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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
王立学院、一年生のお話
15/26

これが入学式ですか?part①

はいっ、始まりました『学院編』!!

ここから長くなりますがお付き合い、宜しくお願いします(´∇`)


まずは入学式だよね!




**************************




珍しく起こされる前から起きていたアリエラが、扉をノックする音の後入ってきたヴィーに向かって笑顔で挨拶をした。


「ヴィー、おはようっ!」




───今日は待ちに待った、王立学院の入学式の日。



いつもよりうんと早く起きていたアリエラ。


今日着る予定の制服を鏡を使って体に当てて見たり、荷物を再度確認したり、一人で髪をセットする練習をしたりと、朝から散々そわそわと動き回っていた。

そこへ予定通りの時間にヴィーがやって来たのだ。


「おはようございます。お嬢様が起こしに来る前から起きてるなんて…余程今日が楽しみだったんですね」

「不安もあるけど、待ちに待った学院生活が今日から始まるからね」


へへへと笑ったアリエラ。

ヴィーが仕方がないですねと笑うが、私は逆にあまりよく寝れなかったですと言った。


「お嬢様様のお世話が今日から出来ないなんてやっぱり寂しくて」

「ヴィーったら」


ヴィーには悪いけど、嬉しい事を言われてアリエラはふわりと笑った。


「寂しくとも、今日は入学式ですから!身嗜みも一段と力を入れないと」


気分を切り替えて握り拳を作ったヴィーは気合いたっぷりで、アリエラはこの間の宮城で行われた夜会を思い出した。


「身嗜みって服はみんな共通のものだし、お化粧も髪型も軽くでいいわよ?今後は私一人でやらなきゃいけないのだから、今日ヴィーの腕で気合いを入れられてしまうと、後日の落差が酷くなるわ……」


夜会の時のように気合いを入れられたら、詐欺になるぐらいの落差が出てしまうのは分かりきっている。

幾らヴィーから学院入学に向けて、数ヶ月前からお化粧やお手入れの仕方、髪の整え方におちゃの入れ方等々……何度も叩き込まれたとはいえ、ヴィーと比べたら付け焼き刃程度のものだ。

なので、今後の為にも本当に軽くしてもらいたい。


「お嬢様は元がいいので、お化粧は以前お教えした整える程度の軽いもので十分です。髪型は真似出来なくとも、今日は気合いを入れさせていただきますが、学院にはジルもいますし大丈夫でしょう。自分で難しいものはジルに言ってください」


お化粧は軽くと言ってくれたので安心しかけたが、髪型は譲らないらしい。

そして何故か今後出来そうになければジルを当てにするように言われてしまった。


「ええ?ジルはもう執事じゃないのよ?いくら何でも手伝ってくれないと思うわ」


そうなのだ…ジルは今後アリエラの幼馴染であり友達として学院に入るのだから、今までのように世話を焼いてもらったり、アリエラを常に気にかけてはいられない。

幼馴染として、アリエラが困っていれば助けようとはしてくれるだろうけれど、はじめから当てにするのは駄目だ。

何より、今までだってジルは"執事"の業務をしていたので、流石に女の子の身支度に関しては出来るはずがない。

手伝おうにも専門分野外すぎて、幾らジルが優秀とはいえ流石に無理だろう…何故できる体なのだ。


「そんなことはないかと……それよりお嬢様早く着替えないと」

「あ、そうね」


ヴィーは首を傾げていたけれど、視界に写った時計を見て時間がなくなると気づき、途端に準備を始めるようにアリエラを急かした。


急かされるままに着替えをし、学院指定の制服に身を包んだアリエラ。

白と黒を基調としたワンピースタイプの制服は、黒という重くなりがちな色を多く使っているというのに重く見えることなく、所々が凝った作りになっていて上品なデザインだ。

同じ黒色のネクタイには学院の紋章が品よく刺繍されている。


「わぁ、やっぱりこの制服可愛いわね!」

「とってもお似合いですよ」


鏡に映った制服姿を見て、嬉しそうにアリエラは角度を変えては鏡を覗いた。

ヴィーも嬉しそうに一緒にそれを見ている。


「では次はお化粧とヘアセットですよ。お嬢様、こちらに座って下さい」


ドレッサーチェアをヴィーに引かれて、アリエラはそこに座った。

薄化粧ではあるが丁寧に施された化粧は、やはりアリエラが一人でする時よりもずっと上手で、櫛で梳かされた髪に絡みはなく、ヴィーの手によって複雑にセットされていく。

まるで魔法使いのような所業だ。


「出来ましたよ、お嬢様」


そう言われて改めて見た鏡には、普段とはまた違った自分がいた。



支度が終わったので、アリエラはヴィーと共に食事に向かった。

既に揃っていた家族に、アリエラは制服姿を恥ずかしそうに見せる。


「あらアリエラちゃん、制服似合っているわね」

「アリエラももう学院入学かぁ…早いなぁ」


両親からそれぞれ言葉をもらって、父の方は兄の時も姉の時もそうだったが、アリエラも例外ではなく感極まってしまったらしい。瞳を潤ませながら母に背を撫でられている。


「僕も行きたかった…」


そんな光景を見ていると、隣から拗ねた声が聞こえてきた。

声の主は隣の席についていたウィル。


「ウィル、お休みには帰ってくるから。それに私が学院に行く代わりに、姉様が今日帰ってくるわ」

「ねぇ様約束ですよ?姉上が帰ってくるのは勿論嬉しいけど、やっぱりねぇ様がいないのは寂しいですから…」


なんとまあ可愛い口説き文句を。

誑かし技術をさらに上げているウィルを、椅子から身を乗り出して抱きしめた。

この可愛さは素晴らしいのだが、今後の為にも『ウィル、誰でも可愛さを振り向いちゃダメよ?』と念の為忠告もしておく。

この可愛さを振りまきまくったらいつか大惨事が起きそうだからだ。


(誘拐とか起こらない…よね?)


しかも身代金目的とかじゃなくて、ウィルの可愛さ余って。


「ウィルが可愛すぎて攫われちゃわないか心配。変な人にはついて行ったら駄目だからね?絶対よ?」


そう考えて、アリエラはウィルに約束をさせた。


(ねぇ様こそ気をつけて欲しいんだけど……)


ウィルがそんなことを思っているとは知らずに。



食事を終えて学院に行く時間になると、入学式に使用人達は来ることが出来ないので、わざわざ見送りの為に玄関ホールに集まってくれていた。


「お嬢様、向こうでもバランスよく食事をして下さいね?」

「大丈夫よ。好き嫌いも殆どないし」


これはマッシュ。


「甘いものが恋しくなったら、日持ちするものをお送りしますので連絡下さい」

「本当!?それはすっごく嬉しいわっ」


そしてダニー。


その他の使用人達にも、『誰でも彼でも優しくしちゃ駄目ですよ』『何かあればディーベルト家の名前をっ』と色んな人達から忠告された。

中にはヴィーのようによく分からない忠告もあった。

ディーベルト家の騎士達に至っては、『無礼な奴には鉄拳を』『報せをくれれば殴り込みに行きます』と物騒な言葉ばかりだった。


「そこまで心配しなくても、私は大丈夫よ。それじゃあ皆、行ってきます」


集まってくれた人達からまるで今生の別れのように見送られ、外へ出ても『お嬢様〜』と半泣きの合唱が聞こえてきていた。


「み、皆ちょっと大袈裟すぎない……?」

「まだ押えている方かと」


ヴィーだけは、今日から暮らす寮の部屋へとアリエラの荷物を運び込むという役目がある為、一緒に馬車に乗るのだ。

アリエラと両親を学院で下ろしたら、ヴィーは学院に併設されている寮に一足先に行き、持ってきた荷物の整理と部屋を整える仕事がある。


ヴィーと並んで馬車に向かったアリエラは、困惑気味で中へと乗り込んだ。



アリエラを見送った者達は、馬車が出ていくと揃って肩を落とした。


「お嬢様行っちまった…屋敷も少し寂しくなるな」

「はい。お嬢様が一番美味しそうに料理やデザートを食べてくれるので作りがいがあったのですが」


料理長と息子のダニーは溜息をつく。

他の使用人達も『寂しいですね』と気落ちしていた。

だがその中で一番深刻なのは騎士達だった。


「お嬢様が五年も屋敷にいない……相手をして貰えない」

「俺らの癒しが減った………」

「今日から何を生き甲斐に頑張れば……」

「しかも代わりにあの方が帰ってくるなんて……」


使用人達は自分達より重症な騎士達を哀れみの目で見ていた。

アリエラは色んな意味で騎士から特に慕われていたから、そのアリエラが五年も不在(休みには戻ってくるが)という現実に騎士の大半が大ダメージを負っていた。


唯一そこまでいつもと変わらない様子の騎士の一人は、『お前ら、大袈裟過ぎやしねーか?』と引き気味に仲間の騎士を見ていた。



**************************




学院まで馬車で揺られていると、まだ少し距離のある所で段々と馬車が速度を落としていった。

まだ学院には着いていないはずなのに、何故か馬車はそのまま停止してしまう。


「おや。どうやら馬車が集中し過ぎて渋滞しているようだね」


窓から外を見た父からそう言われて、アリエラも外を覗き込んだ。

外には家紋のついた複数の馬車があちこちに停車している。

なるべく早く退かそうと、係の人らしき白い制服を着込んだ人達が誘導はしているようだが、次々とやってくる馬車の方が多くて渋滞がなかなか解消しきれていないようだ。


「これは、降りた方が早いのでは?」


窓から見た限り、学院の建物がある場所まで距離としてはそう幾分もないように見える。

アリエラが両親にそう言うと、それもそうだねとその場で降りることにした。

ここで大抵の貴族なら、遅刻する訳でもないしと馬車で待つのだが、アリエラの言葉にすぐに同意するあたり、こういう時にディーベルト家の血を感じる。


馬車にはヴィーと荷物を残し、お抱の御者には寮の方へ向かうようにと言付けてここでお別れすることにした。

別れる前にヴィーが一度降りてきて、アリエラの手をしっかりと握ると。


「お嬢様、虫にはくれぐれもお気を付けくださいね?」

「ヴィーはまだ虫のことを言っているの?」


そこまで念を押す事だろうかとアリエラは呆れた。


「最重要事項なので勿論です」


最重要事項だなんて、一体どれだけ虫が嫌いなのかしら。

屋敷にいる時は虫に怯える姿なんて見た事ないけど、あれは強がりで実はとても怖かったのかしら?とアリエラは頭を捻った。


「よく分からないけど、虫が出たら退治しておくわ」

「素晴らしいお言葉です、お嬢様。お嬢様がお屋敷に居ないのは寂しいですが、楽しい学院生活を過ごせるよう屋敷から祈っております。何かあればいつでも連絡をください。ヴィーはいつもお嬢様の見方ですから」


そう言って納得したように頷いたヴィーは、アリエラに頭を垂れた。


「ありがとう、ヴィー。行ってくるわね!」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


姉のようで友達のようなヴィーにアリエラは元気に挨拶をすると、素敵な笑顔でヴィーは行ってらっしゃいを告げてくれた。



ヴィーと御者にお別れを済ませ、アリエラは両親と共に学院の門を潜った。

敷地内を歩いて正面入口へ向かっていると、その入口で見知った顔が二人いることに気づいたアリエラは、両親を置き去りにその場から走り出した。


「ジル!ティアナ様も、おはようございます」

「おはよう、アリエラ」

「アリエラちゃんおはよう」


ジルとその母ティアナが走ってきたアリエラに、呆れ顔と微笑みそれぞれの反応を見せながら挨拶を返した。

今日からは執事じゃなく、幼馴染兼友達ということで、ジルも砕けた話し方に戻っている。

執事口調に慣れてしまっていたので、今度はこっちの話し方に慣れるまで少し時間がいりそうだ。

もう聞くことはないだろう執事口調がその内懐かしいと思う時も来るのだろうと、少ししみじみしてしまう。


「ジル、制服似合ってるわ」

「アリエラもね」


シャープなデザインの男性用制服を着こなしたジルを見たアリエラが早速褒めると、ジルからもお世辞を返された。お世辞にありがとうと笑って返すと、『ここで何してるの?』とジルとティアナに聞く。


「アリエラを待ってたんだよ。ここまでならともかく、中に入ったら生徒は別の所で待機だから。アリエラを一人にしておくと問題を起こしかねない」

「……待っててくれたのは嬉しいわ、ありがとう。でも問題児のような言われようは酷いと思うの」

「ある意味問題児じゃない?」

「…………」


むぅっと思い切り顔を顰めてやる。ジルはそんなアリエラの鼻先を軽く摘んだ。

その間にやってきた両親とティアナが話し始め盛り上がってくるのを見ていたジルは、腕につけた時計を見てアリエラに話しかける。


「そろそろ待機室へ行った方がいいと思う」

「あ、もうそんな時間?」


アリエラも自分の腕につけた時計を見た。

普段はあまり使うことがないのだが、学院に入るにあたりアリエラもつけるようにしたのだ。

確かにその時計の針はそれなりの時間を指していて、移動しておいた方が良さそうだった。


「母さん、じゃあ俺達は先に行ってるね」

「えぇ、アリエラちゃんをちゃんと連れていくのよ?」

「そうですね。目を離さないようにしておきます」

「二人とも無理しすぎず、学院生活を楽しんで。行ってらっしゃい」


両親達も時間を確認して、それぞれが別れの言葉をジルとアリエラに告げる。


「今日から二人とも学院ではじめての自立した生活を送る事になる。ジルはまぁ似たような生活をしていたから大丈夫だと思うが、アリエラは無茶せず出来ないことは周りに聞きなさい」

「父様…私の評価が低い気がします」

「旦那様、これまで本当にお世話になりました。お嬢様の事はおまかせ下さい」

「ジルはもう執事じゃないが、これからも娘を宜しく頼んだよ。あ、あと休みで帰ってきた時は遠慮せずあそびにおいで」


父はアリエラの小言をさらりと無視してジルと話している。

父様ー!?と怒れば、ごめんごめんと笑って謝られたので仕方なく許してあげた。


「アリエラちゃん、休みの時は戻って来るのよ?」

「はい。ウィルとも約束しましたから」


父アルトと母リディアも、アリエラとジルに最後は行ってらっしゃいと送り出してくれた。


「母様、父様、ティアナ様、行ってきます!」

「行ってきます」


揃って両親に別れを告げて、二人は校内へと入って行った。



廊下を並んで歩きながら、アリエラはきょろきょろと校内を見渡す。


「それにしても凄い造りね」

「まぁ歴史ある王立学院だし、貴族からの寄付も凄いからね。これから俺達が住む寮も凄いらしいよ」


それは期待が膨らむと、アリエラはうきうきした足取りで歩く。時々余所見をしているせいで人なぶつかりそうになると、ジルが腕を引いてくれるのでぶつからずにすんだ。


「アリエラ、ちょっと落ち着いて。危ないから」


何度かそれを繰り返していると、流石にジルに怒られてしまった。……ごめんなさい。

その後はなるべく注意散漫にならないように気を付けて歩いていたけど、口を閉じることは出来ず。


「今日から学院で過ごすのよね、私達」

「そうだね」

「ちょっと緊張するわ…寮では私一人だし、大丈夫かしら」

「…………」

「……ちょっと。無言になられると不安になるじゃない」


なんてジルと話していた。

黙りとしていたジルは、じっとこっちを見たかと思うと。


「アリエラは、最悪着替えさえ何とかしてくれればいいよ。後は俺が何とかするから」


とアリエラの頭をぽんぽんた掌で軽く叩いた。


「ジルったら、もう執事じゃないんだからそこまで世話を焼かなくても大丈夫よ。一応…心配だけどある程度出来るように一通りはヴィーから教わったし」


不安だと言ったのは自分なのに、子供扱いされたようでむっとアリエラはジルに大丈夫だと言った。所々で自信のなさが滲むのは……致し方ない。

そんなアリエラを訝しんだ瞳で見つめたジル。


「ならお茶は一人で入れられる?」

「たまに、ちょっと渋いけれど……飲めなくはないわ」

「寝坊しない自信は?」

「うっ……多分」

「忘れ物は絶対しない?」

「…………」


ジルから問われた内容にキッパリと出来る!と言いたいのに、聞かれるものはことごとく自信がない事ばかり。

最後の質問に至ってはアリエラは無言になった。


「ジル……どうしてもの時は友達として助けて下さい」

「はいはい」


結局アリエラは頼れる幼馴染に、恥を忍んでお願いする事になった。



幼馴染に情けない頼み事をしていたアリエラは、廊下の先に見えた『待機室』というお手製感満載のプレートがぶら下がった部屋を見つけた。

上にぶら下がるプレートには『多目的室』と書かれているので、今日は入学式がある為一時的に待機室にしたのだろう。


「あ、待機室はここね」


部屋の入口から中を除くと多くの人で溢れかえっていて、アリエラと同じように指定の制服を身にまとっている。ここにいる皆が同じ学年にこれからなる生徒という事だ。

入口からその様子を見ていたありがとうだが、数人の目がこちらに向いていることに気がつく。更によくよく目を凝らせば、じっとは見つめていないもののちらちらとした視線はもっと多くあった。


「あら?なんかやたら見られてないかしら?」

「そうだね」


じっと視線の原因であろうジルを見る。

視線の多くは頬を染めている女の子であり、ということはどう考えてもジルを見ているに違いない。


「ジルの隣にいると仕方がないけど…私見られ慣れてないからちょっと居心地悪いわ」

「……アリエラなら大丈夫だよ。どうせすぐに気にならなくなるから」


ジルは慣れているからそうだとしても、慣れていない私がこの視線が気にならなくなるわけないじゃない。傍から見たら誰あの女?状態であるというのに。

そう思って恐る恐るもう一度視線を室内へ戻す。


(あら……あの子、確か前にお茶会でお会いした方ね。ドレス姿も素敵だったけど、制服も似合うわ〜……あっちの方は王宮で見かけた事があるわ。確か宰相のご子息ね。少しキツめの顔立ちだけど、逆にキリッとしていてかっこいいのよね)


さっきまでジルの連れという事でその内呼び出しやリンチが今後起こったらどうしよう…とか思っていたのに、室内を見渡していたらアリエラが趣味の中で以前見つけた人がちらほらといて、思考は一気にそちらへ傾いてしまっていた。

最早入口を塞いで他にもお眼鏡にかなう人がいないかとハンティング状態である。


「……やっぱり」


予想はしていたが、案の定集まる視線をまるっと忘れて自分の世界に入ってしまったアリエラを横目に、ジルは数分前の言葉はなんだったんだと言いたくなった。

そのアリエラを現実に引き戻したのは、先日学院主催の夜会で会った少女だ。


「アリエラ様、ジゼル様もお久しぶりです。そんな所で立ったままどうなさったの?」


ぽんぽんと肩を叩かれて我に返ったアリエラがマリベルに気づいて慌てた。


「お久しぶりです」

「あ、マリベル様!それにヒース様とエルマー様も、お久しぶりです。あ、ちょっと人が多くてびっくりしてしまって」


ジルは特に驚くこともなくマリベルとヒース、エルマーに挨拶をしているが、突如現実に引き戻されたアリエラは内心びっくりしていた。

驚きを隠すようにはははと笑っているがその笑顔はぎこちなかった。


(美形を漁ってました…なんて素直には言えない)


敢えて口を挟まなかったジルは、アリエラの咄嗟の誤魔化しによく言うよと内心でつっこむ。


「マリベル様、アリエラは時々こうなるので気にしても無駄ですよ。慣れてしまう方が早いかと」

「よくびっくりするという事ですか?」

「追々分かるかと」


明確に何をとは告げず、ジルはマリベルに慣れた方が早いと教えてやった。

よく分からなそうにしながらも、そうなんですねとマリベルは頷く。

その間、アリエラはマリベルの少し後ろに控えるようにしていた二人に目が釘付けになっていた。


「……ヒース様とエルマー様は制服が違うのですね?」

「付き添いで入学する生徒は区別しやすいように違うデザインにしてるみたいだよー?」


ジルや他の男子生徒と違った制服をまとった姿に首を傾げたアリエラ。

確かに室内にも圧倒的に数は少ないけど、数人がヒースと同じような制服の色をしているのが遠目に見える。

基本白と黒の制服出できた自分たちの制服と違い、彼らの制服はダークグレーと白で作られていた。ネクタイも光沢のあるグレーで、統一感のある制服だ。

それをヒースはジャケットは開け放ったまま、シャツの裾もズボンに入れずにラフに着こなしており、エルマーはシャツもジャケットもしっかり着込み一番上のボタンまでしめていた。

それぞれ着方に性格が出ている。


「そちらのデザインも素敵ですね……あら?ヒース様ネクタイがかなり緩んでますよ?」


アリエラは自分達と違う制服をまじまじと眺めていたが、ヒースの首元をみてあれ?視線を止めた。


「あぁ、これ窮屈で……っぇえ!?」

「動かないでくださいね?心配されなくとも、我が家の出来る侍女からちゃんと結び方は教わったので大丈夫ですよ?私もネクタイは自信ありますから!…はい、出来ました」


来る途中に緩くて解けてきたのだろう。ほぼ崩れていて、だらりと首に回ったネクタイをアリエラは直してあげる。

自分の制服でも使うネクタイの結び方はバッチリとヴィーから叩き込まれているのだ。

首元のボタンを二つ開けていたので、アリエラ達よりは緩めにしたが、今度はしっかりとした形で首周りに収まった。

出来栄えを確認すると、満足気なアリエラが手を離す。


「あ、ありがとう……」


ヒースはそんなアリエラに向かってぽかんとした表情でお礼を言った。


(息苦しいからわざと着崩していただけなんだけど……)


ヒースの本音は言えずに飲み込んでおくことにした。


「ヒース……ずるい」

「お前、クレイの時も言ってたよな……」


文句をぼそりと呟いたエルマーにヒースはそう返したが、いつもよりもその言葉にはキレがなかった。


(……あのお嬢様、いつもあんな感じなのか?)


ヒースの視線は気付かれないようにアリエラを見ていた。

自分の守るべきお嬢様ではないのだが、あまりにも無防備かつ無自覚なアリエラに、あんなんでやっていけるのだろうかと些か心配と不安を抱いた瞬間だった。



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