これが理由ですか?part⑥
ロイズとアリエラが会話をしていると、お腹の辺りがもぞもぞと動き出す。
アリエラがそこへ目をやれば、やっと落ち着いた二人が顔を上げて大きな目でこちらをじぃっと見ていた。
「二人とももう平気?」
「……うん」
「大丈夫…です」
起き上がった顔は目が真っ赤っかになっていて、それでももう涙の膜はなくなっていた。
もう一度二人の頭を優しく撫でたアリエラは、目を閉じて気持ちよさそうにアリエラに撫でられている二人に笑ってしまう。
(ウィルの小さい頃みたいだわ)
弟も昔から、自分の事ではあまり泣かないのに、アリエラが怪我をしたり姿を消すとよく泣いていた。
その度にアリエラは泣き止むまで頭を撫でて声をかけ続け、段々と泣き止んでくると気持ちよさそうにアリエラの手の感触を味わっていた。
「じゃあ泣き止んだお利口さん二人に質問です。貴方達は二人遊んでたの??大人の人は??」
アリエラが優しく二人に問いかける。
女の子の方が何かを伝えようとするけど言葉に上手くならないみたいで、あの、そのと口籠もってしまっている。
見兼ねた男の子がアリエラの服をきゅっと握り、一生懸命女の子の代わりに事情を説明する。
「僕達、家族で今日はじめてここに来たんだ。兄様が今度からこっちの学校に通うからって。父様はお留守番だけど、母様と兄様と船に乗ってきたの。でも降りる時に人が沢山いて、僕達はぐれちゃって…妹と手を繋いでいたのに、妹までいなくなっちゃって探したの」
「私、手を…手を離しちゃって、気付いたらあんまり人が居ないところに居て。怖かったから、近くを通ったおじさんに話しかけてお洋服を掴んじゃったの………」
男の子に釣られて、漸く言葉を紡ぎ始めた女の子。
二人の話を聞いて、そういう経緯だったのかと、アリエラは理解した。
こんな路地では人通りも少ないし、迷子の子供にとっては心細さをより煽ってしまうだろう。
そんな時見つけた大人に必死ですがってしまうのは当然だ。
「私があちこち触った手で、お洋服掴んじゃったからおじさん怒って…」
その時のことを思い出したのだろう。
また潤み出す瞳を見て、アリエラがもう怖くないから大丈夫だと片手で抱き抱えてあげれば、女の子はぎゅっと小さな両手を腰に巻き付けた。
「妹の声と怒鳴り声が聞こえて急いで行ったら、怖いおじさんが『お前のせいだ』って怒ってたから、妹が何かしちゃったんだって思って…僕も一緒に謝ったんけど、おじさんずっと怒ってて。怖かったけど妹を守らなきゃって思ったから………」
「そっかそっか……本当に頑張ったんだね。でも、それならきっと今もご家族が二人のこと必死で探してるはずだね。ロイズさん、捜索依頼とか来てませんか??」
「僕はまだ聞いてませんが、他の者にも聞いてみます。まだこのリアリスに来たばかりでは、ご家族も勝手がわからなくて自力で探しているかもしれません。君たち、お名前は言えるかな?」
ロイズもしゃがみこんで、二人と目線を合わせた。
普段から幼い子も相手にしているだけあって、怖がらない様に目線を合わせてあげたり、安定のゴールデンレトリーバーの笑み……違った、朗らかな笑みで緊張を解くように子供達に問いかける手腕はお見事。
これが隊長だったらきっと子供たちは怯えてギャン泣きしたことだろう。
私はよくわからないが、隊長は顔が怖いらしく子供の人気は低いからな。
ロイズの優しさの甲斐あって、さっきまでアリエラとしか話していなかった子供達も、ロイズにカミューとセレナと自ら名乗った。
「名前が分かれば放送も流せるから、きっと君たちの家族もすぐ見つかるよ。とりあえず、この子達は僕が預かるから安心していいよ。アリエラさんは、また一人で抜け出てきたの??」
「ロイズさんもですか………いつも抜け出してるわけじゃないですよ?今日は母様と買い物に来ていたんです」
この人もまた、アリエラを一人でまた出てきたと決めつける一人だったようだ。
アリエラは頬を膨らませながら、じどっと半目でロイズを見た。
その目に『可愛い顔が台無しですよ』と軽く返すロイズは、それでも名探偵のように抜け目なくアリエラのミスをすぐに指摘する。
「なら、そのお母様は??」
ぎくりとアリエラは冷や汗を一筋流すと、同じ言葉をもう一度……復唱するようにロイズに言われて、観念して本当のことを答えた。
「………お店に置いてきました」
「やっぱり」
つまりは抜け出して来たんだね?と、今度はアリエラがロイズに同じ目で見られてしまった。
居た堪れなくなって、アリエラはそろそろお店に戻りますとロイズに伝え、子供達には『お兄さんが二人の家族に会わせてくれるから』とロイズに二人を託そうとすると。
カミューは名残惜しそうにしながらもロイズの方へと行ったが、セレナはアリエラからなかなか離れようとしない。
「セレナ??」
「お姉ちゃんは一緒じゃないの……?」
おおう。その顔は反則だよ。
庇護欲を誘う目で見られて、思わず一緒に行くと言ってしまいそうになるじゃないか。
けどそろそろ戻らないと、一応支配人に伝言を残して出てきてはいるが、流石にアリエラも母に心配されてしまう。
「ごめんね?一緒に居てあげたいんだけど、お姉ちゃんも人を待たせてるの。でもね、このお兄さんとっても優しいし、これでも凄い人らしいからちゃんと二人の家族と会わせてくれるよ?お姉ちゃんが保証する」
「アリエラさん…これでもとはどういう意味ですかー……?」
「だって、私まだロイズさんの実力分からないし。知らないことを知っている風には言えないもの」
「それはそうですけど…ちょっとショックです」
眉を下げたロイズが、ぶつぶつと呟いているとカミューは大丈夫?とロイズを慰めていた。本当にいい子ね。
「あのお兄さん、お姉ちゃんよりも強い?凄い?」
「んー……多分さっきの怖いおじさんとお姉ちゃんの間くらいじゃないかな?」
「じゃあお姉ちゃんがいいっ」
あ、なんかごめん…ロイズさん振られちゃったよ。
「ん~…じゃあセレナにはお姉ちゃんからお守りあげよう!」
「お守り??」
こてんと首を傾けたセレナに、アリエラは咄嗟の思いつきで自分の髪につけていた髪飾りを一つ外して見せてあげる。
これは前にアリエラが自分で作ったピンタイプの髪飾りだ。
「これね、お姉ちゃんが作ったの。これをセレナにあげる。強ぉーいお姉ちゃんが身に付けてた物だから、持ってたらきっと不安じゃなくなるよ。付けてあげるからこっち向いて?」
セレナは見せられた髪飾りをみて、可愛いと頬を赤らめながら素直に頭を差し出した。
せっかくだからとさらさらの髪を掬って、簡単に編み込んであげる。
仕上げにそのピンで固定してあげると、さっきより随分明るい顔になったセレナがアリエラに飛びついた。
「お姉ちゃん、ありがとう!セレナ、お兄さんと行く」
「セレナによく似合ってるわ。早くその可愛い笑顔でご家族を安心させてあげて」
「うんっ!」
とても嬉しそうに頷いたセレナは、今度こそアリエラから離れるとロイズの元へと走る。
先にいたカミューとしっかり手を繋いで、アリエラにバイバイと手を振ってくれる。
若干アリエラからの言葉とセレナに振られちゃたショックを引きづりながらも、ロイズもカミューの手を握った。
「それでは、アリエラさん……寄り道せずに気をつけてお戻りくださいね?」
「………はい」
「「お姉ちゃんありがとうっ!またねー!」」
「ええ、また。カミュー、セレナ、今度は手を離しちゃ駄目だからね〜」
「「はぁいっ」」
何故か含みを感じたアリエラは、弱々しく返事を返すとロイズと子供達とお別れをした。
路地裏を出た途端、だいぶ時間が経っていたはずなのにまだ居た人達にアリエラは拍手喝采を浴びせられる。
それにびっくりして思わず一歩後ろに身を引いてしまった。
「お嬢さん、凄かったよ!」
「怪我はないのかい?大丈夫かい?」
「かっこよかったですっ!!」
わぁっとあちこちから声をかけられ、恥ずかしさで身を縮めたアリエラは、ふと見覚えのある男の人と女の人を見つける。
周りの人に軽く挨拶を交して、先に女の人の所に向かった。
「あの、さっき私が憲兵隊を頼んだ方ですよね?急いで呼んできてくれてありがとうございました」
「い、いえっ!私は大したことは……それよりも、かっこよかったです……素敵でした」
お礼を言う為声を掛けると、ぽうと頬を赤らめて褒め言葉を告げる女性に、本当に助かりましたとアリエラは頭を下げた。
そしてアリエラはもう一人の男性の方へと駆け寄ると、すぐにその頭を下げて謝る。
「さっきはすみませんでした。怪我をして欲しくなかったとはいえ、勇気を出して助けようとしていた方に手荒なことをしてしまって……」
「気にしていないから大丈夫だよ。寧ろお嬢ちゃんの勇気の方が凄い。それに凄く強くて見惚れてしまったよ」
アリエラが手を捻りあげてまで引き止めた男性は、怒るでもなく優しく笑って許してくれた。
ほっと息を吐き出したアリエラは、ありがとうございますと頭を下げる。
「それでは私は失礼します」
他の集まっていた人達にも軽く会釈をして、アリエラは母を待たせているお店まで走った。
……後ろから歓声がまだ聞こえている気がするが、振り返らないようにした。気恥ずかしすぎる。
アリエラがお店に戻ると母から遅いと怒られ、他のお店もまだまだ回るのだと頬を膨らました母にあちこち連れ回される事になった。
お陰で屋敷に戻る頃にはぐったりとしたアリエラは、朝から衰えることのないテンションの母との落差がすごく、馬車から降りて来るのを出迎えた使用人に笑われてしまった。
後日リアリスに足を運んだ時に、あの後子供達は大丈夫だったかとアリエラが憲兵の一人を捕まえて聞くと、放送を流したらすぐにご家族がきてくれたと聞いてほっとした。
そして、『ロイズ副隊長から、アリエラ様に会ったら確認するよう厳命があったので』と、あの時の怪我はどうなったか確認を求められ、大丈夫ですと答えたら目視しか許可されず服を捲り上げる羽目になった。
どうやら私の言葉の信用性は低いらしい。主に憲兵隊には。
漸く満足したのかOKサインが出たことで安堵すると、そういえばと思い出したように憲兵が続けた言葉にアリエラは顔を真っ赤にすることになる。
どうやらアリエラが子供を助けた話はその後リアリスの街で人伝に広まっているそうだ。
『可愛い女の子が、子供を泣かしていた大男をあっという間に伸した』と言う内容の話があっという間に広がり、その女の子の特徴や暴れっぷりにアリエラをよく知るリアリスの街の人達はすぐにアリエラのことだと気付いてより噂は広がってしまったという。
どうりでさっきからアリエラの知人に、にやにやと気持ちの悪い笑みを向けられたり、流石だなと背中を叩かれたり、ご褒美だと食べ物を貰ったりしていたわけだ。
(皆、敢えて詳しくは言わなかったのね。………悪意を感じるわ)
アリエラは熱りが冷めるまで、暫くリアリスの街には行かない事を心に決めた。
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ロイズが子供達を連れてリアリス支部の待機所まで戻ると、鬼の形相のバースが三人を出迎えた。
先に男を連行してきた憲兵からアリエラがまたやらかしたと報告を受け、憲兵隊隊長であるバースは詳しい話を聞くためロイズが戻ってくるのを待っていたのだ。
突然三人を出迎えた強面の大男の姿に子供達はひっと息を詰まらせて、素早い動きでロイズの足の裏に身を隠す。
「ロイズ!報告!」
一喝する様に響く低音にもさぞびっくりしたのだろう。
そうでなくとも、お世辞にも優しいとは言えない顔立ちのバース。
子供達にとって怖い存在に決まっている。
「バース隊長……子供達が怖がっているので、どこかに行っていて下さい」
「なっ!?あー………仕方ねぇか。とりあえず俺は執務室に引っ込んでるから、それが片付いたらロイズは即刻報告に来るように」
『どこかに行け』と割と直球に部下から言われて、その遠慮のなさに思わず文句を言おうとしたが、自分が怖がらせてしまう出で立ちであることを自覚しているバースは、溜息をつきながらもロイズに指示だけ残すと一人で自分の執務室に戻って行った。
「……あのお兄さん怖い」
セレナの方が半泣きで一言言った。
涙を堪えながら、さっきアリエラから貰った髪飾りをぎゅっと左手で抑えている。余程怖かったのだろう。
「あの人は顔は怖いけどいい人だよ〜。さて二人とも、向こうで甘いものでも食べながらご家族を待とうか?」
「「甘いもの!?」」
バースの顔の怖さより、甘いものの誘惑の方が子供らにはインパクトが強いようで、その単語にぱぁっと顔を綻ばせた二人は、差し出されたロイズの手取って三人で休憩スペースとして作られた部屋へと向かった。
椅子に座らせた二人の前に約束通りおやつを目の前に出すと、頂きますと美味しそうにお菓子を頬張る子供達。
ちなみにこの菓子はアリエラがしょっちゅうここに顔を出すためいつの間にか常備されるようになったお菓子だ。
発端はバースだったが、気付けばいつの間にか他の隊員達も買ってくるようになり、あっという間に常備される状況になった。
そうとは知らないアリエラは『男の人でも意外と甘いもの好きの方多いんですね~』などと言いながらアリエラ用菓子を分けてもらっていた。
二人がお菓子に夢中な間に、ロイズは他の憲兵に二人の名前を教えて迷子の放送を流すように告げる。
放送の甲斐あって、探し人は二人がおやつを食べきる前にすぐにここまで駆けつけた。
「二人とも、どこに行ってたんだ!心配したんだぞ!」
先に駆けつけたのは話に聞いていた兄だろう。
入ってくるなり二人の元へ駆け寄ってきて、やっと見つかった弟と妹を抱きしめる。
「兄様、ごめんなさい…」
「ごめんなさい……」
兄が来てくれて安心したのだろう。二人ともポロポロと少しだけまた涙を流した。
「無事見つかってよかった…危ない目には合わなかった?」
二人に兄が問いかけると、二人はぱっと顔を上げ。
「怖いおじさんに怒られたけど、優しいお姉ちゃんがやっつけてくれた!僕また会いたい!」
「美人で強くて優しいお姉ちゃんが助けてくれたの!それでねっ、お守りもくれたんだよ!セレナ、あのお姉ちゃん大好きっ」
「んん??どういう事??」
あのね、それでねとまだ理解が追いついていない兄に一生懸命自分達が感じた事をぶつけるカミューとセレナ。
その顔に恐怖はなく、嬉しそうに弾丸の如く話す二人にちょっと待ってと兄が困っているのでロイズが助け舟を出してやる。
「カミュー君とセレナちゃん、タチの悪い男性に捕まって怒鳴られていたんです。手もあげようとしていたらしく、通りかかったアリエラさん……えーっと、女の子がその男を懲らしめて捕らえたんですよ」
「え?女の子が?なんの冗談ですか?」
「兄様、本当だよ!!こうして、バーンっておじさんのこと倒しちゃったんだ!」
「…………という事なんです。なので、二人共怪我はないですが、怖い思いをしたのでご家族も気にかけてあげてください」
弟であるカミューがアリエラのした動きを真似るように自慢げに兄へと見せた。
兄は信じられないと目を丸くしながら、本当に怪我がないのかと二人の体を見ると、ロイズの言葉通り怪我はしていないようで胸を撫で下ろし安心する。
「その女の子は今どこに?お礼をしないと……」
「もう帰りましたよ。多分お礼なんていらないと言うと思いますが、もし気になるようでしたらリアリスの東側にあるディーベルト家を尋ねてみてください。そこのご令嬢なので」
「えっ!?令嬢なんですか!?」
強い女の子と聞いて、貴族の令嬢とは思わなかったのだろう。目をまん丸にして驚いている。
「はい。この辺りではわりと有名な子なので、分からなくなったらリアリスの誰かしらに聞けば教えてくれると思いますよ」
貴族で腕っ節も強くて、美人で優しい女の子って……一体どんな子なんだと、情報が過多過ぎて二人の兄は理解が追いつかなくなった。
とりあえず今度お礼に行こうと、『ディーベルト家』の名前は忘れないように頭に残しておく事にする。
未だ興奮気味の弟と妹に、その女の子の話を聞かされながら母が来るのを三人で待っていた。
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迷子の家族である兄が来たので一安心したロイズは、部下を一人呼び親が来るまで傍にいてほしいと伝えて担当を交代すると、そろそろ苛々し始めているだろう上司の元へ向かった。
隊長であるバースの執務室の扉をノックし、『ロイズです』と告げれば、すぐに入れと低い返事が返ってくる。
中に入ればやはり苛々としていたのか、椅子に座ったバースが人差し指でこつこつと机を小刻みに叩いている。
「…子供達は?」
「今、兄という少年が来られました。あとは母親だけなので部下に任せてきました」
「そうか、良かった。なら、早速報告を」
安心したように息をついたくせに、すぐに厳しい顔をして報告をせっつくバース。
アリエラが絡んでいるので仕方がないのかもしれないが、そう急かさなくてもとロイズは呆れる。
「先ほどの子供達が路地裏でタチの悪い男に絡まれ、暴行を受ける寸前の所をアリエラさんが見かけて止めました。子供達ははじめてリアリスに来たらしく、迷子になっていたところ通りかかった男の上着を女の子が掴み、汚してしまった事に男は激怒したらしいです」
「はぁぁぁ……随分とちっせぇ男だな。で、その止め方が男を失神寸前まで追い込む程だったと」
「あー…一部は見ていなかったのでなんとも言えませんけど、聞いたところによると顎下に一撃、鳩尾に一撃だけのようです。自分より遥かに下の女の子に打ちのめされた事と、僕が行った時には追い打ちでアリエラさんから喉元に串先をあてられていたので、精神的なショックに恐怖が加わったからではないかと」
「……そっちかよ。そもそも、なんで串なんて持ってんだよ」
「多分、団子でも食べてたんじゃないですかね?」
まぁ、やりすぎてないならいいとバースは背もたれに体を預けた。
詳細を聞き終えたバースは、だらりと背に寄りかかりながら、瞳だけ動かしロイズを見る。
「あいつ…また無茶しやがって。怪我とかしてなかっただろうな??」
「……大丈夫でしたよ。アリエラさんですから」
「まぁ、あいつなら基本は大丈夫だろうが…でも、じゃじゃ馬すぎんだろ。もうすぐ学院に入るっていうのに、いつになったら落ち着くのやら」
筋肉のついたがっしりとした体躯に高身長という、威圧感のある見た目の男……憲兵隊隊長であるバースが、ロイズから詳細を聞いて乱雑に自身の暗い赤色の短髪ガシガシと掻きむしる。
怪我の辺りでロイズがすぐに答えなかったのが少し気になったが、大丈夫とこの男が言うなら大丈夫なのだろうと深い溜息を吐き出していた。
そんな男を見つめながら、ロイズは『まぁ、嘘ですけどね』と内心呟く。
(本当は肩を少し痛めてましたけど……それを言ったらこの人、すぐさま牢屋に飛んでいってあの男を再起不能にするだろうし)
バースは口も悪くがさつで、如何にも『兄貴』という感じの性格だが、その見た目や威圧感から遠巻きにされる事も多い。
なので、怖がらせてしまうことも多いので自ら誰かにあまり関わろうとはしない。
特に女子供は先程もそうだが泣かれることも昔から多かった。
憲兵隊隊長になってからは人柄も伝わりだいぶ打ち解けて、街の人達からもそれなりに慕われるようになったらしいが、それはアリエラのお陰でもあった。
まだ小さいアリエラは怖がることなく、何故かやたらバースに話しかけては後をついて回っていた。
その頃から街で有名だったアリエラが懐くのを見て、バースへの態度も早い段階で変わり始めたのだ。
バースにとっても、怖がらず素直に好意をぶつけてくるアリエラは貴重な存在ですぐに絆され、今ではアリエラを妹のように可愛がっていてる。
そのバースが僅かでもアリエラが痛い思いをした…と知れば捕まった男がその罪以上に酷い目にあうのは目に見えている。
アリエラに怪我をさせたのはロイズも怒っているが、目の前の隊長がキレたら"物理的"に再起不能にしかねないのだ。
(バース隊長には黙っておいてあげるけど、後で僕からお灸を据えるからね)
"物理的"には宜しくないが、"精神的"になら構わないだろう。
ロイズはにこやかな笑みの下で、先程の男を思い浮かべていた。
「じゃあ隊長。報告は以上になりますので、僕は少し牢屋に行ってきますね」
「ん?おう。なんかまだあの男に聞くことがあるのか?」
「いえ。あの場ではほぼ放心していて本人から詳しくは聞けていないので、念の為アリエラさんや子供達の供述と同じか確認しに行くだけです」
「そうか、行ってらー」
ひらひらと手を振られ、ロイズは執務室を出た。
アリエラのせいで精神的に参っている男の元へ、名目上の理由からではなくとどめを刺す為に牢屋へと向かう。
「彼とはしっかりと、お話しなきゃいけませんからね」
そこにはゴールデンレトリバーの優しい笑みはなかった。
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ドレスを試着しに行ってから一週間後、直しを加えたドレスが完成したと連絡があり、ディーベルト家の使用人がそれを受け取ってきた。
受け取ってきてもらったドレスを部屋まで運んでもらい、先程クローゼットへ閉まってもらう。
ドレスショップに一緒に行けなかったヴィーも他の侍女達も、届いたドレスにそれはもう興奮していて、このドレスなら髪型はこうして、アクセサリーは…と先走って色々と話し込んでいる様子。
三着も仕立てて貰ってしまったが、直近では今度の学院の夜会位しかお披露目する場はないので、とりあえずこの中から一着を着ることになるが、どれも素敵で悩ましくはあるけれど…アリエラはやはりあの淡いミントグリーンのドレスを夜会に着ていこうと決めた。
(あれなら、この髪飾りにも合うし…)
アリエラの手元にある昨日できたばかりの髪飾りに触れた。
アリエラが買ってきた素材を使って、一からデザインを考えて作ったものだ。
(夜会まであと一週間。思ったよりも早かったな)
待ち遠しいと思っていたけれど、案外あっという間だった。
あと一週間で夜会が開かれて、これから学友になる人達とその家族やパートナーとして来る人と会える。
なんだかドキドキ、ワクワクと胸が高鳴った。
父はその日仕事で来られないらしいが、母とウィルはアリエラの付き添いで来る予定だ。
ジルの方もやはりヒューおじ様は来れないらしいが、ティアナは来ると言っているらしい。
夜会が終わればその翌月には入学式がある。
新しい学院での生活が楽しみであり、同時にあと少しで屋敷から離れる寂しさを感じながら、アリエラはその日を待った。




