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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
王立学院、一年生のお話
17/26

これが入学式ですか?part③




入学式が始まるまで、待機室で再び出会ったあの夜会のメンバー(約二名いないが)と和気あいあいと話していたら、時間はあっという間に過ぎていたようで。

辺りからもうすぐだね、と言う声がちらほらと聞こえてきた。

アリエラも腕につけた時計を見れば確かにもうそろそろ予定時刻になる。

皆がそわそわとしだした頃、扉は開いたままのはずなのにコンコンと音が聞こえて、それが聞こえていた生徒の視線が音の発生した場所に集まる。


「失礼しますよ〜?皆さん初めまして。この度はご入学おめでとうございます。私はこの学院の教師で、テリオルと言います」


そこに居たのはこの学院の教師と自己紹介をしたテオリルと名乗る青年と大人の中間ぐらいの人が居た。

先生と名乗る人が現れたことにより、気づいていなかった生徒も友達との会話を止めて皆がテリオルの姿を見る。

アリエラ達もそれに漏れず、人垣の隙間からテリオルを見ていた。

アリエラの目に映ったのは、ふんわりとした雰囲気のテオリル先生は、銀のフレームに加工ガラスを入れた片眼鏡と呼ばれるものを左目にかけた穏やかそうな先生だ。

穏やかな雰囲気だけではなく、眼鏡効果かは定かではないが真面目・勤勉ですという雰囲気も醸し出しており、『先生』と言われればぴったり!と納得してしまう感じの人だった。

ただ先生にしては少し若すぎるような気もするが。


先生は声だけかけてればいいものの、どうやら開け放たれている扉をわざわざ叩いて入室を知らせてくれたらしい。新入生は緊張している子も多いしね。なんともまぁ親切丁寧な先生だ。


「準備が整ったので、皆さんにはこれこら会場へ移動してもらいます。私が先導するので、ついてきてくださいね」


そう話したテリオルは、生徒を会場まで先導するために部屋を出ようとする。


慌ててアリエラ達もついて行こうと立ち上がると、ふとテリオルが足を止めて後方…気の所為かもしれないがこちらの方を見た気がした。

まさかそんなはずはないと、アリエラは皆と同じくテリオルを見ていたが、気のせいだと分かっていてもなんだかむず痒いような気持ちになってしまう。


ほんの少しの間後ろを振り向いて止まっていた先生は、近くにいた生徒から『先生、どうかしましたか?』と言われると、『いいえ、すみません』と一言謝ってまた前を向いて歩き出してしまった。

振り返る前にふっと口元を緩めた気が…するような?まぁ、それも含めて気のせいだろうと、テリオルに続くように生徒の波に紛れながらアリエラ達も移動を始めた。


その移動の中で、いつ隣に来たのか?知らない内に隣に来ていたヒースがこそっとアリエラの肩を叩いた。

歩きながらこちらに身を寄せてきたヒースは、アリエラにしか聞こえない声量で耳打ちしてくる。


「なぁ、あの先生君の方を見てた気がするんだけど、知り合いかなにか??」

「え、私ですか?」


突然ヒースから言われてきょとんと首を傾げる。


確かに一瞬はアリエラもこちらを見ている気がする…なんて自意識過剰な考えが頭を過ぎったけど、先程そんなはずはないと自分の考えを恥じたばかりだと言うのに、まさかヒースからそんなことを言われるとは思わなかった。


ヒースが何故そんな風に思ったのか分からないが、アリエラとテオリルはヒースが勘繰ったような関係ではないと断言ができた。

以前夜会で知り合った友達のミーディアのように、アリエラが気づいていなくて一方的に知られているなら話は変わるが、アリエラの知る限りではテオリルと言う名前は聞いたことがないし、その姿に見覚えもなかった。


「いえ…あ、でも私の姉が入れ違いで卒業しますが、まだ学校にいるのでそれで…とか?それとも兄様かしら?でも、私は姉兄とあまり似てないから見た目ではディーベルト家の娘とは気づかないと思うんだけど……」


もしかしたらと思いついた事をヒースに伝えてはみたものの、やはりそれでもおかしいなと、アリエラはう〜んと唸る。


兄と姉以外の家族にも、自分はあまり似ていないと自負しているからだ。なんせうちの家系はやたらレベルの高い美男美女ばかりなのだ。

アリエラも平々凡々の前世よりは遥かにレベルアップした容姿とはいえ、そこに肩を並べるほどの容姿ではない。


前世では髪染めなどは校則違反になるので出来ず、黒髪オンリーしかしたことなかったが、似合わないと分かっていても明るい髪色に憧れていた。

その憧れたはずの明るい髪を今世では地毛として手に入れたが、白に近いミルクティーのような色味はこの世界ではあまり見かけない色味で、たまに珍しいものを見るような瞳で見られてしまうのだ。

小さい頃なんて、男の子からその白みがかった髪色を老婆のようだとからかわれたこともある。

そしてお前にお似合いだとも言われた(余談だが、その男の子は一緒に居た私の姉様に頭をひっぱたかれ、言葉でもコテンパンにされていた)。


それ以外にも家族と比べられることはしょっちゅうで、お茶会や夜会などパーティーへ赴けば、直接は言われないものの『あまり似ていないのね』と言われているのもアリエラは物心ついた頃から知っていた。


幼い頃からそんなことばかり言われ続けていれば幼少期のトラウマになりかねないデリケートな話であり、その子の性格に影響出てもおかしくなかったけれど……そこはアリエラである。

アリエラは『そりゃ、うちの家族は美形ばっかりですからね。分かりますよ、その気持ち』と同意し、むしろ鼻高々で我が家の皆凄いでしょ?と思ってしまったぐらいで、特に自分の容姿についてのあれこれは気にしていなかった。

成長するにつれて、それは脳を介さずに右から左へ音が通り抜けるだけという技をマスターしたので、今や言葉としてすら聞くことはなくなった。

なので、今更兄や姉に"似ていたから"と言う理由で見られていたとは思わない。


「へぇ。君、上に二人も姉兄がいるんだ?」


アリエラに姉兄がいることに少し驚いたように声を上げたヒース。

そんなに驚きますか?と思いながらも、なんだか耳元で話しているせいかくすぐったくて、ヒースの声に僅かに首を窄めてしまう。


「えぇ。兄様はとても優秀で格好良くて、姉様も凄く優しくて強いんですよ?」


擽ったかったので少し仕返しにと、ヒースの耳元に顔を寄せたアリエラは囁くように、自分の自慢の兄と姉の話を吹き込んだ。

アリエラが耳元で話した瞬間にぴくっと肩を跳ねさせたヒースが、話しかけた方の耳をばっと片手で塞ぐとこっちに顔を向ける。その琥珀の目がまん丸になっていた。


「……君さ、やっぱりちょっと心配だわ」

「??」


…何故か急に心配されてしまった。


「何がです??」

「ちょっ、ストップ!!」

「はい。ストップ」


何故心配されたのか気になって、さっきからこそこそと話していたから周りに聞こえないようにと配慮して顔を近づけて聞いてみれば、突然活きのいい海老のように反るように背を曲げたヒースから待ったの声が上がる。

そして、アリエラの背後から回ってきた別の人の声による待ったと、手による物理的な待ったもかかった。


「んぅ?ひふぅ(ジル)ふぁふぃふるほぉ(何するの)?」


二人同時に待ったをかけられた直後に、アリエラの背後から回ってきた手が口を塞ぎ、それに驚いたアリエラの声をくぐ漏らせてしまう。

言ってる本人がしたい発音は全く訳の分からない音に変わってしまうばかりで、多分相手にはちゃんと届かないだろう。

その手がヒースとは反対の方へグイッと引くものだから、必然的にアリエラの体も引かれ、さっきまで内緒話をしていたヒースとは距離が生まれた。

ヒースはアリエラと正常な距離が出来たことにどこか安堵しており、アリエラは突然口を塞がれたことに不満そうにその手の持ち主を見た。


「何するの…じゃないよ、本当に。少し目を離すとこれだ」


あのもごもごとした物言いでも、彼には何を言っているか通じていたらしい。

眉間に皺を寄せた幼馴染が、歩きながらだと言うのに器用にアリエラの口を片手で塞いでいた。

アリエラは口を塞がれながら引き寄せられているため、時々足が絡みそうになると言うのに、そんなアリエラが転ばないように所々で補助までしてくるから器用すぎてなんだか腹立たしい。


ひぃうぅ(ジル)〜!?」

「ヒース様、すみません。アリエラには俺からよく言い聞かせとくので。でもこういう子なんで、ヒース様も気をつけて頂けると」

「あぁ…うん」


ヒースの返事に満足したのか、それともたいして返事には興味がないのか。もがもがと暴れるアリエラを連れてジルは歩く速度を上げた。お陰でほぼ引きずられているようなものだ。


(まだヒース様との話は終わってないのに〜!何なの!?)


憤慨しているのを無視され、そのままヒースだけではなくマリベル達も追い越したジルと私は、テリオルが案内した会場に入り、並べられていた簡易椅子に言われるままに座った。

……その間もジルの手はアリエラの口を塞いだままだっだが。


途中から暴れるのを諦めたアリエラはジルと並んで座っているが、入った順で座っていった為、後から追いついたマリベル達とは少し席が離れてしまった。

それもこれもジルが足早にマリベル達を追い越してしまったからだ。

せっかく一緒に向かっていたのにと、なんでわざわざ離れて座るのかと、喋れないので文句を直接言うことが出来ないが、目で隣にいるジルにそのことを訴えかけた。

突然二人が先に行ってしまったせいで、マリベルだってこちらを気にして、さっきからそわそわと椅子から身を乗り出しているではないか。


「そんな目で見なくても、マリベル様達には後でちゃんと謝るよ」


はぁっと息を吐き出したジルがぱっと手を離した。漸くこれでまともに会話ができる。


「そもそもなんで急に私の口を塞いでヒース様との会話を邪魔したり、マリベル様達を置いて先に行っちゃったの?」

「アリエラはさ……こうされてどう思う?」


こちらがした質問になんの関係があるのか。ジルはぐいっと顔を近付けてアリエラに聞いてきた。

とりあえず、そうされて思ったのは綺麗な顔が近い、の一言。

だって目と鼻の先にジルの整った顔があって、水底のような深みのある青い瞳は、昔溺れたことを思い出すような色味なのに怖いと思うどころか安心する。すべてが綺麗すぎて思わず見蕩れてしまう。見慣れた顔といえど、いつ見てもやっぱり綺麗だ。

じっと返事を待つジルになんて返そうか悩む。果たしてそのまま『ジルの綺麗な顔が近いわね』と返していいのだろうか?


「私の幼馴染はかっこいいわね?または、私にお願いでもあるの?……かしら?」


結局素直な感想と、少し頭を働かせて出た『こんなにじっと見つめたまま黙っているのは、何か言いづらいお願いでもあるのかしら』と、とりあえず二択の答えにしておけばどちらかはジルの求めてる答えに当てはまるだろうか?とずるい返事を返してみた。……ふふふ、どうよジル?


「……それは、ありがとう。でも、そうじゃなくてさ。俺は男で、アリエラは?」

「そりゃ、女よ?」


僅かに戸惑いを初めは見せたものの、そうじゃないとジルは言った。

続いたわざと言葉を切ったジルの話しぶりから、続きは私に言わせたいらしい。

話の流れ的に間違いなくこれが正解だろうと、アリエラはすぐに答える。

でもその答えを口にしながら、内心ではなにを分かりきっている事を聞くのかと呆れはしたが。


「だよね。それを踏まえて、この状況に思うことは?」

「ん?だから、ジルはかっこいいわねって……あいたっ!?」


もう一度今の状況でどう思うか聞かれたから素直にそう言ったら、ぱちんと音を立てて額が指で弾かれた。

なんで褒めたのに私はデコピンを食らわせられたのだろうか。悪く言っていないのにこの仕打ちは解せない。


「もういい。とりあえず、アリエラはもう少し距離感を覚えようか」

「酷いわジル。額が痛い……言いたいことがあるなら回りくどい言い方をせずに、どういう事か分かりやすく言ってくれない?」

「……そういう所だよ」


デコピンされた事に怒ったアリエラが、ジルに身を寄せて睨んだ。

それに深い深いため息をつきながら、ジルが『頼むから、俺だけにしておいて』と訳の分からないことを言ってくる。


「……ジルの馬鹿」

「…………」

「あいたっ!!」


相変わらずはっきりと教えてくれないジルに、ムッとした私が小さく馬鹿と言えば、もう一度額にデコピンを食らう羽目になった。やっぱり理不尽だっ!!


幼馴染との地味な言い争いをしていると、司会進行を担当している人だろう。

魔法がかかった音声拡張器具マイクのようなものを手に持った人が、壇上の端でポンポンとその器具を叩いた。マイクテストのような意味合いで行ったのだろう。器具を叩いた時に生じた音が会場にも広がった。

それに満足した司会の人が、『え〜、皆様』と声を乗せる。


「大変お待たせ致しました。準備が整いましたので、これより我が校の今期新入生の為の式典を始めたいと思います」


眼鏡をかけたその人は、如何にも委員長!という感じの生徒で、すらすらと言葉を続けた。

まずは学院長からのお言葉です、と紹介されて壇上に上がったのは。


「新入生の皆、ようこそ王立学院へ!私はこの学院の生徒会長を努め、そして今日その任を終える者だ。皆を迎えるのが私の最後の仕事であり、後輩となる諸君とこうして会えたこと嬉しく思うっ!」


どう見ても学院長ではなく、自身で『生徒会長』と名乗っていることから、生徒会長なのだろう男子生徒が音声拡声器を握りしめて立っていた。

その事にぎょっとした司会の生徒は眼鏡を落としそうになっていた。

慌てて眼鏡の位置を直した司会の生徒は、信じられないという顔で『会長っ!』と手元の音声拡声器越しに叫んでいる。

その声量が大きすぎて若干キーンとなった。


「会長の出番はまだ先です!早く降りてきて下さいっ!」

「なに?そうだったか??」

「とにかく降りて……」

「まぁ、登ってしまったものは仕方ない。このまま続けよう!」


いやいや、降りろよ。と思わず暴言をアリエラは内心で吐いた。

多分アリエラ以外にも同じことを考えた者は多いはずだ。

司会の生徒はあんぐりと口を開けて放心している。

注意したにも関わらず、そのまま続けようとしている生徒会長のあまりの奇行っぷりにキャパオーバーしたのだろう。

手綱を握りきれず、キャパオーバーした司会の人が哀れすぎて同情する。

その横にとことこと、もふもふとした白髪の髪を背中まで伸ばし、鼻下から口を覆って伸びた長い白髭を持つ背老人が近づくと、ちょいちょいと腰の辺りをつついた。

老人の行動でハッとした司会の生徒は、大慌てでその老人に何度も頭を下げていた。


その間も生徒会長は壇上で、何やら喋っていた。


「いやー、それにしても壮観だな。私達も五年前は君達のように初々しく、期待に満ちた瞳で…」


的なことを感慨深そうに話している。


そして司会の生徒に近づいた老人は何やらを伝えたいらしく、近寄るように手招きをするとそれに答えるように生徒が身を屈めた。

秘密話をするように身を寄せた生徒は、何度か老人の言葉に頷くとすぐに身を起こし。


「えー……新入生の皆様、驚かせてしまい申し訳ございません。この度我が生徒会の馬鹿…いえ、会長が段取りを無視するという事態が起こりましたが、学院長から許可が出た為、先に生徒会長からご挨拶させていただきます」


あぁ…誤魔化そうとしてましたが、もう既にはっきり馬鹿って言っちゃってますよと、これまたアリエラと他の生徒も司会を進めている先輩を見た。

余程あの会長へのストレスが溜まっているとみえる。

そしてあの可愛らしいご老人は学院長だったんですね。


「では会長。新入生への挨拶を、ちゃんと、しっかり、丁寧に行って下さい」


念には念を…どころか、念には念だが更に念の為…と言葉の圧を乗せて、司会の生徒から放たれた当の本人は『任せろと』とばかりにその生徒へぐっと親指を立てて見せた。

その自信は一体どこから来ているのか…流れを見る限り不安要素しかその身に持ち合わせていなさそうなのですが。


そうして許可を得た生徒会長による、如何に学院が面白いかや、魔法が面白いか…をいう力説を永遠と語り始めた。


学校についての面白さは為になるのだが、魔法についてはどんどんマニアックになっていき、話についてもいけなければ多分そこまで興味がないだろう生徒が欠伸をしだす始末だ。


どこか我が家の長男と既視感を覚えたが、あの会長はまた少し違うタイプだろう。

兄様はここまで空気が読めなくない。

ただちょっと魔法への愛が強いだけで、その愛を暴発させる相手はちゃんと選んで暴走する。

主に家族や気心知れてる友人、そして同類(同志)にだけだ。それ以外にはそんなことせず、周りからは冷鉄の魔術師(冷静冷徹で、話しかけても何も響かない鉄のような鉄壁の男という意味でつけられた)とまことしやかに囁かれている。


全然冷静冷徹でもないし、優しくいろんな話を話し聞いてくれる優しい人なのにと、アリエラはその呼び名についてはもの申したい気持ちでいっぱいだが、確かに兄は興味のない人間には無関心だからそう見えてしまうのかもしれない。

アリエラからすればそれの何がいけないんですか?の一言に尽きるが。

だって、興味がない人に構う時間程無駄なものはないじゃないか。そんなの皆同じはずだ。

社交の場では仕方なくとも、それだって仮面をつけてでも相手にする人と、自分を貫く人に分かれる。

うちの兄は後者なだけだ。


…と、話が逸れてしまったが。

あの会長を見ていると、タイプは違えどそんな兄の暴走状態に近いものは感じた。


何度か司会の生徒がまたストップをかけたが、聞こえていないようでその暴走は止まることはない。

熱弁する生徒会長が止まることなく話していると、コツコツと壇上の奥から細やかな靴音が聞こえてきた。

その靴音と共に舞台袖から出てきた女性に、熱弁していて背後の存在に気付いていない生徒会長以外はざわりとしだす。


「あれ、姉様よね?」

「……だね」


その女性はアリエラの良く知る女性だった。

そして勿論ジルも。


念のため隣に居たジルにも確認したら、なんとも言えない顔で壇上にいる女性…アリエラの姉を見ていた。

その表情はどういう感情の顔?と思わず問いたくなる。


「会長?そのお喋りな口を今すぐ閉じて下さい。いい加減迷惑ですわ」

「ん?イザーラ?まだ語り足りないのだが……それに新入生達も聞きたそうだぞ?迷惑ではないと思うが」


そう言う会長に一部の生徒がぶんぶんと首を横に振った。いい加減勘弁してくれと、強い意思表示をしている。

アリエラも行動にはださなかったがそれには同意する。


壇上にいる姉はそんな会長の態度にはぁと溜息をつくと。


「違いますよ。新入生へではなく、私に対して迷惑だと言っているのです。耳障りなのでお止め下さい」


と、まさかの聞かされ続けていた新入生達に対してではなく、自分が聞きたくないだけだと我が姉は言い切った。

てっきりこちらへの配慮で会長を止めてくれているのだと思っていたので予想外すぎてびっくりだ。


(ね、姉様………)


アリエラは呆れた顔で壇上にいる姉を見上げた。

隣にいるジルも同じ様な顔をしている。


「だが、イザーラ」

「だがもしかしも聞きませんわっ」


まだ納得しない生徒会長の手から音声拡声器を問答無用で姉が奪い取った。

あぁっと悲しげな声を上げた生徒会長を無視した姉は、壇上から新入生達を見下ろしてその音声拡声器で声を飛ばす。


「新入生の皆、私は生徒会副会長をしております。私同様、貴方達も会長の話は聞き飽きたでしょうし………」


やっと会長の長話から解放されたと姉の言葉に皆が安心しかけていると、姉は最後まで言葉を紡がずにぴたりと動きを止めた。

そして会長を押し退けて(どちらかと言うと突き飛ばされて)目を凝らし始めた姉。


「あら?あらあらあら」

「ふ、副会長??どうかなされましたか?」


突然姉は『あら』しか言わなくなった。

姉の行動に助かったと思っていた司会の生徒も、戸惑い顔で音声拡声器で姉に話し掛ける。


「どうしたのかしら、姉様。さっきからあらあらしか言ってないわ。しかもなんだかこっち側を見て動かなくなっちゃった」

「アリエラを見つけたみたいだね」

「え?まさか。こんなに人も多いし、この距離で私を探すのはいくらなんでも…」

「いや、ほら」


姉の不信行動にアリエラとジルとそんな話をしていると、壇上で姉が華のような笑みを浮かべて手を振っている。

アリエラの方からは勿論壇上という一点に視線を定めれば姉を見つけることは容易いが、壇上からこちらまでだと相当な距離があって、その他大勢に埋もれていればアリエラを見つけることは難しいはずだ。それなのに本当に私を見つけたのだろうか?


「ね、姉様本当に私の事見つけたの?」

「とりあえず、手を振り返したらどう?このままでは式が進まなくなると思うけど」


…確かに。やっと会長の話が終わったと思ったら、今度は姉が音声拡声器を奪って進行を妨げている状況だ。


「振り返せばいいの?それ…勘違いだったら私が恥ずかしい思いをするんだけど…」


そう。もし振り返して、実は違いましたー…なんてなったら痛いヤツになるのは私だ。

よくアイドルのライブなどで、ファンサービスのレスポンスを今のは私によっ!と血走った目で声を荒らげて言い合う痛いファンのようになる。

それは出来れば避けたいのだが。


「いいから早く」


ジルの死んだように生気のない瞳で急かされ、渋々小さめに手を振った。

途端に姉…イザーラがぱぁっと更に華やかさを増した笑みで笑った。

その反応のタイミング的に、やはりこちらに向かって手を振っていたようだ。

この中から見つけられるとは、姉は一体どんな視力をしているのか。

いや…姉の身体能力が高いのは今更か、とアリエラは思い直す。


「イザーラ…?あの、新入生にサービスするのはいいんだが、そろそろ式を進めなければ」


突き飛ばされた衝撃で地べたに転がっていた会長がむくりと起き上がると、先程自分が一番進行を邪魔していたのを棚に上げ、姉をその場から退かそうとしている。


「あら?」


そんな会長へと振り返った姉は、その会長の手をひねり揚げた。


「漸く人の話を……っ、いた、痛い!!痛いぃぃっ!!」

「寝言は寝てから言ってくださる?言っておきますけど、これはその他大勢へのサービスではありませんからね?私の最愛の妹へです。貴方達も自分に手を振ってくれた…などと浅はかな勘違いなさらないで頂戴ね?」


冷気を漂わせて会長、そして目下の生徒達へと微笑んだ。


(ねっ、姉様ーーー!?)


ひぃっとアリエラは顔を引き攣らせた。なんて事を堂々と言うんだ。


「安定のイザーラ様だね」


ジルだけは相変わらず死んだような目で平然と壇上を見上げていた。

そして、姉の暴挙は止まることを知らず。


「そうだ、どうせだからここで釘の一本や千本刺しておこうかしら?私の可愛い可愛い妹を泣かせる輩が出たら、私が直々に殺して差し上げますわ。邪なことを考えて近づいた者も、()()()()()()にします。それでもお近付きになりたいという勇敢さを持ち合わせているのであれば、私が審査して差し上げますので、覚悟が決まり次第名乗り出なさいね?」


諸々再起不能…という言葉を告げるイザーラのすっと冷えた視線に、勘のいい男達は何故かキュッと両足を強く閉じて少し前屈みになった。

イザーラの横でそれを見ていた会長も同じ格好をしている。


(だから、姉様ーーー!?)


これ以上は止めてーっと内心叫ぶ。恥で今にもアリエラは死にそうだ。


「ジル……私倒れていいかしら?倒れて起きたら記憶喪失ということでいいかしら?」


焦点の合わない目でフラフラとアリエラが揺れる。アリエラの気持ちがわからなくもないジルは、はぁと深い溜息をつきながら、隣でフラフラしているアリエラの両肩に手をそっと回した。


「倒れても絶対受け止めてあげるから構わないけど、記憶喪失は無理じゃないかな」


ジルは呆れた顔でイザーラをちらりと見た。


全く、イザーラ様ももう少し考えてから動いて欲しいものだ。

アリエラと会えなかった期間が長かった上、今度は自分が卒業する代わりにアリエラが入学してしまい、すれ違い生活に苛立ってしまうのも分かる。

そして、その大好きな妹を見つけたが故の暴走なのだろうが。

だが、その対象であるアリエラがこんなに困っているのは、紛れもなくイザーラのせいなのだ。

最愛の妹を困らせては本末転倒だろう。


などと、ジルはイザーラの暴走に些か文句を並べながらアリエラをどうやって落ち着かせようかと考えていた。

その最中、俯きながらアリエラが小さな声で、だって…だって…と繰り返している。


「だ、だって、このままじゃ私同級生に仲間外れにされちゃうわ〜っ」

「……っ!?」


漸く顔を上げたアリエラは、隣から両肩を抱いてくれていたジルの腕の中で身を翻すと、半泣きでその腕の中にダイブした。つまりジルの胸に正面から抱きついた。

だって恥ずかしくてどこかに隠れたいのだもの!


「アリエラ、落ち着いて。そんなことにはならないから大丈夫だよ」

「気休めの言葉なんかいらないわ……姉様の馬鹿、お馬鹿っ」


わんわんと、声はジルに抱きつく事で押えているけれども、かなり感情が不安定になっているらしい。

子供のように喚きながらぎゅうぎゅうとジルに抱きついている。


(いや…気休めじゃなく、幾らイザーラ様が忠告しようと、今までが今までなんだから、どの道アリエラには誰かしらが集ってくるって)


その力強い抱擁を受け止めながら、ジルは淡々とそんな事を考えていた。

今はあまりアリエラに意識を集中させてしまうと、心臓とか感触とか…色々と不味いので思考を違うことに傾けていた方がいい。

アリエラからの抱擁は嬉しいのだが、それは今ではないのだ。


…壇上からイザーラもすごい目でこちらを見ている事だし。


「まぁ、今回はイザーラ様が悪いですね。役得はいただきますよ」


ふっと、イザーラを見て口元に笑みを浮かべたジル。


まだ胸の中で馬鹿の言葉を連呼しているアリエラには勿論聞こえないように小声で呟くと、よしよしと胸に縋り付くアリエラの頭を撫でた。


それを鬼の形相で見ていたイザーラが飛んできそうだったが、あまりにも式の段取りから逸れすぎた為に教師陣がイザーラと会長を壇上から回収し、司会の生徒が慌てて軌道修正をしたためイザーラがこちらまでやってくることはなかった。


無事に元の流れに戻った式はその後、学院長の挨拶から始まり学院についての説明、教師陣の紹介等を経て一時間程で終わった。


アリエラはと言うと、式が通常の流れに戻っても暫くはずっとジルに抱きついていた。

それはそれで人目を引いてしまうとは考えが及ばず、ジルの胸に顔を押し付けている為、周りからの視線にも気づかないまま。


式が終わると、会場を出ていく生徒は皆どこか疲れた表情をしており、ちらほらと『この学校、生徒会があんなので大丈夫か?』と不信感を抱いている生徒が話していた。

同じくらい『でも、副会長美人だったな。ちょっと…毒舌だけど』、『会長もかっこよかったよね?見た目だけは』、『司会の人は…うん。普通だった』という声もあったが。


その問題の副会長が私の姉なんです…とアリエラはやっとジルから離れても平気なぐらいは立ち直ったものの恥ずかしさで肩をちぢこませていた。





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