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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
王立学院、一年生のお話
21/26

これから暮らす寮ですか?part③



**************************



マリベルの部屋で小さな茶会が開かれている頃。


アドルフの部屋にはクレイがおり、男二人で寂しく静かに茶を飲み交わしていた。


「ねぇ、クレイ………マリベル達が挨拶に来るっていうのは間違いだったのかな?」


ことり、と手に持っていたカップをソーサーの上に戻したアドルフ。

問われたクレイはアドルフを一度見て、それから部屋の時計を見て、そしてアドルフを再び見た。


「いえ。アリエラ嬢と合流したらここに来ると、ヒースが一度来ましたから間違いないと。ですが、まだ微妙な時間ですし…もう少し待ってみましょう」


生真面目な性格なクレイは、それに女性を急かすものではありませんよとついでにアドルフへ小言を添えた。

確かにクレイの言うように女性、だけに関わらず…明確な時刻を決めていない約束を急かすものではないだろう。

それにしても……と、納得しきれないのは仕方がないと思うが。


入学式はとっくのとうに終わっており、アリエラの合流を待つにしてもここまで時間が開くものだろうか?という疑問があるから、どうしてもそわそわしてしまうのだ。


(もしや、忘れられてる………?)


有り得なくはない。

夜会の日からずっとそわそわしていたマリベルの事だ。

その原因であるアリエラ嬢と今日から学院で一緒だとわかりとてもはしゃいでいた。


そのアリエラ嬢と合流しても本題そっちのけでつい話し込んでいる気がしなくもない。


アドルフははぁとため息をついた。


クレセアルに来てから出会ったアリエラ嬢には、困っていた時に助けて貰った恩があり、自分も感謝している。

ただ、マリベルは感謝だけにおさまらず、憧れのようなものを持ってしまったらしい。


あの時馬車から覗き見ていたアリエラ嬢は、格好はシャツ一枚に細身のパンツを履くだけのシンプルですらっとした印象のものだった。


ただ、それでも滲み出る月のような美しさは隠せていなく、寧ろ余計に浮いて目立っている。


それだけ見たら、そんな格好でも美しく見える彼女にうっとりとする者も多いだろう。

または、変なやつに狙われて売られでもしそうだ。


ただ、アドルフの目には羽織っている外套からちらりと覗く足腰に、複数革のホルダーベルトが巻き付けられているのがしっかりと映っていた。

形状からして刃物を入れておくタイプだろう。


クレイ達のように正面から向き合っていないからこそ注視して見れたから気がついたが、そうでなければ彼女の醸し出す雰囲気や見た目で、そんなもの持っていることすらないと先入観から見逃してしまうだろう。

クレイ達も、あまり気にしていない様子だった。


アドルフは念の為と警戒心を滲ませ、妹を自分の背に庇うようにじっと息を殺していたのだが、警戒も無意味なほどアリエラには敵意もなく、クレイ達に気前よく大量の魔石を差し出していた。


見返りを求めるでもなく差し出されたそれは、本来とても価値あるものだと言うのに、こちらからの礼は謙虚にも断り、更には礼をと引かないクレイ達が負担に思わせないような提案まで出した。


その光景を馬車から眺めていたアドルフは、拍子抜け……どころか、少し困惑していた。

変わり者すぎる、と。


アドルフが馬車の中でアリエラを伺って観察すればするほど、とにかく謎は多かったのだ。


初めは、見た目と彼女の品位を感じる立ち居振る舞いとは不釣り合いな格好をしている理由が分からず。


そして、身につけているであろう危険物を見て、馬車を襲うための暗殺者か盗賊の類かと疑い。


次に大量の魔石を差し出すアリエラを見て、恩を売って膨大な謝礼を求める気と疑った。


何よりその魔石はどうしたと、訝しむしかない量を持っていたので、そこも謎だった。


身なりからすれば自分で倒してきた魔獣の物…と思えたかもしれないが、如何せんあのように細身で、如何にも女性らしい体つきの彼女が?とその考えは消えてしまった。


そんな謎を残したまま、彼女は消えてしまった。


止める間もなく颯爽とその場から立ち去り、残った面々はその姿を見送るしか出来なかったのだ。


知らぬ内に背から抜け出していたマリベルは、馬車の窓越しに一部始終を見ていたらしく、『素敵な方ですわね』と僅かに頬を高揚させていたが、アドルフは解けない謎の方が気になって仕方がなかった。


後から、対峙していたクレイ達に話を聞くも、やはり敵意や他の意図はなさそうだったと言われ、さらに疑問が増える。


彼らは"見習い"とは名ばかりの相当な実力者だ。


各々能力の偏りが酷いため、なかなか"見習い"から抜け出せないだけで、得意な分野に関しては自国でもそれなりには名も知られている。


偏りが酷いとはいえ、危機察知能力は騎士らしく皆持っているし、そんな彼らが口を揃えて"違う"というのだから違うのだろう。

だからこそ、彼ら自身も彼女の事を不思議に思っているようだった。


クレイやエルマーはそこまで思ってない節はあるものの、ヒースは俺と同じ意見だったらしく、『あの子、相当変わってたなぁ』とボヤいていた。


そんな彼女と再び会ったのがあの夜会だ。


いち早く彼女にクレイが気づき、何か揉めている気配に駆け出し、それを追うようにヒース、そしてエルマーを含め俺達が向かうと、そこにはあの時のような不可思議さのない姿で彼女はそこにいた。


(これは、また………)


身に纏ったドレスは彼女にとてもよく似合っていて、華美ではないのに着ている本人を更に引き立てている。


一つに纏めあげられていた髪は丁寧にセットされており、所々見える白い素肌は華奢な体のラインを浮き彫りにしている。


その姿は、あの時よりも遥かにしっくりくる姿だった。


あの時も、月のような美しさだと漠然と思ったが、今がまさにその言葉がピッタリと当てはまるだろう。

他にも美人と称される者を探せばもっと美しい人もいるのだろうが、彼女には何か惹き付けられるものがあり、それが月によく似ていた。


そっと、空に浮かんでいるとつい見上げてしまうような美しさ。


その彼女がこうして着飾ると、これ程のものなのか…と、アドルフらしからずもほんの少し視線を囚われてしまった。


そんな彼女の大きく見開かれた目は戸惑いが滲んでいて、オロオロとしている姿は年相応に見えた。


突然の乱入者に驚きながらも大きな声もあげず、場を収めようとしている所を見ると、こう言った場にも慣れているようだ。


このような場で、不快だとしてもあれくらいの事で声を上げれば、下手したら女性の方が『大袈裟だ』『自意識過剰だ』と避難される場合もある。

そうでなくても家格の差によっては、被害者だとしても大きな問題が生まれてしまうのだ。

だから、女性はある程度のあしらう力と忍耐力が必要となり、男性は節度と礼儀を持たねばならない。


それが暗黙のルールというやつだ。


……まさに、そんな風にあしらっていただろう最中に、クレイが我慢できずに突っ込んでしまった訳だが。

そこに加わりながら観察していても、やはり彼女からは危険性はないように感じる。


『あの、大丈夫なので…その方を』


と、後ろから声をかけている姿は、本当に困っているようで。

その原因が自分達なのだろうが、こちらとしても()()()受けてしまった恩は早々に返したい。


クレイは義理堅いので恩人が困っているからと後先考えず動いたのだろうが、その点俺の方は打算的だ。

本当に安心できる人物か定かではない相手からの恩は、早々に返してしまいたい。


この恥知らずな男も、このように人目も多い場でなら、相手も下手な事を出来ないだろうからと。


そんな思惑を知らない連れ達は、割と本気で怒っているようで、男を囲み逃がすまいとしている。

その捕縛劇に終止符を打ったのは、見知らぬ子供達と彼女本人で。


その後の会話の流れから、彼女がアリエラ・ディーベルトであり、他にも"変わっている事"をしているとわかった。


彼女は知らずの子達を、自分よりも体が大きい男から守ったのだという。

しかも、当事者達が話している内容を聞くと、身を呈して…と言うよりは"やっつけた"という方が正しいような口ぶりであった。

そう語った子供もその兄も、アリエラを慕っているようだ。

兄からの感謝の言葉にもやはり謙虚に返す彼女。


それによく似た光景は、先日自分達にも起きたことだった。


つまり、彼女は本当に善意からそういう事をしているらしい。

しかも話を聞く限り、それなりに危険への対応が出来るらしく……あまり令嬢らしくない言葉がちらほらと混じっていた。


こちらに来る前に、噂に聞いていた"ディーベルト家の者"というので、それならば分からなくもないが、そこに彼女も当てはまるというのは……どうしても想像ができない。


どう見ても、見た目だけならば"守りたくなるような令嬢"にしか見えないからだ。


そのちぐはぐな話が尽きない彼女は、やはり"変わり者"なのだろう。


ただ、アドルフは一連の流れを見守りながら、少しずつアリエラへの警戒を解きほぐした。

ディーベルトの名が信頼に値するというのもあるが、彼女が行っていることとその態度を思えば、警戒する必要はないと思ったのだ。


結果、打算的な考えからこの場に来たというのに、ちゃっかり『これから宜しく』などと言う図々しさでアリエラの友人枠に収まることに成功したアドルフ。


(彼女なら大丈夫だろう。彼女も言っていたが、こちらも割と観察眼(見る目)はある方だからね)


アドルフの言う観察眼(見る目)については、アリエラと違い()()()()()()()というものだが。

それでもあまり外したことはない。

今までそれを使って虎視眈々とこちらを狙ってくる輩や、腹黒いものを抱えた人らを躱し、思惑渦巻く中を世渡りしてきたのだ。

だから、今回も自分の目を信じていいだろう。


(何より……彼女といたら退屈しなそうだ)


そう思って、終わったあの夜会。


マリベルは勿論のこと、自分だって久しぶりに彼女に会えることを少しばかり楽しみにしていたというのに。

可愛い妹も、飽きなそうな彼女も、誰一人としてここに来る気配がない。


アドルフとクレイは入学式の参加もなかったので、朝からずっと暇で仕方がないのだ。

男の荷解きなんて大したものはなく、そう時間もかからないので、本当に手持ち無沙汰な二人は持ってきていたチェスボードで何戦かして時間を潰した。

勝敗が、アドルフ三勝一敗、クレイ一勝三敗…となったあたりで、それも飽きてしまったが。


そこからアドルフは読書に切り替え、クレイは筋トレで時間を潰そうとするも、時計が気になってしまうのは仕方がない。


飲み物もコーヒーやら紅茶やらと変えながら待つこと早数時間。

再び紅茶に戻ったアドルフの言い分も、致し方ないことだろう。

ちょっと楽しみにしているからなおのこと。


(会う度に何かしら驚かされるから、今日も楽しみにしていたんだけどなぁ)


アリエラが何か面白いことを運んできてくれないだろうか?という期待は、果たして実現するのか。

冷めてしまった紅茶を口に運びながら、手元にあった本を捲る。

それから数ページ、本の内容が進んだ辺りで漸く来訪者がアドルフの部屋へとやってきた。


「お兄様、マリベルです」


軽いノックの後、慌ててクレイが扉を開けに行くと、先頭にいた妹のマリベルが入ってくる。

それに続いてぞろぞろと後から入ってきたのは見慣れた騎士見習いとアリエラ嬢にジル。


漸くかと、アドルフは本を閉じてにこやかに客人を出迎えた。


「随分と遅かったね。大方マリベルが時間を忘れてアリエラ嬢に話しかけていたんだろう?」


揶揄うようにマリベルへと言えば、若干バツの悪そうな顔をしたマリベル。


実際、アリエラが来てから一杯だけと言っていた紅茶は、三杯お代わりするまで飲み、予定よりも長いお茶会をしてしまったのだ。

主にアリエラと話せて楽しくなってしまったマリベル主導で。

そして、それを止めることなく面白そうにしてたヒースも同罪である。

エルマーは何度かヒースに声をかけていたが、ヒースがスルーしたので悪くない。


そんな事実を知らないはずの兄からの言葉に、気まずそうにするマリベル。

完全に顔を背けるでも否定するでもないということは、当たらずしも遠からず……と言ったところだろうと、わかりやすい妹の態度にアドルフは苦笑する。


「さっすが、アドルフ様。お見通しだね〜」


ヒースが隠すことなく肯定した為、マリベル更に気まずそうだ。

同罪のくせに随分と態度が軽い。そして口も軽い。


アドルフがまったくと肩を竦める。


「いえ、私達が所用で捕まっていて合流するのが遅れてしまったんです。アドルフ様、クレイ様お待たせして申し訳ございません」


そんなマリベルの肩を持つように、アリエラが自分達のせいだと名乗り出た。

入学したてで所用?とは思ったが、そこまで聞くのは失礼だろう。

ましてや自分の妹を庇おうとしてくれているのだから。


「そうだったのか。大丈夫だよ、気にしてないから。寧ろわざわざ挨拶に来てくれて嬉しいよ。アリエラ嬢、ジゼル君入学おめでとう」


アドルフの言葉に、アリエラとジルが『ありがとうございます』とお礼を言う。


「アドルフ様とクレイ様も学院入学おめでとうございます。学年が違うので一緒に式に出られなかったのは残念ですが、こうして久しぶりに会えて嬉しいです」

「そう言って貰えると嬉しいね。それにしてもアリエラ嬢の制服姿は新鮮だね」

「あら?それはアドルフ様もですよ?私服は初めて見ましたが、やはり着ている人がいいと魅力も引き立ちますね」


アドルフはアリエラのラフな格好もドレス姿も見た事があるが、制服姿のまた違った雰囲気を纏うアリエラに思ったまま言っただけなのだが、アリエラは制服姿を茶化されたと思ったようで負けじと言い返す。

まったく張り合うところではないのだが、新鮮さで言ったら断然アドルフが勝っていたから、アリエラは思っていることを言いたくて仕方なかったのだ。


アドルフとクレイは明日からの登校のため、着る必要がなかったからだろう。

二人は制服ではなく、ラフな格好で出迎えてくれた。

アドルフは、上等そうな生地に細いグレーのストライプが入ったシャツに、すらりとしたシンプルな黒のパンツを履いている。

正装しか見た事がなかったアリエラにとってその姿はとても新鮮だ。

シンプルな分、華やかなその見た目がよく映える。


クレイもラフな格好ではあるが、ウォルドの森の帰りに会った時と似たような格好だったので、驚きはなかった。

身動きのとりやすさ重視の格好なのだろう。

それでも、平民や旅人が着るような服でも着こなして、尚且つ華やかさが際立つ所が凄いと思う。

結局は、顔と体型がいいとどんな服でも着用者を引き立ててくれるのだ。


「全く、アリエラ嬢は褒め上手だね?」

「そんな事はないですよ?思ったことを述べたまでです。アドルフ様もクレイ様も、整ったお顔立ちをされてますから」


わざわざ感想を聞かれてもいないのに嘘を並べてどうするのだ。

思ったことを言っただけなのに心外だ、と思いながら『ふふふっ』とアリエラが笑うと、何故か話していたアドルフではなくクレイがガタンと大きな音を立てた。

どうやら机の端に脚をぶつけたらしい。

音からして割と派手にぶつけたようで痛そうだ。

少し俯いているから、今は痛みに耐えているのだろう。


「クレイ様、大丈夫ですか??」

「……………大丈夫だ」


その間の長さが大丈夫とは思えないのだが、本人がそう言うなら触れない方が良いだろう。

アリエラは『なら良かった』と呟く。


「クレセアルに来てからというもの、珍しいものばかり見てる気がするなぁ……それもこれもアリエラ嬢のお陰だよ。そう思わない?ヒース、エルマー」


何故か笑いだしたアドルフは、それを隠すことなく、綺麗な笑みでヒースとエルマーに同意を求めるように話しかけた。


「やっぱ、アドルフ様もそう思う?」


と、ヒースがすぐに返す。

こちらも何故か腹まで抱えながら笑っている。


何かそこまでおかしなことでもあっただろうか?

思い当たることはないのだが、ともかく。

ヒースもアドルフと同意見らしく頷いている。


アリエラとしてはなんの事?何故私のお陰?と首を傾げる事案だ。


エルマーは特に何を言うわけでもなかったが、クレイをじぃっと見ていた。


「これから楽しくなりそうだ。アリエラ嬢、改めて僕と妹、そしてクレイ達共々仲良くしてくれ」


本当に楽しそうに笑いながら、アドルフが言った。


アドルフから差し出された手を握ろうと伸ばすと、その手は握り返されることなくすっと掬い取られ、流れる様な動きで手の甲に口付けを送られた。


予想外の行動にアリエラは目をぱちくりさせる。


その間に割って入ったのはジルだ。

さり気なくアリエラの手をアドルフから引き離して背に庇う。


「あの、あまりこのようなことは控えた方がいいかと思いますよ?バルトラ国では当たり前の挨拶かもしれませんが、こちらの国では手の甲への口付けは女性から差し出されない場合良しとされていませんので」


ジルがアドルフの今後を思って告げる。

ジルの言うように、手の甲への口付けは国によって方法も意味も違うのだ。

隣国であるバルトラ国は確か、手の甲への口付けは挨拶として男性から女性へよく使われていたはずだ。

手を取ってでも、差し出されてでも、どちらからでも失礼には当たらない。


だが、クレセアルでは相手から許しを得た場合以外にこの行為をしてしまうと、逆に失礼と捉えられてしまう。

相手の身分が高いと、酷い場合は侮辱罪にもなりかねない。

だからこその忠告だろう。


アリエラは別に構わないが、クレセアルでこのような行為を堂々としてしまえば、避難されるのはアドルフの方だ。

今の内に、その行為がどういう風に捉えられてしまうかは知っておいた方がいいだろう。


「そうですね。私は全く気になりませんが、他の方がいる場で見られたら確かに騒ぎになってしまうかもしれません。こちらでは、挨拶は基本的に握手になるので、そちらに合わせておいた方がよろしいかと」


ジルの背からひょっこりと顔を出したアリエラも、先程の説明に補足を付けて教える。


「そうなんだね。教えてくれてありがとう。教えてもらわなければ他でもやってしまうところだったから助かったよ。アリエラ嬢、知らなかったとはいえすまなかった」

「………お兄様」


マリベル含め、同じ国から来た者達は何か言いたそうにしていたが、その続きは特に誰も口にしなかった。


「いいえ。私は本当に気にしておりませんので」


アリエラの方は気にしていないと、あっけらかんと笑う。

その事についてジルからは小声で『少しは気にして』とお小言を貰ったが、アリエラは聞かぬ振りを貫き通す。

だってアドルフもわざとじゃないだろうし。


され慣れていなかったからびっくりしただけで、本当にアリエラ気にはしていない。

寧ろ、『おぉ、王子様がしそうな行動だなぁ』と内心で感心していたくらいだ。

アドルフの見た目にぴったりだと。

だから、別にいいではないか。


ちなみに手の甲への口付けは、挨拶の他にも意味があったりする。

膝をつき、手の甲に口付けをする場合は"忠誠"を意味する。

これは共通している国が多く、基本主又は主と認めたい者へ膝をつき、相手が男性なら差し出された手の甲に額を付け、相手が女性なら差し出された手の甲に口付けを送る。


意味を理解してくれたなら大丈夫だとは思うが、そのキラキラしたザ・王子様的な見目の麗しさで、ナチュラルに王子振る舞い(これ)だと、これから女生徒の人気はうなぎ登りになりそうな予感がアリエラはした。


(その場合、アドルフ様とあまり距離が近すぎると不要な妬み嫉みを浴びる事になりかねないわね……これからはアドルフ様とは適切な距離感を取らないといけないわね)


でないと、漫画や小説などでよくある呼び出しや虐めにあってしまい、()()()()()()()()が削られかねない。


呼び出されたり、水をぶちまけられたら、話が終わるまで拘束されたり、着替えの時間で大事なプライベートタイムにロスが出てしまうから溜まったもんじゃないからね!


気にするのはそこなのか?とも思わなくはないが、アリエラにとって呼び出しとか虐め自体は別にどうとでもできるのでそもそも気にしてないのである。


アリエラ・ディーベルトはそんな事くらいじゃめげないのですよ?

あ、でも美少女からの呼び出しならウェルカムだけど!


観察対象と接触することはあまり好まないが、(アリエラの熱い眼差しを受けてしまうと警戒されやすいのと、相手の声や中身(性格)を知ってしまうとたまに夢を崩される時があるから)相手が嫉妬に身を焦がす美少女というのならば、体裁上は怯えた振りをしながらも、その怒っても美しい顔をとくと間近で味あわせてもらおうではないか。


普段は遠くから眺める分、どうせ接触が必要ならば演技を織り交ぜつつ楽しませてもらうのがアリエラ流の楽しみ方だ。


不埒な妄想に脳内で不敵な笑みを浮かべてるくせに、現実では爽やかな笑みを浮かべたアリエラ。

この技ばかりは見抜ける者も少ない為、目の前のアドルフも気づいた素振りは一切見られない。


ただ一人、アリエラの脳内を見透かしたようにジルだけがじとっと何か言いたいことがありそうな目で見ていたが。


アドルフ達との会話を楽しんだ後、疲れているだろう初日から長居するのは…と、アリエラがお暇しようと告げると、マリベル達はどうやらまだ話があるみたいでもう少し残るとの事だった。


アリエラは『それじゃあ、お先に』と、ジルと二人で部屋を出ていく。


残った面々は、アリエラとジルが完全に居なくなってから少し間を置いてアドルフを見る。


「お兄様…よくもぬけぬけと『知らなかった』などと言いましたね。こちらの国の礼儀作法などとうに網羅しているでしょうに。全く、何を考えてますの?アリエラ様に申し訳ないじゃないですか」

「ちょっとした悪戯じゃないか。そう怒るな」

「何故、私に怒られないと思ったのか説明願いたいところですわね。いっそあの場でバラしてやればよかったかしら?」


ふんっとマリベルは不機嫌に歪んだ顔を背ける。


マリベルが言うように、二人は国を出る数ヶ月前からずっとこちらの国の礼儀作法は叩き込まれていた。

そこに、見習い騎士である三人も基本だけは絶対覚えるようにと、授業に投入されていたので、今この場にいる者達はアドルフの行動に内心びっくりしていた。

しかもアドルフはしれっと『知らなかった』と(うそぶ)いたのだ。


「あれはどうかと思うぞ」

「僕も」


ヒース以外は、ないわーっという目で見てくる中、アドルフは楽しそうな顔をしている。


「でもアリエラ嬢は嫌がってなかったよ?」

「それは結果論では?」


アドルフの言葉にすぐさまクレイが言い返す。


まぁその通りではあるが、アドルフだって大丈夫だろうと思っての行動だ。

怒らないだろうと予想しつつも、こちらの国の令嬢であれば基本びっくりして手を引っ込めるか、無礼だと嫌悪感を出すか、女性に人気のあるこの見た目に絆されうっとりするか……その辺りの反応を返すはずだが、アリエラ嬢はどうだろうと実行してみた。


でも、彼女はどれにも当てはまらず。

きょとんと目をぱちくりさせるだけで、驚きも怒りも照れもしていなかった。

その反応に、アドルフが少し楽しくなったのは近しい者達にしか分からないだろう。


「俺だって悪戯する人は選んでるから心配しなくていいよ。やっぱり彼女は変わっていて面白いね」

「………アドルフ様は心配してない。アリエラ…さんの心配だよ」

「そうよ。怒られても自業自得の事をしているお兄様を何故心配しなきゃいけないの?」

「……君達、随分と俺にだけ手厳しくないか?」

「だって何度も言いますけど、()()()()ですもの!知っているのにわざとするなんて、寧ろ最悪ですわっ」


自分がされた訳でもないのに怒る妹は、兄に優しくする気は毛頭ないらしい。

そこにエルマーも静かに頷いている。

クレイも非難の目を向けてくるので、アドルフは肩を竦めながら残りのヒースに顔を向けた。

多分彼なら面白がってこちらに乗ってくれるだろう。


「ん?あー、駄目駄目。今回は援護しないよ〜?アドルフ様のせいであのお嬢様の警戒心が更にゆるゆるになりそうだったし。それはちょっと可哀想だよね、主に周りが」


意外にも、アドルフは簡単にヒースから見捨てられた。

いつもだったら乗ってくるくせに…と不審がると、ヒースもまた肩を竦め。


「あの子、ほっといたら危険レベルの危うさだからさぁ、ついね?」


こちら側に付いてしまう、と呆れたようにヒースは笑った。


「兎に角、お兄様は今度アリエラ様に何かお詫びしてください」

「え?なんで?知らなかった体になってて、許してもらってるのにお詫び?」

「そうなったのはお兄様が嘘をついたから、純真なアリエラ様が信じただけでしょう!本当のことを今更言わなくて結構なので、こないだのお詫びとでも言って詫びて下さい!」

「はぁ、わかったよ。わかったから、そろそろ兄と主をそんな目で見ないで欲しいなぁ?」


降参だとアドルフが手を上げると、約束ですからねとマリベルが念を押してヒースとエルマーを連れ出ていった。


「………クレイも、そろそろ、ね?」


残ったクレイだけは、その後も暫く避難の目でアドルフを見ていたという。





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