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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
王立学院、一年生のお話
25/26

これは寝不足のせいですか?part③



マリベルの与えてくれた癒しの効果によって、無事精神的なショックから立ち直ったアリエラ。


まだ一抹の不安はあるものの、それは脳内アリエラが『今は一旦横に置いといて…』と、頭の隅の隅へ追いやった。


「アリエラ様、もう大丈夫ですの?」


突然の熱い抱擁に戸惑っていたマリベルだが、エルマーが元気がなさそうとアリエラの様子を話していた事を気にしているようで、精神的に十分癒されて身を離した今も、まだアリエラの事を心配してくれていた。


(…マリベル様、優しい!!でもそれより、その猫目に困り眉の麗しき表情……最ッ高です!)


と言う事で、素敵なビジュアルを堪能しつつ、せっかくの優しきお言葉に甘えることにしてみようと、すっと満面の笑みで両腕を広げてアリエラは再び抱擁体制に入ろうとしていた。


「じゃあ、やっぱりもうちょっとだけ……」

「駄目。アリエラ、ハウスッ」

「ふぎゃんっ!!」


そのように調子に乗って、アリエラが合法的に甘い汁を吸おうというところで、追いついてきたジルにすぐさま首を絞められた。

……いや本当に首を締め上げられたわけではないのだが。

紳士なジルはそんな物騒で野蛮なことはしないのだが、確実に締め上げられている。

……く、苦しい。


じゃあどう首を絞められているかと言うと、ジルが私の運動着の首後ろを掴み上げて、ぷらーんとまるで猫の後ろ首を摘まむようにジルが持ち上げられてます。


とはいっても、まだジルとはそう大きくは開いていない身長差のおかげでつま先立ちに留まってるけど…もう一度言おう。


ぐるぢいぃ!!!!!


例えつま先がついててもね?

それでも多少苦しいんですよ!!

良い子は決して真似しちゃいけないことですからねっ!?


心ばかりの抵抗で、首に食い込む襟元を両手を使って全力を込めて引いていなかったら……窒息死間違いなしなやつだよ?これ。


容赦ないな、我が幼馴染よ……。

そして、おろしたての運動着の首元がのびのびになってしまうだろうよ……とほほ。


因みに、ジルとキリアンは互いに牽制しあっている最中にアリエラがいないことに気付き慌てて探しに来たのだが、見つけた時にはアリエラがマリベルにぎゅうぎゅうと抱き着いている所を発見した。


その光景にジルは複雑な想いを抱きながらも、相手がマリベルだった為ほっとし、キリアンは自分にあったはずのチャンスが奪われたことにがっくりと項垂れることとなった…というのがこの展開に至る経緯だ。


「ジルゥゥ、私は犬でも猫でもないわ…つまりハウスという躾のための指示は適応されないし、もし適応した場合はジルのペットになってしまうのだけど、そこんところどういう意味で使ったのか聞いていいかしらー………?」


アリエラは、人間である自分に犬への指示のように『ハウス』と呼び戻すことや、猫のように掴まれている状態についての説明をジルに求む。


私、人間。

私、愛玩動物ちゃう。

故に、直ちに解放望む。


その頬の膨らみには、せっかくのチャンスを奪われた事への不満も存分に含まれてますがね。ええ、そりゃもう沢山ね。


「そうだね?アリエラは人間だね?そして貴族令嬢だよね?アリエラがペットなんて恐れ多いけど、人間扱いされたいなら行動には気をつけようか?普通のコミュニケーションの域超えてるから、それ」


それ、と抱擁のことを指しながら真顔でそう告げるジル。


その言葉を拾ったヒースが、『まぁ、なかなかに熱い抱擁だったもんなぁ〜』とケラケラと笑っている。


熱くて何がいけない。


だって、マリベルだよ?癒しだよ?美少女だよ?

眺める派ではあるが、相手がお友達なら別じゃないか?

チャンスがあると言うなら抱擁くらい良くないか?


ただ、それはあくまで私の意見であり、被害者と加害者はいつだって意見は一致しないものだ。


これは世の常、なんとも無情なり。


なので、本当はマリベルも嫌だったのかも…という考えが湧き上がり、ちょっと悲しくなりながらマリベルをちらりと見て呟く。


「……女の子同士なのに、駄目なの?マリベル様、本当は嫌だと思って……」

「わ、私は大歓迎ですわっ!それはもう、とてもとてもっ!」


ぽそりと呟いた一言に、マリベルがすぐさま返答を返してくれた。


その速度と必死さにはびっくりしたが、とりあえずは嫌がられてはいなかったようだ。

良かった!良かったぁ!


「だそうよ?ジル」


ならば、と強気でジルを見てドヤ顔をきめてみせる。


いつもはジルに正論や倫理観で負けることも多いが、今回ばかりは私の勝ちだ。

なんたってマリベル様を味方につけることが出来たんだから。


加害者側、被害者側合意の上でなら全てが合法と化すのだ!

これも世の常、憐れなりジル!!


ふはははっ!などと、隠しきれない内なる喜びがドヤ顔にも影響してしまい、せっかくクールにキメているのに、口元だけがひくっと度々ひくつく。

キメ顔でドヤるか、ここぞとばかりに笑みを称えるかどちらかにしたいところである。

まぁ、そこまでの自己調整は私には無理だけどね!


「…………マリベル様が、そう言うなら……致し方、ない…ですね」


アリエラの表情になのか、自分が不利にになってしまったことにかは分からないが、渋い顔で歯切れも悪かったが、ジルはアリエラにマリベル抱擁の許可を与えた。


あくまでマリベルにだけであり、その対象が変わる場合は再度審査になるだろうが。

それはその時になったらまた考えようと思います。


「やったーー!マリベル様!!じゃあもう一回っ!もう一回いいですか?」

「はっ、はいっ!!」


そんなこんなで、途端に水を得た魚のように大喜びで手足をバタバタと揺らすアリエラ。

仕方なくといった顔で、掴んでいた首根っこ(運動着の首元)を解放したジル。


首の締めつけがなくなり息もしやすくなったアリエラは一目散にマリベルへと飛びついた。


ぎゅうぎゅうとマリベルを抱き締めると、『はわわわ』と可愛らしい声を出しながらアリエラから逃げずに身体を受け止めてくれる。


後ろからも良かったが正面からも…良き。


美少女が顔を染めながら自分の胸の中にいるのがいい。

正面からではなくちらりと見える隙間からの表情がいい。

つまるところ、とてもいい!!

ほんっとに可愛い…可愛らしすぎる!!


「………存外、女性の方が手強い相手ということか」


ボソリと、ジルがそんな事を呟いていたのなんて、至福の時を過ごす女性陣には聞こえていない。

代わりに聞こえていた男性陣が密かに無言の同意をしていた。



そんな風に、若干時間を浪費してから(アリエラとマリベルにとっては非常に有意義な時間であったが)向かった先では、既に身体能力測定を開始している生徒がおり、その光景を見てアリエラは驚愕する。


「……え?ちょっと待って?まさか、これが身体能力測定とか言わないわよね?」


プルプルと震える指先で、アリエラが目の前に広がる光景を指す。


「アリエラ嬢、そんなに驚くほどか?ただ、走るだけだろ?」


あまりの驚きように、ヒースが何をそんなに驚いているんだ?と不思議がる。


だが、しかし。

これが驚かずにいられるだろうか?


目の前に広がる光景は、ヒースが言うように()()()()()()()()()()()()()()()()


そして、いくら見渡してもそれ以外の行動は見受けられない。


「え、嘘でしょ?こんな身体能力測定ってある?」

「こんなって…まさかあれしきのことが無理とか?」

「ヒース…普通の令嬢は基本的にあんなことしないんだから当然の反応だよ。ほら、殆どの令嬢がすぐにリタイアしてる」


アリエラが唖然としていると、その反応を見たヒースやエルマーは、どうやらこの身体能力測定が過酷だとアリエラが驚いていると勘違いしたらしい。

ヒースはこれしきのことで?と、驚きからのやや呆れ混じりに、エルマーはヒースを諭すように、寧ろ貴族の女性なのだからこの反応は当然だと述べて、丁度先程走り出したばかりの令嬢が早々にリタイアしている姿を指し、『ね?』と言っている。


ちゃんとフォローを入れてくれるエルマーの優しさは素晴らしい。

でも違う。違うのだ!!


アリエラが驚いているのはそんな事ではない。


「こんな……こんな事って……」

「ア、アリエラ様…大変でしょうが頑張りましょう!私も正直、自信はありませんが……」


マリベルですら、盛大に勘違いしているが、本当に違うのだ。


「皆さん、ご心配なく。アリエラは別の意味で落ち込んでいるだけなので」


唯一アリエラが落ち込んでいる本当の理由が分かるジルは、皆へ向けてそう言いながら、『アリエラ、ここはディーベルト家でもブロウンド家でも憲兵隊の訓練所でもないから』と肩をそっと叩いてくる。


「えぇ、分かってるわ…そんなことは知ってるわ。でもね…?幾らなんでも、これは酷くない?身体能力測定なのに……身体能力測定って名前なのに!あんなゆるゆると走っで終わり?何それ、そんなことで身体能力なんて測定できるわけなくないっ!?」


カッと目をかっぴろげ、ジルと目を合わせたアリエラ。


「腹筋や腕立て伏せは?懸垂は?球体投げ、垂直・幅跳びは?百歩譲って、走るなら瞬発力と持久力の確認でしょ!?あれ、全くその辺測れてなさそうだけどっ!?」


慰めの為に置かれていたジルの手とは違い、()()と指先しながら、空いた手でジルの肩を掴み容赦なくガクガクと揺さぶり心からの叫び声をぶつける。

そのアリエラの顔は悲壮感がありありと浮かんでいた。


いくらここが前世と違う世界だとしても、教育機関で行われる身体能力測定は、多少違いはあれどそう大差など生まれようもないと思っていたのに。


(だって、()()()()()()だよ?変えようにも変えられなくない!?測るためには筋力、持久力、瞬発性は必須でしょ!?そこから個々のパワーバランスを導き出すというのに………)


これは有り得ない…叫び続けるアリエラを、ジル以外は信じられないものを見る目で見ていた。


「え…まさか、アリエラさんはこれじゃ物足りないって落ち込んでた……?」

「いやいや、エルマー様…そんなまさか。アリエラ嬢に限ってそんなはずは……」

「でも、今も『私の身体能力測定への期待を返して』って言い募ってるぞ?間違いなくそっちの意味で落ち込んでたみたいだなぁ〜…プハッ!てっきり、やりたくなくてあんな顔してたのかと思ったけど、そうか〜。逆だったかぁ〜」

「あ、あれで物足りないのですか……?」


信じられないと思いながらも、アリエラ本人がタイミングよく肯定するように、『こんなの身体能力測定じゃない〜!』と泣き喚くので、もう信じるしかない。

目の前のご令嬢は、この身体能力測定が物足りないと落ち込んでいるのだと。


「これは……寝不足からきた幻覚?そうよね?こんなのが身体能力測定だなんて、そんな馬鹿げた話ないわよね?ジル、お願いだからそうだと言って…」

「残念、現実だね。寝不足なら、寧ろちょうど良かったじゃないか」

「そんなぁ!?良くないっ!良くないわよっ!?寝不足でもそれだけは楽しみにしてたのに、こんなのあんまりだわっ!!」

「普段寝不足とは無縁の人間に限って、寝不足の時に体を動かすと大惨事になるからちょうど良いよ。これならアリエラにとって運動のうちには入らないだろうし」

「そういう問題じゃない〜!というか、寝不足でも体調不良でも、これじゃ危険すら起こりようがないわよ〜!!」


こうしてアリエラの期待は見事裏切られ、その悲しい心からの叫びは届くことなく、身体能力測定とは名ばかりの輪の中に加わることとなった。


そして結論から言おう。

この測定はすぐに終わった。

更には、アリエラにとっては非常に無意味なものとして終わった。


走るだけ…というのだけでも物足りないのに、それに加えてこの身体能力測定…まさかの学校側が決めた一定時間内にリタイアするかしないか、というなんとも低いラインを見極めるためだけのものだったからだ。


しかもあくまでゆるゆる基準であり、走る速さも一切関係なく、一定時間というのも貴族や女性がいることもあり短い時間設定である為、難易度イージーどころの話ではない。

物足りないからといって、アリエラが全力疾走でこの場を駆け続ければ、それはそれで非常に悪目立ちしてしまう。

それは出来れば避けたい。

女子がもう少し走れる子がいればカモフラージュできてよかったのだが……見渡してもそんな子いやしない。


(私は一体何をやらされているのだろう………)


改めて身体能力測定の説明を受けたアリエラの頭にはそんな言葉しか浮かばなかった。


求めていた運動とは月とミジンコ並の差が生まれている。


お陰ですっかりやる気を無くしたアリエラは、渋々と短時間持久走を始めてみたが、どうしてそんなに早く!?と言うタイミングで女性陣達(+若干名のインドア派またはひ弱な感じの男子)のリタイアが相次ぎ、息すら上がりようがないランニングをしながらアリエラは酷すぎると、より深い絶望感を味わっていた。


ここは綺麗に整備された平坦な地面であり、()()()()ではなく()()()()()()では、アリエラにとって、心拍数も呼吸も上がりようがない。

せめて障害物ありの道や、傾斜や凹凸の激しい山道を持久走で走れと言われたならば、走ることは維持しながらもそれなりには息も乱れるだろう。

そして、例え測定がこの走る一択しかなかったとしても、それなりの身体能力の測定はでき、いい運動にもなったことだろう。


が、そんなものここには用意されていない。

……されて、いないのだ。


(寧ろして欲しかった!!何故用意してくれなかったんですかっ、設営の皆々様!!)


くぅっと唇を噛み締めながら、いっそのことこれはウォーミングアップで、実はこの後本格的な測定が待ってます…ってオチはないだろうか?などと、諦め悪い思考が現実を認めまいと足掻こうとする。


こう…世の中そう甘くないからと、飴と鞭的な。

手緩いと見せかけて実は後々難関が待っている…的な。


そんな未練からの期待を僅かに持ちながら、アリエラは淡々と手足を動かしていれば、同じく息を乱さず並走しているジルが、『アリエラ、いい加減諦めて現実を受け止めなよ』と、まるで頭の中を覗いたように先程の思考にピッタリの言葉を投げつけてきた。


ジルとしては未だに落ち込むアリエラに向けて言ったのだが、アリエラには考えを読まれた上での言葉に聞こえ、希望は無いと言われたようで追い打ちをかけられたも同然。


やる気を著しく降下させたアリエラは、"本気"の"ほ"の字もないまま走り、短すぎる測定はあっという間に終わりを迎えたのだった。


若干、周りからこそこそと『あの人、男性と同じくらい動いてましたわよ』『す、凄いわ…』などと聞こえなくもないが、もう気の所為と思うことにする。

だって、目立たないために極端に能力をセーブした。

念には念をと、まるで大事なアイドル番組の予約録画を本体データに予備ハードディスクまでつけて…なんならデータ焼き増しした並に、手抜き&用心して走ってこれだ。

これ以上は抑えようがない。


自分がハリウッド女優ばりの名演技ができるなら、皆に合わせてひ弱で可憐なご令嬢となってもいいが、そんなスキルはないし、そんなことできたとしてもこの学院を卒業するまでその仮面をつけ続けられる自信はない。


だから、ここは気付かないふりの一択だ。


同じく走りきったメンバーと共に、先にリタイアしていたマリベルとエルマーの元へ向かうと、そこには既にヘロヘロになった姿で二人が座り込んでいた。

マリベルは早々にリタイアし、エルマーも頑張ったものの途中でリタイアとなったのだ。


そんな二人と何故か私を見比べ、顔をニヤつかせたヒースは。


「いやぁ〜、あれだけ落ち込んでたからまさかとは思ったけど、息ひとつ上がってないとは。底が見てみたいもんだねぇ〜?うちのお嬢様なんて未だに呼吸もままなってないよ?」

「クッ………ヒースッ、ちょっと、人を比較対象にっ、しないでっ」


などと言い出す。

勝手に名前を出されたマリベルは、早々にリタイアしたはずなのに、時間が経った今でも息ががっていた。

ということは、本当に自分の走れる限界まで挑戦したのだろう。

何事にも本気で取り組めるなんて、本当にいい子だ。


だから、ヒースに悪気がないのも分かるけど、手を抜くことなく頑張った人をからかうのは良くないと、アリエラはヒースと向かい合う形をとる。


「ん?アリエラ嬢、どうし……たぁ?」

「そんなこと言っては駄目ですよ、ヒース様?」


ジルにしたように、ヒースの頬を指先で掴むと左右にみょーんと伸ばす。

その事にヒースはぽかんと間の抜けた顔をし、目だけが大きく見開かれている。


摘んだヒースの肌は健康的な色をしており、ジルの色白さとはまた違っている。

触り心地も勿論違く、ジルの頬より更に張りがありちょっと硬かった。

若干、顔が凝ってるのではないか?などと感じ、思わずしげしげと観察してしまったが、『えっほ……わるはった』と頬を伸ばされながらもヒースが謝罪を口にしたので、そうだった!と逸れていた思考を戻す。


「何が悪かったかちゃんと分かってますか?」

「俺が、お嬢様を揶揄ったからだろ?」


ぱっと摘んだいた頬を解放してあげれば、まだ目をぱちくりさせながら答えるヒース。

全く痛くなかったのか、痛がる素振りすらない。

それなりに力を入れていたのだけど、やはり顔が凝っていて痛覚が鈍くなってるのかもしれない。


「んー、揶揄うことに対して…ではなくてですね?全力で挑んだ人は得手不得手に関係なく、それだけで褒め称えられるべきだと思うんです。全力を出すというのはそう簡単な事ではありませんから。だから、頑張った人にそういう揶揄い方は駄目かなって。仲良しの間柄で揶揄うのは寧ろはコミュニケーションの1つですから、それ自体は責めるべきことではないかと。とはいえ、あくまで私の意見に過ぎませんが…」

「ア、リエラ、様っ!私達を思ってヒースを叱って下さるなんてっ!!」


マリベル達が早々にリタイアした時、アリエラも『もうっ!?』と驚きはしたが、驚いただけでそれが悪いとも情けないとも思わなかった。

それに、やる気をなくして手を抜く…とは違うけど、本気のほの字もなかった人間(私)と比べては絶対にいけないと思う。他人が人の頑張りを褒めることはあっても貶すことはあってはならない。


だから、アリエラはヒースを諭したのだ。


ヒースの態度をアリエラが咎めると、アリエラの言葉に感動したように、マリベルが手を組み潤んだ瞳で見つめてくる。

ただし、その息は相変わらず整っていないので、アリエラの名を呼ぶことさえままなっていなかったが。


「そうですよ。アリエラと同じ扱いをしてはマリベル様が可哀想です」


そこに、フォローの言葉をかけるジル。

相変わらずどこか引っかかる言い方ではあるものの、その通りであるとアリエラも思う。


自分の実家であるディーベルト家は騎士の家系であり、"フェンリル"を指揮する団長である父がいる。

そんな肉体派のディーベルト家で育ったアリエラとマリベルを同列に扱ってはいけないのはまず間違いない。


ディーベルト家と共に長く過ごしてきた上、同じく騎士を生業としている家門であるブロウンド家嫡男であるジルもまた、他の生徒と簡単に比較してはいけない。


ジルの言葉は、自分達の能力をわかった上での、フォローなのだろう。


分かってはいるが。

ジルの言葉は間違ってはいないのだが…やはり言い方に問題があるのだと思う。

言い方に気をつけよ?本当に。


それに、アリエラはもし自分がディーベルト家の子供として生まれていなくても、持病等がなければ間違いなくこれくらいは楽勝でこなせたと思う。

だって…前世じゃ持病もなく、風邪すらあまり引かない健康優良児だったし。

学校での体育での運動も得意な方で、幼い頃から駆け回ってばかりのやんちゃなタイプだった自覚もある。


そんな前世の記憶があるため、健康優良児たるもの軽い運動などできて当たり前という考えなのと、生まれながらの性格的にこの世界の貴族はこうあるべきという振る舞いは自分には合わないので、同じくこの世界でもある程度やんちゃに育ったはずだ。


アリエラからすれば、寧ろ貴族の子女子息達は今までするなと言われたようなことをさせられているわけで、それは酷なのでは…と、リタイア組に哀れみさえ感じていた。


リタイアの大半を占める貴族令嬢達は恐らく、淑やかに・優雅に・慎ましくの3大原則を、幼い内から叩き込まれているはずだ。

その中には、貴族たるもの人前で走るだなんてみっともない、大声を上げてはならない、汗を流すなんてもってのほか。女性は子供さえ抱ければ、それ以上の筋力なんて不要!等々……嫌という程の礼儀作法を厳しい大人達から教わっているはずだ。


アリエラだって、昔いた家庭教師にそんな事を言われた気がする。


ただ、ディーベルト家の方針としては知識として学ぶべきではあるが、一般的な淑女教育の内容に関しては、罰を受けない程度の必要最低限の範囲だけ守れれば良しっ!というものなので、細かに守ってはいない(ほぼ忘れている)だけだ。

その代わり、家系に関係なく問われる貴族の礼儀作法や常識は徹底的に叩き込まれ、否が応でも実践あるのみと厳しく躾られたが…。

家庭教師もそんな事情を知った上で我が家に来てくれているので、家門に相応しい行動であれば咎めることなく、無理強いもされなかった。


というか、貴族でも能力重視の我が家門で、女性だからって走るな、筋トレするな、戦闘に加わるなって言う方が無理だと思う。


そんなこと言い出したら、我が麗しの姉がご乱心になる。

そして、そんな姉は反乱を起こし大々的な被害をあちこちに撒き散らすことだろう。

そこに私も加わっている未来も見える気がする。


大人しく慎ましさを保って……なんて秒でうんざりするし、息抜きに馬を走らせたり、訓練で体を動かしたりが出来ないなんて地獄すぎる。


つまり、こういうのは環境と本人の問題なのだ。


だから、マリベル含めリタイア組は基本的にまったく悪くない。

まぁ、マリベルとエルマー以外は実際のところどうかは知らないけども。


環境的にそう育てられた子もいれば、手を抜いた子もいるかもしれないし、体が弱いのかもしれないし。

手抜きの人がいるならそれは悪いと言えるが、………ちょっとそれについては自分にブーメランになりかねない。

とはいえ、私は手抜きではなく"意欲を削がれた結果"であり、リタイアもしていないのでそんな輩に含めないで頂きたい。


「まぁ、確かに?俺からしたらこの程度でとは思うけど、"令嬢"という括りで考えればどちらかと言えば異常なのはアリエラ嬢の方か。少なくとも、その体力は深窓の令嬢ではないよな」

「深窓の令嬢だなんて、そもそもが私のイメージからは随分とかけはなれておりますから、そのような誤解をすらする者はいないかと」

「ふーん?へぇ〜??」


自分に深窓の令嬢なんて言葉が当てはまらないのは当然自覚しているが、かと言ってちょっと動けるくらいで過大評価されるほどでもない。

そんな私の言葉に思うところがあるのか、ヒースは含みのある反応で返してきたが、それ以上深堀することはなかった。


ジルが『……はぁぁぁ』と長い溜息を何故かついていたが、そんなに疲れているのだろうか?

学園への入学の準備や入学して寮生活になったこともあり、我が家で受けてた訓練も今はできていないので、きっと体が訛っているに違いない。



今度、個人的に体力底上げのプランでも考えてあげよう。


なんだったらこっそり手合わせもやぶさかではない。

なんせ、私の運動への欲求は有り余っているほどなのだから。





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