これは寝不足のせいですか?part②
ジルの頬伸ばしの刑も終わり、呆然と平々凡々と言ったアリエラを見ていたキリアンが正気に戻ってから程なくして、あまり見かけなかった女子生徒も徐々に姿を現し始めた。
気づけば、いつの間にか広場には男女ごちゃまぜの生徒で溢れかえっている。
それに伴い教師陣も各自動き出し、自分の担当クラスごとに生徒が揃っているか確認を始める。
クラスごとに一塊に集められ、我がクラスの点呼もカミラによって行われ問題なく全員揃っていたようだ。
他のクラスの点呼が終わるのを待っていると、『各クラス揃ったようなので始めよう』と拡張音声器を使いひと際大きく声を張って代表の教師が話始める。
端的に指示された内容に従い、会場内を順々に生徒の波が移動していく。
指示の内容は初めに魔法属性、次に魔力量の測定に行くことだった。
それらが終わったら、今度は演習場で身体能力の測定があるらしい。
魔法測定が終わればクラスごとの移動は一旦解除されるようで、各自演習場に向かい入口でもらえる記録表にある項目を好きな順で回っていいとのこと。
アリエラとしては不安しかない魔法測定を早く終わらせて、とっとと体を動かしたいところだ。
魔法なんて前世では夢物語で、それでもそんな架空の能力に大人も子供もどこか魅せられるものがあり、魔法はフィクションの定番であった。
そんな人気のジャンルの能力がこの世界には当たり前に存在している。
この世界の魔法は、"火・風・水・土・光・闇"の六つの元素を元にしている。
その辺は前世にもよくある設定で、一番なじみのあるものだったので良かった。変に複雑だったり、属性が多すぎるとアリエラは理解できる自信がない。
簡単に"魔法"と言ってはいるが、この世界の魔法は精霊との関わりがとても深く、保有魔力が高くても適応属性を持っていても、精霊との"親和性"がないとその力は魔法にはなり得ないらしい。
あくまで自身の魔力と属性、そこに精霊の手助けがあってこそ初めてそれは"魔法"と呼ばれる現象を引き起こす。
そして、魔法にはその六大元素から枝分かれのように生まれる"混合魔法"と呼ばれる魔法も存在する。
混合魔法とは魔法の素質が高い者が、複数の基本属性を適度な比率で組み合わせて出来るものだ。
例えば光と火で雷や爆発を起こすもの、水と土で植物に作用するもの、闇と風で幻惑や夢に入り込むもの。
このように、他の属性と混ぜることで、個々の属性だけでは生み出せない効果を発揮する魔法を混合魔法と呼ぶ。
他にも多数の混合魔法が記録に存在するが、属性は人により何個適性を持っているかが違ってくる。
複数の手持ちがなければ、そもそも混合魔法の生成自体ができない。
更には、違う属性との掛け合わせで発動させる混合魔法は、その分魔力消費も膨大で、発動させても高度で精密な魔力操作が出来ないと使える代物にはならないので、言わずもがなその難易度は跳ね上がる。
例え記録にあるものだとしても、扱える者は圧倒的に少ないというのが現状だ。
何より生まれながらに持つ属性は基本一人に一つ。
魔法をより深く学び、実践を積むことで保有魔力量の増加や能力値が上昇すると新たな属性を覚醒する場合もあるが、それは副産物であり必ずしも絶対ではない。
レアケースで、生まれながらに複数を持っていた人もいるらしいが、そういった場合、アリエラの予想通りというかなんというか…やはり過剰にもてはやされる。
その結果、偉人として名を残す人もいれば、属性を持っていただけで有効活用できず埋もれて擦れる人も。
……いくら稀だからといって、過剰に扱いすぎると良くも悪くもプレッシャーになるから良くないと思うよ、うん。
その他にも、特殊な方法で新たな属性を得る場合があるが、それもなかなか簡単ではない方法である。
ここまで言えばわかるだろう。
生まれながらに複数属性持ちと言う存在は"稀"なのだ。
私も前世持ちというイレギュラーなケースで今世を生きているが、フィクションあるある…ご都合主義のお決まりチートで実は全属性持ちだったなんて事になっていたらどうしよう!?と、転生に気づいてから二年後……遅ばせながらその事に思い至ったが、騒ぎ立てると万が一全属性だった場合とてもとても大騒ぎになるので、秘密裏に協力者の力を借りて属性検査を取り急ぎ行った。
そこで生まれ持った属性は"水"だと知り、世の法則に則り属性が一つだった事に喜んだのも束の間。
協力者から、『それに加え、後天的にだが"風"も付与されてるから使えるぞ』と言われた時にはそれはもう驚愕した。
聞かされた瞬間、『後天的ってどういうこと!?』と掴みかかってしまうほどに。
まだ魔法訓練も受けていないというのに、後天的に属性を得ていた理由に思い当たる節などない。
そう伝えれば、協力者はあっけらかんと『私のせいだな』と、自分のことを指さした。
その時の協力者と言ったら、別に悪びれることも無く『何か問題でも?』という感じだった。
この協力者、人の世のことに疎いが故に事の重大さが全く分かっていない。
悲壮感漂う私を見て何か思う事はあるらしいが、何が問題なのかは理解できない…そんな状況で、私が『問題大ありだっ』と嘆きながら、どうしてそんなことになっているのかを詳しく聞けば、確かに協力者が悪い訳ではなく、双方の確認ミスとも言えることが原因だった。
責めるつもりは全くないが、自分のミスでそれこそ後天的にイレギュラーな存在になってしまった…と改めて項垂れたのは仕方がないだろう。
あまりの落ち込みっぷりに、協力者も自らの膝上に私を乗せると、ひたすら頭を撫でながら慰めてくれていた。
協力者はズレているところがあるが、とてもとても優しいのだ。
(元々目立ちたくはなかったけど、そのせいで更に目立たないよう気を配るようになったのよね……)
漫画や小説でお決まりのチート故の波乱万丈な生活や、勇者や聖女に祀り上げられて無茶ぶりを押し付けられる生活、はたまた異端者として勝手に悪にされ惨い仕打ち……なんて目には絶対にあいたくない。
絶対、ぜーーーったいに!!!!
私の目標は、慎ましくとも自分の好きなことを好きなだけできる穏やかな幸せライフ!
……なので、協力者には無理を言って、私の風属性は鑑定魔法には引っかからないように小細工をしてもらった。
割と無理なお願いではあったが、協力者はにこやかにこれを承諾。
頼んでおいてなんだが、そんなことできるのだろうか?と思っていたら、数日も経たないうちに呼び出され、"あるもの"を手渡された。
それは、小さいが純度の高く美しい琥珀石。
けれど、それはただ美しい琥珀石というだけではなく、その奥の方に不思議な輝きがキラキラと煌めいていた。
聞けば、その輝きは幻想華と言う希少種の花に溜まった朝露だと教えてもらった。
幻想華の特性と、この場の清く純度の高い魔力に満ちた朝露、更に協力者の特殊な魔法を渡された琥珀石に閉じ込め、頼んだ鑑定魔法に引っかからない細工だけではなく祝福も付与してくれたらしい。
協力者がまじないを掛けたその琥珀石を、アリエラは馴染みの細工師の所に持って行き、特注で作らせた銀細工の耳飾りは今も右耳にある。
常に身に付けれるもの…という事で他の装飾品に仕立てることにしたが、ブレスレットやネックレスだと社交の場で基本装いに合わせて高頻度で変える。
なら、そういった事に囚われないものは無いか…と考え、悩んだ末に、アリエラはイヤーカフにすることにしたのだ。
指輪でもいいかと考えたが、今より幼い頃の話なので成長につれ指のサイズが変わったりしたら何度も作り直さねばいけないし、指輪だと日常生活の中で邪魔に感じる事もある。
その点耳ならば生活面での問題もないし、サイズなんて関係ない。
幼い内から耳に穴を開けるのは抵抗があったので、イヤーカフにしたが、正直これで良かったと改めて思う。
後から知ったが、この世界ではまだピアスなるものは存在しておらず、もしあの時そのことを贔屓にしている細工師に告げていたら、『耳に穴を開ける装飾品なんて!』と難色と嫌悪を示されたか、『画期的だ!』と大げさに騒ぎ立てられ、発案者としてアリエラの名が広まってしまっていたかもしれない。あの時の自分グッジョブ!
そんなこんなで出来上がったイヤーカフは、特別目立つようなものではなく、華美さはないが、植物の模様を彫った品の良いカフに仕上がった。
そこに、カッティングされた美しい琥珀がしっかりとはめ込まれている。
協力者からの贈り物と言うだけではなく、カフの仕上がりもとても満足の出来だったこともあり、出来上がってからこのカフは外すことなく身に着けており、今やアリエラの宝物となった。
この琥珀石は協力者だから故に作れる特注品なので、万が一盗難や紛失で流出してしまう事があればまずい。
その価値に気付かれれば、その希少さ故にとてつもない高額がこの装飾品に積まれることだろう。
今更ながらにこんな希少アイテムを自分なんかが身につけてはいけないのでは?…と思うが、これがないと困るので返却する気はない。
これは、今後も有り難く自分が有効的に使わせてもらうとしよう。
ここでもしっかりと効果を発揮してくれるか少しの不安があり、緊張しながらも協力者から貰った魔法道具を身に着けたままアリエラは属性検査へ挑む。
クラスごとに流れていた列が動き、アリエラも前へと進む。
列には勿論同じクラスのジルとキリアンもいるが、男女に分けて並ばされた為、前後で少し離れてしまった。
まだ仲のいい女友達をこのクラスでは作れていないアリエラは、時間をつぶすため改めて会場を見渡せしてみる。
少し先で行われている測定を遠目に見れば、測定に駆り出られたのか、自ら手伝いを買って出たのかは分からないが、この場には多くの上級生だろう生徒達おり、その人たちが先生の指揮の元測定の補助をしてくれているようだ。
そんな風に辺りの観察をしているとまた列が動き、漸く第三寮にあたるアリエラのクラスの順番になったらしい。
初めに行う魔法属性の測定場所にはすでに教師陣手ずから事前に書き込まれた高度魔法陣がいくつもあり、その傍にも上級生だろう生徒が魔法陣一つに対して一人ついていた。
その中に第三寮の生徒の内、まずは男子生徒が順々に入り測定が始まっていく。
特に問題も起こらず次々に順番が回り、アリエラにも順番が回ってきたので魔法陣に近づくと、中央で立っていれば魔法陣の中に入った者の魔力を自動的に感知するので待っていればいい…と、上級生から指示されたので大人しく待ってみる。
流石高度魔法陣と言うだけあって、詠唱もなしにアリエラが陣に入ってから僅かな時間で魔法陣がふわりと淡く光りはじめ、光が陣の内側を駆け巡りだしたので、アリエラは魔法陣が発動した事を理解した。
光はそのまま書き込まれた陣をなぞるように内側に向かって走り続ける。
魔法陣の全ての線が光終えると、その内の外環にある六つの元素を示す古代文字の内、"水"を示す文字が一層強く光り、柱のように輝きが立ち上がった。
「なるほど。ディーベルトさんは水属性ですね」
測定に付き合ってくれている上級生はその言葉と共に、記録用だろう紙に書き込む動きを見せる。
その言葉になんと反応していいものか悩むアリエラ。
実はズルしてます……とは間違っても言えない。
どうやら、耳に付けている魔法道具はこの検査方法でもちゃんと作用してくれたらしい。
嘘をついていることに良心が痛むものの、こればかりは仕方がない。
こちらにも色々事情がありますので、どうかお許し下さい…と心の中でだけ謝罪をし、そそくさと魔力測定の場に移動した。
そして、次の測定は魔力量の測定だ。
その測定方法はただ魔法水晶に触れるだけ。
それだけなのだが。
……何故だが嫌な予感しかしない。何故だろうか…?
(まさか、爆発する……なんてことは無いわよね?)
これまた後天的に得た属性の関係で、アリエラは魔力量にも異常が出ていた。
そちらも先の魔法道具で隠蔽できているはずだが、如何せん協力者の測定方法と全く違う測定の仕方だ。
魔法道具自体が特注品であることもあって、その効果の不具合などが生じないか気が気でない。
不安が完全に消えることがないまま、魔力測定の場所についてしまったアリエラ。
順調に列が流れていることもあり心の準備もままならないまま、案外早く自分の番が回ってきてしまった。
先程同様、別の上級生に魔法水晶へ触れるように促され、目の前にある魔法水晶をじっと見遣り、ごくりと生唾を飲み込んだ。
不安要素を抱えているからか、なかなか手を置こうとしないアリエラに、待機している上級生が『どうかしたのか?』と声をかけてくる。
「あ、いえ……」
『どうなるか分からないから怖くて手を置くに置けないんです!』とは言えやしない。
これ以上時間を掛けてもどの道測定は避けられないので、ならばここは覚悟を決めるべきだろう。
アリエラは強ばる体を動かし、水晶へと右手を伸ばした。
そしてぴとっ…とツルツルとしていてひんやりする水晶に数本の指先が触れる。
恐る恐るすぎて、指先のほんの少ししか触れていないが……そこは王立学院で使用する魔法水晶。
いいものを使っているのは明らかで、恐らく値の張るだろう純度の高い水晶の性能は高く、魔力の感知力も高いらしい。
少しの魔力でも感知してしまえばしっかりと起動するようだ。
アリエラの魔力を感知して、水晶が光始めた。
ただ、何故だか水晶の中の光は不安定に強弱を付けて揺らぎだしてしまう。
そして一際大きく瞬いたかと思うと、パチンッと急にブラックアウトしたかのように光が弾け、その後は完全に光を失ってしまう。
「………」
本来の魔法水晶での測定は、魔力を感知し光始め、測定完了後に水晶内に数値化された魔力量が浮かび上がるというもの。
それはどの魔法水晶も同じで、数多流通している魔法水晶に値段の差があるのはその水晶の純度故。
元となる魔力を通す水晶の純度によって、魔力量感知の精密度の差こそ生まれるが測定方法は変わらない。
それが数値を示す前に光が弾け、停電したかのように全くの無反応になってしまったのだ。
───つまり、異常動作が起こった。
「え?あれ??」
それにはアリエラは勿論、上級生はおかしいな…と、水晶を手で触り覗いてと確認をし始める。
一時的な不具合かと、上級生が再び水晶に手を触れてみたが、魔法水晶はうんともすんとも言わない無反応さ。
魔法を扱えるかどうかは別として、魔力を持たない人間なんてほぼいない。
仮にもこの学院で測定の場に駆り出されている人が、"魔力なし"なんてことはないはず。
その生徒が触れても反応しないということは、魔法水晶は完全に電源オフ状態のようだった。
「寿命で壊れたのか……?」
と、水晶の異常と判断した上級生は少し席を外すと、どこからか貰って来たらしい新たな水晶を手にして戻って来た。
それに再び触れるように言われるが………。
パチンッ。
アリエラが触れた瞬間、またもや同じ現象が起こる。
それを見て、嫌な予感とはまさにこのことでは…とアリエラの口元がひくひくと痙攣した。
(あれ………これ、もしかしなくとも魔法道具の効果で測定器を"壊す"事で強制的に測定不能にしてない?)
アリエラが触れる度に立て続けに壊れる魔法水晶。
遂には、新たに持ち込まれた三個目の水晶も駄目にしてしまった。
計四つ……全てが同じように起動後ブラックアウトし、うんともすんとも言わなくなる。
どう考えてもこれは異常自体だ。
アリエラには完全無効化なんてそれこそチートな力はないので、思い当たるのは身につけた魔法道具位しかない。
まさか…と思ったことがかなり真相に近い気がしてならなかった。
「ど、どうしたもんか……何故、測定が出来ないんだ!?」
相次ぐ水晶の異常動作に、ついに一緒になって水晶を見ていた上級生が途方に暮れだしてしまった。
そりゃ、いくら新しいものを持ってきても理由も分からず壊れるのだからそうなるのも仕方がない。
しかも、恐らく、間違いなく、お高いだろう魔法水晶を四個個も。
上級生も、水晶が正常に動作しない理由がまさかアリエラにあるとは考えてないようで、『訳が分からない…』と頭を抱えている。
きっと胃のあたりも傷んでいるのではなかろうか。
正直、アリエラの胃も痛くなってきた所だ。
(……あれ、私が弁償しなきゃダメかしら?)
もしアリエラのせいだとバレた場合、自分のお小遣いで払えるだろうかと不安になった。
この問題は、アリエラが身に着けている魔法道具を外さない限りは解決しないだろう。
でも、そうすると正しい自分の魔力量がバレてしまう。
そして、アリエラのせいで魔法水晶が三つも死んだこともバレてしまう。
目の前の上級生…ひいては学院にとっては、悩みの種と被害損失が減りいい事なのだろうが、それでは非常に困るのだ。
私にとってはいい事が一つもないではないか。
申し訳ないが、アリエラだって我が身が可愛いので……。
「す、すみません……実は私、魔道具と相性があまり良くなくて…たまに誤作動を起こしてしまうことがあるんです。このままだと水晶を駄目にしてしまいますし…また調子のいい時に後日改めて測定する事は難しいでしょうか??」
申し訳なさを前面に滲ませた表情で適当な嘘をならべ、敢て故意ではなく体質だと強調することで、今回の水晶破壊の責任の回避と測定自体を先延ばしに出来ないかと試みるアリエラ。
回避さえしてしまえば何とでも出来る、はず!と自分に言い聞かせてはいるものの、見通しつかぬ未来に内心は冷や汗ダラダラだ。
それでもここは逃げるが勝ちだと、縋る様な目で目の前の上級生に懇願した。
そんな気持ちを知ってか知らずか、目の前の上級生も『そうか…ちょっと確認してくる』と、教師に報告に行ってくれた。
それから暫くして、教師を一人連れて戻った上級生が改めて無残にもブラックアウトした四つの水晶を見せ状況を語ると、幸運なことに、一か八かでアリエラの提示した"後日再検査"がこの後認められた。
アリエラの言葉を信じたのか、それとも立て続けに壊れる水晶に、上級生だけに留まらず教師まで心が折れたのか。
その答えは、『……水晶を四つも…どうしよう』と小さく呟かれた教師の沈んだ声が明白に物語っていたが、聞かなかったことにしておこうと思う。
冷や汗を内心ダラダラと流しながらも、その場をそそくさと逃げ出したアリエラ。
内心だけでなく実際に冷や汗が流れているくらいなので、アリエラはそりゃもうテンパっていた。
……とりあえず袖で拭っておこう。
(早急に打開策又は改善案を見つけださねば!!とりあえず、まずはウォルドの森に行こう。すぐ行こう!そう、今すぐ……あ、無理だ。学校があった!!よし、最初の休みに速攻行こう!!)
若干テンパっているので纏まりないのはご容赦ください…。
結果としては、旅行広告に使われる定番フレーズのように『そうだ、ウォルドの森に行こう!』と、最短の日付にウォルドの森に行くという事で落ち着きを無理矢理取り戻した。
何故ウォルドの森に行くのかと問われれば、そこに協力者がいるから!!
この測定器を破壊し続けたアイテムの製作者がいるからだよ!!
と、逆ギレ気味に叫びたい。
……いや、叫んだら駄目だけど。
周りから変な人に見られるし、ウォルドの森なんて危ないと多分行かせてもらえないし、そもそも何故ウォルドの森なんだと初めの質問に戻るし。
結局、半ばやけくそに自分で自問自答するアリエラ。
…すみません。全然落ち着き取り戻せていませんでした。
そんな予期せぬトラブル(ある意味嫌な予感として予期していたが)に打ちひしがれていると、俯きがちに歩いていたアリエラの前に影が差す。
「アリエラ、随分と時間がかかってたみたいだけどなんかあったの?」
「……」
見慣れた安心感と見慣れてもなお美しい顔面と、まだ見慣れてない綺麗な顔面がそこにあった。
先に終わっていた同じクラスの男子生徒は演習場の方に行ったはずなのに、彼らがまだここにいるという事は、この後の身体能力の測定は自由行動だからアリエラを待ってくれたのだろう。
「……アリエ、っ!?」
「え!?アリエラ嬢!?」
がばりと、見慣れた顔面の持ち主にアリエラが抱き着く。
「ジル…私に平穏を、癒しを頂戴………あと、もしもの時はお金も貸して」
抱き着いたジルと、その隣にいたキリアンが驚いた気配がした。
けれども、そんなこと気にせずにアリエラはぎゅうぎゅうとジルに抱きしめた。
不思議な事に幼馴染とは安定剤になるらしく、それを経験ですでに知っていたアリエラはリラックスアイテムさながらのジルに癒しを求め………ついでに金銭的援助も求めた。
「…いや、意味が分からないから。ただ魔力量を測るだけでなんでこんなに疲弊してるの?それと、お金に関しては要相談ね。事情と利用目的による」
アリエラが不安定な精神かつ疲弊しているのをすぐに見抜いたらしいジルは、仕方なくされるがままにぎゅうぎゅうされてくれている。
そして事情によってはお金も貸してくれるらしい。なんて優しいんだ、私の幼馴染は。
「……ジル様、最高。神はここにいた」
思わず称賛の声を上げるほどに。
「……アリエラ、本当に何があったの?本気で参ってない?目が死んでる」
「…ちょっと手違いで、危うく(聞こえぬ小声:チート人生突入か破壊王の異名を得るかの二択しか残らない)詰み人生になるとこだっただけよ……あと高額の賠償金請求が今後私宛に来るかもしれない不安を背負っただけ…ふふふ」
「ん?何だって??」
「不幸な事故なのよ…私は学んだわ。解釈の違いって怖いわね……今度こそあの世間ズレした人にみっちりじっくりと話さないと」
人は言葉をもってしても通じ合えないことがある。
『正確な魔力量がバレない様にして欲しい』と言う言葉にも複数の選択肢があり、そのどれを選んでも結果そうなれば全て正しいのだ。
───つまり当人の解釈次第。
自分の気持ちを共有するために、伝わるまで対話をすることって想像以上に大事なことらしい。
遠い目をしながらそんな事をしみじみ思う。
「アリエラ嬢はどうしたというんだ…?」
「分からないですけど、能天気なアリエラがここまで参ってるという事は、余程のことがあったのでしょうね。詰み人生だとか賠償金とか言ってますし。大騒ぎになっていないので個人的な問題なのでしょうが」
「アリエラ嬢…事情は分からないが、何かあれば僕も手を貸すからそう落ち込まないでほしい。金銭面なら僕も援助できるし」
「キリアン様……貴方も神ですか?」
もう一人、神はいたらしい。
同じく綺麗な顔が心配そうにこちらを見ていた。
その優しさにうるうると瞳を潤ませ、思わずハグしようとジルから離れてキリアンに向かって行けば。
「いやいや、待ってアリエラ。何しようとしてるの?」
「神に感謝のハグを…」
「は、ハグッ!?」
「許可しないからね?」
ハグ待ちならぬハグ攻めポーズだったアリエラを、背後から羽交い絞めにしたジルから即刻却下された。
キリアンの方は、どうしてか顔を赤くしながら驚いた顔をしていたが、ジルの却下の言葉に少しだけ眉を下げていた。
一緒にため息も吐き出されたので、私に抱きつかれなかったことにホッとしたのだろう。
なんせ、さっきぎゅうぎゅうと容赦なくジルを抱きしめていたのを間近で見ていたのだから、馬鹿力とでも思われたのかもしれない。
今の心境としては、痛い思いをしなくて済んで安心した…と言ったところか。
「……わかった…じゃあジル、もっかい癒しのハグ」
「それならいいよ」
「それもダメだろうっ!!」
本人も嫌そうなら仕方がない…と、もう一度足りない癒しを補おうとジルに訴えれば、そっちはあっさり許可が下りたので解放された体で抱きつこうとした。
けど、今度はキリアンの方から駄目だと言われてしまう。
「…別に、俺は今更なんで大丈夫ですが」
「…そういう問題じゃないだろう?」
何やらにこやかに互いを見つめ合う二人の側で、『癒しは…?』と、どちらからも許可が下りずしょんぼりと肩を落すアリエラ。
そんなアリエラの視界の端に、ふわりと揺れ動いた金髪が映った。
その瞬間、呪文のように『癒し』と繰り返すアリエラは、ふらふらと二人の側から離れて行く。
にこやかに言葉を交わしている二人はそれに気付かず、『ずるいんじゃないか?』『幼馴染ですから』と未だ終わそうにない会話に花を咲かせて(?)いた。
アリエラは彷徨う亡霊のようにふらふらと、先程視界を掠めた見事な蜂蜜のような滑らかな金の髪の持ち主を探して歩く。
ぼうっとしていたので、途中何度か人にぶつかってしまったが、癒しの足りないアリエラは覇気なく『ごめんなさい』と謝罪だけはちゃんとしたが、その記憶は些か曖昧だった。
ぶつかられた方はと言うと、怒ることは特になく、ぶつかられたことよりもあまりにもふらふらしているアリエラの姿が心配過ぎて、そっとその行方を見守るように密かに数人が後を付けていた。
―――そして。
「癒し…マリベル様こそ神」
そう言って、漸く見つけた金髪にがばりと背後からアリエラが抱き着くまで、アリエラと心優しい見守り隊の徘徊は続いたのだった。
突然、アリエラから抱きつかれたマリベルの反応はというと。
「きゃあっ、え?ア、アリエラ様!?え!?何!?何でしょう、この状況!!」
と、大パニック。
「なんだぁ?アリエラ嬢、うちのお嬢様は神じゃないぞー?いきなり抱きしめるとか、うちのお嬢様を骨抜きにでもしに来たのか?」
ヒースやエルマー達と魔法測定を終えて演習場に移動していたマリベルは、突然のアリエラからの襲撃に混乱しながらもちょっと嬉しそうであり、それに驚くことなくケラケラとおかしそうに笑い揶揄うヒース。
同じくその場にいたエルマーは、驚きも慌てもせず、じっとその光景を見ながら首を傾げていた。
「落ち着いて、お嬢様。……アリエラさん、なんだか元気ない?」
「え!!そうなんですの!?うう…こちらからじゃお顔が見えない…!」
「んー…確かになんかぐったりはしてるな?でも幸せそうな顔でうちのお嬢様抱きしめてるから大丈夫じゃないか?」
背後からの抱擁の為、アリエラの様子を窺う事の出来ないマリベルは、もどかしそうに何とか後ろを振り返ろうとしている。
そんな仕える主の様子とエルマーの言葉に、ヒースもアリエラの様子を覗き込んだが、覗き見た顔には疲れた表情の中に幸せさが滲んでいた。
何があったかは知らないがこれなら大丈夫そうだと判断したヒースは、少し屈んでいた身を起こすと、アリエラの歩いてきた方をちらりと盗み見る。
(それよりも…あいつらは何なんかなぁ……)
アリエラから突然されたバックハグに顔を赤らめて慌てふためくマリベルに、心配そうな顔でアリエラを覗き込んだエルマー。
ヒースはエルマーの言葉にアリエラの様子を窺いつつも、そんなことよりアリエラの後ろの方に心配そうな表情の見知らぬ数名がほっと息をついている様の方が気になってしまう。
3人が鈍感なのか、自分が周りに敏感なのか。
恐らく、3人が鈍感なのだろう。
気付いた様子なく会話をしている3人に混ざりながらも、ヒースはそっと横目でそちらを窺い見ていた。
(このお嬢様…気付かぬうちに、後ろになんか引き連れて来たみたいだけど……害はなさそうだからいっかな?)
男女数名がこちらを窺っていたが、ヒースが特に問題視しなくていいかと結論付けた。
その間に、見守り隊はアリエラが知り合いらしき人と合流したのを確認したことで自分達の役目は終わったと、各自ゆっくりとその場を散っていった。
それを横目で眺めながら、すぐに視線を元に戻すと、お嬢様同士の仲睦まじい姿にヒースは再び笑うのだった。