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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
王立学院、一年生のお話
18/26

これが入学式ですか?part④




**************************


入学式で、色々……色々あって、肩身狭い思いで式が行われていたホールをアリエラ達も出ると、式中は離れてしまっていたマリベル達がこちらにやって来た。


「やっと入学式が終わりましたわね。なんだか会長さんや副会長の妹さん?の件で変な感じにはなりましたが……アリエラ様?」


駆け寄ってきたマリベルはただ起こったことをにこやかに話していただけだが、アリエラの表情は引き攣る一方だった。

なんせ、その副会長はアリエラの実の姉であり、その姉が指している妹が自分なのだから。

それを知らないのだから、あの式の最中に姉がした発言で、今すぐ走って逃げ出したいほどアリエラが羞恥に震えてるなんて分かるはずもない。


「そ、そうですね…」

「それにしても、あの副会長の妹さんって一体どんな方なのですかね?」

「さ、さぁ」


あどけない顔で疑問に首を傾げているマリベルに、今貴女の目の前にいるのがその妹です、とは口が裂けても言えないアリエラ。歯切れの悪い返事を引き攣った笑みで返した。


幸いなことに姉は『副会長』や『イザーラ』としか呼ばれていなかったので家名はバレていない。

イザーラも偶然だろうが『妹』としか言わずアリエラの名前は出していない。もしイザーラが家名又はアリエラの名前を出していれば、即刻その場からアリエラは逃げ出していただろう。

そして、後日イザーラへの不満が爆発して実家に戻りそれはもう暴れたことだろう。


卒業生であるはずの姉がまだ学院にいるのは、生徒会役員として最後の務めである新入生の入学式を執り行う為だ。

それが終わった今、姉は今日をもって完全に学院から立ち去り、実家であるディーベルト家へと戻る。

ならば、今日さえイザーラの『妹』とバレずに乗りきってしまえば、姉と関わりのある上級生以外は、イザーラの妹が自分だとはなかなか気づかないはず。日が経てばその話自体忘れてくれるかもしれない。

このまま何事もなく今日が終わることをアリエラは切に願った。

とりあえず、身近なマリベル達には特にバレないように話を逸らす事に専念しようと、入学式の話からできるだけ今後の話に必死で話題をすり替えていた。


移動の途中に『そういえば、式の最中にジルに抱きついていなかったか?』とコウゲツからの言葉に、えっ!?と、アリエラが驚くよりも早くマリベル達が驚いた。マリベル達は式で起こったことに気を取られていてそこまで気づいていなかったらしい。

何を想像したのか、マリベルが『アリエラ様、だ、大胆ですわ……』と顔を赤らめている。

コウゲツの言葉に、抱きついていたのは間違いないが、その経緯がマリベルが想像してそうな事とは全く異なると伝えたいのだが、真実をそのまま告げれば姉の事がバレてしまうと、アリエラが顔を真っ赤にさせて言い淀む事になってしまう。

ヒースも面白がって、『やっぱりそういう関係なの?』と絡んでくる始末。

どうやって誤解を解けばいいのだろうと、アリエラが困惑していると、そこは出来る我が家の元執事ジル。


「アリエラが式の途中眠ってしまって、仕方なく抱き枕になりながら支えていただけです。一応長年お世話になっていたので、入学式で寝て椅子から落ちる…なんて、ディーベルト家の恥をみすみす晒す訳にもいきませんから」


と返事を返してくれた。よく言葉を理解する前にうんうんと頷いていたが、アリエラ後々になってそれはそれで恥ずかしいっ!と、ジルが考えてくれた嘘にまたもやアリエラは顔を真っ赤に染めた。


「ち、ちがっ!」

「まぁ、分からなくもないよな。俺も途中は眠かったし。エルマーも静かに爆睡してたしな?」

「……意味のない話を聞くぐらいなら寝てた方が有意義だから」


ヒースがフォローのように分かると言ってくれたが、そもそも私は寝てないとアリエラは内心で首を振った。

エルマーは式の最中に寝てたらしいが、私は違うと言いたい……けど言えないアリエラは、ただただ顔を赤く染めて俯くことしか出来なかった。


(イザーラ姉様の事がバレなかったのはいいけど、これはこれでとても恥ずかしいわ……)


もう少し他の嘘はつけなかったのかと、アリエラはジルを少しだけ恨んだのだった。




その後新入生達は再び待機室へと案内され、そこで今後の学院生活にあたる注意事項やマナーなどについて説明を受け。

明日までに軽く目を通しておくようにと、一般授業と選択授業についての冊子を貰った。

中には一般授業の分野別の必要なものや担当教師の紹介、選択授業はその冊子の三分の二を占めており、魔術的なことから薬学に武術と幅広い授業を選択できるようだ。

後でじっくり見てみようと、さっきまで羞恥はどこへやら…すっかりるんるんで冊子を抱きしめた。


入学式ということもあり今日はこれで終わりで、クラス分けなどは明日行われる。

なので新入生である私達は、この後は各々振り分けられた寮へと向かうだけだ。

その振り分けも寮のある敷地内に貼り出されているはずなので、着くまでのお楽しみだ。


まだ多数の新入生が待機室に残っていて、これからのことに浮かれ話し込んでいたが、アリエラ達はそろそろ行こうかと部屋を出ようとしていた時、そんな上機嫌なアリエラに声をかける者がいた。


「失礼致します。こちらにアリエラ・ディーベルト様はいらっしゃりますでしょうか?」


いきなり誰かに名指しで指名されたアリエラ。

アリエラを探しているのは見た事のない生徒だ。見た目や雰囲気からして上級生なのだろうが、姉以外今この学院に上級生の知り合いはアリエラにはいない。

じっと相手を観察してみるが、向こうもアリエラに気づかないあたりアリエラのことを知らないようだ。

どちら様だろうか?とアリエラは、『はい』と戸惑いながらその人の元へと近寄った。

当然のように、ジルも隣に付き添ってくれている。執事の時の癖が残っているのか、少し後ろに控えるようにして付いてきていることに本人は気付いているのだろうか?今度こっそり『もう執事じゃないのよ』と伝えておこう。

それはさておき、この方の御用は何なのだろうか。


「貴女がアリエラ・ディーベルト様……ですか?」


そして何故そんなに驚いているのだろうか?

驚いていないで呼び出した理由を教えて欲しいところなのだが。


「はい。私がアリエラ・ディーベルトで間違いないですが……一体なんの御用でしょうか?」


怪訝な顔で仕方なくアリエラから理由を聞けば、慌てたようにその人は咳払いをした。


「すみません。私とした事が……あまりにも想像と違っていたもので、少し驚いてしまいました。貴女にお会いしたいという方がおりまして、一緒に来ては頂けないでしょうか?」

「私に?あの、その方は…」


どなたですか?と続ける前に。

その人は少し身を屈めると、声を潜めて続きを話してくれた。


『生徒会室で貴女のお姉様がお待ちです』


ひくっとアリエラの頬は入学式以来再び頬を引き攣らせた。

姉様には会いたい…けど、さっきのさっきで会うのは気まずい。

何よりその場には果たして姉様だけなのだろうか?生徒会室ということは、まだ他の役員もいるのでは?現に私を呼びに来たこの人も多分生徒会の役員だろう。

という事は、私が今その場に行けば、もれなく姉であるイザーラの妹が私ですと晒しに行くようなものだ。

身を起こしたその人の表情も困ったように眉が顰められていた。

姉様に言われて仕方なく私を呼びに来てくれたのだと、その表情をみてアリエラは悟る。


(姉様、意外と人使いが荒いのよね……特に男の人に対して)


可哀想に、この人もその被害者ということだ。


「分かりました……行きます………」


アリエラに出来るのは被害者であるこの人が、アリエラを連れて来れなくて姉に怒られない様にしてあげる事ぐらいしかない。

元々姉には会いたかった訳だし、と式の時に感じた恥は頑張って心の奥底に沈めた。

ジルにも行ってくると言おうとしたら、自分も行くと言ったのでアリエラは悩んだ末に了承した。

少しばかり気がかりなことはあるが……。

その事に迎えに来た人が『アリエラ様だけと言われているのですが』と言ったが、そこはジルが『大丈夫です。イザーラ様とは昔からの顔馴染みなので』とにこやかに丸め込んだ。


「あ、行く前に友達に声掛けてきますね」


一緒に寮まで行こうとしていたマリベル達を待たせたままだ。アリエラはマリベル達の元まで行くと、用事が出来たので先に寮へ行ってて欲しいと伝え、呼びに来た先輩と共に生徒会室へと向かった。


生徒会室があるのは中央棟の最上階らしい。

まだ校舎内を把握しきれていないアリエラにとっては未知の場所だ。

全ての塔の上層階自体が、そもそも一般生徒が立ち入ることは禁止されているらしい。

立ち入りが許されているのは教師と生徒会役員、それに加えて教師又は役員から許可を貰った一部生徒だけだと教えてもらった。

なんでも上層階には特別な施設や貴重な資材などを保管している為、入室制限をしているらしい。


その上層階に存在する生徒会室に向かって歩いている訳だが。

上層階に上がるとほぼ人はおらず、生徒会室に辿り着くまでに出会ったのは教師だろう女性だけだった。


そして一際豪華で重厚感のある扉の前までやって来ると、案内人である彼はここですと足を止めた。

そして軽く扉をノックして『入りますよ』と声をかけると、扉を押し開こうと手をかけた瞬間。


「待ってたわ!アリエラちゃんっ!」


押し開くつもりの案内人は、突然別の力で開かれた扉の勢いにのまれてそのまま中へと吹っ飛ばされた。

そして代わりに飛び出てきた女性によって、アリエラは抱きしめられる。

豊かな胸へと顔をぎゅうぎゅうと押し付けられて酸欠になりそうだ。

というか、本気で酸欠になりそう………。


「イザーラ様、アリエラが死ぬのでその辺で」

「ちょっと、ジル!アリエラちゃんを返して頂戴っ。というかなんで貴方までいるのかしら?いつもいつも、アリエラちゃんにくっ付いてまわって…いい加減私の我慢も限界なのだけど?」

「それは仕方ないのでは?昨日まで俺はアリエラ付きの執事でしたので、傍にいるのは当たり前ですし、それを辞めた今は幼馴染として傍にいるのも別におかしい事ではないかと」

「あら?ならアリエラちゃんの姉である私が久々に会えたアリエラちゃんを独り占めするのも、当然のことだと思うのだけど?無粋な真似は止めてくれない?」


飛び出て来た人物、イザーラ・()ディーベルト()の力強い抱擁に上手く息が出来なくて死にかけていたら、ジルが助けに入ってくれたのでアリエラはそこから抜け出すことが出来た。

代わりにアリエラが死にかけた原因の豊満な胸を持つ姉…イザーラからのブーイングがジルへ飛ぶことになったのだが今はそれどころではない。酸素!酸素が必要です!

必死に息を吸い込んでは吐き出すのに夢中のアリエラは気付かないが、アリエラを巡って言い合うイザーラとジルが、絶対零度の視線で互いに睨み合っている。

お陰でアリエラ以外のそこに居合わせた人物の体感温度がぐっと下がっていた。


「はぁ…死ぬかと思った。姉様、私を殺す気ですか…」


やっと息を整えて顔を上げたアリエラは、アリエラを殺しかねない凶器()を持つ犯人に向かって文句を言った。


「あら?私がそんなことするわけないじゃない。天地がひっくりかえっても有り得ないわ」


もうっと満面の笑みで姉から頬をぷにっとつつかれた。


(いや、本当に窒息死しかねなかったんですが……)


じとっと姉が持つ凶器を見たアリエラ。

姉の言うようにそのつもりはなかったのだろうが、もう少しそれがどんなに殺傷性があるかいい加減分かって欲しい所だ。


「やっと会えたんだもの。もっと抱きしめさせて頂戴」


と語尾にハートが付く勢いで、可愛らしく姉が両手を広げてアリエラが来るのを待っている。

普段なら大好きな姉の胸に飛び込んでいる所だが、アリエラは辺りを見渡した。

開け放たれたままの扉の先に見える室内にはざっと十一人は見知らぬ人がいる。

そんな多数の視線に晒されながら飛び込む事は出来ないし、………何より。


「姉様。会えたのはとっても嬉しいのですが、私……怒っているのですよ?」

「え?」

「姉様が入学式で変なこと言うから……すっごく、すっごく、恥ずかしい思いをしたんですからね!」


ぷるぷると身体を震わせながらアリエラは姉をきっと睨んだ。

その顔は真っ赤に染っており、涙目で肩を震わせて訴える姿に、多分そこにいた殆どか思った事だろう。


((全く怖くない……))


と。寧ろ庇護欲をそそられるとすら思っていた。

中にはイザーラにあんな事をされて可哀想にという同情も紛れていたが。

そのアリエラの表情にもろにやられたのはイザーラで。


「ごめんなさいっ、気付かなくて!お姉ちゃん謝るから許して〜」


瞳を潤ませながら手を握られてしまうと、何だか怒っているのが申し訳なくなってくる。


「あ、いや…そこまで怒っては……」

「アリエラ。イザーラ様のこれは計算だから。今許したら反省しないと思うよ」

「えっ!?そうなの!?」

「………ジル、貴方やっぱり邪魔ね」


ちっと姉から舌打ちが聞こえてきた。姉様が舌打ち!?とちょっとショックを受けつつも、アリエラがじろりと胡乱な目で見上げる。


「姉様、嘘ついていたのですね……」

「あら、嫌だ。ちゃんと悪いとは思ってるわよ?でも、牽制はしとかないと。今度はアリエラちゃんが恥ずかしくないように上手くやるわ」


美しい顔で不敵な笑みを浮かべる姉はなんだか迫力がある。美しい人ほどそういう顔をするとそうなるのだろう。ジルも姉もそういう所がそっくりだ。

こういうのをなんというんだったか?迫力美人?あれ、違ったっけ?


とりあえず姉の考え自体を正さないと埒が明かないと、アリエラは溜息を吐きながらも説明した。


「そもそも、一体何に対しての牽制ですか……壇上で言っていたような、泣かされたり変なことを考えて近づいてくる人なんて滅多にいませんよ。私だってディーベルト家の人間です。そう簡単に泣かされたりしませんし、ディーベルトの名を名乗る以上、変な気(貴族的な繋がり欲しさや、利用しようという)を起こして向かってくる人もいるかもですが、それは今更でしょう?ちゃんと見極めて自分であしらえます」


ちょっと胸を張って姉へと説明した。


生まれながら貴族という立場にいたため、気心知れた人なら兎も角、涙を簡単に見せるようなことはしない(時と場合により嘘泣きという、敢えて涙を流すことはあるが……)。

それに意外とメンタルはそれなりに強いので、大抵の事は聞き流せる。

子供の頃からの周りからの評価での耐性や、元々のポジティブ思考が相まってちょっとやそっとのことでは泣く豆腐メンタルとは程遠いメンタルの持ち主になっていた。

なのでたまにやっかまれる時や、ディーベルト家よりも格上の立場の人から上目線で見下されても、『この人は暇なのね』と寧ろ達観した目で見ながら対応するぐらいだ。

そして、姉ほどとは言わずともアリエラだってディーベルト家の血はしっかりと受け継いでいる。その為、ウォルドの森の一件でもお解りの通り、身体能力もそこそこ高い。

変な気(私利私欲)を起こして近づいてきた者は、アリエラの肥えた鑑識眼とその身体能力をフル稼働させれば見極めることも対処することも可能だ。

今までだってそういう事はあったので、今更だとアリエラは姉へ訴えた。


「なのでご心配なく」

「あらあら、駄目よ〜。アリエラちゃんが凄いのは知っているけど、それとこれとは別の話なのよ?……ね?ジル」

「……そこは、遺憾ながらイザーラ様に同意します」


どこが別の話なのか。

その事について聞きたいが、姉がいきなりジルへと話をふったので、下手に会話に入れない。

普段何故だか喧嘩腰……と言っても、分かりやすく喧嘩する訳でも、バチバチする訳でもないのだが、言うならば静かな敵対心?を向け合うように威嚇しあっている二人は、こういう時だけ仲がいい気がする。


「あの〜…イザーラ?そろそろ私達も会話に混ぜてくれないか?流石に居た堪れないのだが……」


まだまだ姉の言葉にアリエラは納得出来てないのだが、おずおずと声を上げた人物によって意識がそちらに向いてしまった。

弱々しく右手を上げているのは、壇上で第一のトラブルを犯した生徒会長だった。


「あら、会長。会話に混ぜて差し上げる必要がありますか?ここにアリエラちゃんを呼んだのはあくまで()()会いたいから呼んだだけであって、貴方方に紹介する為ではないですわよ?」

「えぇ!?だとしても、せっかくここまで連れてきたんだ、紹介ぐらいしてくれても良くないか?」

「嫌ですわ」


かなり自分勝手な言い分を言いながらふんっと顔を逸らした姉に、会長が首をすばませやれやれと言っている。

アリエラは壇上のことといい、こんな所まで見られて恥ずかしいが、仕方なく数歩前へ出て姉の後ろ……室内にいる生徒会メンバーの人達に挨拶を告げた。


「皆様、お騒がせして申し訳御座いません。私アリエラ・ディーベルトと申します。私の姉がご迷惑をお掛けして本当にすみませんでした」


丁寧に礼をとったアリエラは、自己紹介と共に姉がかけた迷惑についてもこの機会に謝罪する。

その言葉にどこからか『似ていない…』と小さく声が聞こえてきたが、それはいつもの事なのでスルーするとしよう。


「ご卒業の方もいらっしゃると思いますが、卒業する姉に代わり本日から皆様と同じ学院で過ごすので、至らない所も多いかと思いますが、ご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」


にこやかに笑みを作り室内の先輩へと今度は軽く頭を下げたアリエラ。

その姿と言葉に、しんっと部屋の中に静寂が満ちた。


(え……何この沈黙。私そんなにおかしなことは言っていないはずなのだけど……)


礼儀もそれなりに弁えた発言だったと思うのだが、自分は何かおかしなことを言ったのだろうか。それともこれぐらいでは今更リカバリー出来ないほどアリエラの印象はすでに最悪なのだろうか。

せめて反応ぐらいは示してくれと、内心で冷や汗がだらだらと流れ出てきている。


「き…奇跡だ………」

「………いい子だ」

「ディーベルト家にもまともな方がいたんですね」


やっと破られた沈黙の後に述べられた言葉にアリエラは、はい?と首を捻った。

なんだか思っていたのと全然違う反応ばかりだ。

生徒会の面々は半泣きで掌を握り合わせていたり、感慨深そうに頷いていてちょっと謎だった。

その中でも一番謎だったのは。


「随分君は毛色の違う子なんだね?」


驚いたと目を丸くして言った、会長の訳の分からん一言だった。

毛色の違うとは?また見た目的な話のことか?

だとしても、先程からアリエラの姿ははっきりと見えていたはずなのだから今になって改めて言わずとも良くないだろうか?


「ディーベルト家の血が薄いのかな?」

「あら?会長の目は節穴かしら?アリエラちゃんは一番家系の特色を引いてるわよ?」


()()()()()()()()()。つまりは歴代『隻眼の狼(フェンリル)』の団長を務めるほどのスキルの事だろうか?

会長は見た目でアリエラを弱そうと思ったのかは分からないが、家系的に見れば確かに自分はその能力は低いのかもしれないので、あながち間違いではない。

ディーベルト家の血を強く継いでいる姉や父と比べれば、アリエラはまだまだなのだから。

そして、母方の血筋に関してもアリエラは兄のように強く受け継いではいない。

早熟な弟のウィルはまだ分からないが、今のところ我が家でアリエラが一番半端者と言える。


見た目だけならアリエラに関わらず、姉も十分強者には見えない淑やかな女性に見えるはずだが、そこはこの学院生活でその実力を知らしめているはずだ。生徒会である彼らが今更それを知らないとは言わないだろう。

その姉と見比べてという意味合いで会長は話をしたはずだ。

なのに姉は有り得ないことに、一番家系の特色を受け継いだのはアリエラだという。

フォローにしても話を膨らませすぎだ。あまりにも事実と異なる。


「姉様、無理にフォローしなくて大丈夫です。私がディーベルト家として出来が悪いことは誰よりも一番理解してますから。姉様に剣で一度も勝てた事ないし……」

「剣、……ね。まぁ、いいわ。いずれ皆も、アリエラちゃん自身も理解するでしょう」

「………?」


意味深に呟いた姉の言葉。

横からジルが、『論より証拠…と言いますからね』と言っているので、ジルには姉の言いたいことが理解出来ているのだろう。

その会話に割り込むように、再びおずおずと口を開いた会長が『ちょっといいか?』と聞いてきた。


「すまないが、君達は何の事を言っているんだ?私が言いたかったのは、姉であるイザーラや、兄のクロム先輩とは違って随分と()()()()()だなと言いたかったのだが?二人を見てきた者としては、てっきりディーベルト家は皆アクが強い人種なのかと思っていたからな」


などと言うから、アリエラは自分がまともと評された事よりも、『クロム兄様の事もご存知なのですか?』と、そちらに驚いた。

長男であるクロム・()ディーベルト()は姉よりも二つ歳上なので、姉と同級生である会長とも学生時代をこの学院で過ごした事にはなるが、兄は生徒会に入っていたわけでも人付き合いが積極的な訳でもない為、学年の違う兄を知っているという時点でアリエラからしたら驚くべき事なのだ。


(あの兄様にもそれなりに仲のいい人がいたということね……)


なんて関心していたが、そんなアリエラに会長は『多分、彼が在学中に我が校の生徒になった者は殆どがその名を知っているよ』、とやや不自然な笑みで告げた。

気のせいか会長の顔が少し曇って見える。

ね?と辺りにも同意を求めた会長の言葉に、皆どう表していいか分からない表情で頷いていていた。


「………魔王のクロム、女王のイザーラ………」

「あら……誰か、今何か言いました?それと、会長?会長に"まとも"云々を言う資格はないかと。私が言うのもなんですが、貴方も大概ですよ。自覚しない人って質が悪いのよね…兄様もですけど」


誰かが聞こえない程の小さな声で呟いたがアリエラには届かず、すぐにしっ!と隣の生徒から口を塞がれていた。

だがその行動も虚しく、耳聡いイザーラには届いていて、イザーラから向けられた笑みにひっと悲鳴を押し殺した二人は慌てて首を振った。

会長は会長で、姉から指摘されたことがよく分からないと『ん?』と首を傾げている。

姉の言うように、今日の壇上での立ち居振る舞いを見たあとだと、まとも云々は会長が言う事ではない気がする。


姉は兄のことを思い出してるのか、兄の名を口にしながら渋い顔を見せていた。

姉の渋い顔といい、在学を共にした生徒の殆どに名が知れてるとは、あの兄は一体何をしたのだろうか?


そして隣にいたジルは、俯いているため髪で覆われた顔は見えないが、何故か口元に手を当てていて、その肩は小刻みに揺れている。

こっちはこっちでどうした??


「イザーラ。君達の性格はどうやらディーベルト家特有のものではなかったのだね。妹君は是非ともそのままでいてもらいたいものだ」

「珍しいこともあるものですね?私もそう思いますわ」


あははと快活に笑った会長と、うふふと上品に笑う姉。


……何が?と言うアリエラの疑問の答えは誰も教えてくれず、ただその場にいたほぼ全員が頷いているところを見ると、理解出来ていないのは私(と、理解はしてそうだがスルーしているジル)だけらしい。

置いてきぼり感が半端ないが、とりあえず自己紹介もした事だしそろそろ私達は帰っても良いだろうか?


「姉様。時間も時間ですし、名残惜しいですが私とジルはそろそろお暇させて頂きますね?壇上での事はちゃんと反省して頂きたいですが、姉様と久しぶりに会えて嬉しかったです。休みには家に帰りますので、それまでどうかお元気で」


アリエラは姉へと近づくと、寂しい気持ちもあるが別れの言葉を告げた。

イザーラも寂しそうな顔を見せながらも、これ以上アリエラを拘束してはこの後の事が何も進められないと分かっているのだろう。

今度は優しくアリエラを抱きしめ、『アリエラちゃんも無理しては駄目よ?何かあったらいつでも連絡して頂戴?』と昔からしてくれるようにふわりと頭を撫でてくれた。

アリエラも離れる前にぎゅっとイザーラに抱きつくと、身を離して『はいっ』と元気よく頷いた。

姉と生徒会の皆に『お邪魔しました』と頭を下げて、ジルと二人生徒会を出たアリエラを、廊下まで出てきたイザーラが見送ってくれた。


イザーラのいる廊下からはもう見えない階段の所まで来ると、ジルがボソリと『魔王に女王……』と呟き小さく吹き出した。

今度こそはアリエラの耳にも届いたそれは、どうして突然そんな単語が出たのか、生徒会室でのあの会話が聞こえていなかった人には分かるまい。

案の定アリエラは意味不明な単語を呟いたジルを怪訝な顔で見ていた。


一応隠そうと口元を押えて顔を背けてはいるが、所々で漏れ出た声は明らかに笑っているのは間違いない。

こんなジルは珍しいので、かなりのレアショットだ。この世界にはカメラがないので収めることが出来ないのが惜しい。


「突然どうしたの、ジル。魔王?女王?童話かなにかの話??」

「いや、最高のネーミングセンスだなって……ふふっ」


まだ笑いは収まらないらしい。

今日は訳の分からない会話が多かったので、ジルの言葉も一体なんのことかは分からないが、何かしらがジルの笑いのツボにハマったらしい。

ならば落ち着くまでそっとしておこう。


(明日は腹筋が筋肉痛にならないといいけど……)


とジルの腹筋を心配しつつ、予定より遅くなってしまったが寮へと二人で向かったのだった。




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