盛り上がっているが。


聞き間違えでなければマッシュは確かに『森』と言っていた。


この辺りで『森』とは即ち『ウォルドの森』。

そして体を動かしたいという事は、アリエラが向かったのは恐らく…いや、間違いなく危険区域側の森のはずだ。


幼いながらも回転の早い頭脳と、今までのアリエラの性格からアリエラが何をしに行ったか想像がついたウィリアム。


「え、待って。なんで止めないの、マッシュ」


唖然としたままの表情でウィリアムが告げると、マッシュとその横にいた母が二人とも首を傾げる。


「「え、いつもの事でしょう??」」


動きと言葉を見事にシンクロさせて、ウィリアムを見た二人。

そんな何を当たり前のことを…みたいな感じで言わないで欲しい。

実際の所、この二人の言い分は間違いではないのだが。

仮にも愛娘&主の娘であり、まだ子供と言ってもいい歳の女の子でもあるアリエラが、大人でも恐ろしいと言われている()()"危険区域"に向かっているのだ。

例えいつもの事であろうと、普通は引き止めたり連れ戻すのが普通だろう。

ディーベルト家の者達は色々と麻痺しすぎではないか?

ウィリアムは自分もそのディーベルト家の一員であり、アリエラ以外であれば確かに放っておくだろう事を棚に上げて、目の前の二人を"有り得ない"という目で見上げた。


「ちょっと…ジルのところに行ってくる」


ウィリアムはこの人達では駄目だとすぐに判断し、まだ話の通じるジゼルを探しにダイニングを出て行こうとする。


そんなウィリアムに母が声を掛ける。


「先に食べてるわねぇ〜」


と、ひらひらと笑顔で手を振っていた。

本当に呑気な母だ。


どうやらウィリアムが戻るまでは待てないらしい。

通常運転な母に、ウィリアムはその幼さに似合わない溜息を吐き出して、ジゼルを探しに今度こそ部屋を出た。




ジゼルを探して邸内を歩き回っていると、案外早く遭遇できた。


手には沢山の本を積み重ね、姿勢よくそれを持って歩く姿を見つけてウィリアムは慌てて駆け寄った。


「ジルっ!!」

「坊ちゃんどうかしましたか?」


突然の呼び止めにジゼルは足を止めると、声の主を探して振り返る。


足を止めてくれたお陰ですぐに追いつくことが出来たウィリアムは、ジルから言われた『坊ちゃん』の一言にぴくりと眉を上げた。


「それ、気持ち悪いからやめてよ。それより!ねぇ様が一人でウォルドの森に行ってるみたいなんだけど!!どうゆう事!?」


『坊ちゃん』とジゼルから呼ばれたことに、アリエラからは天使と呼ばれる顔を歪めて文句を言うウィリアムだが、本題を思い出してジゼルへと詰め寄る。

するとジゼルは、先程のウィリアム同様に『……は?』と、唖然とした顔で固まった。


「やっぱり……ジルも知らなかったんだ」


ジル反応にウィリアムはぁと深い溜息をついた。

知っていたらこの男が簡単にアリエラを見送る事もないし、追いかけないわけがない。


「だいぶ前に出たみたいだからもう手遅れだと思うけど…様子、見てきてくれない?」

「分かりました…これだけ片付けたらすぐに」


はぁと溜息が二人分揃う。


ひとつはさっきから溜息が耐えないウィリアムのもの。

もうひとつはアリエラが絡むと溜息が耐えないジゼルのもの。


この二人も変にシンクロ率が高い。

これでは母とマッシュの事を言えないな、と内心ウィリアムは思った。



***************************



ウィリアムからの報告を受け、ジゼルは傍目から見たらそうは見えない様に取り繕ってはいるが、気持ちが急いているためいつもの倍の速度で手足を動かしていた。


頼まれていた作業がなければすぐにでも支度をしてウォルドの森へ向かうのだが、奥方から先程頼まれていた本の返却と追加の本を取ってくるという仕事ががまだ残っている。


雇ってもらっている以上仕事は仕事。


アリエラの事もそれに当てはまりはするが、先程聞いた件でアリエラを心配しているのは恐らく自分とウィリアムくらいだろう。

なので優先順位的には、この手元にある本の方が優先になってしまう。


(本当に、アリエラは……)


頭の中ではアリエラへの不満をつらつらと並べながら、手元はテキパキと動かし続ける。


頭と体を別々に働かせるという器用なことをしながら、やっと全ての作業を終えて後は追加で頼まれていたこの本を奥方であるリディアの執務室運ぶだけだと、ジゼルは積み上げた本を抱えて足早に書庫を飛び出した。



執務室に本を置くとジゼルは駆け足で馬小屋に行き、大した準備もせずに馬に股がり、そのまま門まで馬を走らせて出入口へ向かった。


門を抜ける際に、門番をしていた者にアリエラを連れ戻しに出かける旨だけ言い残し、すぐにウォルドの森を目指して馬と共に駆け出してしまう。


それを見送った門番は。


「ジルも心配性だな…というか、あいつ執事服のままだぞ」


呆れながらジゼルを見送っていた。



ぴっしりとした執事服を着込んだ美少年が馬に跨り猛疾走していく。

時折すれ違う人が何事だ!?と目で追ってしまうのは致し方ないだろう。




**************************



ジルがアリエラを追いかけて屋敷を飛び出したことを知らないアリエラ。


ちょっとした人助けをした後、もう少しでウォルドの森からリアリスまでの途中にある街『タチアナ』に辿り着く辺りまでアリエラは来ていた。


順調に帰路を進んでいると、何やら前方から猛疾走してくる一頭の馬がいるのを目視で捉える。


(凄いわねー…あんなに急いで何処に行くのかしら)


よっぽど急を要するのね〜、なんて他人事のようにそれを眺めながら、アリエラもそのままの速度でアルカスを走らせた。


あと少しでタチアナの関所が設置されている門まで辿り着く。

街を抜けなくても帰れるが、リアリスまで行くならタチアナを抜けた方が断然近道なのだ。


(このまま順調に帰れればおやつの時間に間に合うでしょう!)


などと考えていた。

頭の中には甘いお菓子を思い浮かべながらふふふと、緩みきった笑みを浮かべている。

アリエラが食べ物のことばかり考えてしまうのもまぁ……致し方ない。


(今日は久しぶりに体も動かしたし、お昼は手軽なものだったし……別に私が食意地がはってる訳ではないわっ!仕方がないことなのよ!)


といった理由……もとい言い訳がちゃんとあるのだから。


あと数時間で夕食の時間ではあるのだが、それまでは耐えられなそうなアリエラは、おやつ時間(アフタヌーンティー)に間に合うようにと帰路を駆けていた。


まだ辿り着いていないというのに、既に頭の中はアフタヌーンティーに出してもらうお菓子が占めていたアリエラ。この時、高速で通り過ぎた人物を全く見ていなかった。

この時に気づいていればまだ良かったものの… …頭の中ではスコーンにパンケーキ、ワッフルにマドレーヌ…常にお菓子を浮かべてはどれにしようと思案しているアリエラが気づけるはずもなく。


「…っ…アリエラ!?」


アリエラを抜き去った馬に乗っていた人物が慌てて叫んだ。


つい名前で呼んでしまったが、探していた人物が見つかったのだから、そこまで気が回らなくてもしょうがないだろう。


だが、その声すら別のことに気を取られているアリエラには聞こえるはずなく。

勢いよく追い抜いてしまったその人物は慌てて手綱を引き、馬の進行方向を変えさせた。


ウォルドの森に向かったといっても、すれ違ってしまう可能性もあったので、こうして完全にすれ違う前に見つけることが出来て良かったと、今しがたすれ違ったばかりのアリエラを追いかけた人物…ジゼルは安堵した。


ここまで相当な速度で馬を飛ばしていたので、息苦しさを感じながらも、追いつくとすぐ側まで馬を寄せる。

これだけ近づいても自分の存在に気づかないアリエラに声をかけようとしたジゼルだったが、聞こえてきたアリエラの独り言に呆れて、思わず名前を呼ぶより先にその独り言に返事を返してしまった。


「う〜ん……ふわっふわのパンケーキがいいなぁ」

「……はぁっ、…はぁ………ほぉー?パン、ケーキ、ですか?」

「そう!フルーツとクリームも添えてくれたら最高よね〜………ん?」

「これだけ、心配を、かけておいて、パン、ケーキとは……」


アリエラを追いかけるべく必死に馬を走らせていたそジルは、息も整わないままアリエラに呆れたと言葉を投げつけた。


アリエラはアリエラど、自分は誰と会話をしてるのかと不思議に思って頭を振れば、すぐ横に並走するジルがいるではないか。


「えぇっ!?ジル!?」


何でここに!?と、アリエラはそれはもう驚いた。


驚きのあまり手綱を引いて、アルカスとともにその場に止まる。


驚いたのはこっちなんですがと、苦言を述べつつジゼルも手網を引いてその場に馬を止める。


窮屈な執事服の襟元にあるタイを緩めたジルは、ついでにボタンも少し外して息苦しさを訴える喉へと大きく息を吸って空気を送る。

汗を吸った前髪が邪魔でかきあげていると、じっとアリエラがこちらを見ていることに気が付いた。


「なんですか?」

「………汗も滴るいい男」


ぼそりとアリエラが呟いた。


実際、アリエラでなくともこの光景を見れば皆が同じ感想を思い描いただろう。


執事服と言うだけで魅力的だと言うのに、普段ピシッと着込んでいる執事服を片手で着崩して、汗が滲む首筋を晒すだけではなく、湿った前髪をかきあげるなど……人によっては鼻血ものだ。


ジルの濃紺の黒髪と深い海の底のような青い瞳が、今しがたの仕草と相まってなんだか色気を滲ませている。


(私の周り、お色気担当が多すぎやしないかしら…)


一瞬アリエラの脳内に過った数名のお色気担当達。


流石に美男美女を見続けてきただけあって、これくらいならばアリエラは鼻血を出すことはないが、思考は一時的にフリーズする破壊力を持っている。


(本当にこれはもう、水も滴るいい男ならぬ………汗も滴るいい男)


よって、意図せず思考がだだ漏れた。


「最初に言うのがそれですか」


脳内の言葉が漏れ出たせいで、それを聞いたジルからはぁぁと溜息が吐き出された。


必死に追いかけてきたのに当の本人はお菓子の事を考えていて呼び掛けに気付かず。

やっとこっちに気づいたと思えば、『汗も滴るいい男』とは。

呆れを通り越して笑える……とはジルはならなかった。

ただただ呆れている。


「はっ!そうだった!ジルが何でここにいるのか聞きたかったんだった!しかも執事服のまま馬に乗るなんて、どうしたの?」


はっとして、やっとそれらしい言葉がアリエラから出てくる。


「お嬢様が勝手に一人で外出した上、行先がウォルドの森と聞いて慌てて来たんですよ」

「え?マッシュには言ってきたわよ?」


ちゃんと行先も言付けて来たし、なんでそれでジルが追ってくるの?と本気で分からないと首を傾げているアリエラ。

あまつさえウォルドの森なんてしょっちゅう行ってる場所じゃないという始末。


その()()()()()()だから必死に追ってきたのだが、アリエラにとってはそんな事レベルの話なのだ。


知ってはいたが、危機感のなさにジゼルは眉を顰める。


「お嬢様…いや、今はいいか。アリエラ?アリエラが行ったのは危険区域だろ?感覚が麻痺しているアリエラにとっては違くても、あくまであそこは()()()()で、そう呼ばれるのにはそれなりに理由があるからだ。いくらアリエラが特別でも、周りは心配なんだ」


まだ仕事中なのに、珍しく幼馴染としてアリエラに話し掛けるジルの顔は至って真面目な顔をしていた。


まぁ、ジルの言う()()に含まれるのは、主にジルとウィル位なのだが。

そこまで詳しく言ってしまうと、この説教の効果も半減……所かほぼ効力がなくなるため、敢えて黙っておいた。

大袈裟に言っておいた方がアリエラも反省するだろう、というジルなりの策略だ。


その効果があってか、先程までは呑気に笑っていたアリエラも、ジルのその表情を見て本気で心配して駆けつけてくれたのだと悟り慌てて謝った。


「ご、ごめん!まさかそんなに心配するとは思わなくてっ…今度からちゃんとする」

「そうして……じゃなきゃいつか俺の心臓止まるから」

「それは駄目ね!分かった!ウォルドの森に行く時は必ずジルに言うから!」

「ウォルドの森に限った話ではないんだけど……」


必死に謝るアリエラが、ジルの言葉を聞いて『絶対!』と約束をした。

…あくまで『ウォルドの森』についてだけだったが。


本当は仕える家の令嬢としても幼馴染としても、出掛ける時点で行先に関わらず常にそうして欲しいが、それに関しては今まで散々言っても言うことを聞かなかったアリエラだ。


せめてウォルドの森に関してだけでも約束できるならまだいい方だろうとジルはこれ以上は言うことを諦めた。


「それで、運動は出来たの?久しぶりであんまり動けなかったんじゃない?」

「そんな事ないわ!23対1でかすり傷だけよ?凄いでしょう?」


と自慢げに語ったアリエラだが、そこには間違いが二つあった。

それを鋭いジルが見逃すはずがない。


「23対1……?なんでそんなことになるの?それに、かすり傷?」


ジルが途端に声を低くしてアリエラに尋ねる。

何やら急に不穏な空気が流れはじめていた。


アリエラがなんとなしに言った先程の言葉にひっかかりを覚えるのは当然だ。


アリエラが言う23対1とは、23が訓練相手の数であり、1がアリエラのことを指している。

そして、ウォルドの森…ましてや危険区域にそう都合よく普通の訓練相手が23人もいるはずがないのだ。



……ならば23が指すのは何か?

どうして23も相手がいたのか?



「え?久しぶりに体を動かすなら沢山相手がいた方が良いと思って()()()のポーションをちょっと……」



そう、アリエラは運動不足解消に必要だったので、ちょっと()()()()()()()()()()香りを放つ『魔呼びのポーション』を森の中でばらまいただけ。


そして、その香りに引き寄せられてきた魔物23体の相手ちょっとをしていただけ。


その間にちょっとだけかすり傷を作っただけ。


────という訳なのだが。


そのちょっとが、他人の尺と違うと知らないアリエラ。




ジルは信じられない、と顔を青くさせた。


「アリエラが時々、馬鹿で…無鉄砲で無防備で破天荒なのは知っていたけど……まさか魔呼びのポーションまで使うとは」


有り得ないと頭を抱えたジル。


確かにそこまでしなくてもいいかな?とは思いもしたけど、そう都合よく何体も魔物が出てきてくれるか分からなかったので、アリエラなりに考えた最良の案だったのだが。


実際程よい数の魔物が出てきてくれたので、アリエラは十分に体を動かせたし、そのおかげで得た魔石は先程人の役に立てたし。


だから、そこまで虐めなくても良くない?とジルの言葉に若干しょげる。


「ジ、ジル??そこまで言われると、いくら私でも流石にちょーっと傷付くんですけど………」


さり気なくジルへ傷つくよ〜とアピールしてみても。


「そう…そんなもの使うからかすり傷なんて作ることに」

「いえ、傷付くのは心の方で………」

「そうだ傷!!傷はどこ!?隠さずに全部教えて」


噛み合っているようで噛み合わない会話のまま話は進み、勢いよくジルに肩を捕まれて傷を見せろと急かされるアリエラ。


傷と言っても本当にちょっとしたかすり傷や打撲なので見せるほどのものではないのだが…とどうしたものかと困る。


(どちらかと言えばジルの言葉による殺傷能力()の方が痛いのだけど……)


と、内心文句を並べて眉を下げた。


まさか幼馴染にあんな風に思われていたとは。

ジルの思わぬ本音にアリエラの心的被害は絶大だった。


「き、傷は本当に大したことないし…今見せられる場所ではないから確認しなくて大丈夫よ……帰ったらちゃんと手当はするし」


ジルの攻撃(言葉)に落ち込んでいるアリエラは、弱々しくジルを説得する。


少なくとも馬に乗っている上に、全部となるとこの服では見せようがないところもある。

邸に戻って着替えてからなら、まだ幾分か確認もしやすいだろうと思ってのアリエラの発言。


するとジルは暫く黙り込んだ後、にっこりと笑顔をアリエラに向けた。


「そうですね。帰ったらしっかり手当しましょう、お嬢様」


いきなり執事モードに戻ったジルが、いつもならなかなか引かないのにあっさりと頷いた。

ん?と一瞬首を傾げそうになったが、ジルに促されて再び邸へ帰るために走り出した。


「帰ったら忙しくなりますね……」


不敵に笑ったジルの声は聞こえなかったが、ぶるりとアリエラは体を震わせた。


(何故か急に悪寒がしたけれど………森でうたた寝したせいで風邪でも引いたかしら?)


それが本能的直感からくる警告とは知らずに、的はずれなことを考えていたのであった。




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