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目の保養は大好物ですが、恋愛対象ではありませんっ!  作者: 深月みなも
アリエラ、入学前のお話
11/26

これが理由ですか?part⑤




***************************




学院の夜会まであと二週間を切った所で、朝から母がアリエラの部屋へと尋ねてきた。


「アリエラちゃん!今日はドレスを試着しに行きましょう!」


唐突に宣言した母、リディアを鏡越しに見てアリエラは溜息をついた。


「母様、今のところ新しいドレスは必要ありません」

「でもでも、今度学院の夜会もあるし…」

「手持ちのもので十分です」


鏡に顔を向けたままのアリエラは母にキッパリと言い切る。以前も話したはずなのにまだ諦めていなかったようだ。


「でもでも、もう作っちゃったし」

「だから、手持ちで……ん??」


アリエラが断ったのでこの話はお終いかと思っていたら、母が言った言葉にアリエラは一度言葉を止めた。

何か今おかしな事を言っていなかっただろうか??一拍置いて首を傾げる。

鏡越しに母を見ればにこにこと笑みを作っているだけだ。


「……母様、もう一回言って貰える?」

「うん、もう作っちゃった。だから試着に行きましょう?」

「作った?何を?ドレスを?」

「そうよ〜!ドレス三着、オーダーで作っちゃった!」

「さ、三着!?しかもオーダー!?」


えへっと笑っているが、笑い事ではない!

驚きで勢い余って立ち上がったせいで、アリエラが座っていたドレッサーチェアがガタンとひっくり返った。

ついでに髪を結っている途中だったので、咄嗟にヴィーが手を離してくれたから引っ張られる事はなかったが解けてしまい、隣にいたヴィーから『あぁっ!!』と悲痛な声が漏れた。……ヴィー、ごめんなさい。


けれども今はそれよりも母と話すことがある。


アリエラは今度はちゃんと母と向き直り、すぐに文句を言った。


「ドレスは大丈夫だとこの前言っておいたじゃないですか!しかも、オーダーで三着って!!買いすぎですっ!!」


既製品よりもオーダーの方が遥かに高く、家計的には経済はかなり潤っているものの、要らないものに注ぎ込むのは駄目だ。宜しくない。


「大丈夫よぉ?父様もノリノリだったから」

「父様ーーーー!!」

「あとウィルも……ヴィーもノリノリだったわよね?」

「ヴィィィ…??」


父が母に甘いのは知っているが止めて欲しかった。

ウィルはきっと両親に巻き込まれたのだろうからいい。

ただ、父以外にもまさかの裏切り者がすぐ近くにもいた。


アリエラに睨まれたヴィーは、素知らぬ顔で『何ですか?』と笑っている。


「という事で、大体出来上がったみたいだから試着に行きましょう?朝御飯を食べたら出掛けますからねぇ〜」


と言うだけ言って退散した母。逃げ足が早い。


「………はぁぁ、作ってしまったのなら仕方ないわね。キャンセルはお店の人に悪いし」

「はい!新しいドレス楽しみですね」

「……ヴィーの裏切り者」

「だって、お嬢様を着飾るの楽しいんですよ」


言葉通り楽しそうに、ヴィーはひっくり返った椅子を戻すとアリエラを座らせて、先程解けてしまった髪を結い直す。


身支度を整えて向かった朝食の席でも、楽しそうにアリエラとのお出かけと新しいドレスについて話す母に、父も弟も笑顔で返していた。


「ようやく出来たのか!見れるのが楽しみだなぁ」

「ねぇ様、今回は僕も一着ドレスの色やデザインを少し提案したんですよ!」

「僕もデザインは流行りが分からないから任せたが、色は選んだんだ」


父も弟もどうやらはなから母の味方だったらしい。私に味方はいないのか?


「………ありがとうございます」


項垂れながらも礼だけ述べれば、ドレスを着るアリエラよりも盛り上がっている家族の話は続いていた。

止める者がいない状態に、アリエラは諦めて母とドレスショップへとこの後出掛けたのだった。



***************************



今日は一人ではないので、ドレスショップまで馬車でやってきたアリエラは、早速母に手を引かれて中へと入った。

何度か来たことがある店内で待っていると、支配人がやってきて上のフィッティングルームへと案内される。


下にもフィッティングルームはあるのだが、上の部屋は身分の高い人やオーダーメイドでドレスを依頼した者が案内される場所なのだ。


案内された部屋に入ると、待っていたデザイナーと母が応接テーブルの所でソファに腰かけながら話をし始める。

自分も母の隣に座ろうとしたら、別のスタッフに呼ばれてアリエラは母と引き離さた。

そして連れてこられたのは試着室。

着いて早々、着替えをしろ…ということらしい。


すぐにスタッフが一着目を持ってきて、アリエラの目の前でドレスを広げた。


(こ、これはまた……)


目の前に掲げられたドレスは素敵の一言に尽きるのだが、分不相応というか……着こなせる自信がないドレスだった。


ダークグリーンのスラリとしたタイト目のロングドレスに、両サイドが深いスリッドが入っていて、そのスリッド部分から幾重にもドレープ状に波打った異素材が重なり美しい。

大人っぽくもあるそのドレスをスタッフに手伝われながら着ると、少し生地が余っているところを針で詰めたりと調整してから一度母の元へ戻った。


「まぁまぁ!お似合いですね!」

「きゃー!アリエラちゃん可愛いわぁ」


戻るなり絶賛されたが、多分…いや絶対そこまでではない。

背伸びしすぎ感は否めない筈だ。


「それは父様の意見を採り入れたやつね!少し大人っぽい色もいいんじゃないかって言ってたわ」


父様………大人っぽすぎましたよ。


「はい、じゃあ次!」

「えぇ!?」


母の一言でまたも試着室へと連行されたアリエラは、今度は温かみのある乳白色のイエロードレスに着替えさせられた。

これは華美ではなくシンプルなドレスでアリエラの好みだ。


ふわりとしたドレスの裾は柔らかく、動く度に緩やかに揺れて可愛い。

オフショルダーのデザインのドレスは、肩の部分が金で細かな刺繍の入ったリボンになっていて、袖がAラインになっていて可愛い。


「それはウィルの案ね!ウィルったら細かくドレスのデザインを決めていたのよ〜??似合うわぁ」


戻るなりまた一段とテンションの上がった母が楽しそうにクルクルとアリエラの周りを回りながらチェックしていく。

満足したのか、最後の一着を着てくるように言われてアリエラは再び試着室へ。まだあるのか………とやや疲労困憊するのは仕方ない。


「最後がこちらです」


そういって見せられたのは、見惚れるほどのドレスだった。


思わず淡いミントグリーンのドレスにそっと指先で触る。


滑らかな生地に、胸元から腕にかけて丁寧に施された刺繍。

デコルテだけを見せるように綺麗に作られた首元。

腹部は同じ色の異素材で切り替えてあり、コルセットのように引き締めていて、中央に等間隔でパールが一列に縫いつけてある。

そしてデザインを壊さないように、上の生地とは違い柔らかな同じ色合いの素材で出来た裾は、広がりすぎないように考えられた膨らみで上品さを醸し出している。

肘よりも少し上の所で絞られたそでは、手首のところに腹部と同じくパールが数個縫いつけてある。


華美ではないのにとても美しく目を引くドレスがそこにはあった。


ぼぅっとしている間にスタッフからドレスを着せられ、鏡に映るその姿を見てもまだアリエラはぼぅっとしていた。

心ここにあらずの状態で母の元へ連れて行かれたアリエラを待っていたのは、悲鳴に近い賞賛だった。


「流石、私!!アリエラちゃんの魅力を引き出すドレスね!!」

「こ、これ程とは!私が作っておきながら言うのもなんですが、素晴らしいものを作ってしまいました。お嬢様が着てこそではありますが…奥様、私におまかせ下さりありがとうございました」


どや顔で自画自賛し胸を張る母と、半泣きで胸元で掌を組んで感動しているデザイナー。

周りのスタッフ達もとてもうっとりした目をアリエラへと向けていた。


まだ夢見心地のアリエラには、その悲鳴に近い喜びの叫びと、普段なら恥ずかしいと感じる視線に気づくことはなく。

他のドレスも自分のことを考えてデザインし、作ってくれたことは嬉しかったが、やはり無駄遣いなのではと気後れしていたが、このドレスだけは嬉しさの方が勝ってしまいつい口元が緩んでしまう。

正直、本当に嬉しいプレゼントだ。


「母様、ありがとうございます」

「どういたしまして〜」


アリエラがやっと言えた一言に、母は満足気に笑って見せた。


試着が終わった後も、三着のドレスの少し修正したい所等を話合うと母とデザイナーはいい、デザインの図案やカラーと生地のサンプルを見比べて熱心に話合っていた。


はじめは渋っていた新しいドレスも、本当に良いのだろうか?とは思いながらも、どれも素敵でとても嬉しかった。


嬉しかった……けれども。

それとこれとは別の話で。


長い時間フィッティングルームに篭りきりだったアリエラは、母が店の人と話し込んでいる隙に抜き足差し足忍び足…と、音を立てないように気を付けながらこっそりと部屋を抜け出した。


流石にそろそろ限界なのだ。


試着室から抜け出て、下のフロアに戻っていた支配人に少し外の空気を吸ってきますと、伝えて店の外へと出た。


「はぁぁぁ!!外の空気が美味しいっ!!」


空気に味はついていないし、いつものリアリスの空気とさほど違いはないはずなのに、ずっと箱に詰め込まれていたようで息苦しかったアリエラにとってはとても美味しく感じられた。


「せっかくだから、少しお散歩しよう」


息抜きにと散歩をする事にしたアリエラは、特にどこへというわけではなく、とりあえず気の向くまま歩く。


昔から散々歩いたり走り回ったリアリスの街はアリエラにとって庭のようなもので、気分で適当に道を曲がろうと、道と言っていいか分からないところを通ろうと元いた場所に戻ることはできる。


ジグザグと適当に左右に曲がっていたアリエラは、所々で街の人に声を掛けられるので笑顔で返事を返す。


「お、アリエラちゃん!今日も一人で出てきたのかい?」


店先から身を乗り出して話しかけてきた、野菜売りのおじさんにアリエラは違うと首を振る。


「今日は母様と来ました。ドレスを作ると言って聞かなくて…今は息抜きに散歩中です」

「あぁ、そうえばもうすぐ学院に入るんだったな」

「あら、アリエラちゃんじゃないの!久しぶりね〜。今日も一人で出てきたの?また怒られるんじゃない?大丈夫?」

「皆して、何故一人だと決めつけるんですか……」


会う人会う人さっきから『また一人なのか?』と口を揃えたように聞いてくる。

確かに抜け出てくることは多いが、毎回一人で出てきてるわけではないというのに。


「そりゃ、アリエラちゃんは昔から一人で出てきてはジルに追っかけ回されてるからなぁ?」

「その度匿ってって泣き付かれてたから、ねぇ??もうリアリスにとっては名物みたいなものだし」

「ぐぅっ!」


ぐぅのねも出ない…というが、逆にぐぅのねしか出てこなかったアリエラ。


野菜売りのおじさんと買い物に来ていたおばさん二人に言われ、反論出来る言葉が出てこなくなったアリエラは悔しそうに息を飲み込んだ。


「……そんな名物は嫌です」


げんなりと肩を落としてそう言うのが精一杯だった。





「アリエラちゃん、良いところに!!ちょっとおいで」


散歩を続けていると、またも知り合いに声をかけられて近づく。

近づけば近づくほど、いい匂いが濃く漂ってくるので、アリエラの鼻はくんくんと匂いを確かめようと動く。

それを見ていた店主の男性は可笑しそうに笑いながら、やっぱり鼻がいいねとアリエラの目の前に一本の串焼きを差し出してきた。


「これ、前にアリエラちゃんが言っていた話を元に作ってみたんだ」

「これはっ!!!」


アリエラは差し出された串を目を輝かせて見た。


「試食してみてくれ」

「いっ、頂きますっ!!」


言うが早いか、アリエラは手渡された串焼き…正確には串に刺さった甘味をガブリと一口で先頭の一つを抜き取った。


(こ、これよ!これ!!)


口に入れたものはもちもちとしていて、少し味は違うけれどそれは粉の違いだろう。

それでも限りなくアリエラの思い描いていたものに近いそれは、上にかかった甘辛いタレとよく合う。


「団子……最高〜!!」

「おぉ!それは良かった」


アリエラは蕩けた顔で次の団子にかぶりつく。

以前ちょろっと話した『団子』の話を覚えていて、どうやら試しに作ってみてくれたようだ。

基本市場で出回っている団子は、もう少しぱさぱさしていて、何も付けずに焼くだけだったのだが、アリエラが生前食べていた『餡子の団子』や『みたらし団子』が懐かしくなり、それとなく近いものは作れないか聞いてみたのだ。

餡子は似たものがなくはないが、とても他国が原産であり高級品なので無理があり、代用になる豆もすぐに浮かばなかったアリエラは、みたらしの方なら近いものが出来そうと思ってこういう感じでと店主の人に話していた。


「俺も試食してみたけど、今までとは全く違ってて美味しかったよ。アリエラちゃんのおかげで新しいメニューができた。これは飛ぶように売れるよ!発案者のアリエラちゃんにお礼をしないと…」

「えぇ!?要らないですよ!私はこれを作って貰えただけで十分です」

「いやいや、これならかなりの利益になる。材料から行程まで殆どアリエラちゃんが考えたんだ、謝礼金は渡さないと!」


なんと!軽いお礼どころか謝礼金とは!!


そもそも昔の記憶を引っ張り出しただけで一から発案したわけでもないし、工程がわかっていても試行錯誤しここまでのものに出来たのは間違いなく店主である男性の努力の結果だ。

アリエラとしては自分なんかの思いつきを試してくれて、懐かしの甘味が今後も食べれるようにしてくれただけで本当に十分なお礼になっているのだが。

なかなか引いてくれなそうな店主にどうしたものかとアリエラは頭を悩ませた。


「謝礼金は私には荷が重いので……じゃあ、たまにサービスで一本頂く、とか?」


あははと、店主へ妥協案を提案してみた。

多分この感じだと完全に拒否は出来ないだろうし、ならば受け取るものをできるだけ軽いものにしようと考えた結果だ。


「アリエラちゃんがそれでいいなら……」

「は、はいっ!それがいいです!そうしましょう!」


ぶんぶんとアリエラは首を縦に振った。

また悩まれる前にそれにしてしまった方がいい。


「なら一本とは言わず、今後はアリエラちゃんには無料で沢山サービスするから、いつでも寄ってね」


どうしてそうなった!それではその内の赤字になってしまうだろう!!

アリエラは脳内と鋭いツッコミをかます。


「あ、ありがとうございます…」


苦笑いしか最早出来ないアリエラは、ご馳走様でしたと団子片手にその場を離れた。




団子を食べ終えてしまって、ただの串になった物を片手に散歩を続けていたアリエラ。


「なぁ、どうしてくれんだよ?これから商談だって言うのによぉ!」

「ご、ごめんなさいっ!必ず、必ず弁償しますのでっ!」

「だからこれから商談だって言ってんだろーがっ!どう責任取るってんだ!」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「ごめんなさいっ、私がっ…」


その道すがら、路地裏から不穏な声が聞こえてしまった。


ガラの悪い男の声と、幼さの残る男の子と女の子の声が耳に入ったアリエラは、通り過ぎた路地へと引き返しその奥にあった人影を目を凝らして見る。


大人の男の方はこちらに背を向けているようで、屈みこんで誰かに詰め寄っている。

その背に隠れてしまうぐらいなのだから相手はかなり小柄なのだろう。

聞こえてきていた声音からしても子供に違いない。

乱暴かつ脅迫紛いの言葉をぶつけている男は、後ろから見られている事に全く気づいて居ないようで、興奮気味に相手を怒鳴りつけていた。

どんどんヒートアップする声に、アリエラだけではなく通りがかった数人が何事かと様子を窺っている。


中には状況を理解した人もいたらしく、助けに入ろうとしていたが、見た目的にも体躯的にも多分返り討ちに合いそうな弱々しい男だった。

その勇気は賞賛に値するが、どう考えても無謀すぎるので、その男が足を踏み出す前にアリエラが制した。


「お嬢ちゃん、退いてくれっ!早く止めないと…」

「あぁ、はい。それは勿論なのですが、二次災害を増やす必要は無いと思いますので、貴方はここに居ていただけませんか?」

「な、何を言っているんだ??」


アリエラの言葉に訳が分からないと困惑を見せる男。

男の言う通りあそこまでヒートアップしているのだ。

手を上げるのも時間の問題だろう。


「すみません、憲兵の方を呼んできていただけますか?」


男を引き留めつつ、アリエラは近くにいた女性に微笑みながら告げると、慌てて分かりましたと走り出してくれた。

焦れたように男が無理矢理アリエラを退かそうとしたが、アリエラはその手を捻りあげる。


「い、いたっ!?」

「これぐらいで痛がるようでは、あの子は救えませんよ。大丈夫ですから、貴方はここにいてください」


捻りあげた腕を解放してやると、アリエラは腕をさすり半泣きの男を放置して路地裏へと進んで行った。

後ろから数人の『危ないっ』『やめなさいっ』と声が聞こえていたが気にしない。


つかつかと音を立てて近づいていくが、やはり頭に血が上っている男は聞こえていないらしい。

アリエラが近づく気配すら分かっていないようだ。


「謝りゃ許されると思うなよっ!ガキだろうとしたことの責任は取りやがれっ!!」


そう怒鳴って男が腕を振り上げた。


「ねぇ、おじさん?暴力が犯罪なのは知ってますか?」


そして振り下ろすよりも前に、アリエラはぽんぽんと肩を叩く。


突然の第三者の介入に、ぎろりと血走った目で座り込んでいた男がこちらを見上げたてきたので、アリエラは特上の笑顔を作って見せて男と目を合わせた。


「いい大人なんだから勿論知ってますよね?それともそんなことすら知らないほど教養がないのでしょうか??」


本当に可哀想な目で自分よりも遥かに幼いアリエラから見つめられて、男は身体を震わせながら立ち上がるとアリエラに向き直った。


その時に男の体に隠れていた相手の姿が、男の体の隙間から見えてアリエラは目を丸くした。


自分よりは幼いだろうと思ってはいたが、そこに居たのは弟のウィルよりも小さい身体を小さく丸めた、六歳ぐらいの小さな男の子と女の子だった。


恐怖で体を震わせて女の子は目を真っ赤にして泣いており、男の子は女の子を庇うようにその身で守りながらもやはり涙を流していた。


それを見た瞬間アリエラの中で何かがぷっちーんと音を立てる。


アリエラは思わず手に持ったままだった串を床に落とす。


「なんだてめぇっ!ガキが大人になんて口きいてやがんだっ!痛い目にあいてぇのか!!」


男はアリエラ肩を強い力で掴むと、空いているもう片方の手を振り上げた。


「お、お姉ちゃん、逃げてっ!!」


さっきまで男に怒鳴られていた子供の内、男の子の方が咄嗟に声を張り上げた。

そんな男の子にアリエラは笑顔を見せた。


「大丈夫よ?……私、今怒ってるから」


アリエラが言った言葉を子供達が理解するよりも早く、男が手を振り上げた拳が届くよりも早くアリエラは動いた。


「がぁっ!?」


変な悲鳴を上げた男。


悲鳴の原因はアリエラがお見舞した掌底打ちを見事に顎底に食らったからだろう。


顎を抑えてよろめく男に、すかさず片肘を曲げて空いた手で固定すると、身を屈めてから鳩尾の部分目がけてバネのように勢いをつけて斜め下からアリエラが突き上げた。


「ぎぃいやあっ!!」


また悲鳴を上げて身悶える男は、地べたに座り込み必死に胸元を押さえている。

呼吸をするのも辛いようで、冷や汗を流しながら浅い呼吸を繰り返していた。


「苦しいですか?でも安心してください。感触からして、精々胸骨の一部が折れただけですから。運が良ければヒビで済みますし、元々胸骨って弱いので酷い咳なんかでも折れてしまうんです。知ってましたか?」


男とは対照的に笑顔で話しかけるアリエラは、男に目線を合わせるようにその場にしゃがみこむ。

それはもう、とてもいい笑顔でを向けて。


座り込んだ先に丁度よく先程落としてしまった串が転がっていたので、それを指先で摘み上げるとゆらゆらと前後に揺らしながら男を見た。


「ところで。どういう理由があれば、あんな幼い子に怒鳴り散らして手を上げる…なんて事になるのでしょうか?私に分かるようにご説明いただけます?」


アリエラは俯いて苦しむ男の顎を片手で掴みあげて上を向かせる。

先程からふふふと笑ってはいるが目が笑っていないことに、さっきまでの怒りよりも今与えられた痛みで少しだけ頭が冷えた男ははじめて気づいて、その顔の色を悪くしていく。

さっきまで怒り狂った熊の様な顔をしていたのに、今ではすっかり怯え顔だ。まるで尻尾を内側に丸めた柴犬。


アリエラはそんな男の目の前でゆらゆらと揺らしていた串の先を、すっと男の喉仏に向けて小さな声で囁く。


「喉、潰される前に…ね??」

「ひぃっ……!!」


その一層顔色が悪くなっていた男はの顔は最早蒼白と言えよう。

自分は商人であり、これから商談の約束があるにも関わらず、見ず知らずの子供達に汚い手で服を掴まれて汚されたのだという。


「へぇ〜…でも見たところ、大して汚れてなさそうに見えますけど、一体どこを??」

「じゃ、ジャケット、の右側の、裾だ!!」


呼吸が上手く出来ないからか、絶え絶えに男が教えてくれたので、アリエラは目線でその場所を確認する。

確かにそこには汚れがあったが、それを見てアリエラは更に何かが切れそうになる。


「私には、叩けば気にならないような汚れに見えますが?」

「ヒィィィッ」


そこに付いていたのは白っぽい土や砂のような汚れ。

茶色のジャケットを羽織っているので確かにそのままでは少し目立つが、どう見ても数度叩けば目立たない程度のものだった。

何よりここで子供達に当たり散ら時間があるのならば、いくらでもそれを落とす手段はあったはずだ。

最悪ジャケットだけならば脱げばいいだけである。

子供に手を上げる理由には絶対的になり得ない。


アリエラがじろりと睨みを効かせると、男がか細い悲鳴を上げる。


(喉は早く吐かせるためにちょっと脅すだけのつもりだったけど…やっぱり暫く使えないようにしてあげようかしら?)


笑顔を消したアリエラが物騒なことを考え始め、右手を動かそうとしていると。


「ア、アリエラさん!待って、待って!ストーップ!!」


慌てた声でこちらに駆け寄ってくる憲兵が一人。


「あ、ロイズさん。お久しぶりです」

「お久しぶりですねー…じゃなくてっ!とりあえずその串を捨てて、男からは手を離してこちらに引き渡してください!!」


にっこりとお出迎えをしたアリエラに、つられて返してしまった憲兵……ロイズは大慌てでこちらへと駆けつけると、すぐに失神寸前の男の手に手枷をはめてアリエラから男を引き離す。

とりあえずアリエラから男を引き離すことに成功したロイズはこの街の憲兵の一人で、アリエラとも顔馴染みのである。

大まかな事情で構わないので事の経緯を教えてくれと言われ、アリエラは大体の流れを説明をした。


アリエラの話を聞いたロイズは、『貴方は全く…』と呆れ気味ではあったものの、ちゃんと処罰しておきますとアリエラに約束してくれた。

ならば喉を潰すのはやめてあげよう。

あ…流石に本当にこの串で喉は潰さないですよ?ちょっと手刀でも一発お見舞してあげようとしただけで。


ロイズとアリエラが話している間に、後から駆けつけてきた残りの憲兵がやって来たのでロイズが男を引き渡す。


「とりあえず身柄は憲兵隊で預かりますので」

「あ、連れて行くのちょっと待ってください。最後に……」


連れていかれる前に………とアリエラは手枷を付けられて大人しくなっていた男へと近寄ると。


「子供達にちゃんと謝ってください。悪いことをしたら謝る、当然です。だからあの子達も貴方に必死に謝っていました。なら貴方もちゃんと謝って」


厳しい目をしたアリエラが男を睨みつけ、串を男の前に翳した。

ひぃぃと男は小さな悲鳴をあげながら、こくこくと首を縦に振る。


おお、串の脅し効果抜群だな。


予想以上に串の効果覿面で、素直に首を振った男に満足し、

アリエラが離れた場所にいた子供達に『大丈夫だからおいで』と優しく手招きすると、二人は恐る恐るこちらに近づいてきてくれる。

先程自分達を怒鳴った男と距離を少しとった所(アリエラとも距離を取られている)で立ち止まった子供達。


「はい、早くこの子達に謝って」


アリエラが子供達を指差す(串でだが)。


「………わ、悪かった」

「ちゃんと、謝って」

「大人気ないことをして、すまなかった!」

「まぁ、いいでしょう。……君らも謝ってもらったからもういい?」


アリエラが目線を合わせるようにして屈む。


「…う、うん」

「じゃあ、君らもこのおじさんにもう一度だけごめんなさいしようか?あのおじさんが大人気ないのは事実だけど、わざとじゃなくても君たちがジャケット汚しちゃったんだよね?」

「うん…おじさん、本当にごめんなさい」

「わ、私が!ジャケット掴んちゃったから…汚してごめんなさい」


アリエラの言葉に、子供達は先程怖い目に合わされたのにちゃんと目を見て素直に謝った。とてもいい子たちだ。


「よしよし、二人ともちゃんと謝れて偉いね」


アリエラがそっと子供達に向けて腕を伸ばすと、びくりと身体を震わせて身を固くした二人。

男の子はすぐに女の子を後ろに隠した。

怖い目にあったばかりで警戒するのは仕方ない。

ましてやアリエラはその恐怖の対象の男をやっつけてしまったのだ。

更に怖い人に見えるのかもしれない。


警戒していた二人だが、アリエラの伸びた手は優しく男の子の頭の上に乗り、往復するように頭を撫でただけな事にゆっくりと体の力が抜けていくのが分かった。


「君は怖くても女の子を守ろうとして偉かったよ、頑張ったね」

「……う、ん」


さっきまでは女の子を守るために強がっていたのだろう。

男の子は途端に顔をくしゃくしゃにしながら大声を上げて泣き始めた。

男の子の泣きっぷりにおろおろする女の子にもアリエラは手を伸ばすと頭を優しく撫でてやる。


「貴女は自分のせいだって言ってたね。怖くてもちゃんと自分の責任だって言えて偉かったね」


アリエラが微笑みかけると女の子もじわじわと涙を貯め泣き出してしまった。


(し、しまった!!せっかく泣き止んでいたのに、泣かせてしまった!!ただ頑張ってたから褒めてあげたかっただけなのにっ)


やってしまったと自分の行動が裏目に出たことにショックを受けていると、お腹の辺りにドンッとそれなりの衝撃が来た。

え?とそこを見ると、わんわん泣く二人がアリエラの腹に抱きついてきていた。


「……よしよし。いい子だね」


アリエラは危ないからと串を一度手放し、腹に巻き付く二人をそのまま思う存分泣かせてあげようと、泣き止むまで二人の背中をずっと優しう擦り続けてあげた。


アリエラが子供二人を抱きしめている間に、男はロイズの指示で他の憲兵に連れて行かれた。

やっと泣き止んできた二人をお腹に抱えるアリエラの元にロイズが指示を終えて戻ってくると、じっとりとした目を向けられる。


「アリエラさん、助かりましたがあまり無茶をしないで下さい」

「無茶はしてないですよ??」

「いや、いくらディーベルト家の方でも女性の身で一人突っ込むのは十分無茶に含まれますよ!それにアリエラさんはまだ未成年でしょう」


この国では十八歳を区切りに成人扱いとなる。

なので、誕生日を迎えたばかりで十四歳のアリエラは確かに未成年であり、成人となるには後五年…つまり学院卒業の年までは子供。

それは間違っていないが、子供だから助けに入ってはいけないという事はないし、逆に大人だから絶対に助けなければいけない訳でもない。


適材適所…つまり、今回はすぐにこの子達を安全に救い出すのにアリエラが一番適任だと、判断しただけのことだ。


「でもロイズさん。集まっていた人の中であの男の人に対応できる人はいませんでした。名乗り出てくれていた方も居ましたが、確実に秒でのされるのは目に見えていましたし、更に逆上した男にこの子達がもっと酷い目に合わされるのが分かっているのに見ているのは私には不可能です」


真面目な顔で話すアリエラ。


「それに、これでもディーベルト家の人間ですから」


最後にそう告げれば頭を抱えたロイズ。


「はぁー……アリエラさんはそう言えば私が黙ると思ってませんか?」


まぁ実際何も言えなくなってしまうんですけど、と項垂れている。


この青年、ロイズとは二年前に知り合った。


三年前に憲兵隊に入隊したらしいロイズは、二年前にリアリス地区の担当になりやって来た。


彼はとても気のいい青年で、見た目は穏やかなので少し頼りなくも見えるが、憲兵隊に入って三年…二十歳という若さで憲兵隊の副隊長を任されているぐらいなので、見たことはないがそれなりに実力はあるらしい。

中性的で犬っぽい見た目だからといって騙されてはいけないと、憲兵隊の隊長が言っていた。

だが……確かに犬っぽい。あれだ、ゴールデンレトリーバーに似ている。


それはさておき。柔らかい雰囲気の彼はとても親切で、リアリスにもすぐに馴染み、住民や商人からも慕われている。

アリエラもその内の一人だ。


そう……何度もアリエラは彼のお世話になっているのだ。


……主にアリエラが今回のようなことに首を突っ込んだ際の後処理に抜擢される事度々。

勝手に屋敷を抜け出した事がばれて探しまわるジルと一緒にロイズも捜索してくれる事度々。

昔馴染みの憲兵隊隊長と悪乗りした組手で待ったをかける役割も度々。

…とにかくそれはもう本当に色々とお世話なっている。


後半の事案については、ロイズに関わらずリアリス担当の憲兵には全て当てはまるのだが。

特にロイズがその被害にあっているのだ。

なので苦労性の彼はアリエラだけではなくジルとも仲がいい。


「お怪我は…なさそうですね」

「はい。強いていえば、激昂していたあの男性が無遠慮に肩を掴んできたので、少しだけ痛いくらいですかね?」

「え?」


掴まれた左側の袖を肩まで捲ってみれば少し赤くなっていた。

この程度なら痣にはならないだろう。

度合いを確認したのでアリエラは袖を戻すと、ロイズが腕を組んで何かを考え込んでいた。


「……………」

「ロイズさん??」

「…あ、すみません。後で氷を貰ってくるので冷やしましょう」

「いえ、別にこれくらい…」

「駄目です。女の子なんですから、アリエラさんはもう少し気にしてください。いつも言っていますが………」


そこから長めのお小言をロイズが言い始めたので、アリエラにはその姿が誰かと重なった。

話半分に聞き流していると、それが誰か判明する。


(んー…………あ!ジルに似てるのね!)


この感じ身に覚えがあると思えば、幼馴染のジルによく似ているのだと気づく。

容姿や年齢は全く違うものの、このお小言の感じなどそっくりだ。


「あ、あと…あの男の命が危ないので、隊長にもし遭遇しても怪我のことは内緒にしておいて下さい」

「バース隊長??」

「はい、お願いします」

「よく分からないけど、分かりました〜。あ、ならジルにもこのことは内緒ですよ?また怒られちゃうから!!」

「アリエラさんらしいですね……分かりました。あ、手当はちゃんと手伝いますから」


手当と聞いたアリエラは、ジルと少し似ているところがあるからか、何となく嫌な予感がして咄嗟に自分でします!と断った。

アリエラのあまりの即答ぶりに、些か不思議な顔をしながらも『そうですか?』とロイズはすぐに引いてくれた。

ジルの時のように互いに引かずの平行線にならなそうでアリエラは安心する。

ロイズには要らぬ警戒だったのかもしれない。


「あ、でも次会った時にちゃんと治ったかは見せて下さいね?約束です」

「あ…はい」


どうやらロイズもジルとは違う意味でただでは引かないようだ……。




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