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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
王立学院、一年生のお話
23/26

これは寝不足のせいですか?part①


**************************



寮を出るだけで一悶着ありながらもあったアリエラとジルだったが。


遅刻するかもと騒ぎながら走ってみっともない姿を周りに見せないよう、互いに無言で競歩状態で学院までの道のりを出来うる限り急いだ。

その間も焦りを悟らせないように互いに笑みを張り付けていたのだから大したものだと褒めて欲しい。

まぁ、周りから見たら微笑みながら競歩…と言う構図はそれはそれで奇妙なものに映っただろうが。


その甲斐あってか、鐘が鳴る十分前には無事教室に滑り込めた。

これだけ余裕があればギリギリとは言われまい。


教室にはもう殆どの生徒が揃っていた気がするが…きっと気のせいだ。

だってまだ一学年の生徒数何て把握しなんてできていないし。

十分近く残っているのにアリエラたちが最後何てそんな事ないはずだ……多分。

内心でそう言い聞かせながら、二人は気まずい空気を隠すように連れだって空いている席を探してそそくさと座った。


因みに今日からはクラス分けがされており、昨日の入学式のようにごった返した人が一つの部屋に押し込まれているわけではない。

クラスは各寮の生徒ごとで形成されているらしく(ジル曰く)、今後もこのまま持ち上がるようなので長い付き合いになるだろうメンバーを、アリエラは残りの時間を使って見渡した。


寮が分かれてしまったから仕方がないが、せっかくならばマリベル達と一緒だったらよかったのにと少し残念に思う。


「せっかく仲良くなれたのに、ジル以外の皆とはバラバラなんてちょっと寂しいわね」

「…?何言ってるんだ?あそこにキリアン様がいるけど?」


思っていたことをポツリと吐き出せば、ジルが首を傾げてほらと一か所を指さした。

キリアン様?と思って視線をその指の先に動かせば、確かにそこにはキリアンがいた。


「あら?本当ね!」


見覚えのある姿を見つけ、アリエラはぱぁっと瞳を輝かせた。

まさか同じクラスにキリアンがいるなんて!昨日アカバネとキリアンの寮の確認まではしていなかったので知らなかったが、同じクラスという事はつまりはキリアンも第三寮という事だ。それは何とも嬉しい。


もしかしてアカバネもいたりするのだろうか?とアリエラは見落とさないように注意深くあの懐かしさの感じる漆黒の髪と長身姿を探してみるが、幾ら見直してもアカバネらしき姿はなさそうだった。

それには少し落ち込んだものの、ジル以外の友達が同じクラスにいたのはやっぱり嬉しく。

今すぐにでもキリアンに声を掛けたいところだが、ちゃんと早めに来ていたのだろう。キリアンの席の周りはすでに埋まっており、その場所から割と遅くに来た(時間ギリギリともいう)アリエラ達が座る席はそれなりに遠い。

もうすぐ時間になってしまうこともあって、今からキリアンに声を掛けに行くのは流石に憚られた。


「キリアン様も同じ寮だったのね!後で声を掛けに行きましょう、ジル」

「そうだね…後でね?後でだからね?」


ちょっとそわそわとした様子でジルにそう言えば同意はしてくれたものの、アリエラのそわそわした様子を見て何を不安になったのか、やたらと後でと強調して何度も念を押してきた。ちゃんと後でと言っていたにもかかわらず信用できないらしい。

疑い深い幼馴染にそれくらい分かってるわよと膨れっ面を晒しながらも、やはりそわそわしてしまうのは仕方がない。


そんな状態で座っていると女性の教師が入って来て、自分の名はカミラ・ベラーダと名乗ると、簡単な自己紹介を付け加えた後『今後一年宜しくね』と穏やかに微笑んだ。


クラス担当教師は生徒と違いそのまま持ち上がらず学年交代制…らしく(ジル曰く)、どうやら我がクラスの担任はこの優しそうな先生のようだ。


感の良い人だったらお気づきだろうが、さっきからジル曰くがつきないのは、私が例の寮や学院についての規則等がまとめられている本を三分の一も熟読していないからだ。

一応ね?全ページ見はしたのよ?ちょっと興味ないところとかをこう…パラパラ~ってしちゃっただけで。


クラス担任は自分の受け持つクラスの指導と管理が仕事で、授業に関しては各分野に精通した教員が教える為、今後多くの先生方に会うことになるとカミラ先生は説明してくれる。

そして我がクラスの担任カミラ先生は薬草学に精通しているらしく、治療薬学と魔法薬学の授業を受け持っていると教えてくれた。


因みに、カミラ先生の言う治療薬学と魔法薬学。

同じようなカテゴリーではあるものの、何がどうそこまで違うのか…と言われると共通する部分も多いのでアリエラでは分かりやすく説明できないが、用は主な使用目的の差と合成物の違い…といった感じかな?と認識している。


治療薬学はその名の通り病人や負傷者に施す治癒を目的とした薬について学ぶ学科であり、即効性のある治療薬は多くはないものの、しっかりと完治を目指して行う治癒を目的としている。

基本薬効効果のある自然由来の成分や液体をかけ合わせたもので身体に害のない薬を作り、それを膨大な知識を元に用途によって使い分けて負傷者を治療する。

まぁ、これに関しては現世前世関係なく昔からある医学の分野だ。

こちらでも病院までとはいかないが診療所や医者は存在するし、治療方法だってさして違いはない。

前世のように電子機械を用いた治療法はそもそも電子機器が存在しない為ないものの、魔法や魔法具の補助でそれと同じような効果を生み出しているし。やはり大した違いはないと思う。


魔法薬学も薬の生成に関しては近しいところもあるが、最も異なるのは生成時に魔法を施し薬にすること。

しかも薬に使用する物には魔物の体の一部や、魔力を宿す植物等もがっつり使う。

治療医学ではそのような物は使用はしないのでこの辺りに違いがある。

あと、魔法薬学で作る薬は治癒関係の物より魔法付与された独自の効果のあるものが殆どだ。

例えばよくあるポーション系は治癒のカテゴリーに含まれる疲労回復(ヒーリングポーション)も存在するが、|毒耐性・麻痺耐性・痛覚遮断等数多種類がある打消し付与(キャンセラー)ポーションなど特殊な効果のものが圧倒的に多い。

他にも魔法では使うのが難しい姿形を変える魔法や転移魔法、飛空魔法等の効果が完全にとはいかないが付与された物も魔法薬ではあり、魔法が得意ではな者や扱えない者でも値は張るが使えるようになるような薬について学べるのが魔法薬学だ。


自分はその薬たちにお世話になることはあっても、その分野の知識を学ぶには不向き性格だと自己分析の結果出ているが、もし専攻するなら担当がカミラ先生だという事は一応頭に入れておこう。


そして、先生の短い自己紹介が終われば次は生徒の自己紹介……なんてことはなく。今日の流れの説明がカミラ先生の口から告げられる。


前世ではこれいる?と思わなくもない、緊張するだけで大して記憶には残らない各生徒の自己紹介がないのは本当に素晴らしい。

あれってしたところで、主要な生徒(主に美男美女、またはインパクトのある子)以外の話しなんて大して頭に入らないし、自己紹介が立て続けすぎて覚えたくても覚えたての記憶がすぐ次の生徒のせいで上書きされちゃうし。

一部は記憶に残ろうと無謀な挑戦をし、その結果恥をさらしただけで失敗に終わって自身の黒歴史にランクインするような自己紹介をしていた子もいた。


そんな無謀な挑戦や努力をするくらいならば直接本人と自己紹介を交わして関わっていった方がかなり効率的だと思う。

寧ろその方が記憶に残りやすいし、親睦も深められるしで一石二鳥じゃない?とアリエラは過去での学校生活で味わった自己紹介タイムをぼんやりと思い返しながらそんな事を考えていた。


その間にもカミラ先生の話は進んでおり、ジルが時折『アリエラ、ちゃんと聞いてる?』と肘で何度か突っついてきていたがご安心を。そういう意味を込めてにこりと微笑みジルに頷いておく。


(大丈夫、話し半分でちゃんと聞いてますとも!)


本当は話し半分じゃ駄目だが…、とは言ったって。

詳しく聞こうと耳を傾けたところで校長先生の話宜しく、難しい単語で文章量を引き伸ばしているだけで、要点は割と簡単かつ少ないのが世の常。なので要点さえ聞き逃さなければいいのだ。

つまり話半分でも重要な所を押さえればOK!これ私の持論!byアリエラ


という事で、過去含め長年で身に着けた話半分拝聴スキルを駆使して、頭の半分では別のことを考えていたアリエラ。

その耳に『続いて測定についてですが…』と届き、来た!とこれには反応する。


こればかりは話半分で聞いてはいけないのだ。

この件についてアリエラは不安要素が多くあり、聞き逃さないよう真剣に拝聴しなければならなかった。…主に自分の今後の平穏の為に。


途端に真剣な顔つきでやや前のめりになりながら話を聞き始めたアリエラを見て、ジルが何やら物申したそうな顔をしていたが、そんな姿を全く眼中に映すことなくアリエラはカミラ先生の話を頭に叩き込んだ。



そしていよいよ測定が行われる。とはいえ、制服のままで…とはいかないので、まずは動きやすい格好にと生徒たちは更衣室に移動していた。

幾らここが国からの支援金そして貴族らの膨大な寄付金をつぎ込まれている王立学院とはいえ、たかが更衣室ごときに一学年全員入る大きさの部屋を用意するわけはなく、教室よりはやや大きいかな?程度の部屋の為、辿り着いた更衣室はすでに人で溢れかえっていた。

測定は一学年全クラスが揃って行うのだから当然だ。

流石に全クラスの男女がそれぞれの更衣室に全員詰め込まれたらパンクするのは当然の為、各クラスの教師陣が更衣室に向かうタイミングをあらかじめ調整して時間差で移動してはいるようだが…それでも人の多さにちょっと『うわ…』と思ったアリエラ。

こんな混雑の中に長居はしたくはない。ならばとっとと退室するのみ!と、更衣室に着くなりアリエラは恥じらう事もなく早速制服を脱ぎ捨て、持ってきた学院指定の運動着に袖を通した。


これがドレスや装飾品やレースなどの繊細な布地が多い服であればひっかけないように、傷つけないようになどと無駄に神経をすり減らしながら脱ぎ着しなければいけないので時間を要するが、今回は脱ぐのは制服、着るのは運動着。

ならば早着替えなんておちゃのこさいさい…お手の物だ。

手際よく早着替えを済ませたアリエラは着込んだ運動着を見下ろしてみる。


運動着と言っても流石王立学院。色々と拘っているようだ。

シンプルな汚れてもいい上下の半袖半ズボン等ではなく、ましてや前世で定番の校章が入っているから値が張るだけで物としては安さの窺えるジャージ等でもない。


上半身を包むのは体にフィットしやすいクリーム色のリブが入ったハイネックで七分袖ワンピース、下は伸縮性のあるピッタリとした布地で出来ているレギンスのような黒ズボン。どちらにも校章がゴールドの糸で丁寧に刺繍されている。

シンプルに収めていはいるが、品の良さとこだわりが感じられる運動着だ。

使われている生地も肌触りよく軽くて、その場で体を動かしてみたが予想よりも格段に動きやすい。

見た目ばかり気にして動きづらいのでは…と思っていたがちゃんと機能性も兼ね備えているらしい。

特に下がスパッツのようにピッタリフィットしており、伸縮性がとても高いので下半身の動きがスムーズだ。

これなら何も気にせず動き回れるだろう、なんて運動着の感想を頭の中で並べていた。


最後に靴を運動用のハイカットブーツに履き替えて完全に身支度の整ったアリエラは、何やら視線を感じて『ん?』と辺りに瞳を向けてみる。

すると、気のせいかもしれないが女生徒の数人からちらほらと視線を向けられている気がした。

その理由が分からずアリエラは首を傾げる。


(え…なんか私見られてる?なんかおかしな着方でもしちゃってるのかな…?ん~……特におかしなところはないと思うんだけど)


それとなく自分の格好をもう一度見下ろし、触ったりもして確認してみたけれどやはりわからない。

裏表を間違えて着ているわけでも、ひっくり返って裏地を表に着ているわけでもないし。

ワンピースタイプのトップスの裾をインするなんて履き方はあり得ないのでもちろん入れていないし。…やはり視線の意図が分からない。

う~ん?と若干唸りながらも、着替えが終わってるのにいつまでも混雑した更衣室にいても仕方ないので、少しもやもやしながらもアリエラは外に出ることにした。


(……一応、ジルにもおかしなところがないか聞いておこう)


自己確認上問題点はなかったように思うが、念のため身だしなみについて特に頼りになる元執事の幼馴染を探して測定会場へと向かうアリエラだった。


アリエラが出て行った後の話しだが、後更衣室では。


「なんだか変な感じですね。邸の者以外の前で服を脱ぐなんて…」

「そうですね。ちょっと恥ずかしいです」


そんな恥じらう乙女たちの会話があちらこちらで繰り広げられていた。


王立学院の生徒は圧倒的に貴族が多く、貴族は基本的には侍女らに着替えや入浴を手伝ってもらう。つまりこんな風に大勢の前で自ら素肌を晒すことに大半の生徒は抵抗があった。

一年も学院で過ごせばそんな環境にも十分に馴染み気にならなくなっているのだが…まだ学院に入ったばかりで集団生活・自立生活に馴染んでいない今、そんな彼女らが戸惑うのは至極当然の話しである。


その声の中には、そんな乙女たちの恥じらいの声とは少し違った会話を交わす生徒が一部いた。


「す、すごい大胆な方でしたわね…」

「え、えぇ…見たところ平民ではなさそうでしたのに…恥じらいとかないのかしら?」

「でも見ました?あの方のスタイル…見てはいけないと思いつつも、つい見惚れてしまいましたわ」


一人は目を瞬かせ驚愕の顔で未だ衝撃から抜け出せていない様子。

もう一人は少し顔を顰めながらあり得ないというように非難の滲んだ表情だ。

そして戸惑いながらもしっかりとその着替えシーンを見てしまったらしい女生徒はちょっと羨ましそうにしていた。


他にも似たような生徒が数人おり、その者達が見てしまったのは、どう見ても貴族出身であろうとある令嬢が更衣室に来るなり制服を躊躇なく脱ぎ捨て、周りの目など気にしないで慣れた手つきで着替えていた姿だった。

そう…この令嬢とは勿論アリエラのことである。

アリエラが感じた視線はまさにこれらで、その理由が大胆な令嬢すぎた事であった。


そんな理由に辿り着くことなく更衣室を出たアリエラだったが、目的のジルが見つからないことで半ば視線のことなんてどうでもよくなり始めていた。

ちょっとくらいおかしな身だしなみだとしても、少なくとも今までの人生で自分で服を着る機会の多かったアリエラが確認しても問題点は見つからない訳だし、あってもせいぜいクリーニングに出していた服のタグを外し忘れた…程度の可愛い(?)失敗だろう。この世界にクリーニングなんて商売はないのであくまで例えではあるが、そのレベルの失敗ならお茶目な失敗で済む気がする。

それならそんなに気にすることも…なんて考えていたら、ある人物を見つけそこへ駆けて行った。


「キリアン様っ!」


駆け足で向かった先にいたのは、先程教室では声をかけることが出来なかったキリアンだ。

キリアンも着替えは済んでおり、運動着姿で測定会場の入り口付近にいたのをアリエラが目ざとく見つけて声をた。

自分の名前を呼ばれて振り返ったキリアンは、一瞬驚いた顔をしたがすぐににこやかな笑みで迎えてくれる。


「アリエラ嬢。昨日ぶりですね」

「はい。突然声をかけてしまってすみません。教室でキリアン様を見かけて声を掛けたかったんですが…ちょっと色々あって時間的に声を掛けに行けなかったので、姿を見てつい…」

「いいえ、寧ろ声を掛けてくれて嬉しいです。教室でという事はアリエラ嬢も第三寮に?」

「私とジル、二人とも第三寮です。更衣室でジルに会いませんでした?」

「なかなかに更衣室も混み合っていましたから、気付かないまま出てきてしまったようです。でもお二人と一緒とは嬉しいですね。こちらには知り合いがあまりいないのでとても心強い」


朝の惨劇で余裕なく教室に滑り込んだアリエラにはそんな時間は残されていなかった…とは言いづらい。

遅刻しそうだったことはぼやかして伝えると、キリアンは深く追求せずに受け答えしてくれた。

その後も少しの間昨日はあの後どうしていたかと話していたが、ふとキリアンがちらりと一瞬背後を見てから不思議そうに声を上げた。


「それにしても、アリエラ嬢は随分早くここにいらっしゃいましたね?」

「え?着替えるだけですし、早いも遅いもないのでは?」

「それもそうなのですが、ここに男子生徒はかなりいるのですが、女生徒はあまりいなかったのでてっきり女性の方はかなり混み合っているのかと」

「ん~…それなりには賑わってましたが」


言われてみて改めてこの場にいる生徒を見渡すと、確かに男女比率が異様におかしい。

アリエラ達のクラスが時間をずらして更衣室に何番目に入ったのかまでは知らないが、少なくとも先客が多くいた時点で数組後だろう。…の割には、この場にいる女生徒は目で追って数えられる程度しかいない。

女生徒が少ない理由(ひいてはアリエラが向けられた視線の理由にもつながるが)が分からないアリエラははて?と首を捻っていたが、そこで『…あ』と呟いた。


「アリエラ嬢?どうかしましたか??」

「その…キリアン様にちょっと頼みたいことがあるのですけど、いいでしょうか?」

「構いませんよ。僕が出来る事なら」


更衣室の話しで思い出したことをキリアンに聞いてみようかとアリエラがおずおずとそんなことを申し出た。そんな突然の申し出ではあったものの、キリアンはすぐに快諾してくれる。


「実は更衣室で少し視線を感じまして…もしかして私の身だしなみでおかしなところでもあるのかと気になっていたんです。お手を煩わせてすみませんが、確認していただいてもいいですか?ジルが見当たらなかったので頼める人も他にいなくて」


そう伝えれば『お安い御用です』と快く引き受けてくれたキリアン。

正面から順にぐるりと見てもらったが、やはりおかしなところはないようで、『問題ないですよ?』と言われ一先ずは胸を撫で下ろした。


「問題なくて良かったけど、なら更衣室でのあの視線は何だったんだろう…」


ぽそりとそんなことを洩らせば。


「単にアリエラ嬢自体に興味があって見られたのでは?」

「え??なんで私を??」


キリアン言葉に本気で意味が分からないと言う顔をしたアリエラ。


「それは…」

「それはアリエラが"規格外"だからじゃない?」


キリアンが何か言葉を返そうとしているところに、そのキリアンの背後からにょきと顔を覗かせて言葉を遮ったのはジルだった。


「あ、ジル」


さっきまで探しても見つからなかったジルが現れ、いつから聞いていたのかしれっと伝えられた()()()とはどういうことかと聞き出したいものの、一先ず先にとキリアンに挨拶をしているようなので待つしかないアリエラ。

挨拶を終えたのを確認するとすかさずジルにさっきの言葉の意味を聞く。


「アリエラ。着替えにかかった時間は?」

「え?何急に?んー…五分くらい?」


質問の意図が分からないが、聞かれたからそう答えれば『やっぱり』と予想道りだとばかりに一人頷くジル。

そのジルの横でちょっとだけ目を大きくしたキリアンもまた『なるほど』と同じく頷いている。

どうやら二人は何かが通じているらしい。

逆に当事者であるアリエラはジルとキリアンの言葉に通ずるものはなく、益々首を傾げる一方だった。


確かに別世界からの転生者という点と、そのアリエラとしての記憶とは別に前世の記憶も持っている点に関しては規格外と言っても差しさわりないが、ジルにそのことは話していないから知らない。

他にもちょこっとだけならば思い当たる節がなくもないが、あくまでちょこっとであり、そのちょこっとはジルならばともかくキリアンもまだ会ったばかりの生徒たちの誰も知らないのでそれも違う。

なら他に自分の何が一体規格外だというのだ。


「アリエラ。俺は今更だから驚くことはないけど、五分は早すぎると思うよ」

「…え?いやいや。そんなまさか。たかが着替えでそんなに時間かけようがないじゃない。ドレスじゃあるまいし」

「まぁ、それが平民や男なら同意するけどね」

「え?なんで平民とか男の人縛り?着替えに立場とか性別って関係ないでしょ?」

「えーと…多分ジゼル様がいいたいのは、一般的に令嬢である女性は一人での着替えに不慣れな上に抵抗がある、という事を言いたいんだと思います」


ジルの端的な返答に解決どころか深まる謎を分かりやすく解説してくれたのはキリアンだった。

その説明にうんうんと頷いていることから、おおよそジルの言いたかったことはキリアンの説明通りらしい。


「なるほど…って、そんな理由で見られてたの私?しかも、それしきのことで規格外って…ジルの言葉選びに悪意を感じる」


敢て"規格外"という言葉を選びとって伝えてきたジルをじとっと睨み据えた。

そんなことなら普通に私の着替えが手馴れてて早いからと言えばいいではないか。規格外なんて言い方をされるとちょっと大げさな上、他の人とは違うと言われてるようで不安になるのに。


「いや、アリエラに関しては"規格外"って表現が一番適切だと思うよ?」

「何でよ」

「それは、アリエラが気付いていないだけで他にも規格外な所が多々あるからだよ」

「ないわよ。私は平々凡々を体現したようなまさにありふれた人間だけど?ちょっと庶民的な所があるだけで。それだって生まれたのが貴族だったからおかしく見えることもあるだろうけど、そればかりは性格なんだから仕方ないじゃない?」


ふんっと言い張れば、ジルから見慣れた呆れた溜息が一つ。


「どこの誰が"平々凡々"だって…?」


まるで非難するような口ぶりで懐疑心に満ちた瞳で見つめ返された。

私が平々凡々であるのは付き合いの長いジルだってよく知っているだろうに、何故そんな態度をとられなければいけないのか。

むぅと少し膨れたアリエラは抗議の意味も込めて、ジルの綺麗な顔めがけて手を伸ばす。


「ここ最近のジルは小言じゃなくて意地悪がやけに多い気がするのだけど??反抗期なのかしら?ねぇ?」


その手でしっかりと陶器のような触り心地の良い白い頬をひっつかみ引き伸ばしてやった。

年齢的にも反抗期・思春期に入ってもおかしくはないけれど、それにしたって幼馴染に意地悪な事ばかりするのはよくないと思う。この時期の教育は大事なんだよ?今後非行に走らない為にも適度な軌道修正は必要なのだ、うん。なので天誅だ。頬伸ばしの刑に処す。


「………」


そんな処罰の最中も相変わらずの目で無言でされるがままのジルと。


「……平々凡々…?」


ちょっと呆然とした様子で小さく平々凡々とこちらを見ながら何度か繰り返していたキリアン。

言葉尻に疑問符が付いていそうな気がするのは、気のせいではなく事実付いている。


それはそうだろう。アリエラがどう捉えているのかは知らないが、少なくとも付き合いの長くないキリアンからしても規格外は言いすぎだとして、弟妹をカッコよく救い出したらしいアリエラに平々凡々という言葉が当てはまらないことは理解できるのだから。


この場に他の知人がいれば…もしくはこの会話に入って来てくれる誰かがいれば、賛否両論あれど票数的にはジルとキリアンの意見に賛同する者の方が多かっただろうが、それは現時点では叶うことはなかった。

その為暫くはジルがアリエラから頬を引っ張られ、アリエラはそのジルから無言で懐疑心が篭った目で見られ、その二人…いや、アリエラを信じられないと言う様な目でキリアンが呆然と見つめるという光景が続いていた。




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